日本が「汚染水」を海に流すことを許すな!
感情的な動画やコメントがネットで拡散中

8月24日午後1時すぎ、福島第一原発の処理水放出が始まった。中国は即座に、日本の加工品を含む水産物を全面禁輸すると発表。政府の発表やメディアの報道を受けて、中国人の間に動揺や不安が広がった。スーパーで、人々が塩を奪い合い、ケンカをしている動画がネット上で拡散された。

SNSでは日本が処理水を海洋放出したことを批判する動画が出回り、ものすごい勢いで拡散。強くなじるコメントが嵐のように巻き起こっている。それらの多くは、冷静さを失い、声高に過激な言葉を放つ、見るに堪えない内容だ。

例えば、ある動画は、若い女性がひたすら泣きわめくというもの。「日本は昔、我が国を侵略した、今は海洋に毒水を流すなんて、許せない。どこまで悪いことをするの?」と叫び、泣く。

福島第一原発
若い女性が泣きながら日本を批判している動画。「本当に彼ら(日本)を殺したいです」と字幕が付いている。Video:bilibili

また、別の動画では、小学生の男の子が世界地図を広げて、日本の部分をハサミで切り取る。隣にいた親が「よくやった!」と拍手を送る。

そのほかにも「日本は多方面からの反対を押し切って、汚染水の海洋放出を強行した。断じて許せない行為だ!」と怒り狂って叫ぶ人々の動画が数えきれないほど拡散されている。

さまざまな政治や経済、社会問題を客観的に解説し、数百万人のフォロワーを持つインフルエンサーたちも、日本の今回の行動を「無責任な行為だ、日本は環境破壊の罪人だ」と批判する立場が多い。彼らの影響力は絶大で、コメント欄には「その通りだ!」「もう日本に旅行しない、日本製品ボイコット運動を起こすのだ!」といった、インフルエンサーたちの主張を追随する書き込みがおびただしい数になっており、多くの人々から支持されている。

2013年の尖閣諸島問題当時を思い出させるレベル
「一番反対しているのは日本自身」の声も

こうした日本を批判する動きはだんだんとエスカレートし、ついには中国から福島県などに嫌がらせの電話が殺到したり、現地の日本人学校が石や卵を投げられたりといった事態になっている。上海に住む筆者の日本人の友人は、「ついに日本領事館から連絡がきた。外出する際には、不必要に日本語を大きな声で話さないこと、行動を慎重にしてくださいと言われた。なんだか、2013年の尖閣諸島問題の時のような雰囲気になっているね」と困惑した様子だった。

中国のSNSの異様な盛り上がりは、止む気配がない。8月26日に大阪で急な暴風雨があったことや、25日の朝に三陸沖でマグニチュード5程度の地震が起こったことなど、もはや何でもかんでも処理水の放出に結び付け、「天が怒っているのだ、早くも因果応報だ」という投稿がされている。

south korean democratic party rally against japan after fukushima begins releasing treated radioactive water
NurPhoto//Getty Images
2023年8月25日、韓国・ソウルでも日本の放射能処理水の海洋放出に反対する集会が。8月24日にはソウルの日本大使館に韓国の大学生16人が侵入しようとした騒動もあった。

このように日本を批判する声があふれる中で、「科学的な根拠に基づいて、冷静に対応しましょう!」との呼びかけや、「反対しているのは我が国だけだ」という投稿もたまに見かけるものの、すぐに反論の声に埋もれてしまう現状だ。

上述の「ほかの国はみんな黙っているのに、中国だけが反対している」という見解に対し、上海在住の有名な元ジャーナリストが「まったくのナンセンスだ!一番反対しているのが、中国ではなく、日本自身ではないか」と反撃した。

そう言われるのも無理がない。なぜなら、首相官邸の前で開かれた反対集会や、野党と地元の労働組合主導で8月27日にいわき市で行われた抗議集会などの動画が、中国では大量に流れているからだ。いずれも数百人規模とそれほど大きな集会ではないのだが、動画ではそれは分からない。映像の中で、参加者たちは「東電による海洋放出反対!汚染水の海洋投棄をストップ!」と書かれたプラカードや横断幕を掲げている。参加者の女性の一人が、「国が国民と契約したものを勝手に廃棄するような行為を絶対許せないし、それは国民だけではなくて、世界中の皆さんへの裏切り行為だと私は思っていますので、絶対に反対する」と語るのが中国語に翻訳され、字幕付きの動画になっている。

日本は民主国家であり、政府に対しての抗議やデモが許されていて、自由に発言できる。しかし、ほとんどの中国の国民はそれを知らずにいる。こうした動画を見れば、「日本人全員が反対している」と読み取ってしまうのだ。

情報を得られる人と、得られない人とで
中国人の間に分断が生じている

今回の騒動で、筆者が特に気になっている点が二つある。一つは、ネットの発達により、情報の伝え方がとても重要に、難しくなっているということだ。真実であれフェイクニュースであれ、情報の使い方や統制の仕方次第で、真実は容易に隠されてしまう。まさに「情報戦」である。

もう一つは、中国に住む人々の情報格差の大きさだ。中国の場合、一般の人々(圧倒的多数)が情報を取得するソースは国内のメディアやSNSに限られている。ゆえに、今回放出された処理水は汚染物質が除去されていて、トリチウムが微量で環境にほぼ影響がないこと、そして、自国を含む世界の原発が処理水を海洋に放出している事実を知らない人がほとんどだ。その一方で、外国語ができる人、特にVPN(仮想プライベートネットワーク)を使ってYouTubeやX(Twitter)を利用している人々は、中国国内の報道にとらわれず、世界のニュースやさまざまな言論に触れることができる“情報強者”である。前者と後者では、今回の件について見解が完全に分かれており、分断が生じている。

これはxの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。

ネットでの声がほとんど日本への批判であることについて、中国にいるシンクタンクの研究員の知人は次のように話す。

「ネット世論は批判一辺倒だ。まるですべての中国人が日本の処理水の海洋放出に反対し、日本を叩いているように見えるが、その人たちのどれぐらいが、理解して発言しているのか疑問だ。多くの人は単に“流量”が欲しくて(=PVが欲しくて、注目を集めたくて)、激しい言葉を発したら注目されると思っているだけだろう。また、これまでも(中国は)日本を含め、国際社会との衝突が度々起こったが、毎回時間がたつにつれ、忘れ去られていく。今回のことも、多分そうだろう。3カ月もたてば、日本へ旅行に行って、海鮮を楽しむんじゃないかと予想してるよ(笑)。

それよりも、僕が懸念しているのは、『海鮮を不買運動した結果、ブーメランのようにならないか?』ということ。海はつながっている。日本の水産品をボイコットした結果、我が国自身の漁業への打撃になりはしないだろうか?」

確かに、すでに中国のネットでは、漁業を営む人が「400万元(約8000万円)のローンで買ったばかりの漁船をどうしたらいいんだ、泣きたくなる」と投稿して話題になったり、ライブ配信で販売する魚屋さんが、中継中に売った魚を返品され、ののしられて大声を出して泣いた、といった動画も出回ったりしている。

さらには、不安のあまりガイガーカウンターを購入して、身の回りの放射線を測ることがブームになりつつある。その結果、家の中にある大理石の近くで放射線を検出して数値の高さに驚いたり、日常生活の中でも被曝することを知ったり、海よりも都市部のほうが数値が高いことに気付いて混乱したりする人々も現れ始めた。

日本に来ている中国人は
どう考えているのか?
fukushima power plant
Smith Collection/Gado//Getty Images
1971年当時の福島第一原子力発電所の航空写真。1967年9月29日に着工され、この年の3月26日に営業運転がスタートした。画像提供:米国エネルギー省

処理水の放出が始まった翌日の8月25日、中国から来たビジネスツアーの参加者20人をアテンドする機会があったので、夜の会食の席で、処理水放出についての意見を聞いてみた。

「気にしていない!」とみんな口を揃えて答えた。一人の男性参加者は、「中国でみんなが憤慨している様子をSNSで見た。(日本へ行くことを知っている人から)『早く帰国して!』とまで言われた。しかし、日本にいると街の風景は普段通りで、日本人が慌てている様子もまったくない。逆に、日本の落ちついている様子を国内にいる人たちに見せたいと思う」と話した。

「日本は民主主義の国で、言論の自由もある。政府は民衆に嘘をつくことが難しいのではないだろうか。日本政府とIAEA(国際原子力機関)を信じる」と話す30代の男性もいた。

また、ある20代の女性は、「日本はゴミの分類など、環境にやさしい取り組みをきちんとしている国なので、こんな国が無責任に汚染水を海に流すなんて考えられない。自分はデマを信じない」と言った。

彼らはそんな話をしながら、刺し身や貝類など、まさに海の幸を口いっぱいにほおばって堪能している。それは、SNSで流れている中国人の言動とまったく対照的な光景であった。

国外にいる中国人のコミュニティーでは、最近、次のような書き込みが流行っている。

「貧乏人は、日本をののしり、抗議する。食塩を買いだめ、海鮮を食べないようにする。金持ちは移民するために国内の財産の処理に没頭する。日本に行き、海鮮料理に舌鼓を打つ。さて、あなたはどっちだ?」

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