ゲイの男性は、バイリンガルと言っていいでしょう。ですが、他の多くの他言語話者とは異なり、家賃が安くて食事も美味しい海外に1年滞在したからといって、ゲイ言語を習得できるとは限りません。これは現場で身につけるものなのです。

 なぜなら、数え切れないほどの疎外されてきた時代の間、LGBTQ+の人々は同じような気持ちで隠れている仲間を探すために、秘密の複雑な語彙を駆使し、言語と非言語でコミュニケーションを取らなければならなかったからです。

 特定の色のバンダナが特定のポケットからぶら下がっているのは、ある種の性的嗜好の合図でもありました。アイルランド出身の詩人オスカー・ワイルド(1854~1900年没)氏が胸元のポケットに挿す、緑色のカーネーションはクィア(Queer=男性、女性などのジェンダーの型に自身をあてはめない方、また異性・同性愛者など恋愛対象が定まっていない方)であることの隠れた目印となり、その後、"男性らしくない"といった軽蔑的な言葉である「pansy(パンジー)」という表現が生まれる起因となりました。 ゲイ男性のみに通じるようにコックニー訛りとロマ語を融合してつくられた俗語「ポラリ」のように、独自の言語まで形成されてきました。

 現在、西洋の多くの地域では、安心してカミングアウトすることができます。しかし、テクノロジーがゲイの生活を民主化しデジタル化しているにもかかわらず、第二言語のようなものは未だに使われているのです。マッチングアプリ「Grindr」では、気軽な出会い(あるいはそれ以上のもの)を探すためにストレート男性には馴染みのない用語が日々交わされています。似たような言葉は、ツイッターやリアリティ番組『ル・ポールのドラァグ・レース』の厳しい審査でも多用されています。

 そして、これらの言葉は、自由奔放な「クィア/クエスチョニング(Queer / Questioning)」だと思っていても、外見はそうとは限らない方々のためのウエアブランド「Homoco」のトップメニューでも見られます。ドロップダウンメニューをクリックすると、「万能トップス」と「パワーボトムス」など、どんな服があるのか? 誰が買っているのか? 見る人によっては一目瞭然でしょう。

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Logan Jackson
「Homoco」のコレクションの一部で、イラストレーター ThisIs Amit がデザインした、ゲイ・アートの先駆者トム・オブ・フィンランドに着想を得た作品。

 「このブランドの性的なユーモアを気に入っていますが、これはブランドの基盤ではありません」と話すのは、ニューヨークに住むDC出身の「Homoco」創業者、ダニエル・デュゴフさん。続けてこう話します。

 「ユーモアは何層にも重なっていて、人々が必ずしも『あれはゲイのブランドだ』と気づかないほうが成功だと思っています。トップスとボトムスのジョークを理解していなくても、商品名から意味を汲み取ることができるでしょう。卑猥な言葉が入った下着にはできない方法で合図を送りながら、ブランドを楽しめるということを意味しています。Homocoなら、『その服いいね! でも、なんでガソリンスタンドのモチーフなの?』と聞いてから、『ああ、ゲイなのか』と気づくことができるのです」

 「Homoco」というブランド名は、彼の家族がかつて所有していたガソリンスタンドチェーン「Hommes Oil Company」の略称から来ています。

 デュゴフさんのビジネスは、実際多くのレイヤーを重ねた結果として生まれたものです。まるでメンズウエアのデコパージュ(デコレーションを楽しむこと)のように、このデザイナーは過去(彼の家族)、専門性(建築学の学位、マーク・ジェイコブスとの仕事)、そして未来(彼の一般的なスタイルの展望)の要素を重ね合わせて、グラフィックデザイナーのアラン・フレッチャーに小さな町のガソリンスタンド、そして『ボーイズ・イン・ザ・バンド』の要素を少しだけ加えたようなレーベルに仕上げたということです。

 少し入り組んでいるようにも聞こえますが、彼は「Homoco」を天空から引き寄せたわけではありませんし、「Homoco」は意味のないイラスト入りの油缶(ワークウェア風のファションで何度も出てくるテーマ)でもありません。

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Homoco

 ベースボールキャップや着やすい夏用Tシャツなどを展開するこのブランドですが、実は第二の波に乗っています。

 「Homocoが何か、特別なものになるとは思っていませんでした。1つのブランドがあって、また別のブランドがあって、でも、それらが組み合わされたときに、これまでの自分のレーベルとはまったく異なるものになっていたんです」と、話すデュゴフさん。しかし実は、「失敗ではありませんが...意味を持つほど上手くは行っていませんでした」という過去のメンズウエアラインに触れながら話します。

 これらのアイデアを結びつけたのは、家族内のジョークでした。

 「子どもの頃に廃業したガソリンスタンドのチェーン店は、Homocoと呼ばれていました。私の親族にはLGBTQ+な人がたくさんいたので、内輪で笑い合っていたんですが、誰かがそれを使って何かするということはありませんでした。それで、自分がやりたいことを考えたときに、Homocoと呼ぶのは理にかなっていると思ったんです」

 30年代から90年代初頭まで、何十ものガソリンスタンドがこの名前で運営されていましたが、「土地利用以外に、正式に登録されたものはありませんでした」とデュゴフさんは話します。Homoco 2.0はガソリンスタンドの複製というよりも、参考にしてつくったのだとか。

 「祖母がすべてを所有しているので、電話で相談したところ、素晴らしいアイデアだと言ってくれました。祖母がどこまで理解していたかはわかりませんが...応援してくれました。オリジナルのHomocoにはデザイナーも看板屋もいなかったので、祖母が持っていた写真の箱の中から古いガソリンスタンドの写真を何百枚もスキャンしました。オイルのランニングプリントは実は叔母がデザインしたもので、実家に額装されていたものを持ってきて、そこから始めました」

  一家のガソリンスタンドは、かなり前に廃業してしまいました。ですが、Homocoは今でも家族経営です。デュゴフさんの祖母は、ブランドのマーケティングメールに個人的に返信しているのだとか…。「彼女は、メールが自分宛てに直接送られていると思っているんです」と、デュゴフさん。

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Homoco

 「Homoco」は明らかに過去のアメリカーナを参考にしており、これもまた賢い選択です。他のトレンド(マキシマリズム、スポーツウェア、2010年代の #menswear など)の人気が高まったり廃れたりする中で、ワークウエアは多かれ少なかれワードローブの定番となっています。肉体労働者のためのニューイングランドの糸は、今ではあらゆる色のあらゆるスタイルのユニフォームに選ばれています。

 これは、LGBTQ+と隣接するユニセックスブランドの基盤と共に、デュゴフさんが意識してきたものです。

 「私たちはセックスではなく、コミュニティの話をしています。エッチなゲイ向け下着ブランドもあります。しかも、卑猥な目的のものばかりのものですが…。その一方で、超高級なリゾート風ゲイブランドもあります。ですがそれらは、実際には手の届かないものばかりです。消費者全体の中から裕福な白人ゲイ男性や、自分の性的欲求を公に宣伝している方たちだけを狙うのであれば、ほんの一部の顧客しか対象にしていないことになります。そうではなくて、ニッチな中にいながら、なるべく広範囲の方たちに語りかけながら、コミュニティ主導であり続けられるブランドにしたかったんです」と、デュゴフさんは話します。

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Richie Talboy

 コロナ禍以前の世界では、ポップアップショップやトランクショーによって「Homoco」の福音を広めるため、デュゴフさんとチームはコミュニティの過去をさりげなく称えるこのブランドを掲げ、アメリカ中のLGBTQ+が集う休暇スポットを旅していました。

 濃いアトランティックブルーの夏用Tシャツには、ニューヨークのヘルズ・キッチンの名前がプリントされ(背中にはスタジオ54のフォントで「ミッドタウン・ウエストと呼ばないで」と書かれています)、他の色にはマサチューセッツのプロビンスタウン、ニュージャージーのアズベリーパーク、ロサンゼルス、パームスプリングス、そしてもちろんサンフランシスコなど、さまざまな場所がプリントされています。

 「昔ほど、LGBTQ+の人々が集う街ではなくなった所もあります。ですが、これらの場所は芸術や文化の遺産が残る素晴らしいスポットです」と、デュゴフさん。「調べれば調べるほど、いたるところに秘密の歴史を持つ場所があり、それを探っていくのはとても楽しいです」と話しています。

 デュゴフさんは、「商品自体は革新的なものではない」と言いますが、「Homoco」は未来に目を向けながらも、常にLGBTQ+の過去に根づいています。カルバン・クラインの下着から「ダディ」と書かれたキャップ、JWアンダーソンと初期のゲイ・アートの生みの親であるであるトム・オブ・フィンランドのコラボまで(Homocoも2020年夏にアーティスト財団とのクロスオーバーを発表しており、デザイナーのThis Is Amitがトムの想像するオリンピック選手の体格を再解釈しました)、メインストリームのファッションがこれほどまでに露骨であったことはかつてありません。ですが、これらはもはや脇に追いやられる存在でもないのです。

 グリニッジ・ヴィレッジと「現代のクィア権利運動の発祥の地」という言葉がプリントされたTシャツを着ることは、40年前には「クィア」であることを大声で宣言できなかったことを考えれば、革命的と言ってもいいでしょう。

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Homoco

 現在では多くのLGBTQ+がカミングアウトし、それを誇りに思い、これを称える「Homoco」のようなブランドを自由に、そして安心して身につけています。

 しかしデュゴフさんは、これを可能にしてくれた方々のことを忘れてはいません。Tシャツやベースボールキャップの横には、鮮やかな色のバンダナが並んでいます。中には半裸の男性(トム・オブ・フィンランドとのコラボレーション)やワインレッドのサイダー缶(ニューヨーク州北部のスティケット・イン・ホテルとのパートナーシップ)がプリントされたものもあります。

 「私たちは今、このような象徴を必要としない世界に生きています」とデュゴフさん。「雑誌やメディアでは、バンダナの色が緑と黄色が緑と白とはまったく異なるものを意味する理由を初心者でも理解できるように、バンダナコード(ハンキーコード)の意味を但し書きに記載しておくでしょう。それは、『クィア』の歴史を覚えておくのにぴったりの場所でもあります」

  なぜなら、言葉は変わったものの、「Homoco」は語源学者と歴史家の両方の役割を演じ、コードとLGBTQ+の神聖な過去を称えることにより、コードを最も必要としていた人々を称えているからです。2021年現在、LGBTQ+の人たちはもはや、密かに語り合う必要はありません。

Homoco Official Site

Source / ESQUIRE UK
Translation / Yuka Ogasawara
※この翻訳は抄訳です。