高級車ブランドの旗艦モデルと言えば、アッパーエンドの4ドアサルーン、つまり大きなセダンが定石。それはステータスの証であると同時に、代々続くがゆえに古めかしい保守本流の象徴ともなりえます。コンサバに見られるリスク回避のため、あえてSUV化するか、変化のための変化を強調するのが近年のハイエンドサルーン事情だった感は否めません。高級車ブランドの旗艦モデルと言えば、アッパーエンドの4ドアサルーン、つまり大きなセダンが定石。それはステータスの証であると同時に、代々続くがゆえに古めかしい保守本流の象徴ともなりえます。コンサバに見られるリスク回避のため、あえてSUV化するか、変化のための変化を強調するのが近年のハイエンドサルーン事情だった感は否めません。
今回試乗したのは、7世代目のBMW「7シリーズ」で初のフルEVとなる「i7」。このデザインに「驚いた!」とか「醜い…」との声も少なからず聞こえてきましたが、BMWのラグジュアリーセダンたる「7シリーズ」とは代々、リアシートでくつろぐよりもステアリングを握るオーナーを喜ばせることに存在意義のあるドライバーズ・カー。その頂点の一つであり、そもそも美醜を超えた存在…といったら大袈裟かもしれません。ですが、当のBMWのデザイナーはそう考えて手を動かしています。ちなみにデザイン部門責任者のドマゴイ・デュケッチ氏はクロアチアに起源を持つドイツ・フランクフルト生まれで、前職はフランスでシトロエン勤め――と、いわば汎欧州的な感性の持ち主と言えます。
「壊れた美」にも通ずる哲学
いざ「i7」の実車と対面すると、デザインに加えて5390 × 1950 × 1545mmという圧倒的なサイズ感も手伝い、強烈な存在感というか違和感に打たれます。パッと見で「i7」は、美か醜かと総選挙をしたら後者に偏るぐらいでしょうが、表現や手法が主題より強烈だからこそ生まれる後期イタリア・ルネサンスの美術様式マニエリスム的な「壊れた美」は、欧州の伝統的な審美観の一部でもあります。
そのコンテンポラリー版の最たるものが新たな「7シリーズ」であり、BMWが「モノリティック(一枚岩のような)」と形容する強烈な塊(かたまり)感ゴリゴリの彫刻的な造形美、あるいはそれをつくり出したイデー(理念)そのものというわけです。だからこそ、「やっぱりこれって、美しいのではなかろうか?」と後から転ぶ、つまり、宗旨替えする者を生み出すほどの圧倒的なロジックと新しい美を備えていることが先進性、裏を返せば違和感の正体と言えます。大衆に媚びるどころか最初から突き放す、それがBMWウェイですから。
さて、「7シリーズ」にはICE(エンジン)車も用意され、「i7」とデザインはほぼ同一ですが、BEV(バッテリーEV)かICEかではなく、「7シリーズ」かそれ以外(他メーカーの他車種)か、そんな選択を迫る辺りにもこのデザインの意義があります。
圧倒的違和感に惑わされてはなりません
プロポーションや全体の面処理以上に際立つのは、フロントマスクです。ひとマスの縦横比がほぼ1:1となったキドニーグリルは、BMWのラインナップ内でも縦長のSUV系、横長のスポーツ系と一線を画します。これがLEDライトで縁どられたイルミネーテッド・グリルで、さらにBMWの特徴である環状×2を重ねたスワロフスキー製のクリスタル・ヘッドライトも光を放ち、「i7」のライト・シグネチャーとして暗くて全体が見えずともひと目でそれとわかります。
ちなみにスワロフスキーは天体観測やバードウォッチングをする人ならご存知のとおり、望遠鏡などを扱う光学メーカーでもあるので、キラキラ要素として採用というより、配光をインテリジェント制御するマトリクスLEDが常識化した今だからこそ、「質の高い光学ガラスでさらなる高効率化を図った」と言えます。とは言え、顔が新奇でもスワロフスキーと聞けば興味アリという、キラキラ層が一定以上カウントできることは、今回の思い切ったデザインに対する保険ともなっているのかもしれません。
ところが、「i7」の圧倒的違和感は外観や外装だけにとどまりません。ドアハンドルは引っ張るものではなく、ボタンを押せば自動的に開くものになりました。障害物があっても、センサーで開く角度は制御されます。乗り手がサイドシルをまたいで乗り込んだら、内側のフェザータッチの開閉ボタンに触れずとも自動的にドアは閉まり、引き込まれます。
そして気づくのは、ドアパネル内側のボタン類はシート調整スイッチまで、すべてクリスタルな仕上げとタッチ。精細なモチーフ柄のパーフォレーションが施されたバウアー&ウィルキンス製のスピーカーパネルもクラフト感たっぷり。アンビエントライトが従来あったような間接照明や線ではなく、正面のダッシュボードまでぐるりと面で色づいて光る点も、「i7」の新しさと言えます。
また、先代モデルより約40%もガラス面積が増えたパノラマガラスサンルーフは、オプションのスカイラウンジ仕様を選べば、後席側まで圧巻の開放感です。しかもガラス内を走るLEDのグラフィックラインは、まるでロンドンの大英博物館やベルリンのペルガモン博物館の、中庭を覆うガラスルーフのような趣すらあります。人工光と自然光がダブルであふれるながらも、重厚なインテリア空間と言えるでしょう。
それでいて操作系ディスプレイやシートは最新鋭。ドライバーを囲むように湾曲したコントロールディスプレイは14.9インチものワイドさで、視界正面の12.3インチメーターパネルと合わせ、圧倒的な視認性と情報量の豊かさを誇ります。ただワイドで情報やパラメーター設定が多いだけでなく、輝度やコントラストまで申し分ありません。そしてメリノレザーとカシミアウールのコンビシートは、精緻な質感のダッシュボード周りとは好対照に、柔らかな質感ながら適度に張りのある触感で心地よく乗り手を包み込みます。
初めて見た誰もが唖然とするであろう装備は、アマゾン・ファイアTVを搭載した「BMWシアター・スクリーン」なるオプション装備かもしれません。これまたオプションの後席ですが、最大42度までリクライニングするオットマン付きの「エグゼクティブ・ラウンジ・シート」に身を沈め、リアドアのパネル内の5.5インチタッチパネル内のボタンをクリックすると、31インチもの大型かつ8K対応パノラマスクリーンが天井ルーフからチルトで降りてくるのと同時に、後席側のブラインドがすべて自動で閉まります。これぞまさしく、車内にエンターテインメント空間が降臨する瞬間です。
「ドライバーズ・カーの後席にこんな装備は必要か?」というツッコミもあるでしょうが、リアシートに迎えた人を楽しませる余裕とホスピタリティはオーナードライバーの株を上げてくれることに疑いの余地はありません。サービス精神の旺盛なオーナーなら、映るコンテンツ以上に「面白いでしょ?」と後席乗員に語りかけられるだけで価値があるのです。ワーケーションが定着しつつある今、おひとり様で仕事をするにも、くつろぐにも、大いに役立つことでしょう。
BMWが走りに隠した秘密の味わい
かくして「i7」を静的に観察していると、まるでハイテク宮殿のような高機能ぶりと居心地に圧倒されっ放しなのですが、走らせてみたら、さらなる驚天動地の動的質感にとどめを刺されます。「i7」の車両重量は2690kg。はっきり言って空荷の2トントラックと同じぐらいの重さがあります。先述のようなラグジュアリー装備の充実ぶりゆえ、BEV特有の、ロールをゴツいスタビライザーで抑え固くて低速域で跳ねる足まわりやトルクフルだけどビート感のない加速フィールを予想していたら、ものの見事に肩透かしに遭いました。あの違和感たっぷりの外観で背景から切り取られた佇(たたず)まいそのままに、「i7」の下だけ重力場が違うかのような、でも、優しく柔らかで上質な走りを見せつけたのです。
電気モーター駆動ゆえにほとんど無音かつ無振動。さらに密閉感の高い車内空間なので、街乗りでストップ&ゴーの局面や高速道路を巡航するなど、普段使いに多いであろう局面で恐ろしく快適性は高いです。なのに、それが味気ないどころかドライバーのアクセル&ブレーキやステアリング操作に応じて、4輪が確かにまろやかにストロークするので、低速域で流しているだけでも躍動感の高まりを感じられます。BEVでよくある、低重心でパワフルだけどバッテリーの重さに引きずられて快活さが損なわれるような、ルーズ・リュックサック・フィーリングではないのです。
雑味のないステアリングフィールに導かれ、滑らかにノーズをインに向けては力強い加速で次のコーナーへつなげていける、まさしく「駆け抜ける歓び」というBMWウェイの動的質感がほぼ無音・無振動で完璧に表現されているのです。なぜ電気でそれが表現できるのか? もはやミステリーでさえありますが、「i7」を含む「7シリーズ」には全車、「オートマチック・セルフレベリング・コントロール付きアダプティブ2アクスル・エア・サスペンション」と「電子制御ダンパー付きアダプティブ・サスペンション」が組み合わされています。平たく言えば、2軸式のエアスプリングに可変減衰力制御のダンパーということですが、わざと柔らかくロールさせたり逆に抑えたり、4輪それぞれを走行状況や操作に応じて、インテリジェントに剛柔を使い分ける制御パラメーターやプログラムという、動かすロジックが重要です。いわば何をもって上質・高級と感じさせるか、動的質感のつくり込みにBMWならではのノウハウがあるということです。
はっきり言って、「従来はBEVだから、乗り心地は固くて多少ツンツンしていても仕方なし」というのが、半ばコンセンサスでした。ところがBMW 「i7」は、かくも質感の高いダイナミックな走りを実現したことで、BEVのハイエンド・サルーンの指標は再び高々と引き上げられてしまったと言えるでしょう。至高のBEVハイエンド・サルーン経験を備えているからこそ、この独特の違和感デザイン・ワールドも正当化されうるといいましょうか。美しいから素晴らしいのではなく、素晴らしいから美しいのです。
Text / Kazuhiro Nanyo
Photo / Motosuke Fujii(Salute)
Edit / Ryutaro Hayashi(Hearst Digital Japan)