2022年9月、
パタゴニアの株主が地球になった

2015年9月の国連サミットで採択された持続可能な開発目標「SDGs」は、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標です。日本でも多くの企業が達成に向けて取り組んでおり、私たちの日常の中にも少しずつSDGsという言葉が浸透してきています。

こうした言葉が叫ばれる以前から、環境問題に対して真摯に向き合い続けてきた企業があります。それがアメリカのアウトドア企業 パタゴニアです。

1973年に創業して以来、アウトドアウェアを展開してきました。そんな中、創業者のイヴォン・シュイナード氏は自分たちのビジネスが環境へ及ぼす大きな影響を目の当たりにしたことを機に、常に環境保護のことを考えながらビジネスをアップデートさせていきました。例えば…

  • 1980年代半ば:代表作とも言えるシンチラフリースの素材をリサイクルポリエステルに
  • 1996年:スポーツウェアに使うコットンをすべてオーガニックコットンに
  • 2002年:年間売上の1%を寄付し、自然環境保護に貢献するビジネスの奨励を目的とする非営利団体「1% for the Planet」を設立
  • 2012年:創業地・カリフォルニア州で初めて、Bコーポレーション認証(アメリカの非営利団体B Lab が営利企業に対して認証する制度。環境や社会に配慮した事業を行う企業に与えられる国際的な認証認定を維持するためには3年ごとにその取り組み状況を更新し、実証していく必要がある)を受ける
  • 2018年:「故郷である地球を救うためにビジネスを営む」ことに目的を定める

…と、記してもきりがありません。1973年の創業からの50年でパタゴニアが地球のために取り組んできたことは数多く、一歩も二歩も先へ行くものでした。そして2022年9月には、驚くべきニュースが飛び込んできました。

それは、「シュイナード氏自身とその家族が保有する約30億ドル(約4300億円)の全株式を、環境保護に取り組む非営利団体とトラストに譲渡した」という内容。その思い切ったアクションに対する衝撃の大きさを示すかのように、さまざまなメディアがニュースに取り上げました。

パタゴニア, イヴォン・シュイナード
Jeff Johnson (c) 2023 Patagonia
イヴォン・シュイナード氏。1938年アメリカ生まれで、アウトドア企業であるパタゴニアの創業者。サーファーでありカヤッカー、鷹匠、クライマー、フライフィッシャーマン兼鍛冶屋でもある。

この株式譲渡では全株式の98%は、環境危機対策に取り組み助成金の提供を行う「ホールドファスト・コレクティブ」という非営利団体に。そして全株式の2%(会社の経営に関わる議決権株式100%にあたる)は、パタゴニアのミッションステートメントを守るために永続的に取り組む「パタゴニア・パーパス・トラスト」という企業共同体に譲渡されました。どちらも、今回の譲渡を機に設立された新たな団体です。

これらがどのような形でパタゴニアのビジネスに関わってくるのかというと、「パタゴニア・パーパス・トラスト」が掲げる目的のもとパタゴニアがビジネスを営み、そこで得られた余剰利益を「ホールドファスト・コレクティブ」へ譲渡。その資金で、環境を保護に取り組む団体をサポートしていくといいうこと。

つまり、以前株を所有していたシュイナード一族が、巨額の富を得ることはできなくなりました(彼らも、それを望んでいたわけでありませんが…)。ですがその代わりに、創業者がいなくなっても「故郷である地球を救うためにビジネスを営む」というパタゴニアのミッションステートメントは守られ続け、パタゴニアの生み出す富を投資家という個人の株主ではなく、地球という真の株主のために全て還元できるようにしたのです。

パタゴニア
Hideyuki Seta
鎌倉のサテライトオフィスに掲示されているミッションステートメント「We’re in business to save our home planet.(故郷である地球を救うためにビジネスを営む。)」

「大きな決断の背景には何があるのか?」「パタゴニアは未来に向けて、何をしようとしているのか?」など、深堀りしたいポイントはたくさんあります。答えを知ることで、私たちが地球のためにこの先取り組むべきことも見えてくるような気がするのです。

そこで取材を依頼したところ、日本支社長のマーティ・ポンフレー氏から話をうかがうことができました。そのインタビューを前後編でお届けします。まず前編では、新たな会社形態の目的やビジョンを紐解きます。

パタゴニア, マーティ・ポンフレー
Hideyuki Seta
マーティ・ポンフレー氏

パタゴニア日本支社長。1970年アメリカ生まれ。ナイキジャパンでアナリストとしてキャリアをスタート。フォッシルジャパンでディレクター業務を経て、アメリカ本社で複数の副社長ポジションを務める。2007年以降はコンサルタントや起業家として多くのビジネス開発プロジェクトに携わり、2019年に現職に。七里ヶ浜の海を中心に、毎日のようにサーフィンを通じて同僚や自然との対話を楽しんでいる。

地球を守るために
50年かけて見つけた方法が
今回の株式譲渡

エスクァイア:今回の新たな会社形態に舵を切った、一番のきっかけを教えてください。

マーティ:私たちとしては、地球のためにこれまでもベストを尽くしてきましたし、取り組んできたことが不十分だったわけではないと考えています。ですが、地球環境の悪化が止まらず、「地球を守るための取り組みをスピードアップしていかなければならない」と判断して踏み切りました。

また創業者のイヴォンが、自分の会社を“環境を守るための動力”とする方法を長年考えてきた結果でもあります。と言うのも、2022年は会社ができて50年目の年だったのですが、イヴォンはこの50年間を「実験期間だった」と話しているのです。

パタゴニア, イヴォン・シュイナード
Campbell Brewer

マーティ:その実験、つまり、これまでの取り組みを通じて試行錯誤してきた中で見つけたのが、自分たちのミッションステートメントを永久に守りながら環境保護のために大きな資金を投入できるこの方法でした。それが既存のビジネス形態にはなかったので、自分たちつくることにしたのです。

SDGsに注目が高まっているこの時代性も、今回の株式譲渡に踏み切った一つの要因と思います。パタゴニアが地球のために今の時点で最大限できることは、『環境危機への対策のギアを上げること』と『この斬新な会社形態を発表し、世の中に劇的なインパクトをもたらすこと』だ」とイヴォンは考えたのです。

これによって生まれる大きな変化は、自分たちのやった仕事が環境保護へ直接つながるということです。パタゴニアの事業に必要な分を再投資した後の余剰利益はすべて、地球を守るための活動に充てられますので。

社員にとってもすごく意欲を掻き立てられる内容で、社内からポジティブな反応が返ってきました。パタゴニア一丸となって取り組むために、今でも社員と話し合う時間をとって「自分に何ができるのか?」「どういう変化をもたらせるのか?」と対話を重ねているところです。

パタゴニア, マーティ・ポンフレー
Hideyuki Seta

国レベルでの変革を起こすことが
パタゴニアの目指すところ

エスクァイア:「余剰利益が、環境危機への対策の活動資金になる」ということは、その資金を増やすためにビジネスを大きくしていく必要があるのではないでしょうか? つまり、より環境危機への対策を望み、それを実現するための活動資金を拡大に励んだ結果、同時に環境へ悪影響も及ぼすことになる可能性はないでしょうか? このバランスの舵取りに難しさを感じていませんか

マーティ:パタゴニアのビジネスについて話すとき、私たちは“自然な成長”という言葉を使っているのですが、資金拡大に対しても同様です。

「より多くの活動資金を『ホールドファスト・コレクティブ』に渡したい」という気持ちはもちろんありますが、大きな売り上げを追求するわけではなく、「収益性を担保しながら、環境への影響を最低限にしたビジネスモデルを築き上げる中で生まれる自然な利益を渡していきたい」と考えています。

具体的な取り組みとしては、例えば再販事業に注力していくこと。現在は「Worn Wear」というプログラムで、ユーザーが着なくなった服を買い取ってリペアした上で古着として再販したり、修繕不可能な衣料品をスクラップしてつくった製品を販売したりしています。

パッチ
Hideyuki Seta
破れたり穴が開いたりした衣類やバッグ、テントなどの補修に使えるリペア用パッチのセット。

マーティ:また小規模ではありますが、環境負荷を抑えた食品を展開する「パタゴニア プロビジョンズ」もその一つです。

衣服を何十着も持つ人は少ないかもしれませんが、食品は多くの人が基本的には1日3食食べますよね。よって長い目で見たときに、この事業で成功するビジネスモデルをつくることができれば、アパレル事業よりも大きな影響を与えることができると見込んでいます。

エスクァイア:この会社形態で目指しているゴールは、どこなのでしょうか?

マーティ:ゴールの捉え方はさまざまですが、まずは環境危機への対策に対するポジティブな流れを世の中につくって、国や企業を巻き込み真の意味での変化を起こすきっかけをつくることです。

取り組みによって目指すレベルは違ってくると思いますが、例えばパタゴニアの日本の事業で言うと、食品・エネルギー分野とサーキュラリティ(循環性)です。特に食品・エネルギー分野においては「国レベルで取り組まなければならない」と思っており、

私たちよりも規模の大きい会社や政府、市民と一緒になって変化を起こしていくことが今の目標です。

パタゴニア, マーティ・ポンフレー
Hideyuki Seta

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後編に続く。後編では日本の事業を中心に、パタゴニアが次の50年で考えていることに迫ります。

Photo / Hideyuki Seta
Text / Satomi Tanioka