時刻は8時35分…バハマ諸島にあるプライベートリゾートで、これ以上にないくらい透き通った空気の中、眩(まばゆ)い朝を迎えます。

 風のささやきがヤシの木々に、サラサラと心地いいパラフレーズを奏でさせている中を、我々はゴルフカートに乗って1本道を抜けていきます。両脇の色鮮やかな花々によって、この日が素晴らしい日であることを早くも納得させてくれています。やがて我々は、フットボールフィールドに到着。引かれたばかりのラインのホワイトが眩しく、さらに両端にそびえ立つイエローのゴールポストが、我々の胸を心地よく躍らせます。

 「シーガルズギャラリー」(クラブハウス)に立ち寄ると、そこにトム・ブレイディ選手と彼のトレーナーである親友であり、「TB12」共同創設者でもあるアレックス・ゲレロ氏、そしてブレイディ選手のアシスタントのケビン・ボナー氏の3人がトレーニングの準備をしているところでした。そして他には誰もいません。

 直接会ったブレイディ選手は、42歳というリアルな年齢よりはるかに若く、知らない人なら間違いなく、30代中盤くらいにしか見えないでしょう。「実は、それほどハンサムじゃなかったよ…」などと、帰国後の話のネタになるものはないかと、あら探しをしようとしていた自分が恥ずかしく思えるほど、そこらのセレブたちとは全く違って、とても寛容であり人間的な奥深さも感じさせる紳士でした。また、当然ながら背は高く、分厚い体躯も誇っています。

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 そして、吸い込まれそうなほど透き通ったブルーアイズには、いい意味で負けず嫌いの素養も具に感じとれ、さらに時折見せる無邪気な笑顔からは、自分への大いなる自信も感じさせています。

うれしいことに、
まずはこのNo.1QBからの
パスをキャッチ…

 すると、ニヤニヤと笑いながらブレディ選手は言い出します…。

 「今日は君に、パスキャッチをしてもらおうかな…準備はいいかい?」と。ここ7年間は、夏になるとこのニューイングランド・ペイトリオッツのクォーターバックは、ビーチ・ブートキャンプのためこの離島で合宿を行っています。

 それは彼のトレーニングの中でも、かなりハードなトライアルを繰り返すものであり、毎日2、3時間におよぶハードメニューをこなす内容となっています。主なトレーニングのパートを言うなら、2つになるでしょう。

 ひとつは腕にフォーカスしたもの。上半身全体の筋肉を増量することで、シーズン中酷使する右肩から腕にかけて受けるストレスを軽減するためのものです。そしてもうひとつは、このNFLナンバー1のクォーターバックを潰そうと迫りくるラッシャーたちをかわして、それらをすり抜けながらチャンスを見つけられるようなフットワークの安定性、さらに加速力を磨くトレーニングになります。

 アシスタントのボナー氏が、アメリカンフットボール用のボールが入っている卵型のダッフルバッグを6つ開けると、ブレイディ選手はレーザー距離計を使ってターゲット位置を定め始めました。そうしてブレイディ選手の指示した箇所に、ゲレロ氏がコーンを置きいていきながらサイドラインを歩いていきます…。

 アメリカンフットボールは10ヤードごとに区切られたフィールド(5ヤードの目印もある)で、10ヤード敵地へゲインするたびに新たな攻撃権4回が得られるような…高次元のRPG(ロールプレイングゲーム)+戦略ゲームのようなものです。よって、すべての戦略にこの距離(ヤード)が関係しているので、あらゆる練習もこのヤードを踏まえたうえで繰り返されるのです。

 しばらくすると、この名クォーターバックはサッとショルダーパッドをつけ、シルバーのヘルメットを被ります。そして、ボールの代わりに白いハンドタオルを使ってウォームアップを開始しました。

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Brady working out with a TB12 resistance band.

 そう、私の目の前には、およそ20年にわたって敵を苦しめながらニューイングランドのファンを魅了し続けてきた、あの美しい投球フォームが繰り返されていたのでした…。思わずそれに酔ってしまった私ですが、彼が手を振り下ろすたびにそのタオルが奏でる「パンッ!」という小気味よい音によって、私は頬を叩かれたように「これが現実」であることを知らせてくれました。

 アシスタントのボナー氏とこの記事の筆者である私は、レシーブ用のグローブをはめ、10ヤードのダウンフィールドへ向かいます。

 ボナーが私に、「とりあえず両手を挙げていればいいんだよ。ボールのほうから向かって来るから、それを受け止めればいいだけさ、大丈夫大丈夫!」と、アドバイスをしてくれます(笑)。

 そして間髪入れずに、ブレイディ選手はありがたくもボールを投げ始めてくれました。もちろん、ボナー氏が教えてくれたコツは適切でした(笑)。ボールは熱い空気を割って、ちょうど私の手の中へ…。言葉にするなら、「激突」と言ったほうがいいでしょう(苦笑)。

最後には、なんと
ブレイディ選手の60ヤードパスを
キャッチする幸運に。

 このナンバー1クォーターバックのギアが徐々にアップし始めているのを感じながら、(私のほうは…恐怖心が徐々にアップしながら)パスキャッチを続けました。10ヤードから20ヤードへ、さらに30ヤードへと距離をつけて投げていきます。そうして私たちは、今回のトレーニングで最大距離としている60ヤードまで達したのです。

 6つのボールを使って、ブレイディ選手はサイドライン際にパスを投げてきます。私たちの仕事はそのボールをキャッチし、そのボールが落ちるであろう場所に置くこと。一方ゲレロ氏のほうは、ブレイディ選手のそばで彼のドロップ(パスを投げる前に下がる動作)のステップワークや、さらには体のひねり方など…ボールリリース時におけるフォーム確認を行いながら、スローイングにおける一連の動作を繰り返しチェックしています。

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The author (65-yards away in blue shorts) catching a Tom Brady bomb in the Bahamas.

 たまにパスがコースから外れると、「インターセプトだ!」と無邪気さの中に負けん気の強さが含む雄叫びを、ヤシの木々たちへ向けて発するブレイディ選手。そこには、そんなブレイディ選手を目の当りにできた歓びに酔いしれる筆者もいました。とは言え、私のほうも真剣にやらなければなりません。私が完璧なスパイラルで投げられたパスをキャッチできず落とすと…彼は私に向かって、「That’s the game winner!(落とすなよ!)それは決勝打(勝利を決めるタッチダウンパス)だったんだぞ!」と言い放ちます。やはり、どんなときでも負けたくはないようです…。

 6つのボールを投げたあと、ブレディ選手はゆっくりと走り、1リットルの「Klean Kanteen(クリーンカンティーン)のボトルから水を少し飲みます。投げられたボールは、60ヤードのコーン周辺に5~10ヤード間隔で転がっています。彼の肩はもうリーグ戦中と同じくらいに仕上がっているようです。ブレイディ選手の肩から繰り出されたミサイルのようなパスをキャッチした私の前腕には、ボールの縫い目の跡がはっきりとつきました。それは何日もアザが残りそうなほど、ボロボロに内出血しているようでした…もうクタクタです。

 ブレイディ選手は、「試合中にパスが思うようにできるのは、およそ10%くらいだね」と語ります。「ボールを投げたときに『完璧だ』と思えるパスとは、僕が思い描いたとおりの速さとアーチを描き、ターゲットとして想定した場所へピンポイントで到達したときだ」と…。続けて、「投げた瞬間、思うようにいかないと感じることのほうが多いよ。そんなときは頭の中で、『なんて僕はダメな奴なんだ』って呟きながら、『どこが悪いんだ? パスのスピードばかり求めて、体をひねり過ぎたか?』などと、その都度確認するんだ」とのこと。

TOM BRADY
約30本のパスをキャッチした後の筆者の前腕はこのとおり…赤く腫れ、青アザへと変容していきます。もうクタクタです…が、歓びでもありました!

 ゲレロ氏は、「ブレイディ選手は、試合ではほとんど60ヤードにもおよぶようなロングパスを投げることは滅多にしません」と言います。実際、2018年のシーズンで彼の最長パスは49.9ヤードでした。比較としてバッファロー・ビルズのクオーターバックであるジョシュ・アレン選手は、2018年シーズンに最長記録である63.9ヤードのパスを決めています。

彼は強さ以上に、
精度と安定性を求めている。

 つまり、この練習でブレイディ選手が磨き上げようとしているのは、飛距離を伸ばすことではありません。先ほどの60ヤードパスは肩を温めるための単なるウォーミングアップ。今回の目的は、短距離の投球の正確さやその速さを向上させること…。

 そうして次にブレイディ選手は、エンドゾーンにあるそれぞれのコーナーに向かって30ヤードパスを連続で投げ、セッションを終わりにしました。その時点で彼は肩の力みも抜けたようで、ボールはさらに鋭く放たれていることが確認できました。ブレイディ選手は非の打ち所のないパスを投げると、“There it is.(よっしゃ!)”と叫びます。

 ブレイディ選手はすでに、80球ほどパスを繰り返しているにも関わらず、この日の朝はさらに続けようとしました。「ちょっとした拷問だな」と彼は、自分に逆説で納得させながら、「フットボールは、あらゆる局面で完璧さを求めなければならないんだ…」と私に向かって呟きます…。

 2019年8月5日、「ブレイディ選手はチームと2年間の契約延長に合意した」と複数の米メディアが報じました。つまり彼は、44歳となる2021年までの契約をチームと結び直したわけです。そんな彼をファンの多くは、「ブレイディは現在、Hall of Fame(栄誉の殿堂)入りを目指すための第2ステージに立って、あらゆるスキルをさらに磨いているのだろう」と考えているようです。

 その第1ステージは、2001年シーズン第2週9月23日のニューヨーク・ジェッツ戦に初出場をはたして以来、2015年まで続いたスーパーボール4回の勝利になります。そして続く第2ステージは、3年前から現在に至る2つのリーグチャンピオンシップを含む期間。その間怪我はもちろんですが、スキャンダル疑惑からの訴訟など様々な経験もしてきた時期。そういった意味で、この第2ステージを重要視しているかもしれません。今以上にあらゆる面を磨き上げて、「殿堂入りを確実にしたい…」という思いは確実にあるはずです…。

振り返れば彼は、
2000年のドラフトでは
199番目の選出です。

 そんなブレイディ選手は今、6個目となる新たなスーパーポール・リングを獲得するため、20回目のシーズンに突入しようとしているのです。今まで、ここまで長期にわたって活躍し続けたクオーターバックはいないでしょう。ちなみに80年代のナンバー1クォーターであるジョー・モンタナ氏にとっての、最後のスーパーボウル勝利は1990年です。そのときのモンタナ氏は33歳…。

 そして、ブレイディ選手が抱くフットボールにおける勝利へのこだわり、そして不屈の精神は日ごろ、彼の妻であるスーパーモデルであるジゼル・ブンチェンさんが配信するSNSからも垣間見ることができます。さらにドキュメンタリー・ウェブテレビジョン・シリーズ『Tom vs Time』を観れば、一層理解できるでしょう。

 そこでブンチェンさんは、「(彼のことを独り占めすることなんてできないわ)常時、初恋の相手“フットボール”と彼を共有しなくてはならいの…」と嘆いています。

 …と言うわけで、ブレイディ選手にフットボール以外のことを話すことなんて、時間の無駄以外なにものでもありません。政治や発言権問題、さらには排ガス規制に関して相談するのもいいでしょう。彼から適切な返答が返ってくることだってあるかもしれません。ですが、いま言えることは、その時間はお互いにとって余計の時間となるわけです。しかも最近は、フットボールと同じレイヤーに「家族」も加わっているわけですから…。

 そんなブレイディ選手ですが、フットボール後の将来の計画も着々と準備しているようです。これは確実に訪れる「プレイすることができなくなる日」を見越してでしょう。それは世界中の人々へ向け、「好きなことをもっと上手に、そして、もっと長くできるよう手助けする」ことを目指し、彼は自分の人生に新たなチャプターを加えたのでした。そして、その土台づくりにも励んでいるブレイディ選手もいます。

それが2013年に創設した
「TB12」という名の会社。

 その会社はボストン郊外で、トレーニング設備の運営とベストセラー本『The TB12 Method』での成功後、現在ではそれを本格的なライフスタイルそしてフィットネスブランドへと発展させています。

 2019年夏、彼の思いをこめたジムをボストンにオープンし、2020年にはそれをニューヨークとロサンゼルスにも出店する予定とのこと(その後、シカゴ、サンフランシスコ、ヒューストン、マイアミ、ロンドン、そしてトロントにも…という計画だそうです)。さらに彼は、「TB12」ブランドのニュースレター、ワークアウト動画、脳トレゲーム、エクササイズ機器、プロテインサプリとスナックなども手がけています。

 ちなみに、彼の会社が掲げている目標はいたってシンプルで、“To redefine strength, health, and wellness for an entire generation.(すべてのジェネレーションに対して、体力(強さ)・健康を再定義し、その先にあるゴールであるウェルネス(身体的、精神的、そして社会的に健康で安心な状態=輝きのある人生)を実現させる”ということ。シンプルですが、これは非常に大きな目標です。それをやり遂げるには、ペイトリオッツの勝利を望まない人々やブレイディ選手を悪く思う人々、そして、ゲレロ氏のトレーニング手法や彼のキャリア、家族を観ながら「こんな幸運は、わずかに選ばれた者だけが手にできるものさ、こんな不公平が許されていいのか!?」と考える人々など、すべてを味方につける必要もあるのです。

 しかしながら、このような大きな目標へと突き進んでいるブレイディ選手のことは、2000年の199番目のドラフト選出から6つのスーパーボウル・リングのオーナーになろうとしている彼に魅了され続けているファンたちは、まだ気づいていないようです。いや、フットボールでのブレイディ選手を見続けているからこそ、そうしたビジネス面でもアンビシャスを描く彼の姿は、目に入らないのかもしれません…。

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 話を、バハマの美しい陽射しのもとへと戻しましょう…。

 ウォークアウトの後、私たちはブレイディ選手がゲレロ氏、ボナー氏そして9歳の息子ベンジャミンくんと一緒に泊まっているビーチの目の前にある家へ向かいます(ブンチェンさんは7歳のヴィヴィアンちゃんと一緒に、コスタリカに滞在中とのこと。ちなみにブレイディ選手にはもう一人、12歳の息子ジャックくんがいます。ジャックくんは前妻であるブリジット・モイナハンさんとの間にできた子どもです)。

 そこでインタビューを開始します。

「僕はかなり長い間、
見当違いに
トレーニングをしていた

 ブレイディ選手は質問に答える前には、しばしば考える時間を設けます。自分の話をするときには、極めて慎重になります。なぜなら、ソーシャルメディアという自由文脈の旋風の中で、発した言葉がどのようにして全く新しい意味を放ちながら世界を巡っていくかを、ブレイディ選手は誰よりもよく知っているからです。

 彼はチップスとワカモレをつまみながら水を数口飲み(もちろん「TB12 electrolytes」のタブレットとともに)、そして何気なく、あることを契機に訪れた重要なエピソードを話してくれました。

 「人生の大半を、全く見当違いの基礎体力トレーニングと筋力トレーニングに励んでいたことに気づいたんだ…」と、口火を切ります。それは彼がNFLに入団したばかりのころだそうです…。

 「僕は、他のアメリカに住む子どもとなんら変わらなかったんだ。上手くなるためには、『スクワットとペンチプレスをやらないといけない』と信じきっていて、僕はそればかりやっていたんだ」と続けます。

 しかし、そんなトレーニングを続けていた彼は、次第に右肘に痛みを感じるようになったということ。それは2006年のこと。ブレイディ選手はそのころすでに、スーパーボウルで3回もチャンピオンになっていたのにも関わらず、2006シーズンの彼のクォーターバックとしての評価は、彼のQBレイティングポイント(複雑な算出方法なので、各自お調べください)の平均値97.7を、およそ10ポイントも下回る87.9だったのです。

 そして彼は、パスの投げ過ぎと過剰なウェイトトレーニングによって、深刻な腱炎に苦しんでいました。投げてはその炎症を和らげるため、アイシングを繰り返していたのです。このサイクルはとうとう危機的状況へと達し、彼は練習を休まなくてならなくなるほどになったのです。そんなとき、チームメイトでLB(ラインバッカー)のウィリー・マクギネス選手が、「おい、もし今後もプレーし続けたいなら、アレックス(ゲレロ)に会いに行ってきな」と、アドバイスしてくれたとブレイディ選手は言います。

「アレックスとの出会いで、
僕は本当に救われた」

  ゲレロ氏の専門は、「中国医学」でした。しかしながら、当時のブレイディ選手は、他の医師たちの診断と治療に対して、全く満足していなかったのも事実でした。「当時、前腕の筋肉、二頭筋は岩のようにガチガチになっていたんだ。二頭筋がこっちに引っ張られ、前腕筋があっちにグィッと引っ張られているような感じで、それをつなぐ腱はもう大変なことになっていたよ」と、ブレイディ選手は肘を軽く叩きながら言いました。

 そして、「アレックス(ゲレロ)は僕に、『肘が赤く腫れているし…炎症を起こしている』と指摘してくれたのです」と、ブレイディ選手に言います。

 「そして僕たちは、“柔軟”として(実際には、それを“柔軟”とは呼んではいませんが、何か言葉をつけないといけいので…)deep-force work(ディープフォース・ワーク)を日課にするようにしたんだ。これは効果的に前腕の筋肉と二頭筋、そして三頭筋を伸ばす方法で、アレックスとそれを一回やったら僕は『これは何だ? この10年、ずっと痛みを感じ続けていのに、彼が前腕・二頭筋・三頭筋を施術すると、俺の肘にあった痛みが消えたじゃないか!』といった具合になったわけさ。僕はすぐに、『これだ!』と思ったよ…」とブレイディ選手。

 それ以来ゲレロ氏は、ブレイディ選手の(パスの投げすぎによる)肩の痛みとスクワットのし過ぎによる脚の付け根の痛みに対して、全面的な施術を任されるようになりました。そうしてブレイディ選手は、次第にゲレロ氏の施術および考え方にのめり込んでいったそうです。

New England Patriots' Tom Brady Injured In Season Opener vs. the Kansas City Chiefs at Gillette Stadium
Boston Globe//Getty Images

 2008年には膝にヘルメットを受け、前十字靭帯損傷となったブレイディ選手。そのリハビリのすべてをゲレロ氏と行いました。「そのとき僕は言ったんだ、『アレックスがすべてをやる。アレックスが俺の面倒をみてくれる』ってね」と。

 現在もブレイディ選手にとっての毎日は、ゲレロ氏とのセッション…マッサージ台の上で行われる20もの筋肉の部位(それぞれに20秒ほどかかる)ディープフォース・ワークの施術から始まります。ゲレロ氏はリズミカルに筋肉を刺激し、それからブレイディ選手は機能的な動きで徐々に速いペースにしながら、筋肉を曲げたり緩めたりし始めます。

悲惨な状態の僕を、
アレックスが救ってくれた。
いまはすべてアレックス任せさ。

 ブレイディ選手は常にそうした施術を行ったのちに、40分間におよび本格的なワークアウトを始めるのでした…。

 「ブレイディの障害となるのはいつも、ムキムキに鍛え上げられた上半身と、それに相反してヨロヨロのカモノハシのような脚からくるものです」と、高校時代のコーチと仲の良いチームメイトのコメントが「ワシントンポスト」紙に掲載されていました。ゲレロ氏も同様に意見のようで、スピードおよび機敏性、そして体幹の安定性にフォーカスしたトレーニングメニューをメインに組んでいるそうです。

 ブレイディ選手はほぼ毎日、たくさんのランジ、スクワットそしてプランクなどのワークアウトを、高弾力のゴムバンドを使って行っています。そしてワークアウトの後は、施術台へ欠かさず戻り、血流を良くして乳酸を洗い流すようにすることで回復を早めるよう心がけています。ちなみにここ(アフター)では、少し弱めの力で施術を受けるとのこと。

 ゲレロ氏いわく、「アスリートが年を重ねると試合への理解は向上しますが、体力は彼らの意志に反して衰えていくものです」とのこと。さらに、「彼の体力を頭脳と同様に、ハイパフォーマンスのままキープすることができれば、彼はとてつもなく長い間、第一線でプレイし続けることができるだろう…って僕はいつも考えています」とのこと。

パフォーマンスとは、
筋力ばかりではなく、
発想力も重要な役割となる

 「明らかに僕はフィジカルな男というより、思想家と言ったほうがいいかもしれないね…」と、ブレイディ選手は言います。それは控えめの自慢めいたセリフにも聞こえますが、実際に彼は「賢い選択をいかに早くできるか…」というトレーニングに多くの時間とエネルギーを注ぎ込んでいます。

 彼は毎日15分、「 TB12 BrainHQ(脳の可塑性オンライントレーニングのPosit Science社とともに開発されたもの)」を使って、脳のスピードとパターン認識の演習を行っています。その演習に加え、世間でも知られている彼の記憶力(何十年も前の試合をとても正確に、そして鮮明に思い起こすことができる)、さらに19年間におよぶフィールドで重ねてきた経験から生じる勘も加わることによって、ブレイディ選手はスクリメージライン上で特別なパワーを発揮するのです。

Carolina Panthers v New England Patriots
Maddie Meyer//Getty Images

 我々から見れば、彼はまるで映画『マトリックス』のネオのように、頭の中で時間を減速させ、それを彼の思いのままにねじ曲げているようにも思えます。その“ネオイズム”についても、語ってくれました。

 「見慣れたものへは安心感がある。でも、それとは対照的に見慣れないものへは、不快感が生じるものさ」と…。「フットボールに限っては、僕が知らないことはそれほど多くなくなってきているのは確かなことかな…。プレーの指示が出て、そこにディフェンスがいる…例えば行く手に5人のプレイヤーがいるとするなら、とにかく僕はディフェンスがどこにいようが、ボールを彼らの向きとは逆側へ投げるんだ。ボールが僕の手の中にスナップされたと同時くらいに、次にどうしたいか? 僕は何をすべきか?…が閃(ひらめ)くんだ」とブレイディ選手。

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 このバハマ諸島への旅の数日前、筆者である私は、マサチューセッツ州フォックスボロにある(ペイトリオッツのホーム)ジレット・スタジアムの外側にある「TB12 SPORTS THERAPY CENTER」を訪れました。

 ブレイディ選手とゲレロ氏はこの施設を2013に開設し、それ以来、チームは歩行の学習を必要とする3歳児から、転倒による怪我からの回復を目指す95歳の老人まで、推定3000人を治療してきたのです。 TB12のCEOでるジョン・バーンズ氏は、「クライアントの大半は2つのカテゴリーに分類できる」と言います。それは…「自らのパフォーマンスの頂点を引き出そうと努力する20歳未満のアスリート」と、「自らのピークを維持しよう努力する40代のアスリート」とのこと。

 センターは約6000平方フィートのスペースからなり、中央一帯には赤いフォームローラーと、振動する球体が点在する人工芝のエリア、カーディオマシーンのエリア、バスケットボールのフープ、そして両サイドには4つの施術室が配置されています。

 重りによって負荷をかけるウェイトトレーニング施設ではないので、その重りによるガチャンガチャンという音もしません。代わりに、筋肉に抵抗を与えるのはゴムにカラーバンドであり、そのバンドがカラフルに並んだラックがあります。そして、このセンターのコンセプトを発展させたカタチで、ボストンに1万平方フィートの広さで新たなフラッグシップ「TB12 Sports Performance and Recovery Center」をオープンさせました。

 「TB12」と他のジムの明らかな違いは、すべてのワークアウトにおいて“deep-tissue work(ディープ・ティッシュワーク=筋肉の深部組織へ働きかけるエクササイズ)”の実践に重点を置いていることです。私のボディワークコーチは、TB12で2年間のキャリアを持つD.P.T.(Doctor of Physical Therapy=理学療法士)かつフィジカルセラピストであり、選手のトレーナーも務めるクリスチャン・バーチャー氏です。

 我々のトレーニングは、ブレイディ選手とそのほかすべてのTB2の顧客でも同様に構成されたものからなります。それはまず、体の不均等さをチェックすることからスタートし、私の主要なエクササイズは「ランニング」なので、私自身の歩幅を分析するイカしマシン“OptoGait”でのチェックから始まります。

 そのマシンは私の右側(の足)の押す力が、左側に比べると6.5%強いことを割り出してくれました。それこそが私にとって、解決すべき重要な要素であることと判断したのち、施術室へと向かいます。そして私はうつ伏せで台の上に寝ると、バーチャー氏が、施術によってその筋力バランスの調整を図るわけです。

筋肉深部をマッサージし、
筋力バランスを調整すること…
その大切さが理解できた。

 バーチャー氏はふくらはぎから太腿、そして、お尻の筋肉から腰帯筋へと、下半身の筋肉の深部組織へのマッサージを行っていきます。私がふくらはぎを曲げたり緩めたりすると、バーチャー氏は痛いくらいの圧力で施術を始め、それから私が足を上へどんどん早いペースで蹴り上げ、彼もさらに早く力を入れていくといった感じです。

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 それは普通では味わったことのない、馴染みのない感覚でした。ですが、爽快でもあります。そして、私の体の左側の弱さを感じさせる下半身と、体幹安定の強化を図る連続したトレーニングを行ったのです。

 「この訓練を8週間に渡って継続して続ければ、体の不安定さは修正され、さらに効率的に走ることができるようになる」と、バーチャー氏は言います。実際、トレーニングはかなりキツく、終了時には私は汗でびしょ濡れになりました。そして再び、でもトレーニング前よりはソフトに、マッサージの施術が行われます。そこで私は、体は疲れてヘトヘトであるにも関わらず、爽快な気持ちにさせてくれるのです。

 私は怠けグセもあるほうなので、トレーニングに関して、よくウォームアップやクールダウンを飛ばすことがあります。皆さんの中にも、そんな方はいることでしょう。しかし「TB12」では、それらの要素は欠かせないものとなっています(飛ばすことのできない、むしろ一番と言っていいほど重要な時間として捉えています)。さらに広義に言えば、「TB12」は最近のセルフケアブームの波に乗っているとも言えます。

 コンパクトな教室のブームから誕生した「Lymbr」「Stretch*d」のように、筋力トレーニングではなくストレッチをメインとした小規模なジムの出現。さらに「Theragun」や「Hyperice Hypervolt」のような、400ドル前後するセルフマッサージ機器の急増などがそれに当たります。

 「TB12」で顧客は、ゲレロ氏のもとで3カ月のトレーニングを経たコーチと、1対1のセッションを受けることができます。加えてグループクラスもあり、そこではフォームローラーと自らの手を使って行う、セルフトリートメントを教わることができるのです。

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
Tom Brady Explains TB12
Tom Brady Explains TB12 thumnail
Watch onWatch on YouTube

 スーパースターの教え子(ブレイディ選手)の成功とは裏腹に、「TB12の手法の裏側には、科学的な根拠が欠けている」と、ゲレロ氏はエクササイズ研究家たちから非難を受けることもあります。

 特に専門家は、ゲレロ氏の施術の特徴である“ディープティッシュ・ワーク”および“ディープフォース・ワーク”において、「“muscle pliability(筋肉の柔軟性)”が得られるというのは、生理学的に正確なものではない」と唱えています。さらに「深部組織への施術は筋肉を伸ばしはするが、柔らかくする可能性は低い」と指摘しているのです。

ブレイディ自身が
「TB12」の正しさを証明する。

 これに対するゲレロ氏の対応は、トム・ブレイディ選手の例を指し示すことであり、当のブレイディ選手も彼の側も立って、喜んでそのことを証明しています。

  「彼の理想が100%機能することは、私自身が一番知っています。現実に私自身、彼の教えに従って生計を立てているクライアントの一人なのですから…」と、ブレイディ選手。

 さらにブレイディ選手は、他の人々…特にチームメイトたちに、その知識を共有せずにはいられないとも語ります。

  「例えば、僕のチームメイトがハムストリング(太腿の裏)を痛めていたら、『股関節屈筋が硬くなって締まり過ぎているから、その影響でハムストリングを突っ張られているんだ。だから、ハムストリングが痛く感じるんだ』って、僕は説明したくなるだろうね。でも、そのチームメイトは、『ハムストリングが弱いのが原因だ。だからもっと、ハムストリングを鍛える筋力トレーニング“レッグカール”をしなければ…』と考える可能性が高い。そんな様子を見たら、僕は胸が張り裂けるような思いになるよ。これは恐ろしいことさ。もっと痛めてしまう可能性が大なのだから…。僕はそのチームメイトに、フィールドでプレーしてもらわないと困るわけだから…」、とブレイディ選手。

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Tom Brady doing sand sprints in pads and helmet at noon in the Bahamas.

 必ずしも、「ゲレロ氏の批判者たちは間違っている!」と言っているわけではありません。ただ、ゲレロ氏の考えを支持できるほど、研究は進んでいないからなのです。

 研究者は機械を使わず、「どのように手動による施術で改善できるのか?」ということに関して未だ研究途中で、裏づけとなる研究結果は未だにないだけなのです。そうした中、ゲレロ氏(その延長線上にいるブレイディ選手)はその研究のスピードを追い越し、どんどん先へと進んでいく。そうして(ブレイディ選手によって)成果を出してく様が、きっと好ましくない…からではないでしょうか。

 「“pliability(柔軟性)” のような新しい用語を創案して、それを疑似科学によって説明するなんて、これまで賢明に研究してきた科学者たちはあたふたするしかないわけですから…」と、世界的な運動生理学者のパット・デイビッドソン博士が言います。

 「ゲレロがやっていることは、現在うまくいっているのだから、ここでわざわざその理由を説明する必要はないでしょう」とも言います。しかし、デイビッドソン博士は、理論的な裏づけを持っていました。

 「“Deep-tissue work”という、筋肉の深部組織を手をよって施術するという方法は、脳に対してより多くの情報を届けることになるため、効果的と言えるかもしれません。結果として、脳が体を動かしても大丈夫だということを感じ、それが筋肉へより優れた運動出力シグナルを送ることになるのです。それによってさらに、幅広い範囲での動きや速度そして力の表現を可能にしているかもしれません。ですが、これはあくまでも可能性の話であり、全く見当違いな可能性もあることはご理解ください」と、デイビッドソン博士は解説します。

 ただし、これがブレイディ選手の場合にはバッチリと当てはまり、このような成果を出していることは事実なのです。

ブレイディとパルトロウ、
似ているようで似てない二人。

 ブレイディ選手と「TB12」の関係に、最も似た存在と思えるのは、グウィネス・パルトロウと「goop(グープ)」の関係ではないでしょうか。

 つまりは、「こんにちは世界の皆さん! ここにいるのは、このブランドの理想的な代弁者であるセレブです。このセレブたちが、ここで紹介することがきちんと機能していることの証明です。つまりあなたも、このセレブと同様の結果を出すことができるのです」と言ったところでしょうか…。そうしてパルトロウは、特別なパッケージを提案してきたのと同じように、ブレイディ選手もそうでした。そんなブレイディ選手に対して、嫉妬心からの嫌悪を抱く人たちもいることは仕方ないことかもしれません。

 そこで筆者である私は、思い切って、パルトロウの「グープ」の理論をブレイディ選手に紹介してみました。すると彼は、コンセプトを比較しながら、顔にしわを寄せながら…、「健康的になって高次元のフィットネスを手に入れるためには、サイボーグみたいになる必要なんてないよ。ただ、悪い決断よりも、より多くの良い決断をしていく必要があるだけさ」と強調しました。

 一方、パルトロウのほうは、その決断は簡単なのではないでしょうか…。彼女らの判断基準は、健康であり幸福であること、そしてその先にあるウェルネス(身体的、精神的、そして社会的に健康で安心な状態=輝きのある人生)へと導くものがプロダクトになります。つまり、そのプロダクトの在庫がどのくらい倉庫にあるか?ないか?で決まるでしょう…。ゆえに、彼女が良い決断を下すのは簡単なことと言えるのでは⁉

 ブレイディ選手は言います。

 「誰もがトム・ブレイディにならなくていいのさ。僕は偶然、トム・ブレイディという人間だっただけ。君は君になればいいのさ。誰もが皆、そんな選択肢を持っている。ただ、もしスポーツが得意になりたいなら、それに向かって一生懸命努力しないといけない。もし健康になりたいのなら、それに向けて何とかしなければいけない…。でも、健康になりたいと言いながら、体に良くない物を食べて、意味のないワークアウトをするのは間違ってるだろう?」と。

ピザが食べたいときは、
一番うまいピザを食べる。

 よく誤解されていますが、ブレイディ選手は食事に対して、それほど厳しいわけではありません。「僕の友だちで、『これはオーガニックじゃない、あれならオーガニックなのに!』といつも神経質な奴がいるけど、俺に言わせれば『そのストレスはそこにあるチップスを食べるよりよっぽど体に悪いよ』と言いたいね」というスタンスのよう。

 ブレイディ選手は、同じメニューのヘルシーフードをよく食べると言います。ワークアウト前には、ベリーとバナナのスムージー。朝食にはアボカドと卵、ランチにはナッツと魚のサラダ、間食には、ハモス(ひよこ豆のペースト)とワカモレまたはミックスナッツ、そしてディナーには焼き野菜と鶏肉。

Celebrity Sightings In Los Angeles - February 11, 2014
Pixplus/Bauer-Griffin//Getty Images

 私がブレイディ選手に、「本当に好きな食べ物は?」と聞くと、彼は顔をしかめながら、「もしベーコンが食べたいときはひと口食べるよ。ピザも同様だね。本当に食べたいものがあるなら、決して制限してはいけないって考えているよ。僕たちは人間なのだから…一度きりの人生。歳を重ねていくうちに変わってきたことは、もし今ピザが食べたいと思ったら、遠慮なく1番うまいピザを食べるね。わざわざまずいピザや、うまくもないピザを食べたりはしないよ…」と答えてくれました。

 記録によれば、彼の一番の好物はチョコレートで、それも特に「Unreal Candy」のものだそうです。

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 ブレイディ選手が完全にリラックスした気持ちでいられる空間と言えば、(私には、少し信じがたいが…)子どもたちと一緒にすごす時間に他ならないとのこと。難しいことを考える必要のないから…ということ。

 2018年のスーパーボウルの日、ペイトリオッツがフィラデルフィア・イーグルズに負けた後のこと。彼がロッカールームに入ると、3人の子どもたちが泣いていたそうです。

 「僕は子どもたちの気持ちに寄り添うため、自分の感情はすぐさま脇に置いたんだ」と、彼は思い出しながら語ります。「僕はこう言ったんだ、『みんな、聞いてくれ。パパはいつでも勝つわけじゃない。人生はそんなもんじゃないだ…。一生懸命頑張る、それが1番大事なことなんだ。もし自分のベストを尽くしたのなら、その結果はしっかりと帰ってくるんだ』と…ね」と語ります。

 家族ついて彼が話すときはいつも(彼は容易に、そして頼まなくても話してくれる)、子どもたちがどれだけ彼自身を明るくさせてくれているかを証明するかのように、その長い腕をいっぱいに振って大きく笑い出します。

 「ジャック(長男)は僕にそっくりで、心の内にいろんなことを抱え込むんだ。ベニー(次男のベンジャミン)はすべて表に出すタイプ。そしてヴィヴィ(長女のヴィヴィアン)は、何も気にしないほうだね。皆それぞれ、どんどん自分らしさを形成していくんだ。それも自分自身で、誰かの求めた自分では全くなく…」とブレイディ選手。そのブルーアイズは、優しく輝いていました。

 そして、このトピックについては、(頼んでもいないのに)自然とどんどん詳しく進んでいきます(笑)。

 「ジャックはスポーツが大好きなんだ。彼は一生懸命やるタイプだね。そして、決して自分の父を幻滅させたくないと思っているだろうね。それは昔、僕もそうだったから分かるんだ。父と一緒に過ごすために週末は早く起きたし、あまりたくさんのパーティーもしなかったね。もし、お父さんがゴルフへ行くときには、僕は常に一緒に行くようにしていたよ。一緒に出掛けることができなかった日には、ものすごく落ち込んていたなぁ…」とのこと。

 そして、続いてベニーに関して。

 「ベニーが生まれたとき、僕はベニーがジャックと同じような性格になると思っていた。だから僕は、『よし、一緒にこれをやろうぜ!』って言うと彼は、『ヤダ!』と返してくるんだ。そして僕は、『なんだって? ダメだ、これをやるんだ!』と強制したりしたこともあったなぁ…。そしてジゼルは、『息子たちがみんな同じってわけじゃないのが、あなたには理解できないの?』と言われ続けていたね…。僕は理解に苦しんで、『どういう意味だよ? 男の子だぞ! こいつは俺がやること全部一緒にやるべきだよ』と言ったりもしたね。でも実際には、ベニーはただ違うことに興味があっただけだったんだ。それはとてもいいことで、僕はただ逆に彼のやりたいことを一緒にやればいいんだって気づいたね。そうやってベニーの好きなことをやるときは、本当にいい時間が過ごせるようになったよ。彼は『パパ面白すぎる!』なんて言われたりしてね…。ベニーはジョークが大好きで、よく僕はジョークし返すのさ」と、ブレイディ選手の頭は、ゲーム中よりも回転し始めました(笑)。ですが、比べものにならないくらい穏やかに…。

 そこに、対戦型格闘ゲーム「モータルコンバット」に飽きたベンジャミン(ベニー)くんが割って入ってきました。すると、ものすごい質問を投げかけます。

 「パパ、『ジュマンジ2』(の撮影)は、もうすぐ終わる?」と、ベンジャミンくん。すると、この映画の主役を務めるドウェイン・ジョンソンとよく連絡を取り合う仲のブレイディ選手は、大笑いしながら「ベニーは俺より、DJ(ドウェイン・ジョンソン)と遊びたいんだな。まあ俺は大賛成だけどね!」と…。そして彼はオフレコで、親としてのよくある問題やそのほかのセレブとのフェイスタイムでのやりとり、さらにプレミア出席時のこぼれ話もしてくれました。が、このときはさすがに彼も慎重でした。

 というのも、彼が公で発言したことや行動したことによっては、子どもたちがからかわれてしまう危険性があることを知っているからです。

 次にブレイディ選手は、妻であるジゼル・ブンチェンについて話し始めました。「ジゼルは、そんなにスポーツに興味がないんだ」と、ブレイディ選手は言います。

 「彼女は、空で泳いでいる凧のような人なんだ。僕はそれをしっかり糸でつないでいるみたいな感じかな…。時々僕は、その糸をグッと引き締めないといけない。でも彼女は、僕がいつもそんな彼女のために側にいることを知っているんだ…」と、多少おのろけも入っているようです(笑)。

 この2人は、実際に全く違う過去を持っています。

 「ジゼルの人生は、全く伝統に縛られていない…って言えるんだ。彼女は14歳で家を出て、16歳のときには携帯電話もない時代に日本に住んでいた。17歳のときには、英語も話せないのにニューヨークにいた…。彼女の頭の中に、ボーダーというものがないんだよね。『なんでやっちゃいけないの? なんで学校へ行かないといけないの? なんでここを出て、どこか海外に暮らせないの?』と彼女の中では、すべてが可能なことなんだ。一方で僕は小学校へ行って、高校へ行って、大学へ行くこと…これは絶対やらなければいけないことだって思っていたんだ。彼女の中では、何故それをやらなくてはいけないかがわからないわけさ。でもね、彼女は正しい! でもこれは、ジゼルから鍛えられたことでもあるよ。『君は正しい!』って、言わなくてはいけなかったからね(笑)。そのおかげもあって、僕はまた成長できたわけさとのこと。

 筆者である私は、ブレイディ選手がその凧揚げの糸(意図)を、逆手に持っているんじゃないかと思わずにはいられませんでした(笑)。

 ブレイディ選手はかつて、練習や試合の日以外のオフの日もフットボールのことばかり考えていました。まだ誰も見ていない…何時間にもわたる試合の映像を頭の中で一人繰り返り見ているわけです。それは次のシーズン、そしてまた次のシーズンで勝利するためのもの。それをイメージしている間、妻のジゼル・ブンチェンは子育てやお腹の中の子を守ることに奮闘しています。何年間かは経済的にも支え、そして試合の日々が続くシーズンにはブレイディ選手を励ますため、スタジアムへ応援にも駆けつけたりもしていたのです…。

 だからこそブレイディ選手は、主流の科学によるものから外れ、新しいトレーニング慣習を生み出したいと考えたのかもしれません。「なんでダメなの?」という想いとともに…。ブレイディ選手は「45歳になるまで、試合に出場し続けていたいんだ。なんでそれがダメなの?」と言います。

 実はここに来て、ブレイディ選手のほうが凧となり、ブンチェンのほうが彼を空高く舞い上がらせようとする糸なのかもしれません。女性に支えられる男性の話は、さほど珍しいものではありませんし…。

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 今回のセッションの次の日の朝、私たちはゴルフバギー(カート)でビーチに行きました。ゲレロ氏が10ヤード毎にコーンを置いて30ヤードを測り、いつものようにブレイディ選手はそれをもう一度測り直します。そしてまた同じように、サッとショルダーパッドをつけ、シルバーのヘルメットを被ります。日中の日差しが降り注ぐビーチで彼はボールを持ち、砂糖のような砂の上で全力を出してトレーニングし始めます。

 ゲレロ氏はブレイディ選手の腰のあたりに、トレーニング用の負荷をかけるゴムバンドを装着し、自らも負荷となるようコンビネーションでトレーニングを行っています。さらに強い力で足を動かせたいときには、ゲレロ氏の出番なわけです。

 さらにそこに、ベンジャミン(次男のベニー)が加わります。ゲレロ氏は彼に、20ヤードのレースに10ヤードのハンデを付け、「ベニーの真似をして! 彼はいいフォームを持っている」とゲレロ氏がブレイディ選手に冗談を言いました、「ベニーはもう、お父さんより速いからな!」と…。

 以前、『Go!』の合図でブレイディ選手がスタートする前に、ゲレロ氏がボクシングのパッドで彼の胴体にジャブを打ちながら走っていくと、ブレイディ選手が後ずさりしてしまったことがあったそうです(アオ天まではいかなかったようです…)。

 「そこから僕は這い上がったのさ。自分の戦い方でスタートできるようになれたよ(笑)」と彼は説明し、「僕はいつでも、どんな崖や壁から這い上がろうとする精神を持ち続けているんだ。『これ以上できないよ』なんて、感じたことは1度もないよ」と言います。

 ブレイディ選手は自らのコントロールが効く状況下では、何事にも物怖じしない精神を身につけています。これはクォータバックというポジションにおいて、勝利のためには必須条件となります。彼と彼のトレーナーは、合計400ヤードにもおよぶ約30分の過酷なトレーニングを続けていました。

 第1セットを終えるとブレイディ選手は、1つ前のシーズンで地面を36ヤード続けて走っただけであったことを引き合いに出し、強調して言いました。

 「面白いことに、今日は1年のシーズンで走った量よりも多く走っているよ…」と。そしてまた戻ります…当然、ブレイディ選手は全力疾走です。

 黄金の腕とカモノハシのような脚を持つその男は、激しく唸り声をあげながら砂を蹴り、今も完璧を求め続けてひたすら走り続けています。きっと脚は、かつて例えられた「カモノハシのような」から、本当の意味での「カモシカのような」へと進化していることでしょう。


このストーリーは
『MEN'S HEALTH』9月号
からの転載です。

Translation / Shane Saito 
※この翻訳は抄訳です。

From: Men's Health US