テンセント子会社の出資で日米が楽天を共同監視

 4月22日、日米両政府が、経済安全保障の観点から楽天グループ(以下、「楽天」という)を共同で監視する方針を固めたと報じられた。

 中国共産党人民解放軍と近い関係といわれるテンセント(騰訊控股)が、その子会社を通じて、3月31日に楽天の3.65%の株式を保有する主要株主となったことが原因だ。

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 日米両政府は、楽天の顧客情報がテンセントを通じ、国家情報法のある中国政府に流出する事態を警戒したのだ。

 具体的には、日本政府が外為法に基づいて楽天グループから定期的に聞き取り調査を行い、米当局と内容を共有して、中国への情報流出リスクに連携して対処すると報じられた。

 日米両政府の動きに対し、楽天グループの三木谷浩史会長兼社長(以下、「三木谷氏」)は4月30日、中国企業のテンセントから出資を受けたことをめぐり、情報流出などへの懸念が指摘されていることについて「何をそんなに大騒ぎしているのかまったく分からない」と懸念の声を一蹴した。

 また、三木谷氏は「何のことで監視をしているのか。(テンセント子会社は)米テスラなどにも投資している一種のベンチャーキャピタルだ」とも述べた。

 わが国の外為法は、外国人等投資家に対して、安全保障に関わる分野で、国内企業への出資を制限している。外資規制は、多くの国で導入されている制度だ。

 昨年、改正外為法が施行され、いわゆる“ポートフォリオ投資”と呼ばれる制度が新設された。ポートフォリオ投資とは、安全保障に関わる分野に属する日本の上場企業を対象にした制度だ。

 改正外為法では、外国人等投資家に事前届け出を求める出資比率の基準(閾値)を10%以上から1%以上に厳格化した。

 一方、資産運用目的で経営に関与しないポートフォリオ投資(純投資)の場合は事前届け出を免除する仕組みを設けた。

 財務省は「外為法改正案についてのよくある質問」の中で、事前届出免除を受けるために守ることが求められる基準とは、以下の3基準であるとした。

  • (1)外国投資家自ら又はその密接関係者が役員に就任しないこと
  • (2)重要事業の譲渡・廃止を株主総会に自ら提案しないこと
  • (3)国の安全等に係る非公開の技術情報にアクセスしないこと

 事前審査が不要となるポートフォリオ投資では、上記の3基準が順守されなければならない。ちなみに、楽天モバイルが営む通信事業は、国の安全等に係る事業とされている。

 財務省は、楽天が提出した事後報告を精査し、資本業務提携に該当すると判断したならば、措置命令を出すべきである。

楽天と日本郵政が
資本業務提携

 テンセントによる楽天への出資について、本論に入る前に、M&Aの一形態である、資本業務提携について説明したい。

 資本業務提携とは文字通り、「業務提携」と「資本提携」をセットにして行うものだ。

 業務提携とは、2社以上の独立した企業が、支配権の獲得を意図せず、相手方の技術やノウハウを利用することにより、シナジー効果を生み出し、競争優位を強化するものだ。

 一方、資本提携とは、片方の当事者企業が、相手方企業の株式を取得し、議決権を得ることだ。資本提携の中には、両当事者が、お互いの株式をそれぞれ取得し、議決権を相互に持ち合うこともある。資本提携を行うことで、業務提携よりも強固な関係性を構築することになる。

 楽天はテンセントからの出資受け入れを発表した同日、日本郵政株式会社、日本郵便株式会社との資本業務提携も発表している。業務提携では、物流、モバイル、DXなどさまざまな領域での連携を強化することを目的として業務提携合意書を締結したと発表した。

 楽天の発表文には「両社グループは、本資本・業務提携に基づき、お客様の利便性の向上、地域社会への貢献、そして事業の拡大を目的に、両社グループの経営資源や強みを効果的に生かしたシナジーの最大化を図ります」との記載がある。

 また、資本提携では、日本郵政と楽天の両社グループの関係を強化するため、日本郵政による楽天への第三者割当増資(新株を資本提携先に発行する行為)による株式引受契約を締結した。

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
日本郵政グループと楽天グループによる共同記者会見
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テンセント子会社による
株式取得は純投資か

 楽天の古橋洋人常務執行役員は3月12日、経済、金融情報の配信などを行う米国の大手総合情報サービス会社、ブルームバーグによるインタビューで、ゲームの開発や国内出店業者の中国市場への進出を視野にテンセントと連携する可能性について言及している。

 さらに、3月16日、楽天の三木谷氏は、ブルームバーグのブルームバーグテレビジョンの英語放送にオンラインで出演し、「中国では日本の製品やコンテンツはとても人気だが、日本企業にとってそれらを中国へ出品することはとても難しかった」と指摘。テンセントとの提携で、「われわれの出品者やコンテンツパートナーが中国に出品するのにとてもいいチャンネルになると感じている」と語った。

 そして、ブルームバーグは、「具体的なテンセントとの提携戦略については数カ月以内に公表する意向だ」と報じている。

 楽天は3月12日に発表した日本郵政、テンセントなどを引受先とする第三者割当増資実施のプレスリリースにおいて、以下のように述べている。

「また、割当予定先であるImage Frame Investment (HK) Limited(本社:香港、代表者Ma, Huateng 以下「Image Frame Investment」といいます。)の親会社であるTencent Holdings Limited(本社:中国深セン市、代表者 Ma, Huateng)(以下「テンセント」といいます。)と当社はこれまでも長年インターネット業界の動向について意見交換してきたところ、2021年に入り、両者の間でテンセントグループ(テンセント及びその関係会社をいいます。以下同様です。)が当社株式を引受ける方向で議論が開始されました。テンセントグループは、コミュニケーション、ソーシャル、ゲーム、デジタルコンテンツ、広告、フィンテック及びクラウドサービスを提供している世界的なインターネット企業であり、Weixin及びQQといった、中国にてインターネット業界をリードするコミュニケーション及びソーシャルプラットフォームを運営しています。インターネット及びテクノロジー業界におけるグローバル化が加速する中、先進的なテクノロジーを有するテンセントグループとの協業を通じたサービスの充実を目指し、テンセントグループとの関係強化を図ることは、当社グループの競争力と機動力の向上につながるものと判断し、当社がテンセントグループに対して本第三者割当を行うことに合意いたしました。今後、協業していく分野として、デジタルエンターテインメント、Eコマースなどを検討しております。なお、テンセントによれば、通常テンセントは同社の投資持株会社を介して他社に投資をしています。そして、Image Frame Investmentは、テンセントがその持分の100%を保有する投資持株会社であることから、同社が当社株式を保有することが適切であると考えたとのことです」(以上、転載)(太字は筆者による)

 また、テンセントが同社のウェブサイトで開示している楽天による英文のプレスリリースには、このような記載がある。

「As globalization in the Internet and technology industries accelerates, we determined that strengthening our relationship with a leader in advanced technology such as the Tencent Group, with the aim of enhancing services through collaboration, has the potential to contribute to the competitiveness and momentum of the Rakuten Group. Potential areas for collaboration include digital entertainment and e-commerce. This is the background to our agreement to make the Third-Party Allotment to Tencent Group」(太字は筆者による)

 楽天とテンセントのプレスリリースの記載内容はともに、三木谷氏による「テスラなどにも投資している一種のベンチャーキャピタルだ」という説明や「純投資」という主張とは、明らかに矛盾する。

 楽天は日本郵政と同様、テンセントに対しても第三者割当増資を使った資本提携を行い、3月31日に第三者割当増資は完了している。

 テンセントと楽天との取り組み内容は、日本郵政と楽天との資本業務提携と同じストラクチャーと判断する。つまり、楽天が主張する純投資には当たらないと筆者は考えている。

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日米両政府が楽天を監視する理由

 米国の外資規制の一つが「外国投資リスク審査近代化法(FIRRMA)」だ。FIRRMAでは、外資規制の対象をTechnology、Infrastructure、sensitive personal Dataとしており、機微な個人情報が海外へ流出する可能性がある案件は、対米投資委員会(CFIUS)の事前審査の対象になる。楽天が持つ膨大な個人情報が、中国の国家情報法により、テンセントグループを通じて中国共産党に流れるリスクに、米国が重大な関心を持つことは自明だ。

 なぜ、個人情報が移転されることが問題なのか。その理由について、元内閣官房副長官補の兼原信克氏と慶應義塾大学教授の手塚 悟氏が「デジタル安保でも欠落する国防意識」という対談(『月刊 正論』6月号)で説明されているので、その一部を転載する。

「データ管理というのは最先端のサイバーセキュリティの話で、この二十年くらい世界中がすごく神経を尖らせています。日本は5Gのようなハードウエアへの対応は早かったが、サイバー攻撃やソフトウエアを使って大量にデータを抜かれるということに関して政府全体の危機意識が薄い。トランプ政権の時、アメリカは中国系動画投稿アプリ『TikTok(ティックトック)』の使用を一時止めましたが、なぜTikTokがだめなのか。入力している色んな情報、例えば生年月日、クレジットカードとか、恐らく全部中国のサーバーに抜かれるからです。彼らはそれをスパコンを使ってAIをかけて高度なインテリジェンス情報に加工できる。塵の山からダイヤモンドが生まれるんです。

 人工知能は、人間がペーパーで情報分析すれば数年かかる作業を一瞬でやってしまう。例えばミスター何某が著名なテロリストと接触している可能性のある場所と時間、泊まったホテル、乗った飛行機、借りた車、その時の写真や電話通信の音声記録などを一瞬で割り出してしまう。一見どうでもよい大量のデータ自身が、人工知能のお蔭で非常に価値の高いインテリジェンスを生むのです。宝の山なんです。中国、ロシアには、そもそも『個人情報だから』なんて言う遠慮はないですよ」

 楽天が持つ膨大な個人情報が外国の手に渡るとどうなるか。経済安全保障の観点から看過できないリスクがお分かりいただけたと思う。この問題は楽天に限ったことではない。

 財務省は省令を変更し、先述した事前届け出免除を受けるために順守することが求められる基準に、「個人情報にアクセスしないこと」を追加することが必要である。

楽天が抱え込んだ事業リスク

 2020年8月、米国のマイク・ポンペイオ国務長官(当時)は「悪意ある攻撃者から市民を守る『クリーンネットワーク』の取り組み」に関する声明を発表した。

  • (1)中国の“信頼できない通信キャリア”をアメリカの通信ネットワークに接続させないクリーンキャリア
  • (2)アメリカのアプリストアから中国製などの“信頼できないアプリ”を排除するクリーンストア
  • (3)ファーウェイなど“信頼できない中国のスマホメーカー”の製品で、アメリカ製アプリを利用できなくさせるクリーンアプリ
  • (4)アリババ、バイドゥ、テンセントなどの中国企業が、アメリカのクラウドにアクセスするのを防ぐクリーンクラウド(太字は筆者による)
  • (5)中国と各国のインターネットをつなげる海底ケーブルが、中国共産党の情報収集に使われないようにするクリーンケーブル

 上記の五つの方針を示し、中国共産党などの悪意のある攻撃者による攻撃から米国市民のプライバシーと企業の機密情報を守るトランプ政権の包括的なアプローチであるとした。

 これは、前述のデジタル安保問題と関連していることは明らかだ。米国では、トランプ政権からバイデン政権に交代したが、クリーンネットワーク構想は取り下げられていない。

 クリーンネットワークには、信頼できる通信会社として、日本から、NTT、KDDIのみ名前が挙がり、当初、名前のなかったソフトバンクと楽天が後で追加された経緯がある。

 仮に、楽天がテンセントとの資本業務提携が原因で、クリーンネットワークから外れたら、楽天の通信事業は甚大な影響を受けるだろう。

 他にも、楽天は米国で事業展開しているが、これらの米国事業に対する影響も懸念される。

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 さらに想定される最悪のシナリオは、米国が国家安全保障や外交政策上の懸念がある企業を指定する「エンティティ・リスト」に、楽天を追加することだ。ファーウェイやハイクビジョンなどと同じ扱いになり、米国での事業は困難になる。

 米国と中国の両政府は日本企業に対しどちらの国を重視するのか、旗幟鮮明(きしせんめい)を迫っている。楽天とテンセントの問題は、いまだに「政治は米国、経済は中国」と言う一部の経済人たちに冷水を浴びせた。

 三木谷氏は、テンセントとの提携で、「われわれの出品者やコンテンツパートナーが中国に出品するのに、とてもいいチャンネルになると感じている」と語ったが、日米両政府の監視対象になった楽天は深刻な経営判断ミスを犯したのではないか。

 日本企業は、本件を他山の石とすべきである。

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