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1988年3月23日生まれ、パーソナルトレーナーDENさん。身長181cm、体重71kg(2021年7月現在)Instagram Twitter

 コロナ禍によって生まれた時間のゆとりが、ライフスタイルを見つめ直す機会になった方も多いのではないでしょうか。とりわけ健康への意識は、より高まったように感じます。例えば「食事」です。

 テレワークが増えたことで自炊するようになったり、免疫力を上げるようとバランスのいい食事を心がけるようになったり。これまで忙しさを言い訳に、適当に済ませていた食事に対する考え方もずいぶん変わってきました。

 そんな中、「メンズヘルス」日本版が注目したのが「ペスカタリアン」。実践しているプロトレーナーのDENさんに、そのメリットと問題点、「ペスカタリアン」になるまでの経緯と心身の変化、さらには現在の食事やトレーニング内容などを人物像に焦点を当てひも解いていきます。

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◇「ペスカタリアン」のプロトレーナーにインタビュー

 DENさんは、少年時代は細身の身体にコンプレックスを持ち、スポーツ推薦で入学した大学でも「不整脈」という基礎疾患により愛するアメリカンフットボール(アメフト)を諦めざるを得なくなったと言います。

 そんな、不可抗力の挫折をくりかえした彼のプロトレーナーとしての哲学には、「優しさ」と「説得力」がありました。そして、身体と心の健康だけじゃない、思わぬ副次的効果もあったようです。

「ペスカタリアン」を続けて起きた筋肉と心の変化、その効果

■まず「ペスカタリアン(pescetarian)」とは何か、改めて教えてください?

 「ペスカタリアン」とは、ヴィーガンやベジタリアンといった菜食主義のひとつです。菜食主義者はひとくくりにされがちですが、その種類は多岐(たき)にわたり、一般的には10種以上にカテゴライズすることができます。

 「ペスカタリアン」に関してさらに具体的に言えば、イタリアン語のペッシェ(魚)とベジタリアン(菜食主義)が合わさった言葉で、魚を食べる菜食主義者とされています。つまり、牛や豚をはじめとする肉類は一切食べないものの、魚介類は食べる菜食主義者のことを指します。ちなみに“肉抜き”の食生活は、「家畜生産における莫大な温室効果ガスの排出などを低減できて地球に優しい」と、SDGsの観点からも昨今注目を集めている面もあります。

■「ペスカタリアン」をどれくらいの期間、実践していますか?

 約21カ月前の、 2019年10月から実践しています。

コンプレックスの
ガリガリ体型が
すべてのはじまり

■DENさんの鍛え上げた身体は、男性の理想です。やはり学生時代から運動はされていたのですか?

 小学生の頃は空手、中学生はバスケットボールと運動はしていましたが、やらされている感じで練習も行ったり行かなかったり。どちらかというと、ゲーム好きのインドア派でした。

 当時は身長が171cmもあったのに、体重は46kgというガリガリ体型でした。プールの授業が憂鬱(ゆううつ)になるほど、体型にコンプレックスがあったのです。同級生の女子から「細い!」って、何気なく言われる言葉に傷ついてしまうくらいでした。

■学生時代に体型のコンプレックスがあったとは意外です。

 それを「克服したい!」とふつふつと思いはじめ、高校時代は親戚の影響もあって「アメフト」に挑戦。でも、入部して間もなく不整脈が出てしまって、それからはマネージャーのような動きをしていました。

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2005年撮影。背番号80番の選手が、高校時代のDENさん。ポジションはオフェンスのレシーバーです。

■不整脈が出てからは、部活は辞めてしまったのですか?

 マネージャーのような位置づけで在籍していました。仲間や先輩部員たちのかっこいい身体に触発されて、筋トレだけは続けていましたね。

 高校3年生になって一度プレイヤーに戻りました。そのとき運よく大学から声がかかって、大学でもアメフトをできることになったんです。でも、入部のメディカルチェックでまた不整脈で引っかかってしまって…。今度は辞める決断を下しました。

 その時点で身体も大きくなっていたので筋トレは継続していたら、周りから“いい身体してる”って言われるほどになりました。体型コンプレックスがあった私にとって、それはすごいことで。そこで初めて自分の身体に自信を持つことができたんです。それから痩せて悩んでいる方をサポートしたい思いが強まり、トレーナーの道に進むことに決めました。

■なんともめまぐるしい学生時代ですね。挫折しても後ろ向きにならず、きちんと前に進んでいるのはすごいことです。そんな経験もあり、カイロプラティックの施術ができるとか。

 大学時代に将来を考えたとき、トレーナーだけでは経済的に不安だったので、大学に通いながらカイロプラティックの専門学校にも通うことにしました。

 15歳からの筋トレ生活でトレーニング以上に「ケアが大切」ということもわかっていたので、卒業後はカイロプラティックの治療院で4年半ほど働いていました。ですが、さらに高いレベルを目指したくてパーソナルトレーナーへとステップアップしたわけです。

ペスカタリアンのメリット:身体も心も健康に

■身体を大きくするには食事が重要と言われていますが、とりわけ筋肉には「お肉」は欠かせない栄養素を含んだ食品だと思います。「ペスカタリアン」になることで体型が戻ってしまう心配などありませんでしたか?

 ボディビルダーのような身体に憧れている時期もありました。ただ、(お肉など)たくさん食べないと身体の大きさが維持できないことに対して、精神的なストレスは感じていて、それに高い負荷をかけたトレーニングでは関節を痛めるなどの怪我も多かったんです。

 これをずっと繰り返すのは辛いと感じていたときに、ハードなトレーニングを進めるトレーナーではなく、より健康を目指したトレーニングをすすめるトレーナーになろうという志へと変化していきました。そんな絶好なタイミングで出合ったのが「ぺスカタリアン」です。

 そして自分だけの武器になると考え、より健康的なトレーニングを推進するために「ペスカタリアン」を推奨する唯一無二のトレーナーになろうと、「ぺスカタリアン」を学び、探求するようになった気がします。

 大好きな肉を一切食べないことに抵抗はあったものの、魚も卵もOK。これなら比較的簡単に欲望を満たしながらタンパク質が摂れる…、「ヴィーガンやベジタリアンに比べたらハードルも低い!」と確認できました。「ペスカタリアン」なら自分も実践できると確信し、皆さんにもおすすめできると考えました。ですが、個人的には体重が落ちてしまう心配はありましたね。

 実際に74kgあった体重が、1年間で64kgまで落ちてしまったんです。はじめはすごく嫌だったのですが、その反面、体調がすごく良いことにも気づいたんです。

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2015年頃撮影。「ペスカタリアン」実践前のDENさん(写真左)。当日の体重は78kgくらいだったそうです。右はDENさんの師匠的存在でもあるシェレン・イースン佑太さん。

■実際、どういったところに体調の良さを感じたのですか?

 朝の目覚めの良さとか、思考のオンオフの切り替えが以前より楽にできるようになったと自覚できました。感覚的なことかもしれませんが、私は頭の中がよりクリアになって集中力も高くなった気がしています。

 肉を食べないとスタミナが落ちるイメージがありましたが、逆に疲れをあまり感じないようになったことも収穫でしたね。体重は大幅に落ちてしまったものの、生活全体を通して考えると「ペスカタリアンを続けるほうがメリットは大きい」と確信したんです。

■お肉を食べていないのに、スタミナをキープできるとは驚きました。精神面で変化はありましたか?

 これまで自分のコンプレックスを克服したくて無理くり身体を大きくしていましたが、それぞれ人の骨格に合わせた筋肉のサイズがあることも知りました。

 それによって細い体型の自分を、初めて認めることができたんです。

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 不思議なことに自分の身体に気を使っていると、それにまつわるいろいろなことに自然と興味が湧いてくるものです。当たり前のことですが、身体は食べ物でつくられています。そうなると、「自分の身体を形成する、その食べ物はどこから来たモノなのか?」ということが気になってくるんです。

 自分の身体を健康にしたくて「ペスカタリアン」をスタートしましたが、だんだん視野が広がって人や動物、地球などにも興味を持つようになったんです。それに幸せも感じるし、これまで以上に穏やかになったというか、より心がフラットに、そして柔軟になった気がしますね。

◇SDGs観点からみる「肉抜き」食生活

「肉抜き」食生活
気づかぬうちに
地球に優しい生活だった

■動物性タンパク質の代用食品である、プラントベースミート(植物由来の代替肉)が昨今注目されていますね。

 「代替肉」がなぜ環境に優しいのか。理由は、家畜による莫大な温室効果ガスの排出、飼料作物や牧草地のための広大な土地開拓、大量の水使用といった環境負荷の低減にあります。

 畜産が縮小すれば、気候変動や水不足が緩和されるかもしれません。こうした時流に呼応して「脱肉食」を選ぶ方が増え、植物由来の代替肉の需要が急増している背景があります。

 もちろん「肉食」の方をジャッジするつもりもありませんし、私の価値観を押しつけるつもりはありません。なにせ私自身31歳まで「肉食」で、お肉が大好きでしたから。そうした中、最近は「もう少し違う、食生活があるのではないのかな…」と思うようになってきました。

ペスカタリアンを
継続させるなら
自分ルールを尊重してもOK

■最近では、ヴィーガン向けのメニューを出す店も少しづつ増えてきましたが、DENさんは外食が多いですか? 日本はまだまだ「ペスカタリアン」になじみがないので、普段の食事メニューも気になります。

 外食はけっこう多いです。挑戦当初は動物性の油も抜いていたのですが、ランチのときなど職場付近で食べられるものが見つからないことがありました。結局、探すのに時間がかかり、お昼を食べないまま職場に戻ることになってしまって…。

 健康のためにはじめたのに、これでは不健康になってしまう。そこで「お肉を食べなければOK」という自分ルールをつくりました。東京で暮らしていて、外食のときに「動物性の油も100%抜く」というのは、現実的に難しいものがあります。

 厳格な「ペスカタリアン」には、“邪道”と言われるかもしれません。ですが、なにより続けることが大事だと思っていますので、そこにプライオリティーを置くことにしたわけです。

■1日の平均的な食事メニューを教えてください。

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 食事は、基本的に3食摂ります。

 朝はスムージーが定番で、昼はサーモンなどの魚、夜はお刺身を食べることが多いですね。食事はこだわってはいますが、毎日同じものを食べても飽きないタイプなんです(笑)。

■何事も無理なく続けていくことが大事ですよね。1日の中で、一番食事量が多いのはいつですか?

 やっぱり昼ですかね。逆に夜は控えめで、「19時までに夕食は済ませる」と決めています。

 私の食事は三大栄養素であるタンパク質・脂質・炭水化物の「PFCバランス」を常に意識しつつ、身体のパフォーマンスによって食べるものを変えています。

 例えば、身体を絞りたかったら脂質をなるべく避けたり、体重を増やしたいときは脂質とタンパク質を多めに摂ったり。ちなみにタンパク質は、体重の÷1000 × 2倍の量をとるようにしています。

▽PFCとは?
…P(Protein=タンパク質 / 1g=4kcal)、F(Fat=脂質 / 1g=9kcal)、C(Carbohydrate=炭水化物 / 1g=4kcal)それぞれの頭文字を取った言葉です。脂質1gに含まれるカロリー量は、他のタンパク質や炭水化物と比べて倍以上高いです。ゆえに、一般的に「脂質を摂りすぎると太る傾向がある」と言われているわけです。

◇魅せる身体(筋肉)は卒業

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PHOTOGRAPH / CEDRIC DIRADOURIAN

何歳になっても動ける、実用的な身体を目指す

■「ペスカタリアン」を始めてからのトレーニング内容を知りたいです。筋肉のつき方などは変わりましたか?

 実は昨年(2020年)1月に、ジムを退会したんです。というのも、トレーナーはお客さまとの信頼関係が大事なので、新型コロナウイルスの感染リスクにもなるトレーニングジムに通い続けるのに抵抗がありました。緊急事態宣言も出ていましたし。

 それからは自宅で「TRX」というストラップ器具を使ってトレーニングしていましたが、身体はある程度強化できるものの、大きくすることはできませんでした。でも、私にとっては逆に大きすぎる筋肉は実生活では邪魔になることもあるので、今は「昔のように大きくしなくても良い」と思っています。

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■自重トレーニングのメリットは?

 自重トレーニングには、「細かな部位に負荷をかけることができる」という良さはあります。なので今は魅せるためのものではなく、自分の身体の動きをコントロールするための部位を強化することに重きを置いています。ちなみに理想的なトレーニング方法は、自重と荷重の両方を取り入れたトレーニングだと思っていますが、より健康面に比重を置いている方には自重トレーニングがおすすめですね。

■なるほど。魅せる筋肉を作るには器具を使用したトレーニングが有効的で、自重トレーニングは日常的に使う筋肉を鍛えるということなんですね。

 ガリガリ体型もマッチョ体型も経験してきた私がたどり着いた理想は、未来を見すえた「持続可能な身体づくり」です。「自分自身の生活から、サステナブルをまずは実践しなければ」と思っています。

 20代までは魅せる身体にこだわってきましたが、30代からは機能を落とさずに、いかに動ける身体をキープできるかを意識しています。そのためには食事も重要ですし、トレーニング方法も考える必要があります。おじいちゃんになっても元気に楽しく過ごすために、今のうちにきちんと準備しておきたいですから。

■人生100年時代。DENさんの未来を見据えた持続可能な身体づくりはとても参考になり、「ペスカタリアン」に対する興味も高まりました。

あまりストイックにならず、自分のペースでできることからはじめることが大切ですね。それが継続につながると思っています。

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◇寛容のない「二極化思考」から脱却

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Photograph / Cedric Diradourian

■最後に、少し意地悪な質問をさせてください。本当に「お肉」は、一切食べていないのですか?

 …いいえ、そんなことはありません。

え!? …と言うと?

 いまの日本の社会で、完全に「お肉」を断つことは不可能に近いと思っています。「動物性油脂」も考慮したら、なおさら大変です。

 先に説明したように、私はアメフト出身者です。尊敬する先輩や仲間たちから会食を誘われたら、気をつけてはいても「お肉」を食べる機会はあるのは事実です。とはいえ、コロナ禍前でも月に一回あるかないか。コロナ禍の現在では、ほとんど会食はありませんしね。

 ただ、あまりにもストイックに追求して、「0か100か」で物事を考えがちになること、寛容のない「二極化思考」はあまり良くないのでは?と自分自身思っています。

 ポジティブな臨機応変の対応というのは、さまざまな事柄において、「継続すること」のサポーターになってくれると考えています。でも、それが「甘え」と言えるようなものになってしまっては最悪な事態となります。なので、それはしないよう努めていますね。

■確かに、寛容のない世界は怖いですよね。

 以前、私自身のSNSで「肉を食べた」と告白ツイートしたのですが、『がっかりしました…』、『ペスカタリアンって言ってますが、偽者ですね』というコメントが入りました。予想はしていました。確かに「ぺスカタリアン」という言葉をユーザー名にも入れていたので、そこに共感を感じて「一緒にこの道を歩もう」とつながってくれた方々に「裏切られた」と思われても仕方ないのかもしれません。

 ですが、私はそういった言葉に対して、盲従したりカルト的にならないよう気をつけてもいます。もちろん、ご自身が一心にその道を貫きたいのであれば、それは否定することなどできません。ですが、「ペスカタリアン」でもその他でもいいのですが、「〇〇主義者」を謳(うた)っているときでも、ある程度の許容範囲は用意しておいてもいいのでは、と私自身は思っています。

 誰でも人生おいては、「そのとき何に価値観をおくべきか?」と、 優先順位がつけばければならない状況に直面することもあるはずです。他の人の考えを尊重すべきときなども。それは多くの方とのつながりを大切にしている方ほど、その機会は多いかもしれません。

 私の場合、それは先輩・仲間、お客様との会食のときでした。「ペスカタリアン」である自分の行動を周りに強要することよりも、その方たちと楽しく心地よい時間が過ごることを最優先したのです。稀にある、お世話になった方々との会食です。そうした貴重な機会だったので、私の頭には「ペスカタリアン < 先輩・仲間、お客様」とういう図式が浮かび上がったのです。

 それでも「自分の主義は曲げるべきでない」、「自分だけ肉を食べなければいいじゃないか」と思う方もいるでしょう。ですが、私の生き方は一緒に食べることを選びました。それが私の中での、「ペスカタリアン」というわけです。

■なるほど。でもそれは、「フレキシタリアン(フレキシブル=Flexibleとベジタリアン=Vegetarianを合わせた造語)」ではないのですか?

 ……どうでしょうか。私は「ペスカタリアン」だと思っていますし、なにより私自身「ペスカタリアン」でいたいと思っていますよ。

■あ、われわれも世間の言葉の固定概念に囚われていました。本質を見て自分の生活に無理なく取り入れるということが大切ということですね。本日はありがとうございました。

Photograph / Cedric Diradourian
Text / Kyoko Chikama
Hair and make-up / BOTAN
Logo Animation / Nuran Demir