李克強前首相死去で
中国経済の改革は遅れる

10月27日、中国の改革派の中心的立場にあった李克強(リー・クォーチャン)前首相が死去した。李前首相は、鄧小平時代に始まった「改革開放」政策を重視した。また、李前首相は、習近平主席の出身母体である太子党とは異なる共産党青年団出身で、一時期、習政権の経済政策を立案する担当として重要な役割を果たした。

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ただ、習政権の長期化とともに政策が政治優先に向かったこともあり、改革開放路線は後退したといえる。また、習政権の初期段階では、経済成長実現のため不動産などへの投資が高まり、高成長を突っ走ることができた。しかし2020年8月、過剰債務問題へ歯止めをかけるため習政権は、「三道紅線」(3つのレッドライン)という財務指針を導入して不動産デベロッパーへの融資を規制下に置いた。これをきっかけに不動産バブルが崩壊。その後、経済政策の運営は後手に回り、不良債権問題は深刻化し、デフレ圧力も高まった。

李前首相の死去により、共産党内で改革を重視する姿勢はさらに弱まるだろう。長い目で見ると、中国経済の改革は遅れることになるはずだ。不動産バブル崩壊への対応の遅れなどにより、中国経済の厳しさも増すとみられる。今後、社会保障などへの不安が高まり、中国社会の活力が失われることも懸念される。

経済成長を最優先する
「改革開放」とは

1978年、鄧小平は経済成長を最優先する「改革開放」を打ち出した。目的は、文化大革命で停滞した経済を再興するためだった。当時の政権は経済特区を設けて海外企業を誘致し、国有・国営企業への製造技術の移転や、サービス分野などでの民間企業創設の認可などを進めた。

亡くなった李前首相は、改革開放を経済理論の側面から支えた北京大学の厲以寧(リー・イーニン)教授の薫陶を受けた。厲教授は、計画経済から市場経済へ、資本(株式)は国有と状況に応じた私有の認可(混合経済)に段階的に移行する――、一党独裁体制を維持しつつ経済成長を実現することは可能と論じた。

李前首相は経済の統制を取りつつ、改革を進めようとした。2015年5月に習政権が発表した「中国製造2025」は象徴的だった。発表に先立つ同年3月、李前首相は国務院常務会議を開き、製造業の高度化の実現に向けて中国製造2025の推進スピードを速めるよう前もって指示した。

china's national people's congress second plenary meeting
Feng Li//Getty Images
2015年3月8日、人民大会堂で開催された全国人民代表大会(全人代)第2回本会議に出席するために到着した習近平国家主席(右)と李克強首相(左)。

李前首相は、銀行融資残高、鉄道貨物輸送量、電力消費量の3つのデータ(李克強指数)も重視した。それらの推移を確認しながら、不動産やインフラの投資、直接投資誘致など経済政策を調整し、中長期視点で成長分野の生産性向上を目指した。

根底には、右肩上がりの経済環境は未来永劫(えいごう)続くわけではない、といった考えがあっただろう。リーマンショック後、中国の地方政府は土地の利用権をデベロッパーに売却して財源を確保し、経済対策を打った。デベロッパーは価格上昇期待を支えにマンション建設を増やす。それによって、インフラ投資、鉄鋼など重厚長大分野での生産、雇用、個人消費や設備投資が盛んになった。

わが国の経験に照らせば、バブルはいつか崩壊する。李前首相は重厚長大分野からIT先端分野などにヒト、モノ、カネの再配分を促進し、経済運営の効率性を高めることによって、投資依存からの脱却、不動産バブル崩壊時の影響を抑制しようとしていただろう。

碧桂園がデフォルト、
不動産バブル崩壊が深刻

その後、中国経済の改革機運は後退した。19年の全人代の政府活動報告で、李前首相は中国製造2025に言及しなかった。その理由は、米国への配慮との見方もある。

対照的に、「習氏の権力強化」と解釈できる政策は増えた。過度な受験競争への規制や、思想教育も徹底した。アリババやテンセントなど、雇用を創出したIT先端企業への締め付けも強化した。習氏の側近といわれる人材の登用も増えた。習政権によって経済よりも政治の優先度が高まっていることは明らかだ。

そして20年8月、共産党政権が3つのレッドラインを実施すると、不動産バブルは崩壊。土地譲渡益は減少し、地方政府の財政も悪化した。

不動産開発大手の中国恒大集団(エバーグランデ・グループ)、碧桂園(カントリー・ガーデン)などは経営危機に陥り、地方政府傘下の地方融資平台の不良債権問題も深刻だ。雇用・所得環境は悪化し、経済全体でデフレ圧力が高まっている。

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10月26日には、碧桂園の米ドル建て社債が正式に債務不履行(デフォルト)したとクレジットデリバティブ決定委員会(CDDC)が認定した。6月末時点で同社の負債総額は1兆3642億元(約28兆円)であることを踏まえると、共産党政権のバブル崩壊への対応は後手に回ったと言わざるを得ない。

李前首相が重視した銀行融資に関して、足元の伸びは緩慢だ。10月下旬、習政権は1兆元程度(約20兆円、中国のGDP比0.8%)の国債追加発行も発表したが、効果は限定的だろう。その見方から、発表直後、人民元、本土株ともに弱含みである。

現在の首相である李強(リー・チャン)氏の発言を確認してみても、李前首相のような経済に関する的確な理解、あるべき政策、その理論的裏付けを読み取ることは難しい。不動産投資の減少や雇用悪化などに歯止めがかかる兆候も見いだせない。こうした状況下、中国国内でも経済環境の一段の悪化を警戒する銀行や企業は増えているはずだ。

習政権下では
中国経済は長期低迷に陥る

不動産バブル崩壊の影響を解消するために、習政権はいずれ大手銀行などに公的資金を注入する必要に迫られるだろう。そうして、不動産関連企業や地方融資平台などの不良債権処理を進めるはずだ。また、成長期待の高いIT先端分野にリソースが再配分されやすくなるような規制緩和も中国経済の本格的な回復に欠かせない。しかしながら、現時点で習政権はこうした政策運営の必要性に明確に触れていない。

23年春、有能な経済テクノクラート(技術官僚)として注目された劉鶴(リュウ・ハァ)副首相(当時)が退任した。それに加えて今般、李克強前首相が急逝した。共産党政権内部において、改革を進めて経済運営の効率性を引き上げる考えは、一段と後退することが想定される。

一方、目先の需要を下支えするため習政権は、金融緩和を強化し、国債や地方債の発行を増やす可能性が高い。これにより一時的に景況悪化が緩和されたとしても、根本的に不良債権問題を解決することは難しい。

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碧桂園に続き、融創中国控股(サナック・チャイナ・ホールディングス)など、不動産関連企業のデフォルトは累増しそうだ。不動産市況は停滞し、地方政府の財政も悪化すると、財政破綻に陥る自治体も増えるだろう。こうなるとデフレ圧力も追加的に高まる。

今後の中国経済は長期低迷に陥るとの見方が増えている。忘れてはならないのは、社会保障制度の悪化が懸念されることだ。中国では、農村戸籍と都市戸籍によって享受できる社会保障内容が違う。地方政府の財政悪化により、年金や医療など社会保障の縮小が予想される。すると経済格差は拡大し、人民の不満は増大するだろう。

展開次第では、習政権への批判が強まるかもしれない。こうした懸念もあり、中国から海外に拠点を移す企業が増えている。それは日本企業にとっても例外ではない。李前首相の急逝は、近い将来、中国に大きな損失を与える可能性がある。

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