80回を迎るヴェネツィア国際映画祭が、現地時間2023年8月30日(水)に開幕しました。今回、エスクァイア日本版は現地入りし、世界三大国際映画祭の中でも“最古”の歴史を誇る映画祭の様子を、さまざまな角度からお伝えしていきます。

ハリウッド俳優組合が突入したストライキが解決に至らずスター不在

7月にSAG-AFTRA(映画俳優-米国テレビ・ラジオ芸能人組合)は、いち早く5月から立ち上がっていた全米脚本家組合(WGA)と協同してストライキに突入。対峙するスタジオ側とは9月に入ってもなお同意には至らず、軒並み期待されたスターたち不在のままヴェネツィア映画祭はスタートしました。これまでハリウッドと密接に結びついてきたことで、近年カンヌを凌ぐ注目を集めてきた映画祭としては大痛手を負っているように見えます。 

celebrity sightings in venice august 31, 2023
MEGA//Getty Images
アマル&ジョージ・クルーニー夫妻とリタ・オラは映画宣伝のためではなく、女性のためのアワード「DVF(ダイアン・フォン・ファステンバーグ)賞」の授賞式のために現地入り。クルーニー夫妻は2014年のヴェネチアでの挙式以来、水上タクシーがよく似合います。

スト破りか。それでもやって来たハリウッド俳優の「なぜ」

映画祭関連のパーティーで常連となっているジョージ&アマル・クルーニー夫妻や、まるでファッション撮影をしに来たようにも見えるリラ・オラ(最近映画監督兼俳優のタイカ・ワイティティと結婚したばかり)は別として、スト中の俳優もヴェネツィア国際映画祭に登場しました。 

celebrity sightings in venice, italy august 31, 2023
MEGA//Getty Images
ヴェネツィアの街を背景に、パパラッツィ相手にひたすらストリートスナップを撮らせていた(ように見える)リタ・オラ。

マイケル・マン監督作『Ferrari』はタイトル通り、フェラーリの創設者エンツォ・フェラーリの物語。彼はレーシングチームを率い、のちにご存じ自動車メーカー「フェラーリ」を設立した人物。それ以前はレーシングドライバーであり、さらにオペラ歌手でも(さえにスポーツ記者でも)あったという特異な人物でもありました。そんな彼の生涯を演じたアダム・ドライバー、そして共演者のパトリック・デンプシーがレッドカーペットに姿を現し、映画の出来(現地での評判は上々)もさることながら、華やかさで会場を盛り上げました。

第80回ヴェネツィア国際映画祭での『ferrari』のプレミア上映のレッドカーペットに登場したアダム・ドライバー
Stefania D'Alessandro//Getty Images
左から、『Ferrari』のレッドカーペットに現れたアダム・ドライバー、マイケル・マン、パトリック・デンプシー。

現地でも報道されている通り、ここで米国の俳優が登場できたのはSAG-AFTRAのストライキの相手が、AMPTP(映画・テレビ製作者連盟)であることに起因しています。これには大抵の大きなハリウッドスタジオが属していますが、全てがそうとは言えません。そこでSAG-AFTRAは一時的な合意を設け、AMPTPに属さないインデペンデントスタジオの作品ついては俳優が宣伝することに合意していたのです。あくまでも、これは一時的な処置ですが…。

「ストライキのピケットラインから映画祭まで、SAG-AFTRAのメンバーは承認された仮の合意によりプロダクションを支援し、宣伝することによって連帯を示し、組合の交渉立場を強化しています」と組合は発表しています。

preview for 'Ferrari' | Tráiler oficial

ここで見えてくるのは、SAG-AFTRAの労働組合としての戦略。ヴェネツィア映画祭という映画宣伝として非常に重要な場において、一部だけ譲歩し組合員に仕事をさせる。そこで際立つのは、やはり俳優たちのもつ影響力の大きさです。彼らが宣伝に協力しなかった作品と、協力した作品では、当然その宣伝効果が異なるはず。つまり、俳優のもつビジネス効果をスタジオのみならず、世界中のメディアが実感するというわけです。

そうなれば、AMPTP側は譲歩せざるを得ない…と言うより、「AMPTPの代表者たちにと譲歩する“口実”を与えてあげた」と見るほうが正確かもしれません。「結局、お互い気持ちよく協力しあったほうが得られる利益は大きいですよね?」といったところでしょう。 

sag aftra members maintain picket lines across new york city during strike
John Nacion//Getty Images
ストライキのピケの列に加わるジョン・タトゥーロら。

“御用組合”はもういらない。必要なのは戦略が作れる労組

ヴェネツィア国際映画祭にはそれ以外にも、今をときめくジェイコブ・エルロディがソフィア・コッポラ監督の『Priscilla』のプレミア上映に、マッツ・ミケルセンが『BASTARDEN(The Promised Land)』のために、オスカー俳優ジェシカ・チャステインがマイケル・フランコ監督作『Memory』の上映に合わせヴェネツィアにやって来る予定。

日本でもある百貨店従業員の組合が本格的ストに突入し、臨時休業となったニュースが話題に。このSAG-AFTRA戦略により、労働組合に必要なのは金を払う側との対等な交渉に持ち込むだけの代表者の勇気と知略であると思い知らされます。経営者や株主の機嫌を損ねないように忖度するだけの労働組合など、何の役にも立たない――。自由主義の国の中でも、もっとも自由主義の論理が働く分野のひとつであるハリウッドでいま起きている変化が、世界中に与える影響を実感する日が近いかもしれません。