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Hidehiko Kuwata

カリフォルニアを縦断するように走る「パシフィック・コースト・ハイウェイ(PCH)」こと、州道1号線。風光明媚な景観が多く続く太平洋の海岸線を車で巡るロードトリップは、素晴らしい出会いとの連続です。

この連載では、「PCH」沿いにある注目のエリアを紹介しながら南部の都市サンディエゴ近郊の街テメキュラ(Temecula)からカリフォルニアを北上し、メンドシーノ(Mendocino)の街を目指します。

およそ1000kmにわたるロードトリップ。ワイルドなアトラクションや、地域のテロワール(その土地および風土が擁する個性)を反映した個性的なワイナリー、味わい深いオールドタウンに心癒されるビーチタウンなどなど偉大なる寄り道をしながら、レイドバックしたカリフォルニアをゆる~く紹介していきます。

【Vol.2】
サンディエゴ→ラ・ホヤ

これはThird partyの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。

Vol.1に登場したワイナリーの街テメキュラから、サンディエゴはI-15号線のフリーウェイでつながり約1時間半弱のドライブです。ラ・ホヤ(ラ・ホーヤとも)はサンディエゴの北方約20km。太平洋に面した閑静な街です。


美しい街と穏やかな気候

ホテル・デル・コロナド
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コロナド島のアイコン的存在である1888年開業の歴史的ホテル「ホテル・デル・コロナド」。

サンディエゴはかつてメキシコ領であったことから、通りの名前はスペイン語に関連するものが多いです。この街はカリフォルニア有数の都市でありながらその表情は穏やかで治安も良く、交通手段などの利便性は州内随一を誇ります。

ダウンタウンとサンディエゴ湾を挟んで向き合うコロナド島には、アイコン的存在である1888年開業の歴史的ホテル「ホテル・デル・コロナド(Hotel Del Coronado)」が建ち、通りにはヨーロッパの小さな街を彷彿させる光景が続きます。そして真っ青な海に沿っておよそ3kmもの美しいビーチが続き、サンディエゴ湾とダウンタウンを一望できる洒落たレストランやバーが並びます。

hotel del coronado
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「ホテル・デル・コロナド」のフロントロビー。ビクトリア様式の木造建築物で国家歴史的建造物に指定されています。

まずは有名な「USSミッドウェイ・ミュージアム(USS Midway Museum)」を訪問してみましょう。ミッドウェイは20世紀のアメリカで最も長く現役で活動した航空母艦で、1980年代には日本の横須賀を母港として任務を務め、後に湾岸戦争などを経て1997年に除籍となっています。2004年1月にサンディエゴのダウンタウンのウォーターフロントに永久係留され、同年6月に博物館としてオープンしました。世界でも1、2を争う来場者数の多い空母博物館となっています。

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写真上:「USSミッドウェイ・ミュージアム」の入り口。連日多くの観光客で賑わっています。写真下:ミッドウェイの広大なデッキ(甲板)。天気の良い日は午後になると照り返しが強烈でかなり暑くなります。

かつて500人の乗組員が生活していたという巨大な艦内には、現在60を超える展示エリアが設置され、29機の退役軍用機・戦闘機が並んでいます。ミッドウェイの広大なデッキには、第二次世界大戦から1990年の砂漠の嵐作戦(湾岸戦争)までの期間に活躍した海軍機がずらりと並び、ただ外観を眺めるだけでなく実際にコックピットに入ることも可能です。その他にも、パイロット同士の実際の会話を録音した臨場感あふれる音声の視聴やフライトシミュレーターの搭乗体験など、インタラクティブな展示やアトラクションが楽しめます。

スペイン統治の記憶が残る

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続いて、スペインが統治していたメキシコ時代 (1821〜1872年) を彷彿させる、(砂、砂質粘土とわらまたは他の有機素材で構成された天然建材を使用した)アドービ造りの街並みが再現された「オールドタウン歴史公園」へ向かいます。1769年に建設された伝道所「サンディエゴ・ミッション」なども遺されており、通りにはスペイン風の薫りを残した装いのレストランやユニークなアートギャラリーなどが建ち並んでいます。レストランのほとんどは、本格的なメキシコ料理です。通りにはスパニッシュ・テイストあふれる古き良き時代の南カリフォルニアの雰囲気が漂っています。

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1800年代の街並みが再現され、歴史的建造物やレストランなどが建ち並ぶ「オールドタウン歴史公園」。
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オールドタウン歴史公園内にある「コスモポリタン・ホテル&レストラン」。
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コスモポリタン・ホテル&レストランのダイニングルーム。

歴史公園内にある「コスモポリタン・ホテル&レストラン(Cosmopolitan Hotel & Restaurant)」は、実際に宿泊できる4つ星ホテル。リニューアルは施されていますが、1827 年に建設されたアドービ建築物が基礎になっています。旧市街の中では2番目に古い建物であり、サンディエゴ郡で最も古い建物の一つ。ビクトリア様式のわずか10室の客室は1860〜70年代のアメリカ製のアンティーク家具でレイアウトされ、ユニークなベッド&ブレックファストが体験できます。

陽が傾き始めたら、ダウンタウンの夜の賑わいの中心「ガスランプ・クォーター」に出かけましょう。昼間は眠ったようなエリアですが、陽が傾き始めると徐々に通りに並ぶガスランプに灯が点き、空が濃紺に変わる頃になると街はまるで微熱を帯びたかのような華やいだ賑わいに包まれます。

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ダウンタウンの賑わいの中心地「ガスランプ・クォーター」の入口。

趣あるビクトリア様式の建築物の1階には、数えきれないほどのレストラン、バー、ブティックが軒を連ね、さまざまな色のネオンや店内の照明が通り全体を華やかに盛り上げます。

このエリアは、1880年頃から20世紀初頭にかけてはかなり繁栄していましたが、1950年代から70年代にかけて通り一帯は荒廃し、ポルノ映画館やマッサージ店などが軒を連ねるようになりました。歴史地区としての再開発が本格化したのは、1982年からです。現在、ガスランプ・クォーターには約100の歴史的建造物があり、新しく建設されたモダンな高層ビルとのコントラストも雰囲気づくりに一役買っています。

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国家歴史地区にも登録されているガスランプ・クォーターの中心は、プロムナードとも呼ばれる5番街で、南端の「ハードロック・ホテル」から北に向かって、通りの両側には個性的なレストランやバー、ナイトクラブなどが並びます。ガスランプの灯りと店舗のカラフルなネオンで、通りは暗闇に幻想的に浮かび上がり、不思議な華やかさを放っています。

通りに面したレストランやバーのテラス席に座って、穏やかな賑わいの熱気と夜の冷気を感じながら、サンディエゴに近いワインカントリー、テメキュラのワインを味わいましょう。サンディエゴは大人がゆっくりと楽しめる街です。

ラ・ホヤに残る文豪の足跡

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サンディエゴの北方約20kmに位置する閑静な街、ラ・ホヤを訪ねてみました。ここは独立した市ではなく、サンディエゴ市に含まれる高級住宅街です。北側は商業地区でリゾートホテルなどが建ち並び、南側が閑静な住宅街になっています。多くの旅行者が訪れるのは北側で、美しい海岸線には多くのアザラシが生息し、海水浴を楽しみながら至近距離でアザラシの群れを眺めることもできます。街は上品な賑わいに包まれ、中心部に建つ歴史ある「ラ・バレンシア・ホテル(LA VALENCIA HOTEL)」の周辺には、洒落たレストランやバーが軒を連ねています。

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ラ・ホヤの賑わいの中心に建つシンボリックな「ラ・バレンシア・ホテル」。
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至近距離で野生のアザラシの群れを眺めることができるラ・ホヤの海岸。

南側の住宅街には実業家や著名人なども多く暮らしていますが、現在でも世界中からファンが訪れる1軒の家が海岸沿いにあります。それが私立探偵フィリップ・マーロウのシリーズで多くのファンを持つ、作家のレイモンド・チャンドラーが暮らした家。チャンドラーが購入した家は生涯でここだけで、彼の終の住処(ついのすみか)となりました。

彼は1946年に18歳年上の妻、シシィとともにラ・ホヤに移り住み、この家の書斎でフィリップ・マーロウ・シリーズの代表作となる長編『長いお別れ(The Long Good Bye)』を執筆しました。1953年に刊行されると高評価を得て、ベストセラーとなります。

 
Bettmann//Getty Images
自宅書斎で猫を抱くチャンドラー。出身はアメリカ中西部イリノイ州シカゴでした。

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ラ・ホヤの海岸に隣接する住宅街に今も残るレイモンド・チャンドラーの邸宅。

しかし刊行の翌年、最愛の妻が亡くなります。うつ病の傾向が悪化したこともあり、チャンドラーはアルコールに溺れ体調を崩してしまいます。創作活動への復帰には5年を要し、1958年に「プレイバック」が刊行されました。が、残念ながらこれが遺作となりました。この作品にはサンディエゴ郊外のエスメラルダという架空の街が登場しますが、これは明らかにラ・ホヤがモデルになっています。

ラ・バレンシア・ホテルのラウンジは作中で的確に描写され、ラ・ホヤの街に実際にある施設を連想させるものが次々に登場してくるのです。この作品を読んでラ・ホヤを散策すると実に面白く、まるで彼の足音が聞こえてきそうです。チャンドラーの体調はそのまま完治することなく、1959年にここラ・ホヤで帰らぬ人となりました。

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次回はラ・ホヤから北上して、パシフィック・コースト・ハイウェイ上にあるラグナ・ビーチに向かいます。

Text & Photo / Hidehiko Kuwata
Edit / Ryutaro Hayashi(Hearst Digital Japan)