「ジン」と言うと、皆さんはどのようなイメージを思い浮かべますか? アルコール度数の高いお酒、居酒屋で飲むジントニック…といったところでしょうか。
それも間違いではありませんが、少量生産で個性の強いジンを各メーカーがこぞって打ち出すクラフトジンブームが巻き起こり、世界的に急成長を遂げているのが、現在のジンの姿。その反面、急激に種類が増えたことで、何が自分の好みに合っているだろうか? どうやって飲むのがいいのだろうか? と悩むことも少なくありません。最近「ジン」を聞くようになったけれど、そう言えばどんなお酒だろう…と思っている人もいることでしょう。今こそ、ジンというお酒を改めて知る機会なのかもしれません。
そこで訪ねたのが、日本初のジントニック専門店「Antonic(アントニック)」。100種類以上のジンを取りそろえ、期間限定でジンを使ったスイーツやおつまみを提供するなど、ジンの魅力をさまざまな角度から伝えているバーです。そんなAntonicのディレクターである武田さんから、「これを知っていたら、ジンをより楽しめるようになる」と考えられる銘柄を、そのストーリーや楽しみ方とともに1本ずつご紹介していただきます。
第1回では、スコットランド生まれの「ヘンドリックス」をピックアップ。昨今のクラフトジンブームのきっかけをつくったと言われているジンです。初回と言うこともあり、今一度ジンというお酒についても解説していきます。
編集部:そもそも、ジンとはどのようなお酒なのでしょうか。
武田さん:ジンはヨーロッパで誕生したお酒で、蒸留酒(アルコールを加熱し、その蒸気を冷やして液体にすることでつくられるお酒)の一つです。同じ蒸留酒でもウイスキーであれば穀物、ブランデーであればブドウなど、原料がその風味となるお酒と違ってジンは「香りのお酒」。クリアなお酒をベースに、フルーツ、ハーブ、スパイス、花といったボタニカル(素材)の香りを加えて造られます。味ではなくフレーバーに特徴があるがゆえに、ストレートやロックで楽しむよりもカクテルとして親しまれてきました。また使われたボタニカルが香りの特徴に直結する分、実は意外と自分の好みに合った1本を見つけやすいお酒でもあるんです。
もともと、ジンは労働者のためのお酒だったそうです。ジンの始まりとしては諸説あり、オランダでは「ジュネバ」というお酒で知られていたり、イタリアでは薬酒として飲まれていたりしたそうですが、「現在世界中で飲まれているジンの形は、産業革命時代のイギリスで生まれた」と言われています。
ただ、その当時は今と違ってジンは、「スパイスのお酒」だったそうです。さらに言えば、「粗悪なアルコールの臭み消しとしてジュニパーベリー、コリアンダーなどを使って、ぎりぎり飲めるようにしたアルコール」でした。ワインやビール、ウイスキーは高くて買えないという人たちが、それを飲みやすいようにジュースで割って飲んでいたとされています。
武田さん:こうした背景もあって、1990年代の半ばまでは「ジンは安酒」という認識が定着していました。ただ結果的にはこの認識であったおかげで、現在の“造り手が自由な発想で造る個性豊かなジン”の登場につながったと言えます。
ジンは良くも悪くも安酒だったということがあり、製造にあたっての法律や特許がありませんでした。例えばウイスキーやシャンパンなどは、「この地域で造られたものでなくてはならない」「この製法で造られなければならない」というルールがあります。ですが、ジンを定義するものには大きく次の2つのルールのみとされています。蒸留に関する細かなルールがない分、とても自由度の高いお酒なんです。
- ジュニパーベリーを使用すること
- (輸出時にお酒の劣化を防ぐために)37.5度以上にすること
編集部:現在は1本5000円以上するようなジンも登場しているぐらいですから、昔は安酒だったというのは驚きでした。そうした「安いスパイスのお酒」から「フレーバーを楽しむ香りのお酒」になるまでには、どのような過程があったのでしょうか。
武田さん:産業革命から約100年経った頃に、「こだわったものを造ってみよう」と開拓精神を持ったブランドが出始めたんです。例えば、「ボンベイサファイア」や「タンカレー」。「ボンベイサファイア」はハーブの香りを抽出する方法を生み出し、「タンカレー」はシトラスフルーツの皮や果汁を使って、ジンを造ることに成功しました。
こうして切り拓いていった蒸留所のおかげで、スパイス以外のボタニカルを使っても香りづけができる技術が広まり、造り手の個性が反映されたジンが生まれるようになりました。そんな中、スパイスやハーブ、フルーツなど多種多様なボタニカルを組み合わせて造り、ジンというお酒のイメージを大きく変えたのが「ヘンドリックス」です。
武田さん:ヘンドリックスが誕生した当時、確かにクオリティの高いジンを造る蒸留所は他にもありました。ですが、華やかなフレーバーを大胆に表現し、「ジンは香りのお酒」というイメージを打ち出した点で革命的であり、ヘンドリックスがなければ現在のジンのシーンはなかったと言っても過言ではありません。
個性豊かな少量生産のジンを造るクラフトジンブームは、ここから加速していきました。それが今から約20年前のことです。そう考えると、クラフトジンブームは非常に新しい文化と言えます。
その文化が世界中で急速に広まったのは、ジンが熟成を必要としないお酒であることももちろんですが、インターネットが普及していたことも大きいでしょう。自由度が高いからチャレンジがしやすく、情報さえ入ってくれば中南米や日本でも造ることができる…。今だからこそ生まれた文化とも言えるのではないでしょうか。
編集部:ヘンドリックスはどのようなお酒でしょうか。
武田さん:ヘンドリックスには、11種類のボタニカルが使われています。特徴的なのは、そこにバラとキュウリのエッセンスが加えられていること。異色の組み合わせですが、ヘンドリックスを語る上では欠かせないボタニカルです。
醸造しているのは、世界的に有名なウイスキー「グレンフィディック」を手掛ける、ウィリアム・グラント&サンズ社。その蒸留所は、世界に数ある蒸留所の中でも建築物として美しいと称されているんです。建物の中にはハーブ園や植物園があり、そこで新しいジンを生み出すために日々研究がなされています。
武田さん:蒸留器は中央に「カーターヘッド」と呼ばれるものが1つ、両サイドにそれよりやや背の低い「ベネット」と呼ばれるものが並びます。「カーターヘッド」が漬け込み式の蒸留で香りを抽出できるタイプ、「ベネット」が水蒸気で香りを抽出するタイプです。ボタニカルによって香りの抽出しやすさが異なるため、例えばバラはベネットのほうで抽出するなど、フレーバーの種類に合わせて蒸留器を使い分けています。その抽出方法が約20年前に編み出されていたと考えると、こうした点でもクラフトジンの元祖と言えるように思います。
編集部:そんなヘンドリックスの、おすすめの楽しみ方を教えてください。
武田さん:今回おすすめするのは、王道とも言える「ジントニック」。イギリスでは現在でもジンの消費量の7割がジントニックで飲まれていると言われるほど、ポピュラーなスタイルです。せっかくなので、今日は私たちがお店で提供しているつくり方を紹介させていただきます。
武田さん:分量は、1(ジン): 5(トニックウォーター)。一般的なバーでは、1:3で提供されることが多いのですが、私たちはこの分量にしています。というのも、先ほどお伝えしたようにジンは香りがメインのお酒なので、ジンの分量が増えるほど味が弱くなるんです。1:5の分量であれば、香りだけでなく味も適度に感じられて飲みやすく、かつアルコール度数はやや低くなるのでジン初心者の方にも飲みやすいと考えています。
使うトニックウォーターは「シュウェップス」。一般的に広く流通しているトニックウォーターなので、皆さんがご自宅で飲みたいと思ったときにも手に入りやすいでしょう。
「シュウェップス」の良さは、香りを邪魔しないことにあると考えています。味としても甘すぎず、苦すぎず、きつすぎず、そして香りは脇役として徹してくれる。ジンを主役として香りを堪能して飲みたい場合は、このトニックウォーターをおすすめします。
ぜひ自宅でジントニックをつくって飲んでみてください。もちろん、お店でもお待ちしております。
ヘンドリックスのテイスティングノート
- 原料:11種類のボタニカル。バラとキュウリのエッセンス
- 香り:華やかで清々しさのあるフレーバー
- アルコール度数:44度
Antonic
日本初のジントニック専門店。ジンは130種類以上をそろえ、そのラインナップをメニュー用の公式Instagramで公開。有名ホテルや一等地に置かれているようなプレミアムなジンも、ジントニック1杯から楽しめる。
The World Gin&Tonic〔Antonic〕
住所/東京都目黒区東山1-9-13
TEL/03-6303-1729
営業/平日17:00~23:00L.O.、土・日・祝14:00~23:00L.O.
席数/13席、スタンド7~8名
公式Instagram