さらなる盛り上がりも!?
“ヴィンテージウォッチ人気”

コンサルティング会社デロイトが2022年10月に発表したリポートによると、「ヴィンテージウォッチの売り上げが今後数年で大きく成長することが見込まれる」とのことです。現在の市場規模は約200億スイスフラン(約3兆2519億3000万円)で、2032年後までには350億スイスフラン(約5兆6908億7750万円)近くに達し、主要市場の半分以上を占めることに。そのうねりをけん引するのは、ミレニアル世代とZ世代が中心となることが予想されます。

ヴィンテージ時計を買う理由は、いくつも考えられます。第一に、新作として流通するモデルと比べて安価であるケースが多いこと。第二に、実際に購入できるということ。これはつまり、長いキャンセル待ちのリストに加わる必要がなければ、何度も店頭へ通って在庫の有無を確認する必要もないということです。そして最後に、ヴィンテージウォッチは全体的に小ぶりだから…。実はいま、小ぶりな時計に人気が集まっているように感じられます。

ケースの直径が2mm大きくなるごとに、手首に対して時計が占める表面積の割合はおよそ10%増える計算になります。時計愛好家の人はご存じだと思いますが、ケース径における1mmの差は極めて大きな意味を持ちます。

歴史を振り返ってみましょう。腕時計は過去100年の間に、徐々にサイズアップを繰り返してきました。例えば、オーデマ ピゲのスポーツウォッチ「ロイヤルオーク」は、1972年に39mmでデビューしましたが、今日の標準的な「ロイヤルオーク」のケース径は41mmです。また、1993年にオーデマ ピゲはケース径42mm、厚さ16mmのクロノグラフ「ロイヤル オーク オフショア」を発表し、その重厚なサイズ感と重量から「ビースト(野獣)」と呼ばれました。現在、同シリーズの最大ケースサイズは44mmにまで拡大しています。

似たような事例は他にもあります。ロレックスの「サブマリーナ」とオメガの「スピードマスター」は、どちらも20世紀半ばに発表されましたが(前者は1953年、後者は1957年発表)、そのケース径は4mmも大きくなりました。また、ウブロやリシャール・ミルのようなブランドは、特大サイズの時計で帝国を築いてきました。

「豊かさ」ではなく、「選択」を語る

ここで一つの疑問が頭をもたげます。近現代の時計職人や時計愛好家が大ぶりなサイズの時計を志向してきたにも関わらず、今はそれとは逆に向かうトレンドが垣間見えるのでしょうか? 要因の一つに、特におしゃれな若者たちの間で時計に対する認識が、富やステータス、男らしさを示すものから、「センス」を示すものへと変化しているからかもしれません。

もちろん、大ぶりな時計がスタイリッシュではないと言うつもりはありません。ですが、現代のファッションは、異テイストのアイテムを掛け合わせることでまた新たなイメージを生み出そうとします。その過程の中で、これまではアンクールとされていたものが、正反対のイメージを帯び始めることもあるでしょう。その一例として挙げられるのが、ラッパーでグラミーも受賞したタイラー・ザ・クリエイターが選んだカシオのシンプルな三針で、そのケース径は33.8mmでした。

客観的に見ても、彼は現在地球上で最もクールな部類に入るアイコンの一人であることに異論はないでしょう。その彼が、時計がファッションをある程度完成させることは認識しつつも、可能な限りミニマムな時計を選んだのです。たいていの時計(特に高級時計)は「豊かさの象徴」としてその存在を主張しますが、このカシオは「選択の時計」としての立ち位置を控えめに囁(ささや)いているかようです。

しかし、小型な時計のトレンドは、必ずしも価格だけの問題ではありません。例えば、カルティエの「クラッシュ」(ちなみに、タイラーはすぐにこのモデルを卒業しています)には、桁違いの値札がつけられています。ちなみにタイラーは、「クラッシュ」を卒業し、昨年復刻が発表された「ぺブル シェイプ」が新しいお目当てのようです。

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Tyler the Creator’s Cartier Collection #shorts #tylerthecreator
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言うまでもありませんが、「高価=クール」ではありません。カルティエの「クラッシュ」がこれほどまでに魅力的なのは、おそらくその不可能性、あるいは史上最も美しく、完璧なプロポーションを誇っているからでしょう。伝統的に「クラッシュ」は、女性のための時計と考えられてきました。ですが、現在メンズウォッチを着用する女性が現れ、またその逆も然(しか)りとなりつつあります。そこで何が起きたのかと言えば、時計メーカーは男女の時計におけるより中間的なサイズ設定の必要性を認識するようになりました。

小さな時計だからこそ語るも

一般的に、女性用時計は男性用時計を小さくして宝石を散りばめたものであることが多いのですが、今春に新作が発表されると、多くのメーカーが中間のサイズを狙ったものであることが明らかになりました。例えば、ヴァシュロン・コンスタンタンの「オーバーシーズ」は34.5mm、チューダーの「ブラックベイ54」からは37mmのケースが登場し、批評家を驚かせました。

もしかしたら、今の若者たちが小ぶりな時計を身に着けているのは、たた単に小型のほうが優れているからなのかもしれません。より軽く、より快適で、袖などに引っかかりにくいのは、小ぶりな時計の特権です。例えば巨大なダイバーズウォッチよりも、小さなタイメックスやスウォッチのほうがスーツによく似合うようなこともあるでしょう。しかも、細かな違いこそあれ、時計の主な役割である「時を伝える」機能に違いはありません。

「小さな時計はステータスを感じさせない」、という考え方の人もいるかもしれません。ですが、そんな心配は無用です。現在、私たちが生きているのは「静かなぜいたくの時代」、そんな時代に小さな時計はぴったりなのです。これほどお金の存在を適度に、そして耳障りよく囁(ささや)いてくれるものないのですから。

Source / Esquire UK
Edit / Ryutaro Hayashi
※この翻訳は抄訳です