アスリートでありパフォーマーであり、ブランドの顔でもあり、そしてなにより誰もが憧れるスターでもある…。NBAプレーヤーは多くの側面をもっています。スター選手は年俸も高額で、それに見合う優れた肉体も間違いなくもっているでしょう。

ですが、全てを手にしているように見える彼らも不安やうつ、仕事上でのストレスなどを抱え、一般の人々と同様にセラピーを受けることが必要となる…そんな過酷な状態に置かれることもあるそうです。

こうした問題を放置していれば、どんなに強靭な肉体をもっていてもメンタルヘルス(心の健康状態)は不調をきたすでしょう。スター選手もコート内外で、その影響を受ける可能性が大いにあるのです。

このことを認識した全米バスケットボール協会 (NBA)は、2018年全チームに対してメンタルヘルスの専門家を採用するよう勧告しました。そして1年後、この勧告はルール化され、NBAに画期的なマインドヘルス・プログラムが生まれるに至ります。

このプログラムの構築を主導したのは、アトランタを拠点に活動する臨床・スポーツ心理学者ケンサ・ガンター氏(心理学博士)。「選手も人間であり、メンタルヘルスは人間として生きる上で常にある体験の一部です」というのが同氏の考え。

このプログラムが生まれた背景には、2018年にトロント・ラプターズ(当時)のデマー・デローザン選手がうつ病を告白し、クリーブランド・キャバリアーズ(当時)のケビン・ラブ選手がパニック障害について語るなど、NBAのスター選手たちが自身のメンタル面での問題を公にしたという出来事がありました。こうした告白はプロスポーツ選手に対する固定観念を破り、「アスリートも心の不調に悩むことはある」ということが広く知られるようになったのです。

NBAチーム内に配置されたメンタルヘルスおよびパフォーマンスの専門スタッフは、心理学者や精神科医など、メンタルヘルスケアのさまざまな分野におけるプロです。そこで本記事では、NBAのチームに所属するメンタルコーチに、「NBAでよくある困難な状況に直面した選手を、どのようにサポートしているのか」について尋ねました。メンタル面でのサポートは今やNBAのゲームプランの一部となっており、多くの人にとっても役立つアドバイスが満載です。

期待される若手では
なくなったとき

バスケットコートに立つ男性
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回答者:ユタ・ジャズ プレーヤーウェルネス担当副社長、ロナルド・キモンズ氏(心理学博士)

多くの職業と同様、NBA選手も自身のキャリアの中で、自身の置かれている状況やかけられている期待は変化します。若さゆえの問題を抱える19歳から引退を控えた30代まで、多くの不安を抱えている選手は少なくないのです。

そして当然のことながら、彼らのアイデンティティーは“NBA選手”というキャリアの中で完結したいと願っています。そこで次の段階への移行を支援するために私たちはよく、「引退とは何かから退くことではなく、何か新たなことに向かうことだ」という話をします。そして、「NBA以外の世界でどんな世界があるのか?」ということについて話し合います。

NBA内にとどまる選手の場合も同様です。もちろん彼らは、コート上で結果を出さなくてはなりません。肉体的なピークは過ぎていると思われる場合には、それをどう実現すればいいのでしょうか。そのアドバイスとしては…。

まずは、チームに貢献できる方法を見つけることです。若手選手のメンターになるという方法もあるでしょう。そうすることによって、「ルーキーから仕事を奪われる」という心境から脱し、より調和的な方向へと心持ちを変えることができるはずです。

例え若い頃のような成績が残せなくなったとしても、「チームの勝利に貢献している」と考えるのです。この考え方は、人によっては受け入れるのが難しいかもしれません。ですが、ありがたいことに新人よりも、ベテラン選手のほうが理解を示してくれやすい傾向にあるのは事実です。

気落ちするときには…

落ち込む女性
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回答者:ポートランド・トレイルブレイザーズ マインドヘルス&ウェルネスディレクター、シャンテル・グリーン氏(博士)

もし選手が悲しんでいたり、がっかりしたりしている原因が試合に負けたことなら、それはそれでよいと考えています。大事なのは、自身の気持ちの落としどころとなる「折衷点(happy medium)」を知ること。この折衷点を私は、「ベースライン」と呼んでいます。このラインから沈みすぎず上がりすぎず、大きく逸(そ)れないようにしたほうがよいのです。

大きな変動を回避するための第一歩は、自分の理想的な状態を観察して、自身のベースラインを評価すること。次は、そのベースラインに回帰するためのツールや戦略を持つことです。友人や家族、チームメイトと過ごす時間や瞑想、深呼吸、自然を楽しむ、音楽を聴く、信仰を実践する、テレビゲームをする、セラピストのセッションを受けるなど、さまざまな例が考えられます。戦略は多ければ多いほどいいのです。どれかを試してみてうまくいかなければ、次を試してみればよいのですから…。

精神状態がベースラインを下回ると、モチベーションを維持することが難しくなります。ですが、ベースラインを上回る“安心感”へと戻すための対処法があるように、やる気を取り戻すための方法もあるのです。

それは、「自分のモチベーションはプレーオフに進出することだ」という人もいるでしょう。ですが、それが不可能になったら、考え直す必要があります。例えば、モチベーション維持の要素としては、チームとの契約維持を確実にするため、家族を養うため、子どものため、理想的なロールモデルになるため、なども考えられます。この中の何かは、やる気を起こさせてくれるのではないでしょうか。勝ち負けだけがモチベーションとは限らないのです。

堂々めぐりの不安に
さいなまれたら

落ち込む男性
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回答者:デトロイト・ピストンズなどの心理療法士、コーリー・イェーガー氏(博士)著書に『How Am I Doing?: 40 Conversations to Have With Yourself

私が選手やコーチからよく聴く訴えは、「不安」ばかりです。不安とは何でしょう、それは将来起こりそうな事柄について心配したり、くよくよ悩んだりすることです。不安は必ずしもネガティブなものばかりではありません。「もっと身体を鍛えよう」とか、「もっと勉強しよう」といったやる気につながるものもあります。ですが、私がここで問題にしているのは、「チームから切られるのではないか?」「次の契約はどうなるのか?」「家族や友人の誰かがもっと経済的支援を求めてくるのではないか?」などと、堂々めぐりに陥るような類のものです。

私は選手たちに、「不安とはあくまでも、未来を想定して生じるものだ」ということを理解してもらうようにしています。あなたが不安を感じているその瞬間には、まだ何も起きていないわけです。まだ現実に起きていないことに無駄な心配をし、決して起こらないかもしれないことにエネルギーを費やしているのです。

ねので私は、先のことばかりにとらわれず、今この瞬間のことに集中するようアドバイスします。コートに出るときはルーティンをこなすこと、それ以外ありません。呼吸を整え、座右の銘があれば、それを口にしてみましょう。精神を統一し、これまで数えきれないほどやってきたように、フリースローの練習を行ってください。私たちは、今この瞬間に取るべき行動や反応をコントロールできることを知っています。これから起こることを心配したり、不安に思ったりする必要はないのです。これが不安から解放する方法です。

上司の評価に
納得がいかないときは

怒る男性
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回答者:オーランド・マジック スポーツ心理学コンサルタント、ジョー・カレラ氏(心理学博士)

ドラフトで指名された選手ならきっと誰でも、「これからスターとして長いキャリアを歩むぞ」という気持ちになるでしょう。問題は、自身は主要なポイントゲッター、または、試合を決める決勝シュートをアシストするポジションだと認識しているにもかかわらず、コーチがあなたを主にディフェンスの選手として見ているような場合です。このときあなたは、コーチと意見を戦わせることも受け入れることもできます。

私の場合は選手に、コーチの考えを受け入れ、そのポジションで抜きん出た存在になるためのスキルを身に着けるよう働きかけます。そうすることで、「自身のビジョンにより近い、新たな役割へと自分を成長させる機会を得る可能性が格段に高まる」と考えるからです。与えられたチャンスを活かさなければ、長い間後悔するかもしれません。

興味深いことに、これはベテラン選手にはあまり難しくないのですが、「自分の限界を認めたくない」「受け入れたくない」という気持ちの強い新人の場合は、とても難しいのです。残念なことに自己認識を深められない選手は、変化に対して抵抗感を示しやすく、NBAでのキャリアも短くなり、その人のポテンシャルに見合わないものになってしまいがちです。ですが、認識を変えるという挑戦を受け入れながらも、信頼感のある存在になる道を見つけた選手は、長く充実したキャリアを送ることができる傾向にあるのです。

Translation / Keiko Tanaka
Edit / Satomi Tanioka
※この翻訳は抄訳です

From: Men's Health US