寿司はシャリとネタが命です。特にネタの鮮度を見極めるのは、まさに「職人技」。習得するには長年の勘と経験によって培われた、職人の“暗黙知”だと言われています。しかしながら、それももう過去の話となるかもしれません…。

 なぜなら、マグロの目利きをする人工知能(AI)が開発されたからなのです。

AIでマグロの目利きをする新技術
「TUNA SCOPE(ツナスコープ)」

 数少ない熟練の職人や市場の仲買人だけが持つとされる、「マグロの目利き」技術。 良質なマグロを見極めるヒントは、「切断されたマグロの尾の断面に刻まれている」と言われています。市場における熟練の仲買人たちは尾の断面の色艶や身の締まり具合、脂の入り方を評価し、そのマグロの味・食感・鮮度などの総合評価を瞬時に下しています。これまでの魚市場では、彼らの“神業”によってマグロの値が決定され、相場が築かれてきました…。

 その仲買人たちの技術を参考にして、このたび、その断面から鮮度をはじめとする品質を瞬時に判定するAI(人工知能:Artificial Intelligence)とモバイルアプリが開発されたのです。その名は、「Tuna Scope(ツナスコープ)」。つくったのは日本の電通電通国際情報サービスで、双日三崎恵水産がパートナーとして参画しました。

きっかけは暗黙知への依存と後継者不足…

マグロの目利き人
dentsu

 「なぜ、そんな取り組みしたの?」と、 疑問に思う方もいらっしゃるかもしれません。それに対して今回、このAI開発で主導的な役割を務めた電通は、「後継者不足が深刻なマグロ鑑定の分野で、技術の伝承を目的に開発しました」と、プレスリリースで述べています。

 「例えどんなにセンスがある人でも、一人前になるまでには最低10年は必要」とも言われるマグロの目利き。その上、長年にわたる修行を経て培われる目利きのノウハウは、各々の職人が独自の方法で身体に刻み込んできた暗黙知であることも珍しくありません。つまり、その知識のシェアリングが非常に困難な分野と考えられていたからです。

マグロの断面
dentsu

 その上、年々その匠たちの高齢化は進み、現在ではそうした熟練の技を持つ匠たちの数は全盛期の半数以下にまで減少しているとのこと。若い世代への職能の継承に、深刻な危機を迎えているわけです。そんな業界の現状を受けて電通は、日々大量のマグロをさばく大手商社である双日などのパートナー企業と共同で、AIを使って魚屋の役割を担うシステムの開発に乗り出したというわけです。

 ディープラーニングのアルゴリズムのトレーニングデータを作成するために、まずは双日の取引先の漁場でマグロの尾の断面写真を集めることにしました。そうして合計4000枚以上の画像を収集し、“熟練の職人による品質判定データからのディープラーニング”を積み重ね、AIに「良質なマグロとはどのような状態のものか?」を学習させ、次に、そこから4段階の品質評価システムを構築していきました。

 これによって、日本の高度な目利き技術を継承した確かなマグロの品質判定を、世界中のあらゆる場所で展開できる…そんな期待が、そんな願いが、現実となる日がうっすらと見えてきたというわけです。


成功した判定テスト
&都内で販売を開始

 2019年3月には、日本有数のマグロの遠洋漁業基地である静岡県の焼津港を訪れ、開発したAIを実装したアプリ「ツナスコープ(TUNA SCOPE)」のテストを実施しました。その結果「ツナスコープ」は、数十年の経験を持つマグロ問屋が一般的に行っている4段階の品質評価と同等まではいかずも合格点があげられるレベルで、それぞれのマグロを見分けることに成功したのです。気になるその成功率は、約85%ということです。つまり簡単に言えば、「このアプリはかなり優秀!」というわけです。

tuna scope
TUNA SCOPE

 AIによって最高品質のお墨付きを得たマグロは「AIマグロ」とブランド化され、東京駅構内の回転寿司店で実際に提供・販売。5日間で約1000皿を完売したのでした…。2020年2月には、新たに「TUNA SCOPE認証マーク」を展開することになります。そうしてニューヨーク・シンガポール・東京の世界3都市で、商品販売を開始。AIからの認定を受けたマグロが世界の消費者へ向けて提供されたのです。

 さらに2020年3月には、「TUNA SCOPE」を活用した輸出事業が、水産庁の「令和元年度水産物輸出拡大連携推進事業」に採択され、今後ますます世界各国へと展開されていく予定とのことです。

今後は他の産業への横展開も視野に

 電通によると、「このAIシステムは、人間の作業員を置き換えるものではありません。ここで実施した画像解析アルゴリズムが、次世代の職人に対してマグロの評価のための学びとなり、その育成に役立つものとなるはずです」としています。しかしながら電通による最終的な目標は、「世界中の水産工場の検査プロセスに、このAIを組み込むこと」とも言っています…。

 また、ウェブサイトにおいて電通は次のように述べています。

「TUNA SCOPE」の開発によって蓄積された目利きAIのテクノロジーのノウハウは、今後、さまざまな産業や学問の分野において応用できる可能性を秘めています。人間の目から目へと受け継がれたさまざまな知恵や知見を、「新しい目=AI」に継承していくことで人類の直面する様々な課題を、AIと共に解決していく。

 今回の「AIで鑑定するマグロ」のような事例は今後、他の産業においても登場する日もそう遠くはないのかもしれません。

From POPULAR MECHANICS 
Translation / Esquire JP 
※この翻訳は抄訳です。