?
早い人は始めている
「レストモッド」とは
=「レストア」と「モディファイ」を掛け合わせた言葉で、故障車や旧車を修復し、カスタマイズを施すこと。以前の状態をよみがえらせるというよりも、現代の技術を駆使して新たな解釈を加えるという意味合いが強い。
[INDEX]
テオン・デザインという
レストモッド界に現れた新星
ロンドンの北西に位置するデディントン。この街ほどイギリスらしい風景も、なかなかお目にかかれません。オックスフォードシャーにある人口2000人程の小さな田舎町ですが、住人のほとんどが細い通りに面した石造りの端正な住宅に暮らしているようなところです。町の建物はどれも1800年以前からそこにあり、それ以降に建てられたものであればちょっとした目新しささえ覚えてしまうほどで、この現在に属する世界というよりむしろ、時代劇の一場面にいるような気分にさせます。
世界で最も“エキゾチックな”ポルシェを生み出している「テオン・デザイン(Theon Design)」という小さな会社は、このデディントンの街にあります。タイプ『964』をベースにつくられたゴージャスなポルシェ「911」のレストモッドの価格は、現在の為替レートで38万ポンド(約47.6万ドル≒6900万円)以上の値をつけます。それでも手に入れたいというのであれば、1年間のウェイティングリストに登録した後、着工からさらに18カ月の間、忍耐強く待ち続けなければなりません。
テオンのレストモッドは
お客の希望に合わせて
ビスポークで制作される
テオン・デザイン(以下、テオン)の設立者であり、そのクリエイティブの中核を担っているのがアダム・ホーリーです。ジャガーランドローバーやBMWなどでカーデザイナーとしてキャリアを積み、空冷エンジン時代のポルシェ「911」にも独自のこだわりを持つ人物です。
彼が『964』ベースのエレガントなレストモッドを自作したのは、今から5年ほど前の2018年のことでした。そのために設立したのがテオンであり、今では妻のルシンダ・アーギーと共同で会社を経営しています。同社にとって8台目となる車の完成を間近に控えた先日、その車を試乗させてもらうことができました。
テオンが手掛ける車は、いずれも個人的な注文依頼に応じて仕上げられます。今回のドナーとなったタイプ『964』は、まず個々の部品単位にまで分解された後、再び組み上げられていきます。ボディシェルにはRSタイプのワイドなアーチと、カーボンファイバー製のルーフ、エンジンカバー、ボンネットが付け加えられた後に塗装へと進みます。最高水準の内装部品が用意され、その水準に匹敵するメカニカルなアップグレードが、大型のエンジンの仕上げなどと並行して進められていきます。
と、このように説明すると、ロサンゼルスを拠点にポルシェを専門に扱うビスポークのレストアブランドとして今注目を集めている「シンガー・ビークル・デザイン(Singer Vehicle Design)」のイギリス版がテオンだ…と納得する人もいるでしょう。
シンガーとの違いは何か?
ホーリーは、「シンガー・ビークル・デザイン(以下、シンガー)比較されるのは光栄なことだ」と語ります。とは言え、彼の生み出す作品は、シンガー創業者であり経営最高責任者のロブ・ディッキンソンによる車両の半分以下の価格です。他にも、いくつかの大きな相違点があることを忘れてはなりません。最大の違いはエンジンです。シンガーは現在、「ターボエンジン」を専門にしています。他方のテオンは3.6リッターから4リッターの「自然吸気の水平対向6気筒エンジン」に加えて、魅力あふれるスーパーチャージャー・コンバージョンもオプションに加えています。
私(この原稿の著者である、米カーメディア「Road & Track」編集部のマイク・ダフ)が試乗した車に積まれていたのは3.8リッターのエンジンですが、シリンダーヘッドはクロスフローとポート加工が施されていました。真新しいエンジンの最高出力は395馬力@7350rpmですが、カーボンパーツによる軽量化のおかげで重量はわずか2565ポンド(約1160kg)とのこと。これは十分なパワーと言えるでしょう。
この数値は、ポルシェ「911 GT3」のタイプ『992』に迫るパワーウエイトレシオ(編集注:馬力あたりの重量)です。写真にあるのはより強力な4リッターのエンジンを搭載したもの。個々のインテークではなくインテークプレナムが装備されていますが、細部へのこだわりの強さが見て取れるはずです。
一度実物を目にすれば、
誰しもが抗えない魅力がある
多くのカーデザイナー同様に、テオンのホーリーもまた“レトロ”という言葉を好ましく思っていません。とはいうものの、テオンの手掛ける車はどれも「911」のタイプ『964』がベースとなっています。タイプ『964』とは、1989年から1993年にかけて製造された「911」であり、空気でエンジンを冷却する“空冷ポルシェ”としては最後から2番目のモデルです。
そしてそのルックスは、長い歴史を持つ「911」の伝統にインスピレーションを得たものにほかなりません。さらに、タイプ『964』の一直線のリアライトバーといった90年代的なデザインのディテールは排除されており、温かみのあるクロームを用いたクロームアクセントなどの金属パーツやヘッドライトベゼル、フックス・スタイルのアロイホイールなど、70年代風のテイストが加えられています。
安価とは言えません。ですが、テオンの車を間近で見たうえで物足りなさを覚える人がいるとは到底思えません。細部に至るまで疑いようもなくこだわりに満ちており、磨き上げられているのは一目瞭然です。塗装の仕上げやパネルの隙間など、高解像度でレンダリングされたバーチャル画像を見ているかのようで、これが現実であることを疑うほどです。
キャビンもまた、非の打ちどころがなく完璧です。配色や柄の組み合わせは、ほぼ無制限と言っていいでしょう。私が乗った車にはタイプ『991』世代のステアリングホイールという、やや不釣り合いなオプションが装備されていましたが、よりトラディショナルな選択も当然のことながらあり得るでしょう。
ただし…欠点がないわけではない
ドライビング・エクスペリエンスについて言えば、他の空冷「911」と異なる点も意外なほどありました。人間工学的な欠点の大半はそのままです。例えば、ペダル位置を動かすことで、より快適なドライビングポジションを実現しようとはしていますが、ドライバーは依然として少し車の中心を向いて座る感じがあります。
シートと直立したフロントガラスは相変わらず近すぎるように感じられます。真新しい金属製シフトレバーは、オリジナルのタイプ『964』の太くて短いレバーと比べて背が高く、これでヒューランド製の新型6速トランスミッションを操るショートスロー(※編集注:シフトストロークをショート化することで迅速なシフトチェンジを可能にする仕様)のメカニズムを動かすのです。
試乗した感想をレポート
エンジンは空冷式の「911」特有の賑やかなクラッター音と共に動き出しますが、それもすぐに荒々しいエキゾーストノートにかき消されます。可変式サイレンサーを使用してもなお、排気音はかなりの音量です。いざ走らせてみると、低速域でもタイプ『964』のチューンナップモデルのように感じられ、ステアリングの反応もダイレクトかつクイック。緊張感があります。
ほぼ全てのサスペンションパーツが取り替えられ、足回りはやや固めに設定されています。そして、なんと言っても最大の驚きは、電動油圧アシストによって弛みなくクイックな反応を示す新型のステアリングラック(※編集注:パワーステアリング用の装置で、ステアリング操作に応じてタイヤの向きを変える役割を担う)でしょう。
新品のエンジンはとにかく良く回るように仕上がっていて、超軽量フライホイールと軽量化されたボトムエンドによって、スロットル圧のわずかな変化にも貪欲な反応を示します。4000rpmを超えたあたりから力強さを増し、そのまま7500rpmのリミッターまで唸り声をあげながら加速していきます。
低速でも十分なトルクがあり、クルージングも快適です。新型のギアシフトの感触には楽しさが伴い、軽くて正確なうえに精度が高く、不要な場面でもついシフトチェンジをしたくなってしまうほどです。ブレーキペダルの反応も良く、踏めば踏んだだけ正確に減速します。ブレーキディスクは鋳鉄製ですが、カーボンセラミック製もオプションとして選ぶことができます。つまるところ、この車の視覚的なディテールと同様に、そのダイナミクスにおいてもあらゆる点が注意深く研ぎ澄まされているのです。
しかし、ただ楽しいだけの車ではありません。よりハードにプッシュすると、その限界値がさらなる高みへと押し上げられていくことを実感できます。
自動車ジャーナリストとしてハイエンドの車に乗る機会が多いのは当然ですが、最後に乗ったタイプ『964』が純正の「911カレラRS」だったことを思い出さずにはいられませんでした。暖かく滑らかなドイツのアスファルトを、最高のコンディションの車で走ったのです。今回は寒く湿った、決して理想的とは言えない路面コンディションのイギリスの田舎道でしたが、少なくとも直近に乗ったタイプ『964』同様のグリップ力を示し、コーナーの速さは絶品と呼びたくなるほどでした。
お尻の重さが「911」の特徴とされていますが、このモデルは重量を車両の前方に移動させることでその欠点を克服しています。電動式パワーステアリングポンプと12ボルトのエアコン用コンプレッサーをフロントに配置しているからです。静的重量バランスの40パーセントがフロントアクスルにかかる標準仕様車と比べ、この車両ではそれが45パーセントになっているというわけです。
ミシュラン製「パイロット スポーツ4S」という、よりワイドで粘り強いタイヤの実力に加え、サスペンションとステアリングにも改良が加えています。それによって大きな水平荷重、つまり、横方向に荷重が作用するような局面でも、車体後部にハンドルが奪われる感覚が大幅に軽減されています。
アクセルペダルを微調整することで、コーナリングのライン取りを思いのままにできます。またタイトなコーナーで、リアアクスルを最大限に使うだけの十分すぎるほどのパワーも備わっています。そして、空冷ポルシェでは絶対にやらないほうがいいと言われること…例えば、濡れたコーナーで急にアクセルをオフにするような真似をしても、この車なら制御を失うようなことはありませんでした。実に自然に言うことを聞いてくれる、どの「911」よりも現代的な、無理のない走りを感じさせてくれるのです。
ドイツのRUFやDPモータースポーツ、カリフォルニアのシンガー、ギュンターワークス、ワークショップ5001などなど。大西洋の東西両岸にはすでにハイエンドの「911」チューナーが群雄割拠しています。シンガーはつい最近、イギリスの拠点であるノーサンプトンシャー工場の規模を倍増させ、老舗のタットヒルもまた、オックスフォードシャーでレストモッドやラリーカーの製造を続けています。そこに今、イギリス生まれの新星「テオン」も名を加えたことは紛れもない事実なのです。
Source / Road & Track
Translation / Kazuki Kimura
※この翻訳は抄訳です