あなたの周りに、うつ病やそれとなく自殺を仄(ほの)めかしたり、「こころを病んでいるのでは?」と思える人はいらっしゃいますか? もし、彼・彼女らがこころに病気を抱えていた場合、どのようにして関わればいいのか、どんな声をかけたら良いのか…わからなくなってしまったという経験を持つ人もいることでしょう。

 そんな皆さんへ、米国人ジャーナリスト レイチェル・スターツさんがメンタルヘルス向上を目的としたプログラム「こころの応急措置」の講義をもとに、そこで実際に受けた講義の内容と、その時が訪れたときのお話を共有しましょう。

 彼ら彼女らがこころの内を明かしたとき、あなたはどのように対応すればいいのでしょうか…。それには、よりよいと思える方法があったのです。

 私(筆者)が、米・コロラド州デンバーにあるメンタルヘルスセンターで行われていた「メンタルヘルス・ファーストエイド(こころの応急処置)」の講習を受けていたときのことです。午前中の講習の半ばで、同じテーブルの人に向かって、相手の目をしっかりと見ながら、非常にシンプルな質問をするように講師が私に言いました。

 その質問とは、「あなたは自殺を考えていますか?」というものです。

 「自分を傷つけようとしていますか?」ではありません。それは、意味がしっかりと伝わらないからです。「自殺」と簡潔に、そしてダイレクトかつ真剣に聞くのです。

 私はこの課題に失敗しました。

 居心地が悪そうに半笑いで聞いてしまったのです。この質問は、想像以上にとても難しいものでした。これは講習会であり、自殺を考えていない相手が何を聞かれるか分かっている、ただの練習の場であるのにも関わらず…です。

 これこそが、課題の重要なポイントでした。

 年々、アメリカで関心が高まっているこの講習…“応急処置”を学ぶための内容ですが、いざ実際の場面で必要になったときにためらいなく言えるよう、私たちに大きな声で質問を言うよう練習をしたのでした。

 日本の場合、5人に1人が精神障害を抱える可能性があり、友人や親などの立場であるあなた自身が誰かのパニック障害や鬱(うつ)、自殺願望に対応しなければならない可能性が高いと言われています。しかし私のように、実際にそのときが来たら、何をどうしたらいいのか分からない人がほとんどではないでしょうか。
 

メンタルヘルス・ファーストエイド(MHFA)とは?

 「メンタルヘルス・ファーストエイド(MHFA)」は、多くの人に精神障害について知ってもらうため、2000年に看護師とメンタルヘルス教育の教授によってオーストラリアで開発されたプログラムです。日本では、「こころの応急処置」という名前で展開されています。

 図書館などの公共施設を使って講習が行われ、障害の症状やサインを説明したあと、(ここが重要なところですが)苦しんでいる人とどのように対話をしたらいいかを教えてくれる内容となっています。

 2012年にコネチカット州ニュータウンで、サンディフック小学校銃乱射事件が起きた後、オバマ大統領は薬物乱用・精神衛生管理庁に1500万ドルを割り当て、本プログラムを各州各地の教育機関を通じて普及させました。

 そのことによりアメリカでは、1万2000人のMHFA講師が存在し、100万人以上の人が講習を受けています。しかし日本では、講師の数も比較的少なく、アメリカほどこのプログラムが浸透していないのが現状なのです。

 私が参加したMHFAクラスは大人向けの8時間の講習で、料金は20ドルでした(講習は無料のものから75ドルまで、場所によって異なります)。参加者のほとんどはメンタルヘルスの専門家ではなく、看護学生や地方の農家を担当する農務省職員、ホームレス用シェルターのボランティアなどで、誰もが危機的な状況に直面する機会の多い人たちでした。自宅勤務のジャーナリストである私を除いては…。

 自宅勤務のジャーナリストである私には、そういった機会はありません。ですが、実は2018年の終わりごろから、ある親しい友人のことが気になっていました。

 彼は家族や事業がうまくいかずに悩んでおり、酒を浴びるように飲んでは「真っ暗闇の中にいるようだ」と何度も口にしていたのです。

 心配していると伝えたり、質問をしたり、夕食に自宅に招いたり、支援を申し出たりしていましたし、セラピーやカウンセリングもすすめました。しかし、一番重要な質問をしていなかったのです。つまり「自殺を考えている?」という、あの質問を…。

 お互いに「真っ暗闇」というのは、彼が大きな決断をする前の待合室のようなものだと理解していたので、自殺という言葉を避けて通れると思っていたのです。しかし講習で、この言葉を自分が避けていては彼にも避けさせることになるのだと学びました。

 講習ではまず動画を観ながら、精神障害に苦しむ人たちの様子を見て、サインを探します。例えば鬱の人は感情を表に出さなくなったり、友だち付き合いをしなくなったり、仕事場に行けなくなるといったサインです。(しかし、『微笑みうつ病』という表情からは読み取りづらい症状もあります)

 私の友人の身に起きたように、鬱が人生を蝕んでいく様子を見ました。また、不安とは、どのようなカタチをしているのか描いてみたところ、ほとんどの人が『ザ・リング』に出てきた子どものようにグルグルと黒い渦を描きました。同じように、統合失調症や双極性障害についても描きました。心理学基礎講座をとてもコンパクトにして、4時間に詰め込んだような感じです。

 講習では、プログラムの対応原則である「ALGEE」を学び、暗唱できるまで何度も繰り返します。ALGEEは次の頭文字を取ったものです:自傷・他害の評価(Assess Risk of Suicide or Harm)、判断や批判を加えずに傾聴(Listen Non-judgmentally)、安心と情報を提供し(Give Reassurance and Information)、適切な専門家支援を得るようすすめ(Encourage Person to Get Appropriate Professional Help)、自分でできる対応法をすすめる(Encourage Self-Help Strategies)。

 3度目を終えたのち、何人かの生徒と苛立ちがこもった視線が交わされました。

 このパートについて、全員が不快に思っているのは明らかでした。平日に8時間も、ブラインドが閉められ蛍光灯が照らすベージュ色の部屋に閉じ込められているのです。誰もがアクションプランの暗唱などせず、何をどう言ったらいいのか、スクリプトで練習したいと思っていました。それなのに、会話のロールプレイはたったの1回です。ALGEEは少なくとも、5回は練習させられました。

 メンタルヘルスの専門家の中には、MHFAは単純化しすぎていると否定的な人もいます。

 他にも、生徒が症状の定型的なリストを元に勝手に診断したり判断することを助長してしまうのでは?といった懸念や、メンタルヘルスの専門家に紹介するやり方は、そういった助けが得られないような地域では現実的ではないと言った声も上がっています。

 精神障害の種類で、人を判断して対応するというやり方をよく思わない専門家は少なくないでしょう。
 

一番重要な質問こそ、しなくてはならない

 私はジャーナリストとして、人と話すことを仕事にしてきました。

 特に、トラウマを負った人たちと関わることが多かったです。しかし、インタビューを受ける相手というのは、事前にこれから難しい対話をしなければいけないという、こころの準備をする時間があります。

 しかし身近な愛する人と話をするのは、インタビューとは違います。

 自分が専門家でもないのに、深い話をするのは恐ろしいものです。自分の言った一言で事態が深刻化してしまったら? 何か間違ったことをしてしまったら? そんな思いをしたことが、あなたにもあるのではないでしょうか。

 どんなに心底相手のことを心配していても、私生活に介入するというのは心地いいものではありません。米国行動保健学協議会によると、多くの人がメンタルヘルスに問題を抱える人を避ける傾向にあるそうです。

 同じクラスにいた警察のコンサルタントによると、この恐怖のせいで私たちは他人の問題を、見て見ぬ振りをしてしまうのだと言います。

 「乱射事件が起きると、犯人の家族や友人はいつも驚いています。しかしサインは、いたるところに現れていたのです。兆候は必ずあります。ただ、見逃してしまっているだけなのです」と、その人は話していました。

 またこの恐怖が、「あなたは自殺を考えていますか?」というダイレクトな質問を聞きにくくしているのです。

 「あなたがその質問を恐れているのが伝わってしまうと、悩んでいる相手は、『その答えに耐えられないだろう』と、あなたに対して思ってしまう可能性もあります」と、講師は教えてくれました。

 この会話をするためには、落ち着いて自信を持つことです。少なくとも、そのように振る舞いましょう。腕を組んだりせずに開いた姿勢をとり、相手の話に注意深く耳を傾けます。向かい合わせに座るとプレッシャーを感じてしまうので、隣に座ったほうが相手も話しやすくなります。意外かもしれませんが、自殺について聞くことで感情をさらに刺激してしまうことはありません。通常は、逆に冷静になって気持ちを鎮めることができます。こうして、役に立つ情報と退屈な講義が混ざった講習は、幕を閉じました。

賛否両論ある講義、でもあまり知られていない真実も学べた

 心理学者や支援センターが挙げるMHFAの問題点の中に、受講者の介入によって実際に効果があったという研究結果がないということがあります。

 コロラド大学医学部が最近発表した研究によると、MHFA受講者にインタビューしたところ、メンタルヘルスの認知と介入に対する自信が30%向上したそうです。しかし実際にどれくらいの頻度で受講者が介入したのか、実際に効果があったのかどうかは誰にもわかっていません。それでも、まずはどこかから始めなければいけませんし、教育は大事な出発点のひとつでしょう。

 不安障害が発症する平均年齢が11歳だということを、あなたは知っていますか?パニック障害の発作が20分も続くかもしれないということはご存知ですか?幸福感を感じていなかった人が突然不可解なほど幸せそうだというのは、自殺を選ぶサインのひとつだと認識している人もほとんどいません。自殺未遂や自殺願望の治療を受けてから最初の3ヵ月はもっとも自殺のリスクが高いため周囲がより注意すべきときだというのも、あまり知られていない事実なのです…。

 賛否両論あるこの講習ですが、不完全だとしても、アクションプランを提示してくれるものです。そして、私たちが勇気を出せば精神障害に悩む人たちを止められるかもしれないということを思い出させてくれます。

 私の友人は幸いにも、飲酒問題に悩む人たちの自助グループを自分で見つけることができました。講習後、私は彼と自殺願望について率直に話すことができましたし、また彼が真っ暗闇の中に行ってしまった時に何と聞けばいいかわかっているのは心強いです。

 訓練を受けた専門家のように感じるかって?とんでもありません。色々忘れてしまって、この記事を書くために講習のノートを見直したかって?もちろんです。前と比べて介入をする自信があるか?家族や友人のためなら、間違いなく介入します。知らない人であれば、まだ躊躇してしまうと思います。

 でももしスーパーマーケットでパニック発作を起こしている人がいて、周りの人がただ立って何もできていなかったら、助けが来るまでその場を取り仕切れるような人間でいたいと思っています。あなたもそんな場面に遭遇したら、次のことをしてあげてください。
 

難しい話こそわかりやすくする

MHFAで最も役に立った情報のひとつが、危機に陥った人と重大な話をする方法です。もし友人が困っていたら、次の方法を使ってみましょう。

  • あなたが目にしている相手のどんなことが理由で、心配しているのだと伝えましょう。自分を主語にして話すようにしましょう。例えば「困っているのが分かるよ」「仕事に最近遅れてきているのに気づいたんだけど」といった調子です。「あなたが」と相手を主語にしてしまうと、責めているように聞こえてしまいます。
  • できない約束をしない、または自殺願望を誰にも言わないと約束してはいけません。
  • 「自殺を考えてる?」という質問にイエスと返ってきた場合、次のような追加質問をしましょう。「計画はあるの?」「いつやるか決めてるの?」「道具はもう集めたの?」などです。
  • 自由回答形式の質問をし、「生きていればもっといいことがあるよ」といった恩着せがましいコメントは避けます。相手のペースで話をさせてあげてください。彼らが自分自身に言い聞かせているストーリーではなく、彼らの気持ちに共感するようにしましょう。
  • 自殺の計画がすでにある場合、ホットラインに電話することを提案し、付き添ってください。他にも自助グループやメンタルヘルスの機関を提案することもできますが、そこまで一緒に連れて行きましょう。例えば武器を持っているなど緊急性が高い場合は、110番通報してメンタルヘルスの緊急事態に対応できる警官に助けを求めたほうがいいと思われます。

Source / MEN'S HEALTH US
Translation / Yuka Ogasawara
※この翻訳は抄訳です。