これまでエスクァイア日本版で、ジンとその魅力を紹介していただいた日本初のジントニック専門店「Antonic(アントニック)」が、「飲める香水」と称されるフランス・パリ唯一のクラフトジン蒸留所を手掛けるニコラ・ジュレス氏にオリジナルジンを依頼。そうして待望の、「ディスティレリ・ド・パリ ジン スミ」というジンが誕生しました。

「天才蒸留家」として名高いニコラさんとのコラボレーションということで、今回その裏側をうかがうことに。すると、これからのクラフトジン造りの可能性が広がるような話と、愛に満ちたストーリーをきくことができました。

antonicオーナーの武田光太さん・留以さん
MAMORU KAWAKAMI
Antonicオーナーの武田光太さん・留以(るい)さん

蒸留家へのリスペクト、
そして息子への想い

編集部:連載では、さまざまなジンをご紹介いただきましたが、Antonicさんはもともとオリジナルのジンを造ろうと思っていたのですか?

武田光太さん(以下、光太さん)いいえ、実はこのお店をつくるときに「自分たちでジンは造らない」と決めていたのです。

一般的なバーですと、ハウスジンを置いているところもあります。ですが、Antonicはフラットに飲み比べを楽しんで欲しいので、自分たちのオリジナルやお店の看板とする商品は持たないようにしていまして…。「このお店で一番のおすすめは何ですか?」と訊(き)かれることもあるのですが、その場合には、そこで対面したスタッフ自身が個人的におすすめしたいジンや、その季節にふさわしいと思えるジンをおすすめしていました。

編集部:では、そのルールを覆してまで、こうして造るきっかけとなったのは何だったのでしょうか?

光太さん:多くの「親」が抱いている感情と同じかと思いますが…。「我が子」を寝かしつけているとき、「この子に何か残したいな…」という気持ちがふと芽生えるときってあると思うのです。あるとき、そうした想いがこみ上げたのです。そこで「じゃあ、何を残すか?」を考えたときに、「やっぱり自分の仕事と関連があるものを…」と思い至って、ジンを造ることに決めました。

編集部:留以さんは、どの段階でこの話をお聴きになったのでしょうか?

武田留以さん(以下、留以さん):日常会話の中で、自然と話していたような気がしていまして…いつだったか?は、はっきりと覚えていません。ただ、依頼する蒸留所の話が出たときに私が好きな蒸留所でもあったので、「ディスティレリ・ド・パリとか?」と提案したら、「俺もそう思ってた!」となって…。それはすごく覚えています(笑)。

antonicオーナーの武田光太さん・留以さん
MAMORU KAWAKAMI

編集部:ディスティレリ・ド・パリの、どういうところに魅力を感じていたのでしょうか。コラボレーションをよくやっている蒸留所なのですか?

留以さん:それは、圧倒的な香りと美味しさです。ジンは“香りのお酒”と言われていますが、その中でもディスティレリ・ド・パリは「飲む香水」と称されるぐらい、香りが一線を画すほど素晴らしい。ニコラさんは、もともとは調香師をされていた方でもらっしゃるので、きっと調香するときの感覚がジン造りにも反映されているのでしょう。

あと、加水の丁寧さです。水とアルコールを混ぜ合わせていく作業にとても手間をかけていますし、しかも、それを優しく行っているのがわかるのです。それはアルコールの滑らかさ、美味しさにつながっていることが実感できますから…。

光太さん:ディスティレリ・ド・パリが行ったコラボレーションに関しては、過去にもいくつかあります。ですが、その相手は香港の有名ホテルや日本の百貨店といった規模が大きいところばかり。とは言え、「コラボレーションを全く受け付けないわけではないところ」という判断から、「蒸留所が納得してくれれば、実現は可能だ」と考え、依頼することにしました。

編集部:ディスティレリ・ド・パリには、どのように話を持っていったのでしょうか。

光太さん:この取り組みは、「息子のために造りたい!」という情熱から始まったわけですが、頭の中は結構冷静で。まずは完璧すぎるぐらい、詳細な提案書をつくることにしました。熱意やメッセージもそうですが、生産の流れに関して「実現可能だ」と感じてもらえるぐらいに細かく、そして具体的な利益や営業活動などに至るまでをつづりました。

留以さん:ニコラさんを調べていくと、彼のバックグラウンドに近しいものを感じたりして、「どうやったら口説けるか?」を二人でひたすらに考えましたね。その話し合いで出たことは、全て書き留めて…。とんでもない量になりましたけれど、その後読める量にするためA4ページ2枚で仕上げました。そして最後に、「イエス!」と言いたくなるような誘い文句を考えて加えました。

編集部:その誘い文句が気になりますが…?

光太さん:ジンのコラボレーションというと、蒸留所や企業が蒸留家やバーテンダーに声を掛けて一緒にやっていくのが主流と言っていいでしょう。その中でも非常に多いパターンとして、味や素材の決定権まで依頼側が持っている場合が多いのです。とは言え、そうなると「蒸留家やバーテンダー側が、本来のクリエイティビティをうまく発揮できなくなってしまうのでは」と考えたのです。

そこで今回私たちが臨んだ造り方が、「ニコラさんの感性に委ねて造る」ということだったのです。そんなわけで、「ニコラさんの大ファンだから、あなた自身のクリエイティブが私たちにとっても最高なものになる。あなた自身も、このように他からインスピレーションで造るのは珍しいことだと思いますし、1人ではできない体験を一緒につくりませんか?」という想いを最後に加えさせていただきました。正直なところディスティレリ・ド・パリに断られたら、造っていなかったでしょうね。

留以さん:驚いたことに、お話は結果的にスムーズに進みまして…快諾してくれたのです。それは最初の提案書で、ほぼ疑問がないぐらい細かな内容で記載できたこともあるかと思います。ですが、後から会話してみてわかりましたが、ニコラさんは理屈ではなく、熱意が原動力になるタイプの方のようで。この取り組みに対するも私たちの熱意を、リアルに感じとってくれたのだと思います。そして、それに共感し面白がってくださったのだと。

新しいジン造りの形で生まれた
Antonic“最愛”のジン

ディスティレリ・ド・パリ ジン スミ
MAMORU KAWAKAMI

編集部:今回のジン造りは、ニコラさんの感性に委ねるということでしたが、Antonicとして造りたいジンのイメージもあったはずです。そこで、どうやってすり合わせをしていったのでしょうか。

留以さん:「この素材を入れてください」「こんな味にしてください」ということは、全く伝えませんでした。

編集部:そのほうが、かえって難しいようにも思いますが。逆に、何を伝えたのですか?

留以さん:商品名に、息子の名前「苗(フランス語でsemis<スミ>)」を入れること。イメージする味を伝える代わりに、子どもに名前をつけたときに込めた想いをそのまま伝えました。

息子の命名を考えているとき、「とにかく健やかで元気でいてくれたらいい」「植物の名前がいいかな」なんて話をしていた中で、「苗」という名前が挙がったのです。実家が兼業農家だったこともあったので、その名前が出たときに田植えの時期になると家族が集まって、水が張った田んぼに若い緑の苗が風になびく…そんな景色がぱーっと浮かびまして。

光太さん:「赤ちゃんのときはよくても、学生、大人になったときに『苗』ってどうかな?」とも思ったのですが、自分たちがいま会社勤めを辞めて独立して事業をやっていることを考えるなら、一生チャレンジャーなわけで…。それは「大樹になるのかな?」と願いながらも、「一生、何かの苗を育てている」ような感覚でもあります。つまり、「苗という名には、『チャレンジをし続ける』という意味も込められる」と思ったわけです。

ラベルデザイン
MAMORU KAWAKAMI
ラベルのデザインは、ディスティレリ・ド・パリのテンプレートをもとに留以さんが作成。若々しさを感じられるグリーンに芽吹いた草が風になびいている様子は、まさにこのジンのイメージそのもの。「この線の細さと曲線は、子どもの柔らかい髪をなでているときに感じられるニュアンスもあるように思いました」と留以さん。

留以さん:ニコラさんと最初にZoomでお話ししたときは、実際に子どもを抱っこしながらこうした話をお伝えして、生命があふれるようなエネルギー感や、美しい水で新芽がぐっと芽吹いてくるような…といった感覚的なイメージは伝えました。本当にこれだけなのですが、ニコラさんは「わかった」とひと言。さらに、その場でたくさんのアイデアを出してくださいました。

光太さん:実際にジン造りが始まっていくと、ニコラさんの考えが落とし込まれていくのですが、こだわりを感じるところが多くありました。例えばボタニカルのジュニパーベリーには、息子が生まれた2021年のものだけを使用しています。もう1000種類以上のジンを飲んできましたが、そういった選定の仕方で造られたジンは私が知っている限りありません。また、その他の香りづけのボタニカルでは、芽吹いたばかりの新芽を使っています。

あと、水へのこだわり。ディスティレリ・ド・パリの通常商品では味の安定感を出すためにヴォルビックを使用しているのですが、今回のためだけにピュアウォーター(水中の不純物を99%以上取り除いた超純水)を使用してくれました。「赤ちゃんもそのまま飲める」と言われている水です。

ここまでは私も予想のできた範囲でした。が、ニコラさんはさらにその上をいきまして…。ディスティレリ・ド・パリでは、通常は加水後に貯蔵する甕(かめ)はステンレス製。ですが、「赤ちゃんの肌を傷つけないように」というコンセプトから表面が滑らかなタンクの中で加水をしようと考えられ、表面がつるつるに仕上げられたセラミック製の甕を用意し、実際にそれを使用したのです。つまり、このコラボレーションのためにオリジナルの甕をつくってくださったのです。これには驚きました、想像をはるかに超える方だと再確認でき、「この方に頼んで本当によかったな」と二人して感動した瞬間でもありました。きっと息子も…。

留以さん:「採算度外視でいいアイデアが出てきたから、もっとやっていこう」と言うニコラさんの好奇心と探求心、そしてそれにともなった実行力に私たちも鳥肌が立つぐらい感動しました。

存在しない画像
ジントニック
MAMORU KAWAKAMI

編集部:ニコラさんと実際に会いに、蒸留所のあるパリまで何度か行かれたのですか?

光太さん:いいえ、今回のジン造りにあたって私たちはパリへ一切行くこともなく、素材に触れてもいません。

編集部:そんな風にしてジンができるのですね?

光太さん:来日されたときに一度だけ、方向性の確認用としてサンプルをいただく機会はありました。ですが、今回のジン造りで私たちがしたことはと言えば、「いかに自分たちの想いを込めるか?」ということだけでして…。こうした造り方で今回実現できたことで、私たちは世界中のジン造りがもっともっと面白いことになるのでは…そんな予感もしています。

また、「このコラボレーションが実現できたのは、互いの理解と尊敬があってこそ」とも思っています。私たちの想いをインスピレーションに、ニコラさんが洗練された技術と感性で自由に造る、「いい意味で仕事の分担ができた」と思っています。

ディスティレリ・ド・パリ ジン スミ
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編集部:ジンが到着して、実際に飲まれてみてどうでしたか? イメージどおりでしたか?

留以さん:最初に口に含んだときの、あの、ぱあっと広がる香りと後味は私たちがニコラさんに造っていただきたかったジンそのものでした。

光太さん:実は私のほうは、届いてから何日かは緊張して飲めませんでした(笑)。

留以さん:そうなんですよ! 届いた日に二人ともお店にいたので、「最速で二人で乾杯しようよ」って言ったのですが…。

antonicオーナーの武田光太さん・留以さん
MAMORU KAWAKAMI

編集部:一人でゆっくりと、味わって飲みたかったのですね(笑)。

光太さん:はい、それもありました。で、実際飲んだのですが、「こんなに名前の持つエネルギーをそのまま感じさせるジンって珍しいな」と思いました。飲んだ瞬間に、その名のとおりの味と香りが力強く実感できたのです。

私たちがこのジンに込めたメッセージは、「日本初のジントニック専門店が、満を持して造った最高のオリジナルジンだ」ということではありません。「これは私たちの息子への想いをニコラさんが素晴らしい技術や知識、探求心で具現化した、Antonic“最愛”のジン。今回私たちはこうした形で出合うことができましたが、造る人も飲む人も、ジンを求め楽しむ中で自分にとっての最愛のジンに出合ってほしい」ということです。

特にクラフトジンは、本当に多様性があってどれも甲乙がつけがたいのです。連載で紹介するジンを選ぶのも、本当に大変でした。世界的に評価が高いのは「モンキー 47」ですが、全ての人から「最高だ」と言わしめるジンはそうはないと思っています。

留以さん:だからこのジンは、「私たちのエゴの結晶」とも言えますね。そのエゴという“愛”を蒸留したものを、おすそ分けする感覚でもあります。

光太さん:成人した息子と飲めるぐらいの本数は造っているので、いつか息子と飲める日を楽しみにしています。

編集部:この“最愛”のジンを、続いてジンへの“最愛”を抱く人が飲んだときにどうなるか? アインシュタインもびっくりするぐらいのパワーが生まれるかもしれませんね(笑)。

ジントニック
MAMORU KAWAKAMI
ディスティレリ・ド・パリ ジン スミのテイスティングノート
  • 原料:2021年のジュニパーベリー。グリーンピース、小麦、ナナミント、バーベナなどの新芽
  • 香り:クリアでフレッシュな香りにグリーンのニュアンス
  • アルコール度数:43度
  • 容量:500ml

購入はこちら ※Antonic店頭でも販売

Antonic
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MAMORU KAWAKAMI

日本初のジントニック専門店。ジンは130種類以上をそろえ、そのラインナップをメニュー用の公式Instagramで公開。有名ホテルや一等地に置かれているようなプレミアムなジンも、ジントニック1杯から楽しめる。

The World Gin&Tonic〔Antonic〕
住所/東京都目黒区東山1-9-13
TEL/03-6303-1729
営業/平日17:00~23:00L.O.、土・日・祝14:00~23:00L.O.
席数/13席、スタンド7~8名
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