記事のポイント

  • 海の深部は水深約7マイル(≒1万1000メートル)近くにもなり、エベレストの標高よりも深くなっています。
  • マリアナ海溝最深部のチャレンジャー海淵(かいえん)と呼ばれる海底には、有人航船と無人潜航の両方が到達しています。
  • 長い間、マリアナ海溝には何も生息していないと思われていましたが、ロボットによる探査で虫やエビ、微生物が発見されました。

私たちの世界のおよそ4分の3は海水で覆われており、アメリカ海洋大気庁によれば海の深さは平均で約3700メートルとのこと。しかし場所によっては、海底が驚くほど深くなっているところもあります。そして深海は、海面面積の約80%を占める言います。

※ちなみに「深海」という名称に関して、そこには明確な定義はなく、一般的には200m以深の海域帯を指しています(区分として、中深層200~1000メートル→上部漸深層1000~1500メートル→下部漸深層1500~3000メートル→深海層3000~6000メートル、超深海層6000メートル以深)。

大西洋では、プエルトリコの真北にあるプエルトリコ海溝は水面下約8万2000メートル以上の深さまで達しています。またインド洋の最深部は、スマトラ島沖にある全長約3200キロメートルにわたるジャワ海溝で、その水深は約7万3000メートルとのこと。

そこで「地球上で最も深い海底はどこにあるのか?」と言えば、それは太平洋です。

海の深さはどれくらいか?

グアムの北に位置するアメリカ領マリアナ諸島の約200キロメートル東に、人類が知る限り最も深い場所があります。その名は「マリアナ海溝」。西太平洋の海底に広がる長さ約2550キロメートル、平均幅は約70キロメートルの細長い三日月形の海溝です。

マリアナ海溝は、沈み込み帯と呼ばれる厚さ100キロほどの巨大な岩盤「地殻プレート」2つが出合い、片方がもう一方の下へ沈み込む場所。太平洋プレートがフィリピン海プレートの下へ沈んでいることが、1960年代後半以降に発展した地球科学の学説である「プレートテクトニクス」理論で説明されています。そして、この海溝の半分を占める太平洋プレートは約1億8000万年前の太古の海底で形成されたとされ、非常に長い時間をかけて少しずつ下に沈み込んできたということです。

これがマリアナ海溝の深さの(現段階での)理由となっていますが、他にも二つの要因があるとされています。一つ目はマリアナ海溝が陸から遠い場所にあり、土砂を運んでくる河川から離れているため土砂が堆積しないこと。2つ目は、断層が海溝の近くで太平洋プレートを細い溝状に切断しているため、他の沈み込み帯よりも急な角度で沈み込みやすくなっているということ。

そんなマリアナ海溝の南端には、チャレンジャー海淵と呼ばれる狭くて小さな谷があります。まさに文字通り、溝にできた淵なのです。そしてその名は、1951年に初めてその深さを記録した探検隊にちなんで名づけられました。そこで記録された水深は、なんと約1万1000メートル。標高8848メートルを誇るエベレストをこの海淵の底に合わせて並べたとしても、その頂上のはるか約2000メートル以上先までいかなければ海面に達することはできないのです。

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海底はどのような様子なのか?

水圧に関しては、10メートル潜るごとに1気圧ずつ高くなっていきます。空気に触れている海面には既に1気圧かかっているので、10メートルで2気圧、20メートルで3気圧…となり、深度1万メートルだと1001気圧という計算になります。ちなみに1気圧は「1平方センチメートルあたり1キログラム」の圧力になります。なので1001気圧となると…単純に1平方センチメートルあたり、約1トンの負荷がかかるわけです。角砂糖のような面積に乗用車の重量ほどの力がかかり、それも四方八方からギュウギュウに圧迫されるわけです。「砕けてバラバラになる」というよりも、「分解され粉みじんになる」と言ったほうがいいでしょう。

これで想像できたでしょうか? 海面の約1101倍となる水深1万1000メートルの世界観を。そればかりでなく水温は氷点下ほどになり、しかも太陽の光も届かない…真っ暗闇の世界です。そう聞けば、「冷たく静かな宇宙の果てと同様だ」と思うかもしれません(宇宙の果ても、「冷たく静かと」いう証明はございませんが…)。

ですが、そうではないようです。実は海の最深部は、「実に騒がしい場所」である可能性も高まっています(宇宙の果てもそうかもしれませんが…)。それは2015年に、アメリカ海洋大気庁・アメリカ沿岸警備隊・オレゴン州立大学の研究者からなるチームによって、ハイドロフォン(防水マイク)をチャレンジャー海淵に約6時間かけて投下するといった研究でのこと。すると、その機器の記録媒体の容量は23日間でがいっぱいになったということ。その録音を解析した結果、地震や台風などの自然現象やクジラの鳴き声、船のエンジン音などの人工的な音などが記録されていたことが2016年に発表されました。

人類は海の最深部を
探検したことがあるのか?

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MBARI's Top 10 deep-sea animals
MBARI's Top 10 deep-sea animals thumnail
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1872年から1876年にかけて、イギリスの海洋調査船「HMSチャレンジャー(HMS Challenger)」号は測鉛線(鉛の重りの付いた目盛りのあるロープ)を使って、海底の測量をしていました。すると1875年3月、予測できない風の影響で船が予定したコースから外れてしまったところ、偶然にもそこで8184メートルの測深を記録します。その測量地点は北緯11度24分 東経143度16分と記録されおり、その後、その付近が海の最深部であると調査が続くようになります。やがてその付近を、最初に発見した「HMSチャレンジャー」号にちなんで「チャレンジャー海淵」と名づけられます。

それから75年以上の時がたち、1951年6月に「チャレンジャー8世」号が(当時)より正確で簡単な海底地図を作製する方法である音波による音響測深を使って、この場所の付近(北緯11度19分 東経142度15分)を再調査しました。結果、水深1万863.2メートルを観測し、そこが世界で最も深い場所であることが確認されたます。

そうしてチャレンジャー海淵の探検は続きますが、これまで有人潜航によってそこを訪れたダイバーたちを紹介しましょう。

まずは1960年1月のこと、ジャック・ピカールとアメリカ海軍のドン・ウォルシュ大尉が、「トリエステ」号という潜水艇でチャレンジャー海淵を探検しました。そこでマノメータ(水圧からの換算)は水深1万1521メートルを示していたが、後に1万916 メートルと訂正しています。しかしながら極度の水圧のため、潜水時間はわずか20分。しかも海底の瓦礫(がれき)が大量に舞っていたため、写真を撮ることができなかったということです。

auguste piccard with son and operation director
Bettmann//Getty Images
気球の原理を応用して、浮力材にはガソリンを用いた電気推進式の「バチスカーフ(深海探査艇)」を発明したオーギュスト・ピカール(中央)は1959年7月6日に、チャレンジャー海淵探査の指揮をとるアンドレ・リヒニツァー(左)と息子で乗員となるジャック・ピカール(右)とともに、トリエステ号について話し合っている様子。

続く3人目がチャレンジャー海淵に到達するまでには、50年以上の歳月が。それは2012年3月のこと。映画監督のジェームズ・キャメロンが自ら設計したか深海探査艇「ディープシーチャレンジャー」号で有人潜航を成功させます。約3時間の潜水で記録された深さは1万898.4メートル、キャメロンの機材は強力な水圧によって破損。バッテリーやソナーが故障し、スラスター(船を着岸させるときに使う装置)も欠損してしまいます。

deepsea challenger photocall with james cameron
Keipher McKennie//Getty Images
2013年6月1日、カリフォルニア・サイエンス・センターで「ディープシー・チャレンジャー」号を紹介するジェームズ・キャメロン。

直近では、冒険家ヴィクター・ヴェスコヴォによって2018年12月にスタートした(5大洋の最深部を探査する)「ファイヴディープス」の中で成功させています。ヴェスコヴォは自身の潜水艇「リミティング・ファクター(Limiting Factor)」号に乗り、2018年12月19日に大西洋・プエルトリコ海溝で水深8376メートルに到達し、2019年2月3日には南極海のサウスサンドウィッチ海溝で水深7433メートルに。さらに2019年4月5日にインド洋のジャワ海溝で水深7192メートルに達した後の同年同月28日に、マリアナ海溝チャレンジャー海淵で1万925メートルに到達することに成功。ここで新たな記録を樹立します。それ以降も、ヴェスコヴォは乗員数2名の「リミティング・ファクター」号で、チャレンジャー海淵に数多くの人を探査に送り出しました。ちなみにヴェスコヴォ自身は、計8回もチャレンジャー海淵を探索しています。

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Victor Vescovo Found Plastic Bag During Record-Setting Deepest Diver Ever in the Marian Trench
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ヴェスコヴォはライブでの撮影も見事成功させていて、そこには海底にビニール製のゴミらしきものや深海生物の姿も映し出されています。

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この他にも、これまでに数多くの無人探査船がマリアナ海溝やチャレンジャー海淵を探査し、世界の最深部に関する知識は増えつつありますが、まだわかっていないことも多いのが現状です。

海底には
どんな生物が生息しているのか?

one of the highlights of the dive, a dumbo octopus uses his ear like fins to slowly swim away – this coiled leg body posture has never been observed before in this species
NOAA Ocean Explorer
太陽が届かない「ミッドナイトゾーン」に生息し、これまで発見された中で最も深い海に生息するタコ。水深4000メートル以上の深海に生息する15種以上のジュウモンジダコ属のうちの1種で、耳のようなヒレを使って泳ぎます。

チャレンジャー海淵の海底の水圧は非常に高く、理論上この深さでは骨は粉々に分解されてしまうとのこと。そのため、科学者たちは魚や脊椎動物が生存できるかどうか懐疑的です。しかし、これまでの探査による映像、およびロボット探査機による水や海底のサンプル採取によって、虫やエビ、微生物などが発見されています。

逆説的に言えば、チャレンジャー海淵の底には微量の生命体しか存在しません。ですがそこから再び逆説となり、「地球上の生命は、この深海で誕生したのではないか?」という発想を科学者に芽生えさせます…。マリアナ海溝に見られるような、ミネラル分の多い海水を噴出する深海の熱水噴出孔は、地球上の生命の起源に理想的な条件をもたらした可能性もあります。熱水噴出孔が引き起こした化学反応により、有機化合物が複雑化し、現在のような生命体へと進化したかもしれない…そのような研究も今後なされていくでしょう。

最近、2023年6月には、水深約4000メートルまで潜水し沈没したタイタニック号を見学しようとしていた潜水艇「タイタン」の事故がありました。それほどまでに深海は危険な場所でもあるのです。

source / POPULAR MECHANICS
Translation / Yuka Ogasawara
※この翻訳は抄訳です