※本記事は、「ESQUIRE」US版に寄稿された、ジャーナリストのダン・シンカー氏による記事です。
いかにアメリカ国民が最悪の状況に置かれているのか…現実を直視しましょう。
先日、トランプ大統領と副大統領、メラニア夫人、教育長官、ロン・デサンティス・フロリダ州知事、フォックス・ニュースの複数のキャスターなどが、「米国内の学校を2020年8月に全面再開すべき」との考えを示しました。
これはホワイトハウスが2020年2月25日に、「新型コロナウイルス感染症の収束」発表をしたときのことを思い出させます。
トランプ大統領と彼の補佐官は国民にパニックにならないようにと呼びかけました。このことによって人々は、ミネラルウォーターのボトルと手指用の消毒剤、そしてトイレットペーパーなどのジャンボパックをパニック買いし、感染者数に対しても神経をとがらせるようになったのを覚えているでしょうか? そしてその後、同年7月上旬時点で感染者数は約300万人、死者は約13万人という状態になったことを考えれば、収束していなかったことは明白です。
私(ダン・シンカー)は今回の学校再開の話を聞いてまた、このような悪い予感に襲われています。ただし今回は、コンビニへと走って消毒剤を6本買い足したぐらいでは、その不安は和らぎそうにもありませんが…。
この春に学校が閉鎖されてから、子どもを持つ親は皆、幼稚園児のZoom授業を受けさせる方法や自宅にいる高校生の管理方法について速習しなくてはなりませんでした。そして大抵の方は、そううまくはいかなったことでしょう。現に私も…。
私が初めて重要なミーティングに出席し損なってしまったのは、幼稚園のZoom授業…アルファベット「B」についての授業に集中してしまっていたからでした。より安全な「ステイホーム」に潜むリスクをここで明らかに経験することになったのです。子どもを授業に集中させることと、自分の仕事は両立できない…という事実。これら2つを同時にこなすことは、ほぼ不可能なのです。
しかしながらそのときは、「政府幹部はきっと、なるべき早急に検査や感染源の追跡、検疫のためのインフラ整備を進め、ウイルスを収束させることに努めてくれるだろう」と言外に納得していたので、「その不可能も一時的なもの」と許容の範囲内に収まっていたのでした…。ところが、新型コロナウイルス感染症の初期の襲来を免れた州と、自身の選挙票とテレビ視聴率以外には興味を持たない大統領は、ハンバーガーチェーンのファドラッカーズ(Fuddruckers)のトッピング自由なハンバーガーが放つ誘惑に勝てず、同年3月16日に、国民に対し移動を制限するよう指示したにもかかわらず、同年同月には「米国内での感染のピークは過ぎた」と述べはじめ、経済活動再開を検討していることをほのめかしていました。
そうして翌4月には、市民生活や経済活動の再開に向けたガイドラインを発表。トランプ大統領は会見で、「ガイドラインはあくまで州知事を支援するもので、州・群のどの単位で実施するかを含め、再開の裁量は知事にある」旨を強調していました。その後経済再開の動きは4月末より南部各州から始まり、東部コネティカット州が最後の州として5月20日に経済活動を再開。これでアメリカの全50州で、経済活動を部分再開がなされたことになったのです。ちなみにこのとき、アメリカにおける新型コロナウイルスによる死者数は9万3000人を超えています。
このようにアメリカは、ロックダウンとなってから4カ月を過ぎることになりましたが、新規感染者は右肩上がりで増加する一方。そんな現状の中、政治のリーダーたちは学校再開を呼び掛けているのです。初春に学校が閉鎖された当時と現在で異なる点と言えば、現在のほうがウイルス感染者数が拡大しているということだけ…です。
さらに現在の私たちは、「屋内の循環する空気の中では、この新型ウイルスは拡散しやすい」ということを痛いほど知っているのに…です。子どもと教師を、屋内に閉じ込めることこそ最も危険であることは、一目瞭然です。しかも、それが冬季の締めきった教室を想定したらどうでしょう⁉ それは恐怖である以外なにものでもないのではないでしょうか?
ですが私は、学校再開を望んでいます。
私は広さ900平方フィート(約83平方メートル)の2ベッドルームからなる自宅に、5歳と15歳の子どもを一緒に住んでいます。なので、できるなら彼らを学校へ通わせたい気持ちでいっぱいです。
アメリカの公立学校とは、生徒が学びを得る場だけではありません。多くの生徒に朝食・昼食助成プログラムを提供し、カウンセラーやコミュニティー、看護師などのサービスが利用可能な場所なのです。子どもたちに、いかに食べ物や医療がどのように提供されているかを対面で理解させることは、どんなウェブ授業よりも大切な時間となるでしょうから。
ですが現在は、そんな時期ではないことは理解できます。当初から間違いしかしていない政権はここに来て、3月とは逆の意味での無理強いで迫ってきているのです。
政権は早期のウイルス抑止に失敗し、検査体制をメチャクチャにし、人々の髪が伸びきったら急に各州の規制を解除する急転換を図ってきました。その上、現在は新たな大規模な感染拡大が始まっているというにも関わらず、学校を再開しようとしている…。つまり、子どもたちの未來に対しても、「現実の無視」という軽はずみな対応をしようとしているのです。
学校は平時でさえ、アタマジラミの流行にも手を焼いているのです。有事の新型コロナ対策のための環境など整えられているわけがありません。きっとトランプ大統領は単に、世界に対して「米国が欧州諸国と同じ状況にある」と思わせたいだけに違いないのです。
大統領は先日、「ドイツ、デンマーク、ノルウェー、スウェーデンなど多くの国で学校が問題なく再開している」とツイートしましたが、この取り決めには、数値的にも最もな理由があります。これらの4カ国における当初からの累計感染者数は、米国の過去7日間の感染者数よりも少ないのですから、学校を再開させる方針を打ち出しても理解できます。
数値からの比較検討をせずに、これらの国々と同様にすべての国が問題なく学校を再開できているわけではないのです。イスラエルには感染の第2波が来ていますが、その一因は「学校再開を急いだから…」と考えられているのですから。
トランプ大統領は私たちに、「子どもたちはこの病気にかからない」とでも信じさせたいのでしょう。もちろん、ありがたいことに子どもたちが感染する確率が低いことは確かです。が、かからないなどという証明など到底ありません。
テキサス州の報告では668カ所の保育施設で950人のウイルス陽性が確認され、子どもとスタッフに感染の影響にさらされているのです。疾病対策予防センター(CDC)の発表では、米国の感染者の約2%が18歳未満の子どもとなっています。米国の感染者数が300万人なので、単純に計算すれば約6万人の子どもたちが感染しているということになります。さらに子どもの死亡率はどうでしょう。低いとは言いますが、ゼロではありません。そして若い人の身体に対する新型コロナウイルス感染症の長期的な影響については、未だ解明されてもいないのですから…。
しかも「学校の再開」という施策は、単に子どもたちの感染リスクを高めるだけでなく、感染リスクがそもそも高い大人たちの感染リスクもさらに高める要因にもなるのは明確です。教師、サポートスタッフ、交通指導員などは、仕事に復帰して危険にさらされるか? 仕事を辞めて収入を失うか?という、厳しい選択に迫られる局面を迎えることでしょう。
アメリカの製薬会社イーライリリーの元幹部の肩書を持ち、ロビイストであったことも知られているアレックス・アザー保健福祉長官は、「(病院が運営されているように、学校も同じ運営をすれば)このことは問題にならない」との考えを示しました。アザー氏は、「医療従事者は適切な予防措置をとっているので感染していない」「このことは学校でも通用する」と述べていました。
しかし、これは通用しません。なぜならアザー氏は自分が言っていることを理解していないからです。多くの医療従事者が新型コロナウイルス感染症で亡くなり、さらに多くの医療従事者が感染しているのです。厚生長官がこのことを知らず、気にかけていないとは言語道断のこと。このタイミングで米国の教師たちに、最前線で苦悩する医療従事者たちと同じ環境下へ身を置くことを命じているわけです。
私は、自分の子どもたちが通う公立学校という場を愛しています。が、学校は平時でさえアタマジラミの流行にも手を焼くのです。有事の新型コロナ対策のための環境は整えられていません。校長や学区の教育長は、疫学者やウイルス学者ではありません。専門家のような計画を策定することなどできるわけがありません。
では、誰にその計画を策定してもらうべきなのでしょうか?
それはCDC(Centers for Disease Control and Prevention=アメリカ疾病予防管理センター)に他ならないでしょう。米国の副大統領が先日彼がそうしたように、「CDCの指針を、学校を再開しない理由にしたくない」と言うのなら、実際には「政府は子どもやその親、学校で働くすべての人を見捨てる」と言っているのと同様と言えます。
北米プロバスケットボールNBA22チーム、メジャーリーグ30チームは、莫大な額を投資している所属選手たちを守るために、細心かつ入念な対策を講じています。が、それでも再開に向けてこの新型コロナウイルス感染症を抑え込むことができていないでいるのです。それなのに備品用のティッシュの予算すらない幼稚園、小・中・高校13万校が、安全に再開する方法などあるのでしょうか?
もちろんその答えには、多くの予算が必要ということになるでしょう。ですが連邦政府は、国内の教育委員会に多くの予算を与えていないどころか、実際には学校が全面再開しないのなら、現在の予算を引き下げると脅しているのです。
NBAもディズニーワールドも、小中学校そして高校も、感染者の増加がなくなるまでは、すべての再開計画は「再停止」計画へ変更すべきなのです。そうでなければ、この新型ウイルス感染はひたすら拡大し、手がつけられない状態になるでしょう。トランプ大統領が「問題なく」学校を再開している例として挙げた国々は、まず初めにこの問題への対応を行ったからこそ、再開が可能になったわけですから…。米国に関しては、その対応をしていないのですから、比べてはならないのです。
現在、米国の感染者数はほぼ毎日のように過去最高を更新しています。にもかかわらず、子どもたちを学校に戻すという計画に対し、彼らはどのような価値を見出しているのでしょうか? 子どもや教師、さらにはカフェテリアスタッフ、用務員、スクールバスの運転手などなど甚大なる数の人々がすでに被っている感染のリスクを、さらに高めたいのでしょうか…。それは死亡というリスクが、すぐ隣にあることも知っていてのことなのか? 至急、冷静に考え直してほしい重要な問題です。
そして米国の多くの家庭同様、我が家も教育委員会の学校再開計画の発表を待っていますが、公の会合を開催するのは安全ではないため、発表はZoom上で行われるでしょう。対面授業とリモート学習を合わせるなど、ある程度実施が難しいものが提示される見込みが大きいですが、それはこの新型コロナウイルスとトランプ政権の両方に配慮した複雑な妥協案とも言えます。
Zoomでの発表後、何が安全で、何が賢明で、何が道理にかなったことなのかについて、私たちの知見をはるかに超えた判断を迫られることになるでしょう。唯一わかっているのは、この数カ月に我が国(米国)のリーダーたちから感じたことのみです。
つまりそれは、「われわれにとって最終的な結論は、すべて自己の責任において出さなくてはならない、出すべきである」ということではないでしょうか。
Source / ESQUIRE US
Translation / Keiko Tanaka
※この翻訳は抄訳です。