下馬評通りの第80回ヴェネツィア映画祭受賞結果

第80回ヴェネツィア国際映画祭が閉幕した。

金獅子症を受賞したのは、ヨルゴス・ランティモス監督の『哀れなるものたち』だった。

ギリシャ出身のランティモスは2011年にロンドンに移住し、『ロブスター』(2015年)以降は英語作品を制作。ハリウッドのメジャースタジオのレーベル「サーチライト・ピクチャーズ」と組んだ前作『女王陛下のお気に入り』では、第75回ヴェネツィア国際映画祭で審査員グランプリ(銀獅子賞)と女優賞(オリヴィア・コールマン)を受賞、第91回アカデミー賞で最多の9部門10ノミネートを獲得して、主演女優賞を受賞している。今最も期待される気鋭監督の最新作である本作は、満を持しての最高賞とも言える。

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
第80回ヴェネチア国際映画祭最高賞、金獅子賞受賞!『哀れなるものたち』予告編│2024年1月26日(金)公開!
第80回ヴェネチア国際映画祭最高賞、金獅子賞受賞!『哀れなるものたち』予告編│2024年1月26日(金)公開! thumnail
Watch onWatch on YouTube

アラスター・グレイのゴシック小説をエマ・ストーンを主演に映画化した『哀れなるものたち』は、胎児の脳を移植することで蘇生した若い女性ベラが、“産みの親”であるバクスター博士(ウィレム・デフォー)の庇護(ひご=かばって守る)の元を離れ、愛と自由を求めた放埒な旅路と成長を描く。ヴィジュアルは一見クラシカルに見えるが、ベラの生き様は現代社会における固定概念をもことごとく突き崩し、革新的だ。

プレミア上映直後から、現地の批評家たちの評判もよく下馬評でもトップの座を貫いた。プロデューサーも務めている主演のエマ・ストーンのこの作品への貢献度は高いが、最高賞は重複して受賞できないルールのためだろう、女優賞の受賞はなかった。いずれにしても、前作同様にアカデミー賞まで賞レースを牽引するはず。

ヴェネツィア国際映画祭 2023 金獅子賞受賞 ヨルゴス・ランティモスの哀れなるものたち
Yorgos Lanthimos
『哀れなるものたち』より

金獅子賞に続く重要な賞である審査員グランプリ(銀獅子賞)は、濱口竜介監督の『悪は存在しない』が受賞した。グランピング施設の建設計画が持ち上がった長野の村を舞台に、現代人の生き辛さを描く人間ドラマ。『ドライブ・マイ・カー』の音楽を担当した石橋英子氏のミュージック映像から派生した映画だという。主演の大美加均は『ドライブ・マイ・カー』制作時の助監督であり、他の出演者にも有名俳優は器用していない低予算の小規模作品。ランティモスとは映画作法も作風も真逆と言えるが、同様に今映画界から脚光を浴びる気鋭監督であることは間違いない。

濱口監督は、『偶然と想像』(2021年)でベルリン国際映画祭の審査員グランプリ(銀熊賞)、『ドライブ・マイ・カー』(20221年)でカンヌ国際映画祭の脚本賞を受賞しており、長編4作品中の3作品が3大映画祭で受賞するという快挙。

ヴェネツィア国際映画祭 2023
ANDREA AVEZZU'
授賞式での濱口監督と主演の大美加均氏

映画が映し出す移民と戦争

監督賞(銀獅子賞)は、ヨーロッパへ旅立つセネガル人の少年の過酷な旅を描いた『Io Capitane』(原題)のイタリアの大物監督マッテオ・ガローネが受賞。審査員特別賞は、ポーランドのアグニェシュカ(アニエスカ)・ホランド監督による『Green Border』が受賞した。ポーランドとベラルーシの国境を舞台に移民や兵士など視点から、驚くべき国境の実態をあぶり出す。毎年、社会派の作品を多く排出しているヴェネツィア映画祭だが、移民問題および戦争をテーマとした作品は多い印象だ。

ヴェネツィア国際映画祭 2023審査員特別賞を受賞したアグニェシュカ・ホランド監督
ANDREA AVEZZU'
アグニェシュカ・ホランド監督

脚本賞は、パブロ・ラライン監督の『伯爵』。ナタリー・ポートマンを主演に迎えた『ジャッキー/ファースト・レディ 最後の使命』(2016年)や『スペンサー ダイアナの決意』(2021年)など英語作品でも知られるララインが、母国であるチリのピノチェト元大統領をモチーフにしたモノクロ映像が美しい怪奇ホラーだ。 

ヴェネツィア国際映画祭 2023
ANDREA AVEZZU'
パブロ・ラライン監督

今年はこのモノクロ映画、あるいは一部にモノクロ映像を使った作品が目立った。前述の『Green Border』、ドイツ出身のティム・クルーガー監督のSFサスペンス『The Theory of Everything』、俳優のブラッドリー・クーパーが主演。監督したレナード・バーンスタインの『マエストロ:その音楽と愛と』のように、一部がモノクロ映像というものを含めれば23本中4本もある。

ヴェネツィア国際映画祭 2023
courtesy of Venice Film Festival
『El Condo』より

この夏の話題作のひとつだった『オッペンハイマー』(日本未公開)も一部、モノクロ映像を使用していたが、2018年のヴェネツィアで金獅子賞を受賞したアルフォンソ・キュアロン監督の『ROMA/ローマ』(2018年)以来、モノクロ映像の深度と豊かさが見直されているのは事実。

『悪は存在しない』 22/23が欧米作品の中での快挙

今年のコンペは23作品中、濱口監督作を除く22作品が欧米の作品というのが特徴であった。三大映画祭は、基本的に五大陸からの選出を目指していることを考えれば異例。

ヴェネツィア国際映画祭 2023
© 2023 NEOPA / Fictive
『悪は存在しない』より

しかしながら受賞作を見れば、監督たちは日本、ギリシャ、ポーランド、チリ、メキシコといった国籍であり、少なからずともダイバーシティを意識している姿勢を見せたとも言える。

男優賞はメキシコ人監督ミシェル・フランコの英語映画『Memory』のピーター・サースガード、女優賞はソフィア・コッポラ監督の『Pricilla』のケイリー・スピーニー。ここでで華やかさも維持したのは、バランスを保とうとした審査員団の意図か。いずれにしても、デイミアン・チャゼル率いる今年の審査員団は、下馬評に準じた受賞結果を出してきた。面白みには欠けるが、異論を唱える人も少ないだろう。

ヴェネツィア国際映画祭 2023
ANDREA AVEZZU'
ケイリー・スピーニー
ヴェネツィア国際映画祭 2023
ANDREA AVEZZU'

ハリウッドのストライキ、影響は限定的。
第80回は“トリッキー”だったヴェネツィア国際映画祭

また、7月から始まった米国の俳優組合のストの影響も懸念されていた。スターなしのレッドカーペット(レカぺ)がどのようなルックになるのか? 誰も予想がつかなかった。実際のところ、「ストの影響は限定的だった」というのが正直な印象だ。SAG-AFTRA(映画俳優組合・米国テレビ・ラジオ芸術家連盟)に属していても、交渉相手である全米映画テレビ製作者協会(AMPTP)に絡まない『Ferrari』のような作品の場合、アダム・ドライバーのように来場した例もある。

ヴェネツィア国際映画祭 2023
courtesy of Venice Film Festival
『Ferrari』のアダム・ドライバー

マッツ・ミケルセンやウィレム・デフォーのようなハリウッド・スターも、ヨーロッパの作品でレカペに登場した。一方で、Netflix『マエストロ:その音楽と愛と』のレカペや記者会見に俳優陣は不在だったが、「上映の音響や色の調整のため密かにブラッドリー・クーパーがヴェネツィア入りしていた」という話も聞いた。稀に見るトリッキーな年であったことは間違いない。

ヴェネツィア国際映画祭 2023
courtesy of Venice Film Festival
フォトコールにてストライキTシャツを着て登場した『Memory』のジェシカ・チャスティン(左)
ヴェネツィア国際映画祭 2023
courtesy of Venice Film Festival
ストライキTシャツ姿の審査員長デイミアン・チャゼル