暗記ではなく、
フィーリングで選ぶ
ワインの道

本連載は羅列された文字を暗記するのではなく、友人や家族、そして大切な人を思い出すかのように、感覚的にそのワインが持つ魅力をイメージできたら、という思いからスタートしました。

ワインスタイリスト藤﨑聡子さん監修のもと、文字通り“個性豊かな性格”を擁する希少なワインがイラストレーターInigo Studioの感性と溶け合って、「人間の姿へと置き換えたカタチ」でお届けいたします。生産地・歴史などはそのままに、そのワインが繰り出す性格に関しては、“独断と偏見”によって一例となるよう具現化(フィクション)していきます。そう、このお話は、「ワインの可視化」を目指したものです。

これまで伊「オルネッライア 2017」、仏「シャンパーニュ ドゥラモット」、英「ナイティンバー 」、前回は仏「ローラン・ペリエ」と出逢い、その声を訊くことに挑戦しました。そして今回は…、中東の国レバノンのワインに焦点を当ててみたいと思います。

「レバノン」ワイン
悠久の歴史が香る

紀元前4500年頃にフェニキア人によってレバノンにワイン圧搾機やたしなむ文化、ブドウ品種が伝えられたいう研究もあり、約6000年以上ものワイン造りの歴史があると言われています。

そして、そのワインが語り掛けてくれるのは、その味の奥深さだけではありません。それが生き物であることを再確認させてもくれます。そうして「ワインとは人、そしてその味は、ライフスタイルそのものである」と確信させてくれるのです。

ロマンを感じながら、それでは物語をはじめましょう…。

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陽が降り注ぐある夏の日。地中海沿岸に佇むあるホテルのバルコニーで待ち合わせです。ベイルートの旧市街と停泊しているクルーザーがのぞめます。はだけたコットン素材のベージュ色のシャツから、小麦色に焼けた肌をのぞかせる男性と目が合いました。

「シャトー・ミュザール
・ホワイト 2012」
と出逢う

Q.初めまして。本日はよろしくお願いいたします。

こちらこそ、よろしくお願いいたします。いつもここのバルコニーでコーヒーを飲んでいるのですが、同じ飲み物で大丈夫ですか?

Q.ありがとうございます。レバノン初訪問でして…アラビックコーヒーですか?

中東に位置するので、 浅煎りのアラビックコーヒーと思われるかもしれませんが、レバノンで一般的に飲まれているのコーヒーは、深煎りで味は濃いものですので、トルココーヒーとイメージしてもらったほうがいいと思います。でも、カフェインは少ないですよ。朝のコーヒーはフレンチスタイルで、昼間と夕方にはワインを飲みますけどね。

Q.では今日のインタビューは早く終わらせますね(笑)。最初にご出身を教えてください。

出身(畑)は…、ベイルートの東の山々、肥沃で日照に恵まれたベッカー高原(Bakaa Valley)です。海抜約1000mもの高地に位置し、夜はとても厳しく冷え込むので、熟成するのに重要な環境下で育ちました。夏と冬の寒暖差が大きいエリアです。

石灰、砂利、岩などが混じりあった土壌ですが、ベッカー高原は山のふもとに位置するため粘土質の表土は薄く、石灰質の多い土壌です。だから、ミネラルが豊富なのです。

実家(ワイナリー)は…、ベイルートから24km北上した「ガジル(Ghazir)」という村にあります。18世紀に建てられたお城からは、地中海を見下ろせますよ。

Q.ずっとレバノン育ちなのですね?

生粋のレバノン人で、私の身体には「オバイデ(Obaideh=レバノン土着の白ブドウ)」と、「メルワー(Merwah=レバノンで栽培されている色白のブドウ品種)」のDNAが流れています。

世界では珍しく、フィロキセラ害(=19世紀に世界中のブドウを襲った害虫)を受けていないんです。

Q.最初にご挨拶したとき、キャラメルのような甘く、フルーツのようなフレッシュ感と…モカのような熟成感のある香りがしました。

ありがとうございます。明るくフレッシュな印象…でも、熟成感のある香りを心がけています。

甘い香りを感じてくださったのは、ドライなハチミツの香りとオレンジの花でしょうか。フレッシュ感は洋ナシやパッションフルーツ、グァバの果実味ですね。

Q.エレガントで、自然で心地よく、少しエキゾチックですね。影響を受けた人や尊敬する人はいますか?

1930年に「シャトー・ミュザール」を設立したガストン・ホシャールはもちろんですが、彼の息子で2014年に亡くなった2代目のセルジュ・ホシャール(Serge Hochar 1939-2014)に、シンパシーを抱いています。

Q.どういった点で?

セルジュは知性あふれる紳士で、周りの人を不思議と惹きつける魅力を持っていました。彼はフランス語、英語、アラビア語が堪能で、世界中に多くの友人がいました。常にオープンマインドで、私もそうありたいと思っています。私も若い頃は、世界をバックパッカーで周っていました。もちろん、いまでも旅行は大好きですよ。

Q.特に思入れのある国はありますか?

選ぶのは難しいですが…、フランスでしょうか。尊敬するセルジュは仏ボルドー大学でワイン醸造学を学んでいました。そういった意味で、ワインと縁の深いフランスは好きな国の一つです。

それに、私のボディー(身体)に流れる「オバイデ」と「メルワー」は、ブルゴーニュ地方が原産とされる白ワイン用ブドウ品種「シャルドネ」に似ており、またボルドー地方が原産とされる白ワイン用ブドウ品種「セミヨン」の祖先と言われている古い土着品種ですから…。このDNAは誇りでもあります。

Q.受け継いでいくには、大変な苦労と歴史がありますね。

忍耐力が重要ではありますが、やはり情念と愛情…信念が大切になってきます。

再びセルジュの話になりますが、彼はワインに対して人一倍の情熱家でもありました。1975年~1990年にかけてあったレバノン内戦中、ホシャール家は約20年間も地道にワイン造りを続けていました。戦火の中…でですよ。

ブドウは手摘みされ、畑からガジルのワイナリーまで約70kmトラックで運ばれ、戦時中は数日、ときには数週間もかかったと聞いています。

内戦の影響によって1990年には、約250kmもの迂回をしなければならなかったそうです。このような(戦時中)影響下においても、ワインが生産できなかった年は1976年の1ヴィンテージのみでした。

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酸化を恐れない!
どんな時間でも楽しめる
「シャトー・ミュザール」のワイン

Q.素晴らしい歴史ですね。どういったシチュエーションでワインを飲むのが好きですか?

家族や外国からの友人など自宅にゲストを招いて、カジュアルな楽しいディナーと一緒に飲むワインが一番好きです。レバノンで開催される国際クラシック音楽祭『AL BUSTAN』のときはいつも、盛大なパーティーになります。

Q.パーディーだとお酒、特にワイン選びは大変になりそうですね…。

「シャトー・ミュザール」のワインはすべてナチュラルな製法で造られていて、人的介入を最小限に抑えたワインメイキングを信条としています。とても複雑な味わいで、ワインは樽で3年間熟成された後、リリースまでさらに4年間熟成されています。開けた後でも、香りも味も長く楽しめるワインだと思っています。

ですので、例えばディナーの席に遅れて来るゲストがいても、空気と温度に触れた瞬間から新たな表情を見(魅)せてくれる「シャトー・ミュザール・ホワイト 2012」は、どんな時間帯でも楽しめ、喉(のど)にすっと落ちて飲みやすく“疲れない”ワインと言えるでしょう。この1本さえあれば、ディナーやパーティーがずっと楽しめるのですから…。

「ワインは、くちびるに塗るだけで…」

Q.遅れてきた人も楽しめるワイン…って素敵ですね。

最後にとっておきのセクシーな話を…。2代目のセルジュはワインのテイスティングは、『くちびるに塗るだけで、そのワインがわかる…』と言っていました。私も賛同しますが、これには賛否両論あると思います。ですが、これが彼の哲学で、彼を物語るエピソードと言えるでしょう。

でも私の場合は、その後に大切な人とキスをします。そうすると、もっと味がはっきりとしてくるので…(笑)。 なので、ディナー後の二人の時間でも楽しめますよ…。

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INIGO STUDIO
シャトー・ミュザール「シャトー・ミュザール・ホワイト 2012」6930円購入はこちらから
  • 葡萄品種(セパージュ):オバイデ(Obaideh=レバノン土着の白ブドウ)60%、メルワー(Merwah=レバノンで栽培されている色白のブドウ品種)40%

▽藤﨑聡子のテイスティングノート▽

オバイデ60%、メルワー40%。さまざまな白ワインを飲みなれている人には懐かしい味わい、と感じるでしょう。

酸味、果実のボリューム、フィニッシュした後の余韻…、何かと似ているような感覚を覚えるのではないでしょうか。一方で、このブドウ品種は古代から生き抜いてきた、多くのブドウとDNAがつながっているのだろうな、という印象を持てるはずです。

酸味の中から優しい甘さ、これがとても上品です。温度帯が変わってもこれがぶれない味わいと骨格。ブレンドされているからこそ生まれるバランスの良さなのでしょう。

この「シャトー・ミュザール・ホワイト 2012」で乾杯をしたいと思う理由は、一口飲んだ瞬間に広がる複雑な芳醇さです。そして、もう一口欲しくなるでしょう。2022年現在、収穫した2014年から8年経っていますが、まだまだ進化し続けるワインと言えるでしょう。“定点観測していきたい”1本です。

●彼に出逢う方法:「シャトー・ミュザール・ホワイト 2012」公式サイト(日本語)