サンフランシスコ ゴールデンゲートブリッジ
Hidehiko Kuwata

カリフォルニアを縦断するように走る「パシフィック・コースト・ハイウェイ(PCH)」こと、州道1号線。風光明媚(めいび)な景観が多く続く太平洋の海岸線を車で巡るロードトリップは、素晴らしい出会いとの連続です。

この連載では、「PCH」沿いにある注目のエリアを紹介しながら南部の都市サンディエゴ近郊の街テメキュラ(Temecula)からカリフォルニアを北上。メンドシーノ(Mendocino)の街へと目指します。

およそ1000kmにわたるロードトリップ。ワイルドなアトラクションや地域のテロワール(その土地および風土が擁する個性)を反映した個性的なワイナリー、味わい深いオールドタウンに心癒やされるビーチタウンなど偉大なる寄り道をしながら、レイドバックしたカリフォルニアをゆる~く紹介します。

【Vol.11】
サンフランシスコ→ナパ→ソノマ

これはThird partyの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。

スタンフォード大学のキャンパスを離れたら、再び国道101号線に乗ってサンフランシスコへ。サンフランシスコ湾を右手に眺めながら40分ほど北上すると、サンフランシスコのダウンタウンに入り、ここからゴールデンゲート・ブリッジの入り口までは市内の一般道路を走ります。

ゴールデンゲート・ブリッジを渡り、観光地であるサウサリートを過ぎると周辺はのどかな雰囲気に一変します。ここからさらに北上してナパ、ソノマのワインカントリーに向かいます。ワイナリーめぐりの前に、今回はこのエリアに二つのワイナリーを所有する映画監督兼実業家フランシス・フォード・コッポラにフォーカスしてみましょう。


フランシス・フォード・コッポラと二つのワイナリー

フランシス・フォード・コッポラ
Paul Harris//Getty Images
ソノマ・カウンティのガイザービルにある、コッポラ・ワイナリーに隣接するコッポラの邸宅。

現在、フランシス・フォード・コッポラはアメリカでも屈指の大富豪ですが、彼をここまでの大富豪に押し上げたのは映画ビジネスではありません。実はワインビジネスこそが彼に巨万の富をもたらしたと言われています。マーロン・ブランド演じるドン・コルレオーネのファミリーを中心に、マフィアの内幕を壮大なスケールで描いた1972年公開の『ゴッドファーザー』は、映画監督としてコッポラの出世作となりました。この作品は当時の興業記録を塗り替える世界的な大ヒットを記録し、アカデミー作品賞をはじめ名誉ある賞を総なめにしました。

フランシス・フォード・コッポラ
Hidehiko Kuwata
コッポラ・ワイナリーの2階に展示されている映画「ゴッドファーザー」シリーズで獲得した多くのオスカー。
フランシス・フォード・コッポラのワイナリー
Hidehiko Kuwata
『ゴッドファーザー』の冒頭のシーンに登場する、マーロン・ブランド演じるドン・コルレオーネが使うビジネスデスクも展示されています。

アル・パチーノ主演で製作された続編、1974年公開の『ゴッドファーザーPART2』は、前作を上回ることはできませんでしたが、興行的には大成功を収めました。この作品もアカデミー作品賞をはじめ6部門でオスカーを獲得しました。アカデミー作品賞を受賞した映画の続編が、再び作品賞を受賞するというのはまさに快挙で、現在に至るまで「ゴッドファーザー」シリーズの2作以外にはありません。素晴らしい超大作を世界的に大ヒットさせ巨万の富を手にしたコッポラでしたが、実はハリウッドにおける“興行的な”栄光はこの時代がピークでもありました。

歴史的ワイナリー「イングルヌック」の再生

映画で巨万の富を得たコッポラは、まずはジョージ・ルーカスの初監督作品『THE-1138』と、同じくルーカスの監督作品である『アメリカン・グラフィティ』に続けて投資します。そして、これらに続く投資先がワイナリーでした。

1975年、当時サンフランシスコで暮らしていたフランシスとエレノアのコッポラ夫妻は、ナパ周辺に別荘を探していました。そして250万ドルを投じて、1560エーカーという広大な土地を購入します。

実はこの土地は、歴史的なワイナリー「イングルヌック」を設立したグスタフ・ニーバムの邸宅を含む、このワイナリーの敷地の一部でした。フィンランドの富豪だったグスタフはナパにヨーロッパのブドウの苗を持ち込み、1879年に土地を購入してブドウ栽培をスタート。1887年にイングルヌックのシャトーを完成させたのです。

イングルヌック」のワイナリー
ANDREW HOLBROOKE//Getty Images
コッポラ夫妻が復活させた現在のイングルヌックのワイナリー。

購入後まもなく、ここに滞在して邸宅の修理をしていたコッポラは、ナパのワイン王として知られるロバート・モンダヴィの突然の訪問を受けます。セラーから名作の誉れ高いワイン「イングルヌック・カベルネ」を取り出してモンダヴィを歓迎しながら、コッポラ夫妻はこの土地の物語を知ることになります。

ワイナリー「イングルヌック」を築いたグスタフ・ニーバムというフィンランドから来た船長のこと、そして、この素晴らしいワイナリーの栄光と衰退の歴史など、モンダヴィは可能な限り詳細にイングルヌックの素晴らしいワインづくりの物語を伝えて、コッポラ夫妻にこの土地でのワインづくりを進言したのです。

ロバート・モンダヴィ
United Archives//Getty Images
さまざまな技術をワインづくりに導入して、新しいワインビジネスを開拓したロバート・モンダヴィ。
オークビルにある『モンダヴィ・ワイナリー』
Hidehiko Kuwata
オークビルにある「モンダヴィ・ワイナリー」。

ロバート・モンダヴィが話してくれたイングルヌック物語に共鳴したコッポラは、手に入れたこの土地でボルドースタイルのワインをつくることを決め、ついに「ニーバム・コッポラ・ワイナリー」がスタートします。初収穫の1978年は、コッポラ夫妻の子どもたちを含め、家族全員で膝までブドウジュースに浸りながら働きました。

この年のブドウから赤のボルドースタイルのブレンド『ルビコン(1978 Vintage)』が生まれ、1985 年にリリースされました。そうして現在、ナパの至宝とも呼ばれているこの高級ワインはニーバム・コッポラ・ワイナリーのフラッグシップとなるのです。

コッポラのワインビジネスは順調に推移していきました。やがて彼は、高級ワインをつくるだけでは物足りず、伝説のイングルヌック・ワイナリーの復活を考えるようになりました。コッポラがこの土地を購入したときには、かつてのイングルヌックの敷地は切り売りされ、ワイナリーは崩壊していました。コッポラは約20年の歳月をかけて、人手に渡っていたイングルヌックのブドウ畑を少しずつ買い戻していくのです。

この間、コッポラは映画ビジネスで経済的にピンチを招きます。興行的には成功していましたが、多くのトラブルに見舞われて制作費が膨大に膨れ上がり、自宅を抵当に入れて資金を集めてフィリピン奥地での撮影に臨んだ『地獄の黙示録』、さらに興行的に大失敗に終わった『ワン・フロム・ザ・ハート』などの負債などで、コッポラは1980年代以降に3度の破産を経験します。

コッポラはかつて、こう語っています。

「広大な敷地には多くの湖があり、美しいビクトリア調の邸宅が建つ私のエステート。せっかく手に入れたこの土地を失うことは本当に悲しい。『地獄の黙示録』を撮影中は、そんなことばかり考えていたよ。すでに巨額な借金がのしかかっていたし、この作品はさらに負債を膨らませるだけだというのが大方の予想だったからね」

コッポラ・ワイナリーの様子
Hidehiko Kuwata
コッポラ・ワイナリーに展示されている『地獄の黙示録』に登場したコスチュームや大道具、小道具の数々。
コッポラ・ワイナリーの様子
Hidehiko Kuwata
イングルヌックの再統合の資金づくりに大きく役立った、映画『ドラキュラ』のアイテムも展示されています。

1992年に公開されたコッポラ監督作品『ドラキュラ』は大きな収益を上げ、コッポラのワインビジネスに大きく貢献することになりました。コッポラ夫妻はこの収益を継ぎ込んで、歴史的なシャトーを含むイングルヌックの残りの土地を買い戻し、30年近く離れていたエステートの再統合を見事に果たします。

中庭の噴水建設計画とともにシャトーの修復が始まり、醸造施設も一新しました。そしてフラッグシップ・ワインである「ルビコン」に続き、現在ではカリフォルニアを代表する高級ワインとして世界に知られる「カスク」を1998年にリリースします。

かつてのイングルヌックの敷地の再統合という夢を果たしたコッポラ夫妻ですが、最後に買い残したものがありました。それは、「イングルヌック」という名称の使用権です。長年にわたりザ・ワイン・グループという企業が所有していたために使えなかったのですが、2011年、コッポラ夫妻は念願だった商標権を取得し、彼らのワイナリーは正式に「イングルヌック」の名称を掲げられるようになったのです。

リゾートのような「フランシス・フォード・コッポラ・ワイナリー」

コッポラ・ワイナリーの様子
Hidehiko Kuwata
ハイウェイからも望める巨大な「コッポラ・ワイナリー」の入り口。

“子ども連れで楽しめるワイナリー”をコンセプトに、2006年には「フランシス・フォード・コッポラ・ワイナリー」がオープンします。ナパ・カウンティのラザフォードにあるイングルヌックでは、「ルビコン」「カスク」などの高級ワインを中心に取り扱っているのに対して、ソノマ・カウンティのガイザービルにあるこちらのワイナリーでは、カジュアルラインのワインを中心に展開されています。かつてはイングルヌック内にあったコッポラ監督の映画関係の展示物や資料も、現在はすべて新しいフランシス・フォード・コッポラ・ワイナリーに移されています。

コッポラ・ワイナリーの様子
Hidehiko Kuwata
フランシス・フォード・コッポラのお気に入りの世界中の料理を提供するレストラン「RUSTIC(ラスティック)」。

ワイナリー内はまさにリゾートといった趣で、大きなスイミングプール(ゴッドファーザーPART2の冒頭のシーンに登場するプールをイメージしている)、プールサイドにはカフェがあり、ワイナリー内にはゆったりとしたスペースのレストランやショップなどが併設されています。テイスティングルームも3カ所に設けられていて、カジュアル・ラインを代表する「ディレクターズ・カット」や「ダイヤモンド・コレクション」など、多くの種類のワインのテイスティングが楽しめます。

コッポラ・ワイナリーの様子
Hidehiko Kuwata
優雅な雰囲気が漂うテイスティングルーム。

『ゴッドファーザー』『ゴッドファーザーPART2』『地獄の黙示録』『ドラキュラ』『タッカー』など、コッポラ監督作品に登場した大道具から小道具、コスチューム、作品の絵コンテや台本など、興味深いアイテムがたっぷりと展示されています。

コッポラ・ワイナリーの様子
Hidehiko Kuwata

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次回最終回は、ナパ、ソノマの代表的なワイナリーをめぐりながら、最終目的地であるメンドシーノに向かいます。

Text & Photo / Hidehiko Kuwata
Edit / Ryutaro Hayashi(Hearst Digital Japan)