世界最高級の香水を体感できる「アンリ・ジャック」の路面店が銀座にオープン。アンリ・ジャックは香水と香料の都として歴史を持つフランスのグラース近郊で、アンリ・ジャック・クレモナ氏が創業したオーダーメイドのオートパフューマリー(Haute Parfumerie=フレグランスにおける、メイド・トゥ・オーダー サービス)です。創業は1975年。およそ半世紀にわたって最高級の天然香料やハンドメイドにこだわり、特別な顧客たちからの注文を受けてきた秘蔵の名門です。
当初はオーダーメイドのみの販売でしたが、創業者である父の志を引き継いだグローバルCEOのアナリズ・クレモナさんは、それまでのオーダーメイドだけでなく、より多くの人々が自分らしい特別な香りを見つけられるようにと、ブランドが手がけた数千種のライブラリから厳選したラインナップを復刻させることで既製品の販売もスタートさせました。
パリのモンテーニュ通り2番地やイギリスのハロッズデパート内、ロサンゼルスのロデオドライブ、中東、アジアにブティックを展開し、今年4月24日にオープンした日本ブティックは世界10店舗目となります。日本にも、フランス発の本格的なパフューマリー(Parfumerie=香水店、フレグランスショップなど、香りを専門に扱う店舗)が誕生したのはうれしい限りです。
銀座店があるのは、美しい街並みが広がる銀座・並木通り沿い。シックかつ豊かさと洗練さを放つたたずまいの空間を訪れると、アナリズさんとアーティスティックディレクターのクリストフ・トレメールさんがにこやかな笑顔で迎えてくれました。
MAHO:アンリ・ジャックと言えば、天然香料やハンドメイドへのこだわりが真っ先に頭に浮かびます。そして、オーダーメイドの香水メゾンとしての豊かな歴史もお持ちですね。
アナリズさん:アンリ・ジャックほど天然の香料にこだわり、多用しているメゾンさんはないと思っています。原料によっては、1kg当たりの価格がゴールドより高価なものもあるんですよ。アンリ・ジャックならではの特徴として、会社内に工房とラボがあって、香料を保管するための部屋も数多く設けています。ちょっとした博物館のようでもあります(笑)。
“オーダーメイド”という言葉も出てきましたが、香水はすべて自社内でつくっています。アンリ・ジャックはもともと、お客さまにオーダーメイドで香水をつくるところから始まったブランドです。もしかしたら他のブランドさんの中には、バルクの状態で外部から仕入れた香料を混ぜて“オーダーメイド”としてラベルを貼って出しているところもあるかもしれませんが、アンリ・ジャックはそうではありません。自社内に保管してある香料を使い、それらをゼロから独自に調合して、香水をひとつひとつつくり上げています。昔ながらの洋服の仕立屋さんをイメージしていただくと良いかもしれません。
MAHO:必然的に、つくることのできる数も限られてきますよね?
アナリズさん:世界に10店舗。しかもブティックのみの販売となるので、どうしても量には限界が生じてしまいます。時計やジュエリー、革製品などもそうかもしれませんが、量だけを追い求めてしまうと、どうしても質が下がってしまうリスクを負うものです。が、アンリ・ジャックはそうなることを避けています。大切なことは、妥協することなく、メゾンに見合った香水を丹念につくり続けることだと思います。
【MAHOの解説】
ここで読者に向けて、少し香水についての歴史を解説しますね。
アナリズさんのコメントにもありますが、今でも香料には黄金に匹敵するほど高価なものがあります。歴史的に見ても香料は大変貴重なものであったと伝えられており、それらをふんだんに使用した香水とは、王侯貴族のみが特注できる別格のぜいたく品でした。当然貴族たちは、オートクチュールのように自分だけの香りをつくらせていました。その後18世紀には、調香師がパリにパフューマリーを開くようになり、特権階級の婦人たちはお気に入りのボトルに香水を詰めてもらうことがある種のステータスとなっていたことが記録されています。
近代化が進んだ19世紀になると、すでにボトルも一律に設計された香水が登場し、20世紀には香水専門ブランド以外のさまざまなメゾンも軒並み自社のイメージに合わせた香りを発売するようになります。そして90年代末になると、マスマーケティング製品も増加し、幅広い層が日常的に香水を楽しめる時代へと突入します。
この数年は、日本でもフレグランスへの関心が高まる一方、多くの商品の中から人とカブらない自分らしさを表現したいユーザーに向けて、こだわりのブランドが台頭。アンリ・ジャックは70年代にオートパフューマリーを回帰させ、伝統を育んできました。
MAHO:メゾンの特性を知るために、具体例として商品のお話をさせてください。販売ラインの中心となっている「レ・クラシック」コレクションのレ・エッセンスというシリーズは、香料濃度が約100%という超高濃度の香水。そしてさらに、希少性の高い原料もお使いですよね。
アナリズさん:ローズやジャスミンなどをふんだんに使用しています。他にも「レ・ブルーム」というシリーズはアルコールで希釈されていますが、香料が15~20%と一般的なパルファン同様に濃度が高くて、希釈するアルコールも厳選したオーガニックのものを使用しています。商品のことを考えると、まず環境に優しいこと、そして人の健康を害さないものであることが必須条件となります。商品の在り方として美しいのか、そして商品がナチュラルなものであるかを常に考えて、香水づくりに向き合っています。
MAHO:実は私も試したことがあるのですが、たった数滴まとうだけで芳醇(ほうじゅん)な香りに包まれ、すぐに私と一体化する馴染(なじ)み方に驚かされました。香りも気に入ったものでしたが、それ以上に初めて使った香りと思えないような懐かしい温もりと優雅さが、リッチな余韻をもたらしたことを鮮明に覚えています。
【MAHOの解説】
近年はオーガニックのアルコールを使用した商品や、アルコールを使用せず、穏やかな香り立ちや持続を重視した香水が増えています。そして天然香料についても補足をすると、天然香料の魅力は希少性や、一つの素材でも何百種という香気成分が含まれた完成度の高さが挙げられます。
「レ・ブルーム」は香料濃度が15~20%で、75mLで8万円以上という価格帯です。金額だけを見ると非常に高価に感じられるかもしれませんが、それはやや早計かもしれません。パルファン濃度でも30%前後の香料濃度であり、高品質な天然香料にこだわっている点やオリジナルのクリスタルボトルに収められている点を考慮に入れると、実は非常に理にかなった価格帯とも言えるのです。
MAHO:続いて、銀座店の空間についても質問させてください。シックかつ洗練された空間なのに、ソファやチェアがあり、深くくつろげる癒しにも似た空気感が漂っています。こういった点にも、メゾンの哲学や息吹が込められているのだと感じました。
アナリズさん:アンリ・ジャックが大切にしているのは、「アート・オブ・リビング(Art of Living)」という考え方です。つまり、“生きるという芸術”や“生き方”、“香水との暮らし方”になります。銀座店の空間は、それらを反映したつくりになっています。アンリ・ジャックの香水とは、空港で飛行機の待ち時間に免税店でサササっと選ぶものとは違いますし、さまざまなメゾンの無数の香水の香りに包まれた空間で選び出すものとも違うと考えています。フランスの文化として、おうちに常に香りを置いたり、季節に応じて香りを変えるという伝統がありますが、ここではお客さまの感情の変化や季節の移ろいを感じていただきながら、腰を落ち着けて香りを選んでいただきたいのです。
アンリ・ジャックとしては香水メゾンという立ち位置ではなく、アート・オブ・リビングを大切にした、「香水をつくる高い専門技術を持ったライフスタイルブランド」と位置づけています。そういったスタンスも、私たちの特徴かもしれません。
MAHO:ここまでのお話をうかがっていると、独自性の高いメゾンとしての在り方は今となっては懐かしくもあり、かえって新鮮にも映ります。アンリ・ジャックが現在のようなカタチになったのはなぜでしょうか?
アナリズさん:私の母国フランスには伝統として、パフューマリーという形態が文化として育まれた歴史がありました。ですが、それが90年代に大きく変わってしまいました。大量生産は当たり前。店頭に行けば同じような香りの香水が並ぶようになりました。もちろん、その動き自体を否定するつもりはありません。ただ、そのトレンドを私たちは追わないことに決めたんです。
私たちアンリ・ジャックとしては、最高品質で希少性が高く、他では買えないような作品を生み出すことが自分たちの強みであり魅力だと自負しています。世界のどこでも買えるような香水、例えば3000カ所の販売拠点を設けるなどというのは、最高品質を維持することは不可能です。だからこそ、大量生産・大量販売といったトレンドとは距離を置く以外の選択肢はありませんでした。
MAHO:他国のブティック同様、日本ブティック限定の香りがあるとうかがいました。しかも、各国限定の香水のコレクターがいるほどの人気です。その香りはどのような思想のもとに生み出されるのでしょうか?
アナリズさん:その国の文化を理解したうえで、それをアンリ・ジャックと融合させることを大切にしています。香水とは旅であり、文化そのものです。香水をつけることは「旅をする感覚」に近くて、香りの原料が世界各国から集められているという事実を見ても、旅という感覚はしっくりくるんですよね。
どの国の限定品をつくる際も同じですが、アンリ・ジャックの自由な創造性のもとで、日本に合う香りや私たちが解釈する日本らしさを香水に落とし込んだものを発表しています。つまり、マーケティングや統計に基づいたマーケットインではなく、プロダクトアウト。本当にピュアなクリエイションとして、自分の解釈を入れた完全な創造物として発表しています。
アンリ・ジャックに戻ってくる以前、私は香水の一大コングロマリットで働いていました。その経験も踏まえてここで実現したいこととは、真のパフューマリーとして、自分たちだからこその原料を使って香水を生み出すこと。それこそがアンリ・ジャックに課された使命であると思っています。
MAHO:日本限定の香りはどのようなものでしょうか?
アナリズさん:日本から連想されるのは、「伝統と現代性が融合した国」であることです。軽快にさまざまな文化を取り入れ、新たな個性を表現することに長(た)けた国。いろいろなスタイルが楽しめる国ですよね。だから日本限定の香水では、そういった日本らしさに対する自分なりの解釈を落とし込んだ香りを選びました。
【MAHOの解説】
新たな創造性を持つ香水が成功を収めた場合、その香りがトレンドとなり、効率化という名のもとに類似した香りが生み出される傾向は否定できません。さらに、日本に親和性を持たせたい香水には、典型的に「和」をほうふつさせる素材を前面に出した商品が多いことはご存じのとおり。
ところが、アンリ・ジャックの日本限定香水は、それらの点でも違いがあると言えます。そういったメゾンのスタンス、さらには日本限定というエクスクルーシブな香りも、アンリ・ジャックの顧客層に響く要因の一つと言えそうです。
MAHO:独特なケースに入れて楽しむ練香水、「クリック‐クラック(CLIC-CLAC)」が印象的です。練香水は少々フェミニンなアイテムという印象がありましたが、これは違う。ジェンダーを感じさせることがありません。ライターのようでもあり、男性にもスタイリッシュに楽しんでいただけそうですね。
アナリズさん:このケースは新たな発明だと思っていて、ケースの開発に4年半、練香水の開発に3年もの時間を費やしたメゾンの自信作でもあります。クラシカルな趣がありつつ、モダニティを感じさせますよね。中身の練香水は取り換え可能なので、エコロジーでもあります。
中身の練香水は現在18種類のラインナップがあり、どれも100%天然素材でつくられています。
MAHO:今まさに、日本に滞在中のアナリズさんがそうですが、海外など旅行に行く際にも便利ですね
アナリズさん:香りとは、感情を呼び起こすものでもありますよね。私はほっとする香りを持ち歩いていて、旅行中もときどき香りを楽しむことで、自分の家に戻ってきたような感覚でリラックスをしています。テクノロジーを結集したケースの中にメゾンの伝統の香りが詰まっている、古くて新しいアイテムです。
MAHO:日本でも、自分のためだけのオーダーメイドの香水をお願いできるのはとても楽しみです。
アナリズさん:もともと2014年までは、完全オーダーメイドのオートパフューマリーメゾンです。ぜひご期待ください。ブティックでコンサルテーションをした後、フランスのラボにオーダーをするという流れになります。専任のスタッフが丁寧にお話をうかがいます。お客さまからの声に関して、特に大切にしていることがあります。それは「香水を使うことでどういった感情になりたいのか」ということです。そういった感情の揺れ動きを意識していただければ、まるでご自身の分身のようにぴったりの香水に出合っていただけるはずです。香水という果てしない旅の世界へとご案内いたします。
香水の香調や配合された香料の名前にこだわるよりも、「その香りがもたらす気分や感情の変化に思いを馳せてほしい」というスタンスは、もろ手を挙げて賛成してしまいます。香りとは、知識よりも、言語よりも、感覚や嗅覚が物を言う世界でもあります。
まずはメゾンの世界観に身を委ね、信頼できるスタッフのもとで香りを経験し、あとは身を任せてみる。世界のセレブリティを魅了してきたオートパフューマリーの文化を守り続け、未来へとつなごうとするアンリ・ジャックで香りのアートに触れてみてはいかがでしょうか。
●お問い合わせ
アンリ・ジャック銀座
住所/東京都中央区銀座7-6-19
TEL/03-3289-0068
時間/11:00~19:00(火曜定休)
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◎PROFILE
MAHO / フレグランスアドバイザー、評香師。1000種以上の香水と天然・合成香料が揃う「プライベート トワレ」主宰。香りがもたらす想像性の豊かさを実感し、フレグランス関連企業の勤務を経た後に独立。香りをまとう人のキャラクターやメッセージ性に寄り添い、魅力を高めるためのスタイリングで、フレグランスカウンセリングブームの先駆者に。販売のプロ育成のトレーニングサポートや、評香師として製作ディレクションを行いながら、香水の魅力、日本人が実践しやすい使い方を提案。The Fragrance Foundation提携の日本フレグランス協会設立に関わり常任講師を務める。日本調香技術普及協会理事。