[目次]

▼ 序:自分の存在への疑問

▼ “実存の危機”とは何か?

▼ 実存的危機に陥っているサイン11

▼ 実存的危機の原因は何か?

▼ 実存的危機は悪いものでしかないのか?

▼ 実存的危機がメンタルヘルスに与える影響は?

▼ 実存的危機を乗り越える方法

▼ どんなときに専門家に助けを求めるべきか


自分の存在への疑問

私は何者なのか? 私の目的は何だろう? 世界にどんな痕跡を残せるだろう?

ほとんどの誰もが、人生のどこかの時点でこうした疑問を自分に投げかけたことがあるかと思います。そのタイミングは大抵、人生で新たな出来事を経験するときでしょう。自分のアイデンティティや目的について考えをめぐらすことは、実存的な危機に陥っているサインである可能性もあります。

「実存の危機はすべての人に生じるわけではありません。とは言え、自分の人生の目的や自分の人生には意味があるのか? と問う経験は、比較的よくあるものです」。こう話してくれたのは、ドリフトウッド・リカバリー*¹で心理学の部門長を務めるヴァネッサ・ケネディ博士*²です。

実存的危機は、人生のどの地点でも起きえます。それはティーンエイジャーでも成人してからでも…。「自分の価値観、自分にとって何が重要なのか? 自分がその価値観に沿って生きているかどうか? それらをはっきりさせる必要がある」と知らせているのです」とケネディは言います。

「実存的危機になると人は自分の人生を新しいやり方で検討することを余儀なくされます」と説明するのは、サイコセラピストのチェイス・キャシーン*³(公認臨床ソーシャルワーカー)です。それは必ずしも悪いことではありません。

「人間がここ地上で過ごせる年月は無限ではありません」とも彼は言います。さらに…

「だとしたら、どちらをとるべきでしょう。意味のないものごとを追い求めるのに集中するのか。それとも自分に割り当てられた時間の中で、意味あるものごとを追い求めるのに集中するのか。これは修辞的な質問ですね。つまり、意味を探し求めなければならなくなるのです」

「こうした問いが苦痛になって、生活の質や日ごろ担っている役目などに支障が出る人もいる」、とケネディは警鐘を鳴らします。そうした場合は、メンタルヘルスの専門家に相談する必要があるかもしれません。

自分が実存的危機の渦中にあるかどうか、疑問に思っていますか? そんな人々に向け、専門家が実存的危機の際にはどのような感覚があるか? どういう場合に誰かに相談すべきか? を教えてくれました。

“実存の危機”とは何か?

デンマークの哲学者セーレン・キェルケゴール*⁴は、 「実存主義哲学*⁵の祖」と言われています。前述の「実存的危機」という概念は、実存主義哲学に根ざしています。実存主義では、「人間の実存の本質は個別的であり、その人その人によって異なる」と考えます。基本的にそれぞれの人間は、「ある特定の意味、人生のある特定の方向を選んでおり、そこへ自身を投じているのだ」という思想です。

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The Good Brigade//Getty Images

実存的危機はその人ごとに、またライフステージごとに違った様相を呈し、どう受け止められるかも異なります。

アメリカ心理学会*⁶によると、思春期には将来にかかわるアイデンティティの問題に対処するようなときに、この実存的危機が生じる可能性があるとしています。成人してからだと大抵の場合、より複雑なアイデンティティの問題とも関わってきます。さらに人生の後半になると、「迫りくる死や死後に何を残せるか」などに関連してくるかもしれません。

「実存的危機に陥ると、私たちは考えざるを得なくなります。『よし、これは人生の転換点なのだ。大切なのは何だろう? 人生の目的は何なのだろう?』という具合にです」キャシーンは言います。

キャシーンは付け加えて、「『実存的危機』は何らかの精神的な状態についての、“診断名”ではない」と言います。ですが、実存的危機によって不安や抑うつを引き起こされる人もいるため、そういう場合には医療的対応が必要になることもあるのです。

実存的危機に陥っているサイン

実存的危機の影響がどのように出るかは、人によって千差万別です。ケネディとキャシーンに注意すべきサインについて聞きました。

  1. やる気が出ない
  2. 自分の仕事に重要性があるのかどうか疑問に思う
  3. 過去の選択を後悔する
  4. 自分の死にかかわることで頭がいっぱいになる(死ぬ前に成し遂げたいことに集中するなど)
  5. 自分の行動を無意味なものとみなし始める(例えば、何をしようと何も変わらない、それなら「何の意味がある?」という風に)
  6. 大きな目的に向かって働いていると思えない
  7. 日々の仕事も形式をなぞっているだけに思え、感情的なコミットを感じられない
  8. 自分が何をあとに遺(のこ)せるか? また世界に対する自分の貢献の何を人が覚えていてくれるだろうか? と疑わしく感じる
  9. 自分を見失ってしまったと感じる
  10. 常に心配事や重苦しさを感じる
  11. 孤立感を覚える

実存的危機の原因は何か?

良いものであれ悪いものであれ、人生に起きるどんな出来事でも、自分の人生の目的やアイデンティティについて考え始めるきっかけとなりえます。

casual business person sitting in office loft
Hinterhaus Productions//Getty Images

「自然災害に遭う、あるいは死を覚悟するような経験をすると、人はショック状態に陥り、死の可能性に直面させられます」とケネディは言います。さらに、「先が長くないと感じることで、自分の人生を最大限に活用するために変化しなければと思うのかもしれません」とも。

そして、「実存の危機は、解雇されたり、失恋したり、あるいは愛する誰かを失ったりといったストレスフルな出来事がきっかけで起こることもあります」と、ケネディは付け加えます。同じことの繰り返しをしているように感じられるという場合も、実存的危機が生じやすいということにあります。

「そうした経験は突然やってくるかもしれませんし、あるいは少しずつ育っていって、ある日『私は自分の人生で何をしているのか? 何故そうしているのか?』と問うことになるかもしれません」とケネディは続けて言います。

さらにキャシーンは、「子どもの誕生、新しいペットを飼う、または家の購入といったポジティブな変化も、実存的危機のきっかけとなる可能性があります――こういったライフイベントは胸躍るものではありますが、心配の種にもなりえますと言います。

実存的危機は悪いものでしかないのか?

実存的危機の経験は、必ずしもネガティブなものとは限りません。キャシーンが言うには、「自分の人生をあらためて問い直したり、新しい目的や意味を発見したりするのを手助けしてくれます」とのこと。

「実存的危機は成長の機会になりえます」とケネディは言います。

さらに、「何か、自分自身より大きなものとつながる役に立ってくれるのです。それはコミュニティかもしれないし、家族かもしれないし、スピリチュアルな意味でということもあるでしょうし、世代を超えて受け継がれるものかもしれません――実存の危機を経験することで、自分の価値観がはっきり自覚できるようになったり、より有意義な方向に進めるようになったりする」と、加えて説明します。

実存的危機がメンタルヘルスに与える影響は?

実存的危機は、人によっては苦痛となりえます。キャシーンによると、「不安、抑うつ、無価値感、そして希死念慮につながる可能性もあります」と言います。

そして、「そうした人は満たされないままの欲求を感じとっているため、意味を感じ取る感覚をすべて遮断して、自らの実存そのものに疑問を抱くようになります」とケネディは加えながらこう結びます。

「もし危機から抜け出せず、自分には他に選択肢がないと感じたら、自殺を考えることもありえますので…」

実存的危機を乗り越える方法

実存的危機を克服するために、キャシーンは以下のステップを最後に提案しています。

  • 人とつながる。例えば、家族や友人。読書サークルやフィットネスグループへの参加。そうして孤立しないようにする
  • 親しい人と自分の感じていることについて話す
  • 「感謝日記」をつける。そこに自分にとって意味のあること、楽しく思えることについて記録する
  • 自分が楽しめる活動にもっと多くの時間をかけ、マインドフルネスを実践する
  • 実存的危機を、「自分が成長し、もっと幸せになるための絶好の機会だ」ととらえられるよう、考え方を変えてみる

「時には仕事を辞めたり、別の街へ引っ越したり、パートナーと別れたりといった思い切った変化を起こすことが、これまで以上の大きな目的に向かって努力するために役立つこともある」と、ケネディは補足してくれました。

どんなときに専門家に助けを求めるべきか

ケネディが言うには、“実存的危機をめぐる感情が、以下のものの原因となっている場合、メンタルヘルスの専門家に助けを求めるのが良い”ということです。 :

    気分の落ち込み
    不安感(パニック発作含め)
    うつ病
    罪悪感・無価値感
    以前は楽しめていた活動への興味の喪失
    睡眠および食欲にかんする変化
    希死念慮(自殺願望)
    広場恐怖症、あるいは外出に対する恐怖感
    自分の身の回りのことができなくなるような、日常生活を送るうえでの能力の変化


もしもあなたが悩みや不安を抱えて困っているときには、日本にも気軽に相談できる場所があります。相談方法もいろいろなものがあるので、ご希望の窓口を選んで話してみませんか? 

こころの健康相談統一ダイヤル 
0570-064-556
公式サイト

[脚注]

*1:Driftwood Recovery 依存症と痛みの回復センターとして、困難に正面から向き合い、人生の主導権を取り戻すよう人々を鼓舞する専門家が集うクリニック。

*2:Vanessa S. Kennedy ドリフトウッド・リカバリーでサイコロジー・ディレクターを務める。テキサス大学サウスウェスタンメディカルセンター(ダラス)で臨床心理学の哲学博士号を取得。心理テストと診断処方を専門とし、個人とその家族が、依存症やその他の行動の心理的背景を理解できるよう支援する。

*3:Chase Cassine, LCSW 臨床ソーシャルワーカー、心理療法士、そして『The Sweetest Therapy』の著者。最近では、『Essence』に個人的なエッセイを寄稿している。

*4:Søren Aabye Kierkegaard(1813年生~1855年没) 19世紀デンマークの哲学者であり、実存主義の父と称される人物。彼は、普遍的な真理よりも個人の主観性・内面性を重視し、人間の生き方の根源的な問題を深く掘り下げた。コペンハーゲン大学キルケゴール研究センターを参照。

*5:Existentialism 「個人が主体的に選択し、責任を持って生きること」を重視する思想——ではあるが、そう簡単に解釈でくるものではないので、興味のある人は自身で深堀りを。おすすめ参照図書『超解釈 キルケゴールの教え』Amazonで購入

*6:American Psychological Association アメリカにおける心理学分野の職能団体として代表的な学会。設立は1892年。

Translation: Miyuki Hosoya
Edit: Keiichi Koyama(Esquire)

From: Men's Health US