Illustration by Natalie Foss

ありえないことでしょうか? かと言って、決して誰も否定などできないはずです。

NY・ブロンクス出身のラッパーで、音楽プロデューサーでもあるFat Joe(ファット・ジョー)。彼は窃盗に手を染めていた犯罪生活からスターダムへと這い上がっていく過程を、1993年のヒット曲『The Shit Is Real』のミュージックビデオに登場させた車に投影しているように思えるのです。メルセデス? キャデラック? レクサス? いいえ、どれも違います。彼がそのミュージックビデオにわざわざ選んだのは、「マツダ」です。1988年にアメリカのミニバン市場に登場した初代「MPV」。おいしそうな一斤の食パンのようなフォルムをした、3ドアモデルです。

▼Fat Joe「Shit Is Real」(2分25秒、2分58秒、3分58秒で「MPV」の存在を確認できます)

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
Fat Joe - Shit Is Real
Fat Joe - Shit Is Real thumnail
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実は、マツダの初代「MPV」への愛情を見せたのは決してファット・ジョーだけではありませんでした。ヒップホップの黎明期から活躍したBiz Markieビズ・マーキー)、アルバム「Enter The Wu-tang」でもおなじみのWu-Tang Clan(ウータン・クラン)Busta Rhymes(バスタ・ライムス)Heavy D(ヘヴィ・D)、そして、あのThe Notorious B.I.G.(ノトーリアス・B.I.G.)…。90年代の東海岸のヒップホップ界の、伝説的アーティストたちのライムやビデオにも登場しています。

  
Al Pereira//Getty Images
出身地である、NYのスタテンアイランドで1993年に撮影されたウータン・クラン。メンバー最年少のMethod Man(メソッド・マン)は、Mary Jane Blige(メアリー・J・ブライジ)を迎えたソロシングル『I'll Be There for You / You're All I Need to Get By(アイル・ビー・ゼア・フォー・ユー/ユア・オール・アイ・ニード)』で1995年のグラミー賞を獲得。

スーパースターたちを魅了したのは、「MPV」が誇るV6エンジンや四駆性能、はたまた『カー・アンド・ドライバー誌(Car and Driver:アメリカの自動車雑誌)』が、この車を絶賛したからだけではないはずです。当時のストリートファッションとして人気を集めていた「カンゴール」のキャップや「ティンバーランド」のブーツなどのファッションアイテム同様に、見方によってはややイケていない「MPV」のルックスが、時代の最先端を表現するにはうってつけの存在だったのではないでしょうか? エッヂの立っていないものを敢えて使うことで、逆にモードに見せるアプローチです。もちろん7人乗り、さらには大容量を誇るこの車が、言葉に生きる詩人たちの心を動かしたこともあるでしょう。

「MPV」ブームは西海岸にも到達

今は亡きビズ・マーキー(2021年 7月16日没)によれば、「マツダ『MPV』人気の火つけ役をひも解けば、あるカルト的なパーソナリティの持ち主にたどり着く」と言います。DJ Premier(DJプレミア)は、「カスタムサウンドシステムを搭載した自分の『MPV』こそが、ラッパー界におけるこの車の人気のルーツだ」と言い張りますが、「ハーレムで暗躍したコカインの密売人リッチ・ポーターこそが元祖である」と、マーキーは2017年に行われたインタビューで話しています。

2002年にアメリカで公開された映画『ペイド・イン・フル(Paid in Full)』のモチーフにもなったRichard Porter(リッチ・ポーター=1980年代半ばのクラック時代に、ニューヨークのハーレム地区で頭角を現したドラッグディーラー)は熱心なカーコレクターで、メルセデスやBMWはもちろん、マツダ「RX-7」や日産「300ZX」なども所有していました。そのポーターと旧知の仲にあったマーキーは、「80年代後半のある日、街中で”奇妙な形をしたバン“を運転していたポーターと出くわした」と話します。

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Mazda
マツダ「MPV」。

「俺は『おいポーター、その車は何だよ?』って訊いたら、アイツが『マツダ<MPV>だよ』って話したのを覚えているよ」と、マーキーは話します。二人がそんなやりとりをしたその翌日、マーキーは自身のヒット曲『Just a Friend』で得た資金をもとに、カーディーラーに行って「MPV」を2台購入したとのこと。青い1台は彼のDJだったCool V(クールV)に譲り、黒の「MPV」は自分用に取っておいたとのこと。彼はその「MPV」をブラッククロームの(ドイツに本社を置く自動車用アルミホイールのブランド)のBBSのリム(ホイールの外周部)と、DAT(デジタル・オーディオ・テープ:1980年代後半に登場した、デジタル録音を可能としたテープの規格。高音質で特にプロの音楽業界で人気を集めました)をはじめ、1万2000ドルのサウンドシステムでカスタマイズしていました。

その後のマツダ「MPV」の流行は凄まじく、90年代初頭までには、かねてから折り合いの悪かった東海岸のラッパーと西海岸のラッパーを結びつけるほどに大流行していました。西海岸のラッパーのリーダー格とされていた2Pac(2パック=トゥパック・アマル・シャクール)が、1994年のバスケットボール映画『Above the Rim』の撮影でNYを訪れていたとき、ハーレムをドライブしている姿が目撃されています。そのときの彼が運転したのが、「MPV」というわけです。

 
Ron Galella//Getty Images
NYで1994年に撮影された2パック。

Source / Road & Track
※この翻訳は抄訳です