概要

  • ウィルソンは、100年以上の歴史を持つアメリカの老舗タンナー(皮をなめして革にする製革業者)ホーウィン社と提携し、オールレザーのNBA公式球をつくりました。
  • NBAのバスケットボールは、「ブラダー(空気袋)」「ワインディング」「ラバーカーカス(ラバー製の骨組み)」「(表面の)レザー」という4つの重要な要素で構成されています。
  • 科学的な要素が強いとは言え、その製造工程の中には熟練の技も含まれています。

シカゴに本社を置くウィルソン・スポーティング・グッズ社は、1946年にNBA(National Basketball Association=北米で展開する男子プロバスケットボールリーグ)が始まってから最初の37年間に、公式球の製造を担当していました。そして2021-2022年シーズンから、オフィシャルプロバイダーの座に返り咲くことになったわけですが、当然そのタイミングで公式球もリニューアルされています。

NBAでは言わずもがな、バスケットボールをフープ(リング)の中に入れて点をとるのが試合において重要です。よって、公式球の製造を担当しているウィルソンは、ボールそのものに厳しい基準を設ける必要があり、「そのためには科学が欠かせない」と言えるでしょう。どのようにつくられているのかを探るべく、今回は『Popular Mechanics』誌がNBA公式球の製造の舞台裏に迫りました。

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バスケットボールの製造を始める前に、まずウィルソンはNBAの選手やエキップメントマネージャー(用具を管理・整備する人のこと)に会い、「パフォーマンスに関する細かいニーズの聞き取りを行った」と言います。「その結果、彼らは暑いマイアミでも2月中旬の寒いミネソタでも、同じ感触が得られることを求めていることがわかりました」と、ウィルソンの研究開発シニアディレクターであるケビン・クリシアック氏は明かしています。

またNBAの各チームには、毎年新しいバスケットボールが割り当てられますが、ほとんどのチームは練習用に買い足しを行っています。クリシアック氏とホーウィン社の社長 スキップ・ホーウィン氏は、「NBAは本革のバスケットボールを使用する、いまではそう多くないリーグのひとつであり、世界最高峰のリーグと誰もが認めているところから、その公式ボールの製造工程はより重要視されています」と話します。

そこで統一された規格への製品に仕上げるために、4層からなるNBAのバスケットボールはそれぞれに定められた工程を経てから、最終的にNBAの全30チームに配付されています。

ここからは、NBAのバスケットボールの製造において重要な4つの要素について詳しく解説していきます。

(1)ブラダー(空気袋)

ブラダー(Bladder)とは、バスケットボールの内部にある空気でふくらませた袋のこと。ウィルソン製は、弾みやすい天然ゴムよりも「ブチルアラバー(butyl rubber )」という合成ゴムのひとつで、化学物質のイソブチレンに少量のイソプレンを共重合させてつくった合成ゴム、最適なバランスを目指して完成したゴムでできています。

ブラダーはバスケットボール内の空気をコントロールし、反発力と形状に影響を与えます。 ブチルゴムは空気の保持力が高いことで知られており、ボールの膨らみの基準とされている8psi(ポンド・スクエア・インチの略。アメリカでよく使われる空気圧の規格)を維持できるとのこと。

NBAの規格では、「72インチ(約183cm)の高さから落としたバスケットボールは、52〜56インチ (約132〜142cm)の高さにバウンドしなければならない」と言います。またプレーヤーが望んでいるのは、「バスケットボールが弾みすぎず、自分の力でコントロールできること」と「試合の最初から最後まで、状態が変わらないこと」。このことから、空気圧を保持することがいかに重要かうかがえるでしょう。

nba
Ronald Martinez//Getty Images
NBAプレーオフ2023のウェスタン・カンファレンスのワンシーン。

その役割を担うブラダーをつくるには、ゴムを加硫(ゴムの分子構造を変化させて弾力性を高める工程)するための金型に入れ、150〜160℃の温度で約8分間置きます。成形されたブラダーは空気を入れると風船のように大きく膨らんでしまうので、ウィルソンはこの時点では3〜4psiと低めの空気圧で空気を入れて扱っています。

確かにバスケットボール内部の空間の大部分は空気が占めていますが、ブラダーからバスケットボールの表面までは約5mmの厚みがあり、ブラダーはその内の0.8〜1mm程度を占めています。

(2)ワインディング

ブラダーを包むように、糸が張り巡らされている様子をイメージしてください。それがワインディングです。糸はナイロンとポリエステルの混合素材で、形状保持と反発力に必要な適正張力を得るために、ナイロンの割合が少し多くなっています。「ワインディングは、ボールの形状を保つためのもの」とクリシアック氏は言います。

ウィルソンで使っている機械は、糸が均一になるようにバランスをとりながら、ブラダーを回転させて糸を巻きつけていきます。同時に粘着剤を加えているので、糸がバラバラになることはないそうです。

ブラダーは最初から完全な球状ですが、ワインディングがなければすぐに卵型に変形してしまうため、「ワインディングを上手くできれば、ボールを完全な球状で保つことができるのです」とクリシアック氏は話します。

(3)カーカス(骨組み)

もう1つのゴムの層は、ブラダーとは全く異なる素材でできており、骨組みであると同時に反発力を生み、ボールをカバーする布のような役割も果たします。ウィルソンではこれを「カーカス(carcass)」と呼んでいます。

スチレン・ブタジエンゴム(合成ゴム)と天然ゴムの合成素材を使用していますが、これはかなり弾むため、ウィルソンが求めている反発力を実現します。現在のゴムのグレードと混合の比率は、開発チームが時間をかけて調整してきたものです。クリシアック氏は次のように話します。

「反発力の80%はボールの内圧で決まり、残るの20%は素材によって決まります。確かに内圧に依存する部分は非常に大きいのですが、私たちが長い時間をかけて学んだ細かなニュアンスによって、半インチ、1インチ、1インチ半といったように、選手のニーズに合わせて素材の厚みを最適化することができます」

カーカスをつくるには2つのパーツからなる型でワインディングを覆い、150〜160℃で約8分間、加硫成形を行います。この間に、高温のゴムがワインディングに流れ込むことで、鉄筋コンクリートのような構造ができ上がるのです。「どの程度ワインディングの層に流れ込み、どの程度ワインディングの上に乗るかは、試行錯誤して学んできました」と、クリシアック氏は説明します。

型から取り外したら、表面を形成するために洗浄とバフ研磨(綿やフェルトでつくられた研磨道具を、回転させながら対象物の表面に当てて研磨する方法)を行い仕上げます。 また、完成品にも見られる溝ができており、溝と溝の間にある隆起した面に8枚のパネルが装着されるようになっています。

(4)レザー

NBAプレーヤーの手に触れているのは、100パーセント本革のバスケットボールです。表面の素材はボールの弾み方に若干の影響を与えますが、主たるところは「感触」です。クリシアック氏は次のように言います。

「プレーヤーにとって最も重要なのは、『乾いた状態、あるいは汗で濡れた状態で、どのような感触が得られるかどうか』です。試合でのパフォーマンスにおいて特に重要視されやすいポイントになります」

その感触に大きな影響をもたらす表面のレザーを担当するのは、シカゴで1905年に創業したホーウィン社です。

用いるのは、肉牛として育てられた牛を食用とする際の副産物であるステアハイド(生後3〜6ヶ月で去勢され、生後2年以上経った雄牛)。シボの鮮明さで等級分けできるように、最初にクロムなめしで革を保存します。

それからホーウィン社の工場でサイズを調整し約2ミリの厚さに仕上げた後(最終的に、バスケットボールに貼り付けた状態では約1.4ミリの厚さになります) 、NBAボール用に開発された樹皮から抽出したタンニンと乳化させた油脂で再度なめします。

その後、貼り付け装置でデンプンのペーストをガラスのフレームに付着させ、熱風乾燥機でレザーを乾燥。そして、凹凸のあるポツポツとした質感を出すためにエンボス加工を施します。

こうしたレザーの処理には、ウィルソンのスペックに合った染料と顔料を使って(染料の方が多め)仕上げに表面を染める作業も含め、約8工程に及ぶそうです。

バスケットボール
NoSystem images//Getty Images

ホーウィン氏は、「バスケットボールは突き詰めると機能性が物を言う製品であり、秀でている人ほどその微妙な違いを見分けることができます」と語っています。

またホーウィン氏は、「ホーウィン社で皮をなめすときに使われるなめし液を多量に使用したことで、レザーに凹凸をつけることができ、バスケットボールの質感を実現できました」とも述べています。これは、バスケットボールを理想的な外観と感触にするために、彼らがウィルソンと共同開発した仕上げの工程です。

「バスケットボールの良し悪しを最終的に判断するのは、プレーヤーです」とホーウィン氏は言いますが、「両社の努力と、私たちが開発し進化させた技術や方法が組み合わさって、カスタマイズされているのです」とも話します。

ウィルソンの新しいバスケットボールは同ブランドが選んだオレンジ色ですが、この色にする工程もホーウィン社で行われる作業の中に組み込まれています。

最初はオレンジ色のバスケットボールも、人間の皮膚と同じようにレザーにも毛穴があるので、プレーヤーの手汗や油、汚れを吸収し、色は時間とともに濃くなっていくでしょう。また施された凸凹も、使い込むうちに平らになっていきます。

なおホーウィン社の工場で凸凹を加える際には、特定のプレートを備えたエンボス加工のプレス機を使用。「(アメリカン)フットボールのレザーと似ていますが、異なるものです。このレザーをフットボールに貼ったり、フットボールのレザーをバスケットボールに貼ることはないでしょう」と、ホーウィン氏は語ります。

古いバスケットボール
NoSystem images//Getty Images

そうして完成したバスケットボールがウィルソンから出荷されると、NBAの各チームで独自に慣らす作業が行われます。正しい感触を得るには、この主観的なプロセスが不可欠です。 試合は新品のボールではなく、時間をかけて慣らしたボールで行われるのです。なお「一度慣らしたバスケットボールは、長く使うことができます」と、ホーウィン氏は言います。

またクリシアック氏によれば、チームが完璧だと思える感触のボールを手に入れたら、ウィルソンではそのバスケットボールを送り返してもらい、テストを行って仕様を特定します。そうして今後のために、新しいデータをつくり出すそうです。

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この本革のバスケットボールについて、「とてもユニークな感触です」と話すクリシアック氏。「NBAの選手たちはこれまでと違ったこの感触を、自分たちでつくりあげたように感じているでしょう」とも語ります。

クリシアック氏とホーウィン氏にとっても、このバスケットボールづくりに対しては個人的な思い入れがあるとのこと。ホーウィン氏は次のように話します。

「お客さまからこのような機会をいただいて、知恵を集めて特別なものをつくり出すことができたことは、私たちにとって大変名誉のあることです。

テレビをつけてバスケットボールを観たときに、『自分たちがこれをつくり上げるのに、多少なりとも貢献できたのだ』と思えるのは、本当に素晴らしいことだと感じています」

Source / POPULAR MECHANICS
Translation / Yuka Ogasawara
※この翻訳は抄訳です。