最善であれ、
さもなければ意味がない

「最善か無か」という、スローガンを耳にしたことはありませんか。多分に箴言(しんげん)的で日本語訳では常に丸められがちですが、ドイツ語原文の「Das beste oder nichts(ダス・ベスト・オーダー・ニヒツ)」は、英語で逐語的には「The best or nothing」なので、この場合の「oder/or」を文章的に訳せば「さもなければ」です。言外に漂うニュアンスとしては、「最善であれ、さもなければ意味がない」とか、「最高のものを、さもなければ無(無為、無駄)でしょう」ぐらいの強さ、インパクトを持つスローガンと言えます。

メルセデス・ベンツ「eqs」
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【主要諸元】種別:BEV(バッテリー式電気自動車)、全長 × 全幅 × 全高:5135 × 2035 × 1725mm、ホイールベース:3210mm、車両重量:2880kg、荷室容量:195L~800L(7名乗車状態~5名乗車状態)~2,020L(2列目、3列目をたたんだ状態 or 2名乗車状態)、乗車定員:7名、最高出力:265kW(360PS)、最大トルク:800Nm、一充電走行距離(WLTCモード):593km、価格:1542万円(車両本体価格)、1774万1000円(オプション装備した今回の撮影車両)

自動車の世界で、常に最上級を伴って語られるブランドにして、そもそも内燃機関というか自動車を発明したつくり手、それこそがメルセデス・ベンツです。1880年代に創業者ゴットリーブ・ダイムラーが内燃機関エンジンの特許を取得したことに始まります。

ちなみに人類史上初の「自動車によるドライブ」を、ドイツ・マンハイムからプフォルツハイムまでの100km強にて敢行したのは、カール・ベンツにそうとは知らせずに子連れで実家へ帰省した奥さまのベルタ・ベンツだったとか。実はゴットリーブ・ダイムラーとカール・ベンツは直接会ったことがなかったとか、両者の興(おこ)したおのおのの会社の合併を進めたのはフェルディナンド・ポルシェ博士だったとか、黎明(れいめい)期はベンチャー企業そのものだったメルセデス・ベンツには途方もなく面白い逸話がいっぱいあるのですが、それも自動車の歴史そのものを体現するメーカーだからこそ。「いちかばちか」とは正反対の思想として、確信をもって(冒頭のスローガンのように)「最善」へと突き進んできたわけです。

そんな歴史的なつくり手が、コンベンショナルなICE(内燃機関エンジン)のラインナップと並行して、バッテリーEV(以下BEV)専用に構築したブランドが、メルセデスEQです。すでに「EQA」「EQB」「EQC」「EQE」「EQE SUV」というICE車の各クラスをシャドーのように網羅し、その頂点に立つのがサルーン版の「EQS」、そして「EQS SUV(イーキューエス エスユーヴイ)」なのです。「EQS SUV」の中でも今回試乗したのは「EQS SUV 4MATIC SUV」ですが(「EQS SUV」にはもう1モデル「EQS 580 4MATIC SUV Sports」がある)、 例えていうなら、前者を「本宅」とすれば後者は「別荘」のように見えましたが、いざ実車の内装に触れて考えを改めました。

メルセデス・ベンツ「eqs」
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メルセデス・ベンツ「eqs」
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メルセデス・ベンツ「eqs」
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EV専用プラットフォームならではの、広々した室内長を生かした3列7人乗りで、2列目リアシートのヘッドレストにはピローまで用意されつつ、足元スペースはリムジン以外では見たこともないほど、広いです。また、3列目にまでシートヒーターが備わるほど、快適装備は充実しています。荷室もゴルフバッグ4個をのみ込めるほど圧巻の広さです。

もちろん、利便性やコンフォートだけが自慢のSUVではありません。アームレストやセンターコンソールに配された、薄い金属ストライプのウォールナットウッドはオプションながらスポーティ・エレガントなディテール。ヴィンテージ・ヨットの甲板や、テニス・ストライプを連想させる素材感やモチーフと言えます。

不動産ではない“動きモノ”の意地かもしれませんが、純EVのハイエンドSUVに豪華ヨットのような感覚で仕立てられる辺りが、優れて詩的発想と言うか…さすがメルセデス・ベンツです。先進的なEVであるうえに、こういう疑いようもなくハイブローなクラス感を文脈的に披露されると、凡百の豪華SUVがシャビーな神輿(みこし)にしか見えなくなってきます。

余談ですがウッドトリムは他にも、アルミニウムのスリーポインテッドスター柄を象嵌(ぞうがん)細工で散りばめた、ブラウンマグノリアウッドも選べます。

圧倒的な車内空間は
プライベートヨットを思わせる

メルセデス・ベンツ「eqs」
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3枚構成・幅141cmの大迫力、MBUXハイパースクリーンが圧倒的なデジタル感・未来感を漂わせるコクピット。それと同時に、ダッシュボードを中心に走る深みのあるブルーのアルカンターラ素材と、アームレストやセンターコンソールに配されたウォールナットウッド(※オプション)が優雅さと落ち着き感をもたらし、その印象は先進性と威厳に満ちた今のメルセデスらしさも。

そして「EQS SUV」のロマンチックは、ウッドトリムのモチーフだけにとどまりません。ドア、ダッシュボード、センターコンソールに備わるアクティブアンビエントライトは、柔らかな光を車内に投げかけます。またこれと連動して、乗り手にリフレッシュやリラックスをもたらすための「エナジャイジングパッケージプラス」という機能もあり、選択したテーマに応じて照明や空調、シートに音楽、パフュームアトマイザーを通じて、最適化されたプログラムを再生実行してくれます。

車内に芳香が漂い、癒やし系もしくはバイタル系の音楽が薄紫やら深紅の照明色とともに流れ、シートベンチレーターやエアコンの風までも優しくなる様子はスパ・リゾートのヒーリングルームの雰囲気をそのまま車内に再現したかのよう。

実行した当初こそキッチュに感じられ、思わず吹いてしまうかもしれませんが、数分ほどプログラムを浴びていると、慣れより何より、身体とメンタルを整えるための機能であることに気づきます。これが通勤やジムの行き帰り、もしくは週末渋滞の中で実行できたら、どんなに日々のテンションが底上げされることでしょう。

よくよく考えてみれば、ドイツは知られざる高級スパ・リゾート大国でもあります。ズュルト島やテーガンゼー、トラヴェミュンデにリューゲン島などは、湖水や海水の温度が相対的に冷たくて、北欧以外からのインバウンド客は少なくてもドイツのハイ・ソサエティ層にとっては身近なデスティネーション、かつ確立された週末のリラックス方法なのです。

いずれにせよエナジャイジングパッケージプラスの効果は、完璧に外界の音や匂いを遮断する静粛性や密閉感あってこそ。車の空気抵抗係数を表すCd値0.26という全長5m超のフルサイズSUVとしては、にわかに信じがたい空気抵抗の小ささ、走行中の風切り音の少なさも圧巻です。さらにPM2.5~0.3の超微粒子を99.65%カットできるというHEPAフィルターも備わり、花粉どころか外の変な匂いもシャットアウトします。

車内空間のプライベート・ヨット化、もしくはスパ・ホテル化に大真面目に取り組めるのは、静的にも動的にも飛び抜けた室内空間のクオリティを確保しているがゆえです。

メルセデス・ベンツ「eqs」
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この開放感! 五感を通じて快適な乗り心地をサポートする「エナジャイジングパッケージプラス」の存在もあり、車内の快適性は驚きのレベル。とにかく、車内で過ごす時間が心地よい。

室内でもうひとつ、視線も指先も集めずにいられないのがMBUXハイパースクリーン。これは12.3インチのコクピットディスプレイ、センターの17.7インチのメディアディスプレイ、助手席側の12.3インチフロントディスプレイによる3枚構成ですが、1枚ガラスの向こうにツライチで埋め込まれることで、幅141cmという巨大スクリーンとなっています。後二者は有機ELで、操作中に特定の点を触れるとアクチュエーターが手応えを返してくるという少し機械式じみた、いわゆるハプティック(操作インターフェイスが分かりやすいこと)なタッチです。

「Hi, Mercedes!(ハイ、メルセデス)」で発動させる音声認識機能も、もちろん搭載されていますが、ユニークなのは「EQS SUV」の各所に配された最大350個もの各種センサー、あるいはその先にあるMBUXの高度な学習機能とMBUXインテリア・アシスタントでしょう。センサーが距離や速度、加速度は無論、照明の状態や降水量、気温、シート着座、ドライバーのまばたきや乗員の発話などを拾い集め、総合的にアルゴリズム処理を行うことで、学習が進めば乗り手を先回りして適切な機能を適切なタイミングで表示してくるそうです。

要は、どこを、どのような状況で走っていて、乗員がどのように動くか、どのような操作を行おうとしているかを認識しつつサジェストするシステムで、置かれた状況や乗り方に応じて刻々、漸次的に最適化されるのだとか。まさしくAI化につながっていくであろうテクノロジーで、運転手つきの車を「ショーファー・ドリヴン」とは言いますが、ショーファーレスでもドライバーのために車自体がシステムを走らせているのです。ちなみに今回試乗した「EQS 450 4MATIC SUV」でショーファーパッケージを選んだ場合は、後席の乗員も情報の収集対象になります。

なめらかな走りは
重量から解放された錯覚に導く

メルセデス・ベンツ「eqs」
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メルセデス・ベンツのBEVモデルの特徴のひとつが、フロントマスクのブラックパネル。ブランドの標章であるスリーポインテッド・スターが無数にちりばめられたパネルですが、その裏側にはセンサーやカメラなどが配置されています。

さて肝心の走りですが、何ら変哲もなさそうな曲面でも「EQS SUV」は圧倒的です。ボディサイズは全長5130 × 全幅2035 × 全高1725mmで、お世辞にも扱いやすそうに見えませんが、リア・アクスルステアリング、つまり後車軸側も操舵(そうだ)輪として約60km/h以下なら前輪操舵と逆方向に切れます。

結果、最小回転半径はたったの5.1mとコンパクトカー並みで、Uターン時など思わず笑ってしまうほど小回りが利くのです。高速道路での車線変更など60km/h以上の速度なら、前後輪とも同位相操舵となるので揺り戻される挙動のないまま、スタビリティが保たれます。

走らせながら意識しないわけにいかないのは、2880kgという超ヘビー級の車両重量。ですが、予習で知っていたにも関わらず、ノンシャランとスムーズに滑っていく動的質感には驚異すら覚えます。前後車軸に搭載する「eATS」という電動パワートレインは、システム総計で最高出力は360ps、最大トルクは800Nm。最大値だけ見ればフロント側モーターの2倍強となる容量をリア側モーターに配する4WDで、毎分1万回も必要な前後トルク配分をチェックし最適化しているそうです。

それでも車に乗せられている感じがしないのは、制御がオンデマンド型、つまりドライバーがアクセルを踏んでから駆動配分の効率を最適化制御しているからです。また、バッテリー容量は107.8kWhとひとまず巨大であることは確かですが、WLTCモードの航続距離は593kmを誇ります。

少なくとも、「ダイナミックセレクト」をスポーツ設定にしてアクセルを急にベタ踏みしても、タイヤのトレッドが縦方向にゆがみそうな激しく瞬発的なトルクは吐き出しません。むしろ、そんな無駄なコマンドは間引きされて、タイヤのグリップを最大限に引き出しながら力強く加速していきます。ほぼ2.9トンの巨体が、です。

重さゆえに醸し出される乗り心地とか動的フィールを、メルセデスは昔からコントロールするのが巧みなのですが、減速時の回生ブレーキの効き方が自然なことに加え、定速走行時にコースティングに入った時の物理法則から解き放たれたかのような滑走感も、ちょっと比べられるものがありません。

試乗では首都高を多用してみましたが、60km超の距離を走ってもバッテリーが1割も減りませんでした。「EQS SUV」は手元のパドルで3段階に回生の効きを調節できて、首都高ぐらいの速度域なら頻繁に回生充電が効くとはいえ、回生を車にお任せの自動モードで操ってこのスコアはシステムの賢さ、効率の高さの片りんを見せたと言えるでしょう。しかも低重心プラットフォームも手伝い、頭を不意に前後左右に揺さぶらない乗り心地も一級品でした。

さらに「EQS SUV」の恐るべきは、ヘビー級にもかかわらずサスペンションが信じられないほどよく動いてストローク感の豊かな足まわりであること。それはAIRMATIC(エアマチック)サスペンションと呼ばれ、連続可変ダンパーとエアサスペンションを組み合わせて各輪を制御しますが、よくある4輪接地を安定させようと締め上げたアシからは、ほど遠いしなやかさ、かつ車高を速度に応じて上げ下げして最適化する賢さも併せもっています。

「電気ゆえに高い頻度で制御可能」と言えばそれまでですが、使っているテクノロジーの先進性や新しさとは裏腹に、1980年代末頃の往年のメルセデスの乗り味もかくやの、おっとりさが際立った足さばきが印象に残るのです。例えスポーツモード設定でも、乗り手をあまり飛ばしたい気にさせないところまで、そっくりです。

しかし「EQシリーズ」の本当のすごみは、輸入車ブランドの中では韓国製ヒョンデや中国製と並んで、日本仕様だけはV2HやV2Lに対応させていること。つまり、EVのバッテリーから電力を取り出して、家庭や家電機器への給電が可能です。

もちろん、直流と交流をロスを抑えながら変換するEVパワー・ステーションの設置は要りますが、せっかく車両に搭載されている巨大バッテリーを走るためだけに使うのは始末が悪いというか、電力がためられる以上、時々は家に戻したいと思うのはオーナーの心情。いわば、顧客に損をさせないためなら、あらゆる手段を厭(いと)わないところがメルセデス・ベンツが飛び抜けた王道ブランドであり続ける理由なのです。

メルセデス・ベンツ「eqs」
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