特異な内閣改造人事
やらない方がよかったのでは?

先般行われた岸田文雄政権の内閣改造および自由民主党の幹部人事は奇妙であった。党内では麻生太郎副総裁、茂木敏充幹事長、萩生田光一政務調査会長が続投し、閣僚では松野博一官房長官、西村康稔経済産業大臣、河野太郎デジタル大臣、鈴木俊一財務大臣などの主な顔触れが留任した。その結果、改造人事を行ったことがほとんど目に付かないラインナップで再スタートした。

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Anadolu Agency//Getty Images
9月13日(水)に発足した、第2次岸田再改造内閣を率いる岸田文雄首相(前列中央)と閣僚たち。

岸田首相に人事を大きく動かすだけの政治的なパワーがないことが露呈した。これなら改造を行わない方が体面を保てたのではないか。俗に「政権は、解散のたびに強くなり、改造のたびに弱くなる」と言われるが、その通りだと印象付ける人事だった。

主な人事で目立つのは、林芳正外務大臣を交代させて上川陽子氏を充てたことと、小渕優子氏を自民党の選挙対策委員長に任命したことくらいだ。

人事前から女性閣僚の起用が注目された今回の改造だが、既に閣僚経験があり、実務能力が豊富で胆力もある(オウム真理教事件の死刑囚の刑執行を行った法務大臣だ)上川氏が重職に就ける立場で残っていたことは幸いだった。個人的には、岸田氏の代わりに総理大臣をやってもらいたいと思う人材だ。来年の総裁選に出てもらえないものだろうか。

「ドリル優子」のみそぎは
完了にはほど遠い…

小渕氏の起用は、先般逝去された故・青木幹雄元幹事長や、今も隠然たる影響力を持つ森喜朗元首相らの「推し」に応えた。だが、小渕氏は党内ではすこぶる評判がいいらしいが、過去の「ドリル問題」があって答弁の矢面に立つ場面の多い閣僚には起用できなかった。就任時の国民の反応を見ても「ドリル優子」の印象はいまだに強烈で、「みそぎ完了」にはほど遠いことがうかがえた。

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ただし、小渕氏と同派閥の茂木氏への牽制(けんせい)にはなったのかもしれない。「あなたには、人気と人望がない」というメッセージだ。

なお、プライベートな問題が話題になって去就が注目された内閣府の官房副長官だった木原誠二氏は、党の幹事長代理と政調会長特別補佐を兼務するという特異なポストで処遇する方向で調整しているという報道があった。実現すれば、表に出ない形で政策に関わることになる。

木原氏は岸田内閣の重要政策のほとんどを実質的に仕切っていた。しかし、彼の代わりをこなせる「使える人材」が他にいないということは、日本の政治家集団の人材払底を象徴している。

また、今回の人事では、閣僚に女性を5人起用したものの、副大臣・政務官54人の中に女性が一人もいないという、端的に言って「大ちょんぼ」をやらかした。そもそも女性議員が少ないということはあっても、これでは次の閣僚候補が育たない。

また、将来の問題以前に、このラインナップではいかにもまずいと気が付いて岸田首相に進言できる側近が、政治家にも官僚にもいないとは、何とも寒々しい現状だ。

よし悪しは別として感想を言うと、日本にあって、政治家はこんなに魅力のない職業になってしまったのか、とあらためて思った。

首相補佐官に異例の人物を抜擢
狙いは組合か、国民民主党か

今回の改造人事の中で、一風変わった注目を浴びた人事があった。5人の首相補佐官の一人に、元国民民主党副代表で、現在は出身母体であるパナソニックの労働組合に戻っていた矢田稚子氏が起用されたことだ。矢田氏の担当は、岸田政権において経済政策上の最大の課題ともいえる「賃金・雇用」だ。

今や首相官邸は、ある意味では国会よりも自民党内よりも政策が実質的に決まる政権の中枢だ。この中に取り込むのだから、重要人事だ。

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矢田氏は、政治経験と労働組合経験の両方を持つが、一民間人の立場であった。政権としては「能力と経験を買った」と言えばどうにでも説明がつくが、岸田政権が、矢田氏の起用を通じて産業別の労働組合(電機労連)とコネクションを持とうとしているのか、あるいは国民民主党との距離を近づけようとしているのか、その意図が注目されている。

特に政治的には、国民民主党を近い将来に連立政権へ取り込むための布石ではないかとの憶測を呼んでいる。

国民民主党は、政府の2022年度予算案に賛成した過去を持つ(23年度予算には反対)。また、先の代表選挙では、与党との政策面での連携に積極的な玉城雄一郎代表が、野党としての立場を重んじる前原誠司氏を抑えて代表続投を勝ち取ったところでもある。

国民民主党の連立政権入りはあり得るのだろうか?

国民民主の連立政権入りは「ない」
売り時はなかなか来ない

筆者は、国民民主党の連立政権入りは「ない」と考えている。理由は複数あるが、端的に言って「今は売り時ではない」し、「売り時はなかなか来ない」と思うからだ。

まず、自民党は連立与党である公明党も合わせた現有勢力で政治的な「数」が十分足りており、国民民主党の勢力を必要としていない。

自民党と公明党との関係は現在、まるで倦怠期の夫婦のごとき、きしみを見せている。しかし、公明党の支持母体である創価学会の選挙戦での組織力を考えると、公明党と別れて国民民主党と組むといった選択肢は、自民党における個々の議員の選挙事情を積み上げて考えると全く現実的ではない。

また、国民民主党が政権入りするとすれば、そのモチベーションは重要閣僚ポストを一つか二つ欲しいということだろうが、これは、無風状態での連立入りでは実現するとは考えにくい。

自公連立では過半数の確保が危ぶまれるような、自民党政権にとっての緊急事態が発生したときに、国民民主党を連立に取り込んで政権の維持を図る必要が生じて、国民民主党が「高く売れる」時が訪れるかもしれない。ただ、そこまでの状況にならないと、ポストや政策で国民民主党が連立政権内で張り合いのある存在感を持つことはできないだろう。

また、自民党との連立は、国民民主党における個々の議員にとって選挙にマイナスに働くのではないか。小選挙区で余裕を持って勝てるような個人的な地盤を持っている議員の場合には、「わが先生を大臣に」と支持者に力が入るかもしれない。しかし、彼ら以外の議員や候補者にとっては、有権者にとって自民党に対する批判勢力であることの意義が大きいのではないだろうか。

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【バトル激化】「あくまで第二自民党」立憲民主の批判に馬場代表が反論「第一、第二自民党の改革合戦が政治を良くする」【日本維新の会】|ABEMA的ニュースショー
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先般、日本維新の会の馬場伸幸代表が、共産党と立憲民主党について日本に要らないと言ったついでに、自党について「第2自民党でいい」と口を滑らせて以来、維新への支持が伸び悩んでいるように見える。

維新も国民民主も、有権者として見ると「自民党政権に不満と批判があるけれども、左翼政党に投票することには違和感がある」という政権批判票の受け皿として存在感を持っている。連立政権の閣内に取り込まれることは、国民民主党にとって選挙にプラスに働くまい。

加えて、自民党側から見るとしても、国民民主党が野党勢力の統一を妨げつつ、野党票を分断していることが、実は好都合である。

労働組合の中央組織である連合が、今や、野党の共闘を阻むことによって、実質的に自民党の有力な応援勢力になっている。国民民主党は、小さくてもその有力な実働部隊だ。連合の芳野友子会長も国民民主党の連立政権入りを否定している。

また、玉木代表本人に「あなたは、どれくらい大臣になりたいのか?」を聞いたことはないが、連立に加わっても有力大臣になれないなら、小党といえども党の代表として、自民党の中堅議員をはるかに超えるスポットライトを頻繁に浴びながら、11億7300万円に及ぶ政党交付金(23年)の差配をしている方が、政治家としては快適なのではないだろうか。

方々の関係者の個人の利害までさかのぼって考えると、国民民主党が、少なくとも「今」連立政権入りすることが合理的だとは思えない。

現在の政治システムを作った
小沢一郎氏が犯した「設計ミス」

政治家それぞれに利害を発生させてインセンティブともブレーキともなっている小選挙区制や政党交付金を中心とする現在の政治システムを作ったのが、小沢一郎氏であることは衆目の一致するところだろう。制度に対する小沢氏の設計意図は、政権交代が容易に可能で、いわゆる金権政治を排することができる、緊張感があってクリーンな政治体制を作ることにあったのではないかと推察する。設計の意図は悪くないと言っておこう。

しかし、制度設計の前提として政治家が「政権を取る」ことに目的としても手段としてももっと大きな情熱を傾けるであろうと仮定したことが、現実に合っていなかった。

どうやら、起源は自民党が旧民主党から政権を奪還した辺りにさかのぼる。この時、政権を持つことのメリットを知る自民党は「もう下野するのは嫌だ」と民主党政権の仲間割れを反面教師に結束を固めるのと同時に、党内でも党外でも、ライバルをつぶす行動様式を身に付け始めた。

そして、選挙を前にした候補者としての政治家が典型的だが、政治家個人を子細に見ると、「政権にチャレンジして冷や飯を食うよりも、協力してポストや選挙に有利な環境を得ることの方が、自分にも自分の仲間にも好都合だ」という利害があることが発見された。

政治家は、支持者を巻き込んだビジネス体であり、同時に生活者でもある。特に昨今多い、2世、3世議員となると、何重にも身の回りの人間関係に縛られた存在だ。

すると、派閥内のポジションをキープすることや、一度は大臣と呼ばれること、野党第一党の幹部としてほどよい注目を浴びること、小党の党首が意外に心地よいこと、支持してくれる団体があればどこにでもあいさつに行くことなどが重要な、「小さな均衡」が方々に出来上がる。そして、個々の議員の利害と関心は「政権奪取」からどんどん離れていく。

故・安倍晋三氏が第2次政権にあってその形を完成した。有利なポジションに就いた者は、自らの積極的な強化よりも、もっぱらライバルをつぶすことによってポジションを維持するという戦略行動のパターンが出来上がった。

world leaders gather in new york for the united nations general assembly
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2023年9月19日(火)、ニューヨークの国連本部で開催された第78回国連総会(UNGA)に訪れた岸田文雄首相。

岸田政権もこれを受け継いだ。手段は冷遇、封じ込め、分断、牽制などさまざまだが、有力なライバルが育っていないという一点をもって、支持率は上がらないのに、岸田首相個人にも自民党にも奇妙な安定感が漂っている。

政権側には、今は不人気でも、個人の利害を考えると、政治家も広義のお仲間であるメディアも「いずれは『長いものに巻かれる』に違いない」と信じている余裕を感じる。

既存の大手メディアにはまだ政治部という大集団があるので、発信される情報量は多いのだが、正直に言って今は「政治」がまったくつまらない話題になってしまった。そして、このことも政権にとって好都合なのだろう。

ダイヤモンド
DIAMOND,Inc.

※この記事は2023年9月20日に公開されたものです。