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カリフォルニアを縦断するように走る「パシフィック・コースト・ハイウェイ(PCH)」こと、州道1号線。風光明媚な景観が多く続く太平洋の海岸線を車で巡るロードトリップは、素晴らしい出会いとの連続です。

この連載では、「PCH」沿いにある注目のエリアを紹介しながら、南部の都市サンディエゴ近郊の街テメキュラ(Temecula)からカリフォルニアを北上。メンドシーノ(Mendocino)の街を目指します。

およそ1000kmにわたるロードトリップ。ワイルドなアトラクションや地域のテロワール(その土地および風土が擁する個性)を反映した個性的なワイナリー、味わい深いオールドタウンに心癒されるビーチタウンなど偉大なる寄り道をしながら、レイドバックしたカリフォルニアをゆる~く紹介していきます。

【Vol.5】
ハモサビーチ→マンハッタンビーチ

これはThird partyの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。

Vol.4でご紹介したオレンジ・カウンティのハンティントンビーチからは、パシフィック・コースト・ハイウェイ(PCH)を太平洋沿いに北上し、シールビーチでI-405(インターステイト405号線)ノースに乗り換えれば、およそ1時間でハモサビーチに到着します。ハモサビーチはボヘミアンな空気に包まれた小さなビーチタウン。アーティストも多く暮らしています。


ボヘミアンなビーチタウンが続く一帯

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ハモサビーチの中心部の町並み。

トーランスという街を中心に広がるサウスベイ・エリアは、ロサンゼルス国際空港の南側に広がる商工業地区ですが、海岸線にはマンハッタンビーチ、ハモサビーチ、レドンドビーチという穏やかな佇(たたず)まいのビーチタウンが続きます。

中でもハモサビーチの街には、古き良き時代のカリフォルニアの面影が残り、いつ訪れても心和む空気が静かに流れています。ハモサビーチ桟橋の手前にはヤシの木が並ぶピア・アベニューという短い通りがあり、両側にはレストランやバー、お土産物店などが軒を連ねています。

西海岸ジャズの中心地だったハモサビーチ

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このピア・アベニューの真ん中あたりに、「ザ・ライトハウス・カフェ(The Light House Cafe)」というネオン管が光る煉瓦造りの古い建物があります。ここは世界的に有名なジャズクラブ。1949年の創業で、1950年代から70年代末までウエストコースト・ジャズの中心地の一つとなった偉大なジャズクラブです。マイルス・デイビス、アート・ペッパー、スタン・ゲッツ、チェット・ベイカーなど、一流のジャズメンがこぞって出演し、多くのミュージシャンたちがここでライブアルバムを録音しました。そのタイトルのほとんどに「ライブ・アット・ザ・ライトハウス」と記されたので、世界中にこのクラブの存在が知れ渡ることになりました。

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ザ・ライトハウス・カフェのピア・アヴェニュー側の入り口はテラス席になっています。

その歴史を簡単に振り返ってみましょう。1934年にピア・アヴェニュー30番地にオープンした「Verpilate's(ヴァーピレイツ)」というレストランは、1940年に「ザ・ライトハウス」というクラブに改装されます。その後、1948年にこのクラブを購入したジャック・レヴィンはクラブのマネージャーを務め、自らもベーシストであるハワード・ラムジーに日曜日の午後のジャムセッションを提案します。

翌年の1949年5月から始まったこのジャムセッションは人気を博し、多くの優れたジャズミュージシャンが「ザ・ライトライト」に集まるようになります。そして間もなくラムジーは、「ライトハウス・オールスターズ」というハウスバンドを結成します。そしてチェット ベイカー、スタン・ゲッツ、マイルス デイヴィスなどのゲスト・ミュージシャンをクラブに招いて演奏を行い、そのいくつかはライブレコーディングされました。

▼Jazz On The West Coast: The Lighthouse

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Jazz On The West Coast: The Lighthouse
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時はまさに1950年代。ハリウッド映画の音楽を録音するために、多くのジャズミュージシャンたちがロサンゼルス周辺で活動するようになった頃でした。彼らは生活費を稼ぐためにスタジオでセッションミュージシャンとして働き、その余暇として夜な夜なジャズクラブでのジャムセッションに興じたのです。その中心となったのが、「ザ・ライトハウス」でした。

1960年代に入ると、ゲストを招いてのライトハウス・オールスターズとのセッションだけではなく、多くのジャズバンドもこのクラブのステージに登場するようになり、いくつもの素晴らしいライブ盤がレコーディングされました。

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現在の「ライトハウス・カフェ」。ジャズバンドだけではなく、ロック、ヒップホップなどのグループも出演しています。

さて、話は一気に2016年に飛びます。この年「ザ・ライトハウス」は思わぬことから注目を浴びることになります。同年に公開され大ヒットとなった映画「ラ・ラ・ランド」に登場したのです。

映画の中に主演のライアン・ゴズリングとエマ・ストーンが小さなジャズクラブを訪れるシーンがありますが、この撮影に「ザ・ライトハウス」の店内が使われています。「私、ジャズは嫌いよ」と話すエマ・ストーン演じるミアを、ライアン・ゴズリング演じるセバスチャンがジャズクラブに連れて行き、テーブルに座ってバンドの演奏を聴きながらジャズについて持論を展開するシーン、そしてセバスチャンがバンドに加わりステージでピアノを弾き、エマがフロアで踊り、その後ジョン・レジェンド演じるかつてのバンド仲間キースに出会うシーン…と、この印象的な二つの場面が撮影されています。

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1904年に建設されたハモサビーチ桟橋は杭まですべて木造で造られていました。現在の桟橋は1965年に建設され、2000年代初頭に改修されたもの。

ジャズクラブの外に出た2人はここで別れますが、セバスチャンはハモサビーチの桟橋に向かいます。そして映画の中でたびたび流れる「シティ・オブ・スターズ(City of Stars)」を歌いながら桟橋を歩くセバスチャンと、夕暮れの美しいハモサビーチの光景がスクリーンに映し出されます。

実はこのシーン、当初の台本にはありませんでした。「ザ・ライトハウス」での撮影を終え、ピア・アヴェニューに出たデイミアン・チャゼル監督の目に、夕暮れの時の美しいハモサビーチ桟橋の光景が飛び込んできました。そこで急遽セバスチャンが、桟橋で歌い踊るシーンの撮影を決定したと言われています。

▼「ラ・ラ・ランド/City of Stars」

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「ラ・ラ・ランド」City of Stars映像
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ハモサビーチの桟橋を先端まで歩いて振り返ると、左にマンハッタンビーチ、右にレドンドビーチの町が続き、緩やかな勾配の丘の上に向かって、カラフルな家が建ち並んでいます。真っ青な空と海とのコンタラストが鮮やかです。三つの町をつなぐ長いビーチウォーク沿いには、貸別荘や長期滞在型のホテルなどが並び、その前をサイクリングやジョギングなどを楽しむ人たちが絶え間なく行き交います。陽が傾き始めたら海沿いのレストランでシーフードを味わい、その後は「ザ・ライトハウス」で西海岸のメロウなジャズを楽しみましょう。

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写真上:映画「ラ・ラ・ランド」の撮影に使用された桟橋から眺めるハモサビーチの街。写真下:ハモサビーチ桟橋の入り口にあるボヘミアンなビストロ「Hennessey's Tavern(ヘネシーズ・タヴァ―ン)」のテラス席。

隣町のマンハッタンビーチへ

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目抜き通りであるマンハッタン・アベニューからのマンハッタンビーチ桟橋の眺め。桟橋の先端に建つのが「ラウンドハウス海洋研究水族館」。

1912年に設立されたマンハッタンビーチは、サウスベイ地域にある三つのビーチシティ(ハモサ、レドンド、マンハッタン)の中で最も古く最も小さな街(人口約3万5000)です。ハモサビーチの北隣に位置し、美しく整備されたビーチフロントや通りには高級住宅が建ち並び、マンハッタンビーチ桟橋の周辺が街の賑わいの中心となっています。

マンハッタンビーチ桟橋の先端には「ラウンドハウス海洋研究水族館」があり、訪問者に海、海洋生物や環境について教えることを目的としています。内部には地元の魚や軟体動物が生息するいくつかの水槽や説明標識があり、オープンタンクでは一部の生き物に触れることもできます。ビーチには多くのビーチバレーのコートがあり、世界で最も権威のあるビーチバレー大会の一つ「マンハッタンビーチ・オープン(Manhattan Beach Open)」の開催地にもなっています。

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マンハッタン・アベニューの商店街を抜けると高級住宅街が現れます。

地元民が「ピア・トゥ・ピア」と呼んでいる、マンハッタンビーチとハモサビーチの桟橋間をつなぐ「ストランド」というビーチウォークは、この街一番のアクティビティかもしれません。ストランドというのはサンタモニカ付近からトーランスまで続く約35kmのビーチ沿いの舗装された歩行者専用の小道で、その中の「ピア・トゥ・ピア」と呼ばれる部分は距離にして片道およそ4km。雄大な太平洋と美しい街並みに囲まれ、ウォーキングでもサイクリングでも最高のコースです。中でもマンハッタンビーチ周辺のコースは穏やかで景観も素晴らしく、カリフォルニアのライフスタイルを実感するには最適な場所です。

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ストランド(The Strand)と呼ばれる、パシフィック・パリセーズ (サンタモニカ近郊) からトーランスまで続く約35kmの舗装されたビーチ沿いの小道。

サウスベイ地域にあるビーチタウン、とりわけハモサビーチとマンハッタンビーチは街の規模も歩いて楽しむにちょうど良く、実に居心地のいい街です。人と自然がバランスよく存在していて、トレンドを反映しながらも古き良き時代の名残が感じられ、エンタテイメントもショッピングも、そしてダイニングも良質なものがそろっています。

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次回は、パシフィック・コースト・ハイウェイをさらに北上して、マリブからベンチュラ方面へ向かいます。

Text & Photo / Hidehiko Kuwata
Edit / Ryutaro Hayashi(Hearst Digital Japan)