新型コロナウイルスの感染拡大による惨禍を止めるには、ワクチン接種が切り札だと言われている。確かに、ワクチン接種の進んだ国での感染の収束の度合いは早い。にもかかわらず、なぜ日本はワクチン入手に遅れたのだろうか。

 例えばチリでは、米国ファイザー製、イギリスのアストラゼネカ製よりも有効性が低い中国製ワクチンを国民に接種しているが、それでもワクチンを打たないよりは一定の効果が出ているのに、である。各国の状況を詳しく見ていこう。

ワクチンが劇的に効いた米英、
イスラエル、チリは
感染者数の減少が小さいが…

 下図は、新規感染者数とワクチン接種者数を示したものである。新規感染者数は100万人当たりの1日の感染者数の7日間平均、ワクチン接種者数は回数ではなくて接種を完了した人、すなわち、ファイザーやモデルナのワクチンであれば2回打った人の数であり、100人当たりの累積の人数である。なお、図でイスラエル、イギリス、アメリカ、チリの左軸は同じにそろえているので、図の見た目でも比較できる。日本と韓国の左軸も同じになっている。右軸は、すべての国で共通である。

新型コロナウイルス感染症,ワクチン

 もっとも劇的な改善を見たのはイスラエルで、ワクチン接種率が60%に上がるとともに新規感染者数は4.3人に減少した。

 イギリスは、ワクチン接種率が30%に近づくとともに感染者数が33.9人に減少した。イギリスがこれらの国の中で相対的には低い接種率で感染者数が減っているのは、まず1回接種することを優先しているからかもしれない。1回の接種では52%となっている。

 アメリカは、ワクチン接種率が35%で感染者数は111人に減少した。日本の48.6人よりも多いが、グラフの動きを見ると日米逆転は時間の問題だろう。

 ここで、チリの接種率が高いのに感染者数の低下がいまひとつなのが気にかかる。中国製ワクチンを接種しているからだろう。ファイザーやモデルナのワクチンの有効率が95%であるのに対し、中国製は50%程度であるらしい。日本政府の研究機関もこうしたチリの問題を指摘している(参照:経済産業研究所 コンサルティングフェローフェロー藤 和彦氏により「Business Journal」への寄稿より)。

誤解して自粛を
解くと危ないが
接種者数が多ければ
中国製でも効果

 チリの接種率は40%であるが、有効率が95%であれば人口の40%×0.95=38%の人が免疫を持つ。だが有効率が50%であれば、20%の人しか免疫を持たない。2割の人しか免疫を持っていないのに、4割の人が免疫を持ったと誤解して自粛を弱めたら、感染は拡大するだろう。しかし、直近、チリでも感染者数の低下が見られる。多くの人が接種すれば、ワクチンの有効率が低くてもそれなりの効果はあるのだろう。

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 では、日本はどうか。ご存じの通り、接種率が低い中で感染者数が増加している。韓国を見ると、接種率が低いのは同じだが、感染者数はなんとか抑えられているようである。入国時の水際対策が成功しているからではないだろうか。

 以上述べたことはコロナ感染症のSIRモデルで予測できた。テクニカルな説明は原田泰『コロナ予測「SIRモデル」の意義と限界:感染者予測ではなくワクチン効果の議論に』2021/04/15、にあるが、要するに、感染者は指数関数的に増加するが、感染者が増えるとともに免疫を持つ者が増え、やがて感染は収まるというモデルである。

 一度感染した者は原則として免疫を持つか死亡して2度と感染しなくなるので、感染者は減少していくというものだ。このモデルの意味するところを示すために、簡単な図を示しておく。

新型コロナウイルス感染症,ワクチン

 上図は、新規感染者数、累積ワクチン接種者数、免疫者数を示したものだ。前提として1人の感染者が何人に感染させるかという実効再生産数を1.54、ワクチンはイスラエルの7割ぐらいのスピードで打てるとしている(詳しくは図の注を参照)。これまでの議論の流れから理解しやすくするように、人口は100万人としておく。

とにかく1回接種の英国、
目標を示したドイツ
日本の政治家と科学者に
欠けていたもの

 図に見るように、ワクチンの接種を受けるか、感染するかして免疫を持った人が60万人(人口の60%)程度となれば、感染は落ち着いていく。しかし、感染によって感染を落ち着かせる(自然な集団免疫を獲得する)ことは、恐るべき事態を招く。

 図にあるように、1日当たりの感染者数が2万人という状況がしばらく続く必要がある(1万人を超える状況が約27日間)。これは人口を100万人としているので、日本の人口で考えればその127倍、254万人の新規患者が発生することになる。累計で60万人、日本の人口に引き直せば7600万人が感染するということである。その1%が死亡するとすれば76万人の死者が出ることになる。

 一方、ワクチンは免疫をもたらすが感染はしないので(100万人に1人程度の副反応はあるが)、感染なしに免疫者を増やし、感染者数を収束させることができる。感染者数は1000人余で収まる。日本の場合、最大で10万人余りである。

 もちろん、ここで試算した数字は例であって、現実の数字を予測しようとしたものではないが、ワクチンがなければ、人口の半分以上が感染しないと収まらないというのは確かである。

 私が疑問に思うのは、ワクチンがなければ恐るべき事態になるのが分かっているのに、なぜワクチンの入手に遅れたのだろうかということだ。もちろん、ファイザーやモデルナのような高性能のワクチンができることそれ自体を予測できなかったことは仕方がないが、チリの例を見れば、旧来型のワクチンでもある程度の効果は期待できたのだ。

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 コロナ対応には、日本人のシニシズム(冷笑主義)があるような気がする。できる手段を動員して、少しでも良い方向に社会を進めようという気概が感じられない。

 一方でイギリスは、注射をする人員が足りなければ、社会人になっていない10代を含む素人を訓練して、注射できるようにした。1回でも効果があるならと、とにかく1回目の接種をすることに全力を費やした。

 ドイツのメルケル首相は、2020年3月18日の評判になったスピーチでは「ウイルス感染の拡大の速度を落とし、その間に研究者が薬品とワクチンを発見できるよう、時間稼ぎをするのです」と語っていた。ここには、国民が努力して時間稼ぎをしている間に、ドイツ政府が国民のためにどのような成果を目指すのかが明確にされていた。

 そして、ドイツの科学者が設立した製薬ベンチャーのビオンテック社が、米ファイザーと協力してワクチンを作った。私は、日本の政治と科学に私たちを救ってほしかった。

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