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藤原ヒロシの破壊と創造

藤原ヒロシという人物を、ひと言で表現するのは難しい。音楽活動はもとより、「fragment design(フラグメントデザイン)」として名だたるメゾンとコラボレーションしたかと思えば、次にはゲームソフトに登場する人気キャラクターと壮大なプロジェクトを展開する。

捕まえたと思った次の瞬間、指の間からすり抜けていく。まるで、ひとつの枠に収まるのを嫌うかのように…。

a person wearing sunglasses
Ko Tsuchiya
2021年に「ギブリ」のコラボレーションモデルをデザインしたのを皮切りに、マセラティとパートナーシップを続ける藤原ヒロシ。コラボレーション第2弾となる「グラントゥーリズモ ワンオフ ウロボロス」は、昨年11月に東京・築地本願寺で開催されたイベントで日本初披露された。
a black box with a white logo
Ko Tsuchiya
新型グラントゥーリズモでのラグジュアリーなロードトリップからインスパイアされた、マセラティとフラグメントデザインによる限定のカプセルコレクションも発表。

昨年、藤原がデザインしたマセラティ 新型グラントゥーリズモのワンオフモデルが発表された。破壊と再⽣の輪廻のなかで絶えず形を変える、万物の統⼀を表すグノーシス主義のシンボル「ウロボロス」の名を冠したバーチャルモデル。そこに、希代のカリスマの核心に触れる糸口はないか、本人に話を聞いた。

a group of computer mouses
Ko Tsuchiya
バーチャル展示の様子。デジタルモデルゆえ、実車は存在しない。

クルマはデザインで遊べる半面、上手にやらなければ、“未来”をつくっているはずが“過去”が提示されてしまう

「僕はヴィンテージカーがすごく好きなんですが、実際に所有したことはありません。なぜかというと、僕は運転も好きで、遠乗りもするので故障する古いクルマには乗りたくない。そう考えたときに、見た目はヴィンテージ、でも最新テクノロジーを注ぎ込んだクルマがあればいいな、と思ったのがきっかけです。

各メーカーがそういうことをやろうとしているとも思うんですが、スポーツカーになると、どうしても近未来感が出てしまう。クルマはすごく怖いなと思うのが、近未来デザインは一瞬で過去になってしまうこと。クルマはつくるのに時間がかかるから、発表して、生産して、デリバーされた頃にはひと昔前のものに感じてしまう。そこをうまく解消できたらと思いました。

あと念頭に置いたのが、現実的な価格で買えること。クルマはワンオフでイチからつくると5億円以上の世界なんですね。そうじゃなくて、シャーシやボディは既存のものを使い、ライトなど細部にヴィンテージ風味をアクセントとして取り入れる。そうやって現実的に買える、日常のクルマを意識してデザインしました」

a silver sports car
Courtesy of Maserati
マセラティの過去の名車の特徴的なデザインを、新型グラントゥーリズモにシームレスに融合させたデジタルモデル。「A6GCS ベルリネッタ ピニンファリーナ」のフロントグリルや、1950年代のエレガンスの象徴である「3500GT」のサイドベンツ、「ティーポ 151」に代表される1960年代に見られる丸く覆われたヘッドライトを組み合わせている。また、新たに鋳造されたかのように描かれたホイールは、1970年代「ボーラ」に搭載されたマグネシウム合金のホイールにインスパイアされたものだ。

そのルックスは、1970~80年代に憧れを抱いたスーパーカーが現代によみがえったかのようで、クルマ好きなら誰もが高揚するものだ。時代時代のマセラティの名車からデザインを取り入れ、組み立てる作業はヒップホップでいう“サンプリング”を思わせる。

「そうですね。僕はどちらかというと、過去のものをミックスするタイプなので。それは常にアーカイブの中にあって、プロジェクトに応じて、おもしろいと思ったものを取り出して使うという感じです」

the back of a car
Courtesy of Maserati
左右一体化されたテールライトは、1980~90年代当時に画期的だった「シャマル」のデザインを踏襲。

「ウロボロス」が破壊と再生のシンボルであるなら、藤原自身はプロジェクトを手がける際、「あるものを一度壊す」「既存のルールを打ち破る」といった意識はあるのだろうか。

「そんなに考えたことはないです。僕はルール内でやることが好きなので。ルールの中で遊べるだけ遊ぶというか、ちょっとはみ出すぐらいで、怒られたらまた戻す(笑)。イチからものをつくるのって、すごく難しい。『なんでも好きなことやって』と言われると、何をやればいいかわからない。『範囲内でやって』と言われたほうが簡単ですし、おもしろい気がします」

藤原ヒロシが破壊するものがあるとすれば、それは私たちの中に巣くう、凝り固まった価値観だ。

Maserati GranTurismo
One-Off Ouroboros

ベースになったのは、マセラティ初のBEVモデル「グラントゥーリズモ フォルゴレ」。BEV(Battery Electric Vehicle)とはエンジンがなく、バッテリーに蓄えられた電力だけでモータによって走るピュアな電気自動車。「グラントゥーリズモ」にはエンジン仕様と、このBEV仕様が用意される。

「グラントゥーリズモ ワンオフ ウロボロス」の市販化に関しては、今後アップデート予定だ。
公式サイト
a man with long hair
Ko Tsuchiya

Hiroshi Fujiwara
藤原ヒロシ

1964年生まれ、三重県出身。1980年代にDJとして活動を開始。’90年代には音楽プロデューサー、作曲家、アレンジャーとして多くのアーティストを手がけ、現在はシンガーソングライターとして活動。またストリートカルチャーに絶大な影響力をもち、「フラグメント デザイン」名義でさまざまなブランド、企業とコラボレーションをおこなう。

[Staff]
Photographs / Ko Tsuchiya, Maserati
Text & Editing / Satoru Yanagisawa

[脚注]

*1:Gnosticism 1世紀後半~2世紀にかけてユダヤ教と初代教会の諸派間で融合した宗教的思想と体系の集合。物質的世界は悪であるとし、神秘的な知識(gnosis)を通じて霊的な救済を得ることを目指す。聖書入門.comの当該ページを参照

*2:Ouroboros 自らの尾を飲み込む蛇や竜の形をした古代の象徴で、始めと終わりがないことから、自己の消尽と更新を繰り返す永劫回帰や無限、真理と知識の合体、創造など幅広い意味を持つ。グノーシス主義を含む、多くの哲学や宗教において重要な意味を持つシンボル。東京大学総合研究博物館ニュースの解説ページを参照
 

※この記事は『エスクァイア・ザ・ビッグ・ブラック・ブック』2024 Spring/ Summer号(2024年4月15日発売)より転載。掲載内容は発売日時点の情報です。最新情報については問い合わせ先よりご確認ください。