人流とコロナ感染者

緊急事態宣言の目的は、人々の外出を制限して人流を抑制することである。人と人が接触しなければウイルスには感染せず、感染者が減少するからである。緊急事態宣言と感染者数、死者数(作図のために100倍してある)と人流の関係を見ると(下の)図1のようになる。ここでの人流は、Google COVID-19:コミュニティ モビリティ レポートによる。

人流は、小売店と娯楽施設、食料品店とドラッグストア、公園、乗換駅、職場、住居に分かれているが、うち乗換駅がもっとも人流をよく表していると考えた。乗換駅が感染源となっているというのではなく、人の集まるところに乗換駅を使って集まるから、人流の多寡を計る良い視標になるということだ。人流は、コロナ以前と比べて何%変化したかという指標である。

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人流の減少で人と人との接触が減少すれば、潜伏期間の1~2週間遅れて感染者が減少するはずである。(上の)図1を見ると、人流が減少して2~3週間してから感染者数が減少しているようである。ただし、2021年7月12日に発令された緊急事態宣言では、少し遅れて人流が減少しているにもかかわらず感染力の強いデルタ株のために感染者数は増加していった。

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ワクチン接種の効果で死者はそれほど増加せず、9月以降は感染者も死者も激減している。これらのことは想定通りであるが、注目すべきは、実際に緊急事態宣言が発出される前から人流が減少していることである。

landscape of tokyo station under emergency declaration
show999//Getty Images
※写真はイメージです。
宣言の前に人流が減少する

宣言の前に人流が減少するのは、緊急事態宣言の効果がないというのではなく、その前に感染者の増加が報道され、マスコミのコロナあおり報道によって自粛がなされるというメカニズムを表しているのだろう。政策よりも「空気」や「同調圧力」が大きな力を発揮しているということだ。

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第1回の緊急事態宣言は、20年4月7日に7都府県で発出されたが、その前の3月29日にタレントの志村けん氏が新型コロナにより死亡したことが大きく報道され、4月3日には北海道大学の西浦博教授が「コロナ感染症を抑えるためには人と人との接触を8割削減すべき。何もしないと、40万人以上が死亡する」と述べたことが影響を与えていよう(NHKニュース「人と人との接触 8割削減で感染収束へ 専門家グループ」2020.4.3)。さらに、マスコミは感染しても治療を受けられない状況を報道し、不安をあおっていた。朝日新聞に医療崩壊に関する記事が掲載されたのは20年2月が最初で2件だったが、4月には174件に跳ね上がった。

ただの風邪でも病院に行って抗生物質をもらっていた国民としては、治療を受けられないという不安には耐えられない。不安を払拭(ふっしょく)するためには、感染しないようにするしかない。医療体制拡充の失敗が国民に恐怖を与え、恐怖が国民の行動自粛を促し、感染症対策の限定的な成功をもたらしたのではないか。

宣言前に人流が減少するのは20年末でも同じである。ただし、21年4月25日、7月12日の緊急事態宣言では、発出の前に人流が減少してはいない。人流が減るのは、緊急事態宣言が発出されてからである。おそらく、あおり報道に慣れた人々がコロナ前よりは低いレベルで耐えながら暮らしていたので、さらにそれ以上下げる気がしなかったということだろう。

また、飲食店においても緊急事態宣言が出て初めて対象となる支援がある。緊急事態宣言が出てから営業時間を短縮するので、宣言が発出されないと人流が減らないということになったのだろう。

緊急事態宣言の効果の国際比較

日本の緊急事態宣言は自粛要請と休業支援だけで、諸外国のような強制力を持たないので効果が弱いといわれているが、実際はどうだったのだろうか。同じGoogleモビリティの人流データで国際的に効果を比較してみよう。こちらでも乗換駅を共通の指標に選んだ(欧米では、日本ほど公共交通機関が利用されていないが、それでも日本と同じように動いている)。この指標は、時系列で見るには正しいが国際比較で見るには正しくないとGoogleモビリティに注記されているが、コロナ以前の人流と比べてどれだけ低下しているか示している点では世界共通である。そこで、この指標である程度は比較できるとしてフランス、ドイツ、イギリス、日本を比べてみたのが(下の)図2である。

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(上の)図2を見ると、日本は要請ベースの緊急事態宣言で、強制力を持つフランスやドイツと同程度の人流抑制効果があった。フランスの第1回の緊急事態宣言では、確かに強い効果があったが、その後効果が薄れている。  イギリスは、初期には感染することで集団免疫を得る作戦を採用していたが、実際には人流の低下は大きかった(イギリスが最初にロックダウン、都市封鎖したのは20年3月23日)。これは科学者の反対などがイギリス国民の行動に影響を与えた結果かもしれない。バーミンガム大学のウィレム・ファン・シャイク教授によると、「集団免疫の効果を目指すには、少なくとも3600万人が感染し回復しなくてはならない。……控え目に見ても数万人、場合によっては数十万人が死亡する」と述べたとのことである(「イギリス独自のウイルス対策、『国民の命を危険に』と多数の科学者反対」BBC NEWS Japan、2020.3.15)。ドイツは日本と大して変わらない。

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強制力のある措置がないことが、
感染抑制の弱さにつながるわけではない

以上から分かることは、第一には、日本に強制力のある緊急事態措置がないことが、感染抑制の決定的な弱さになっているとはいえないのではないかということである。

第二に、日本以外でも、感染症の恐怖を伝える報道は、人流抑制に大きな効果があると考えられる。

第三に、医療崩壊の報道は感染抑止効果が大きかったのではないか。日本で、医療体制の拡充ができなかったことが国民に恐怖を与え、医療体制の崩壊を抑制したのではないかと考えている。

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