Esquire:確かルノーって、フランスの公団・公社でしたよね?
南陽:そうです。1990年代に民営化を果たしてはいますけど、確かに今もフランス政府が15.01%の株式を握る筆頭株主ですね。去年、日産との持ち株比率を、今のところ信託扱いですが15%に均等化しています。それにしても公団ルノーなんて、編集さんも昭和世代ですね。でも、「トゥインゴ(Twingo)」を前にして、なぜそんな疑問が?
Esquire:いや、公団とか公(おおやけ)めいたセンスからほど遠い佇(たたず)まいで、案外ハジけた外観だなと思いまして。
南陽:なるほど。RR(リアエンジン・リア駆動)で4輪を四隅に追い込んだプロポーションと、ボディ肩口のグラフィック、それに全長3.6mの小ぶりさがエモいんでしょうね。初代の「トゥインゴ」は、脱・公団後の第1弾と言える時代に開発されました。優れてコンパクトで万人に使い勝手のよいベーシックカー、つまり、民主主義的でポップな車として軽妙で明るい雰囲気がウリだったんですよ。その雰囲気は第3世代も受け継いでいましたが、このコンパクトさでICEの輸入車、この先こういった車は登場しないかもしれませんね。
Esquire:もう「エディション・フィナル」が、日本に最後の300台です。2024年式がホントに最後の最後。撮影車はひとつ前の仕様で、少しだけグラフィックが違います。
南陽:元はと言えば、「トゥインゴ」は「スマート フォーフォー(Smart Four Four)」がベースでしたよね。ダイムラーと日産とルノーが3社提携していた時代に、「トゥインゴ」を5ドア化したかったルノーがダイムラーに相乗りするカタチで派生させたのが第3世代目の「トゥインゴ」。この車のすごみは、「スマート フォーフォー」のオーナー以外ならスマートだったという事実を、ほぼ忘れさせるほどのキャラの強さですね。
Esquire:中身は一緒。なのに、どこかルノーっぽい。なぜそこまで「ルノー化」できたんでしょうか?
南陽:ルノーから全てが明らかにされているわけではありませんが、見える部分で言うとボディパネル。例えば、リアハッチやフロントボンネットなんかは、明らかに「スマート フォーフォー」とは違います。
いわゆるプラットフォームと分類される、アンダーボディやサブフレーム、パワートレインや主だった電装系といった大物コンポーネントは共通です。ところが、内装の設えやダンパー&スプリング、その他サスペンション周り、それとエンジン制御系のECU(エレクトロニック・コントロール・ユニット)など、プログラムコードで変えられる部分は、むしろ積極的に手が入っています。
やはりルノーは小型車が主戦場で、大昔からRRの大衆車を手掛けていたぶん、ノウハウやつくり込みは巧み。ルノーらしい奥行きがあるんですよね。
Esquire:RRと言えば、「ポルシェ911」と同じレイアウト駆動方式。
南陽:そうです。それで、現「トゥインゴ」が登場した当初、「テールハッピーなハンドリングのスポーティなバージョンが出るんじゃないか?」なんて、期待し過ぎた個人的反省はあります…。
Esquire:ルノーと言えば、当時スポーツモデルやモータースポーツを担っていたルノー・スポールもありましたからね。
南陽:でも、「トゥインゴ」はシャシーとしてゼロから開発したわけではなく、あくまでチューニングでルノーの商品に仕上げられたものでした。5速MTバージョンがエコタイヤ履いていて、思えばあれが回答だったんですよね。
Esquire:と言いますと?
南陽:つまり、「限られたタイヤグリップの範囲内で十分に走りが楽しいですよね!? でも、ルノー・スポールの1台にはしませんからね」という、ルノーからの意思表示だったようにも思えます。
Esquire:なるほど。
南陽:センシティブなRRのシャシーを、誰がステアリングを握っても安定して走れる車に仕上げ、さらに高速道路でもめっぽうビシッとしている。今となっては、ルノーが仕上げたこの穏やかな挙動と落ち着いた乗り心地に感心してしまいます。
真の意味で良質のスモールカーで、小さくても走りのスケール感だけはちゃんと欧州車なんです。生活パターンによっては、軽自動車を白ナンバー登録して乗るよりも、この車が向いている人が日本にも大勢いると思うんですけどね。
Esquire:さきほど実際に走らせてみて、加速が力強いことに驚きました。「こんなコンパクトな車でこの加速!?」的な印象を持ちました。ベタな表現ですが…。
南陽:車重はたったの1030kgで、うち後車軸側に560kgですから、前後重量配分のバランスもいいんです。加速するとエンジンという重量物の荷重を後輪がきっちりと受け止めるので、少ないパワーでも効率よく1トン程度の軽量ボディを押し出せるというわけです。
エンジンは3気筒0.9Lターボなので、元から重くはないんですけど。この試乗車は「エディション・フィナル」以前の仕様なので109psもありますね。プラス、ロスが少なくてギアのつなぎがダイレクトなEDC6速の変速マナーも、ずいぶんとこなれて滑らかです。
Esquire:しかも、フロントにエンジンがない分、ステアリングがとにかく切れます。小回りが利くとは聞いていましたが、想像の遥か上を行っていました。
南陽:まさしく、そこもRRならではの滋味深い特典ですね。
Esquire:ちなみに今回の「トゥインゴ」、本国のフランスではどんな人たちが乗っているんですか?
南陽:もちろん性別がどうと言うわけではありませんが、わりとフェミニンな印象の車と受け止められつつも、男性も乗っているという感じでしょうか。実際、看護師をやっているガタイのいい友人が乗っていましたよ。生活に車が必需品で、普段は街乗り重視で高速道路はほどほど、みたいな使い方でした。
Esquire:なるほど。
南陽:世代も幅広かったですね。第2世代の「トゥインゴ」の本国CMですが、おばあちゃんが運転する「トゥインゴ」の車内で、同乗しているティーンの孫娘が電話に出ようとしたら、カバンからコンドームが滑り落ちるんですよ。拾い上げたおばあちゃんが一瞬目を剥(む)いて、明らかに孫娘も『ああ、終わった…』って顔するんですけど…。
Esquire:今と時代が違うとはいえ、ちょっと気まずい車内。
南陽:ところがおばあちゃんが『今はイチゴ味もあるのね』とか言って、孫が取り返そうとすると、ヒョイと自分のポケットにしまい込むんですよ。
Esquire:まさか(笑)
南陽:『斬新に、過ぎることはありません』というのが、いつも「トゥインゴ」のキャッチコピーです。
Esquire:攻めてますね。
南陽:ちなみにCMの別バージョンに同じく車内で、娘が腰に入れたタトゥーを母親が見つけるバージョンもあります。『何、そのタトゥー。みっともない!』って指摘されて娘がむくれるんですけど、母親がもっと大胆なタトゥーを見せて、『これがアーティストの作品ってもんよ』と。そして二人とも笑いながら、「トゥインゴ」で走り去るという…。
▼ルノー「トゥインゴ」の印象的なCMをまとめたYouTube。「祖母と孫」編は1分38秒から。「母親と娘」編は5分27秒から。
実はこういうのが、フレンチなパブリック・センスかもしれません。そんなことを考えていると、「あの『トゥインゴ』がなくなる」「ついに新車で乗れなくなるのか…」という感慨が押し寄せて、さらに淋しくなってきます。本国ではEV化されてしばらくは生き残るようですけど、日本仕様にするにはChaDeMo対応などハードルも高いですからね。ひとまず現行モデルで最終章。今が最後のチャンスとなりそうです。
Text / Kazuhiro Nanyo
Photo / Motosuke Fujii(Salute)
Edit / Ryutaro Hayashi(Esquire)