“Fashion does not belong in a museum.
「ファッションは美術館に陳列されるものではない」
この言葉は、かつてカール・ラガーフェルド本人が口にしたものだが、この展覧会でいえば、彼のファッションこそ美術館で鑑賞できる価値があるものだといえる。
メトロポリタン美術館服飾研究所による新しい展覧会が「カール・ラガーフェルド:ア・ライン・オブ・ビューティ」だ。故カール・ラガーフェルド(1933-2019)の仕事を検証する内容となっていて、1950年代から2019年の最終コレクションまで150点の作品が展示されている。
カール・ラガーフェルドは1933年、ドイツのハンブルグ生まれ。パリオートクチュール組合が経営する学校でファッションを学び、同級生にはイヴ・サン=ローランがいた。1964年には、デザイナーとしてクロエと契約。1965年にはフェンディと契約し、Fを2つ組み合わせたロゴもデザインした。
そしてなにより有名なのは、当時経営が傾いていたシャネルを手がけ、みごとにトップのメゾンとして蘇らせた手腕だろう。
今回の展示会の面白さは、そんなカールの仕事に焦点をあてていることで、服作りの裏側が見えることだ。150点の作品のほとんどには、彼のスケッチが添えられており、また着想の元になった絵やモチーフなども添えられている。
入り口で出迎えるのは、スケッチをしているカールの手もとで、いかにスケッチが彼にとって創造の源泉だったかを象徴している。
今回の展覧会に先立つ記者会見では、元スーパーモデルであり、前フランス大統領夫人であるカーラ・ブルーニがスピーチをしたが、そのなかでも、
「カールは常にスケッチをしていました」
と語り、仕事の時のみならず、食事や会合の席でも、スケッチを頻繁にしていたと証明していた。
カールのスケッチは、一般人には一見、走り書きのように見える。ところが、そのイラストを3次元のドレスに翻訳していったのが、アトリエのプルミエール(裁縫師長)たちだった。
カールと実際に働いたテキスタイルアーティストや、プルミエールたちのインタビューが動画で流れていて、彼らがこぞって口にするのが、彼のビジョンがいかに天才的かということだ。
「アトリエの誰かが、私のデザインを苦労して縫っている起きに、私自身は裁縫の経験がないのに、解決法を3秒以内に見つけることができるかどうかが、腕の見せ所でした。そうでなければ、たちまち裁縫師たちからの尊敬を失いますから」
そうカール自身が語っており、デザインを服におこす作業を、裁縫師たちと互助的に作っていたことがわかる。
展覧会では、カールのファッションに何度も登場する美的テーマを、スタイルボキャブラリーに分類して、作品を展示している。
最初の部屋は、フェミニンライン/マスキュリンラインだ。柔らかく、ドレ—ピングで作られたフェミニンなドレスが片側に並び、反対側にはテイラードのジャケットスーツが陳列されている。
一般的にクチュールメゾンは2つのアトリエで構成される。ひとつは女性的な服飾技術に特化したアトリエ(フロウ)だ。もうひとつ男性的なテーラリング(tailleur=タイユール)で、この二つが合わさってコレクションを作りあげる。
その二律背反したラインを向かいあうように並べて、中央の高い位置には、その二項対立の美学を調和させようとする服が設置されている。
それに続く展示室も、ロマンティック・ライン/ミリタリー・ライン、あるいはヒストリカル・ライン/フューチャリスティック・ラインといったように、二律背反したラインの服が向かいあうように並べられて、融合する作品が高台に据えられている。
こうして回顧展をみると、カール・ラガーフェルドが65年という長いキャリアの間に、いかに幅広く、ありとあらゆるデザインを手がけてきたかということに感嘆する。ことに手が込んだクチュールの生地やオーナメントを見ると、さすがパリのメゾンだけができる技だと感心する。
クロエ時代にオートクチュールで手がけた作品では、カイ・ニールセンの絵本から取ったモチーフがそのまま模様として生かされていて、それがプリントのみならず、刺繍や織物になっているのも、見応えがある。
カール・ラガーフェルドという芸
自己諧謔(じこかいぎゃく)をもつ“I only know how to play one role: me.”
「私はたったひとつの役割を演じることだけ知っている:私自身だ」
これもカール・ラガーフェルド本人の言葉だが、彼こそカールを演じた最高の人物といえるだろう。ほとんどの人にとってカール・ラガーフェルドといえば、銀髪のロングヘアを束ね、黒いスーツに身を固めて、サングラスと手袋をしたスタイルアイコンではないだろうか。
そんな本人自身を諧謔(ユーモア)的に表した作品も少なくない。
そして出口近くに飾られているのは、彼を象徴していた愛用品、黒いジャケットや手袋、アクセサリー、扇子などだ。これほど自分をアイコンにできたデザイナーはいないだろう。
そんな今年のメットガラは、カール・ラガーフェルドに敬意を示すのがファッションコードとなった。そのためシャネルやフェンディの着用率が高く、ホワイトとブラック、そしてパールやカメリアのモチーフが多かった。メットガラにしては、シックなスタイルが多かったといえる。
まず多かったのが、ヴィンテージ・シャネルだ。
ニコール・キッドマンは20年前に、シャネル5番の広告で着用したというシャネルのドレスを変わらぬスタイルで着こなして登場。ジゼル・ブンチェンも2007年のヴィンテージのシャネルを着用。ブラックピンクのジェニは、90年代のアーカイブから彼女のために作られたというミニドレスで装い、今をときめくスターの輝きを見せた。
また「ザ・グローリー〜輝かしき復讐」で大人気を博した女優ソン・ヘギョは、キム・ジョーンズが手がけるフェンディのクチュールで登場。
しかしながらメットガラの本領は、美しさやシックの領域に留まらない、ぎりぎりまで攻める、ここまでやるかというファッションだろう。
今回も圧倒的な存在感を放ったのが、リアーナだ。
長いトレーンを引くドレスに、ヴァレンティノによる巨大な白いカメリアの花を模したケープをまとい、マツゲのついたサングラスで登場。雪だるまのようなシェイプが印象的だ。
一方、パートナーのエイサップ・ロッキーはカールがまとっていたアイコニックなスタイルを当汚臭して、黒のブレザーと白のシャツに黒のレザータイを合わせ、ボトムスにはカールをまねてタータンキルトを合わせてみせた。
俳優のジェレミー・ポープは巨大なケープで、メットガラの主役に。
階段に大きく広げられた30フィートにも及ぶケープには、カールの面影がモノクロで描かれている。バルマンのカスタムメイドによる特別な作品だ。
そのバルマンのクリエイティブ・ディレクターであるオリヴィエ・ルスタンは、自身が手がけるバルマンを着用。
「KARL WHIO?」(カールって誰?)と、書かれたバッグが最高にクールだ。
大ブレイクしたラッパーのバッド・バニーは、白のスーツに、バラの造花が施された長いストールを合わせて、多くのメディアで取りあげられた。 背中が大きく開いているのがアイキャッチだ。
白一色でシンプルであり、エレガントでありながら、退屈にならない好例だろう。
こちらはパリコレで一気にスターダムを駆けあがった、サイモン・ジャックムスが手がけるブランド、JACQUEMUS(ジャックムス)によるもの。
同じく白一色で、個性的な出で立ちで現れたのが、エリカ・バドゥ。
マルニによるホワイトオンリーのフリンジドレスをまとい、ウィッグも白いフリンジで覆われて、顔が見えないとい強烈なルック。さすが毎年、驚かせてくれるエリカのクオリティだ。
エリカ・バドゥとマルニのコラボのカプセルコレクションも5月3日から発売されている。
一方、ジャネール・モネイは、レッドカーペットを舞台にしてみせた。トム・ブラウンを着用したコートの下はクリノリン状のドレスを着ていて、レッドカーペットの上で、早変わりしてみせるという趣向で、もっともシアトリカルだった。
カーラ・デルヴィーニュは、カール・ラガーフェルドのケープのようになったシャツドレスに、レッグウォーマーを着用してエッジイなファッションを披露。
カルディBはチェンペン・スタジオ(CHEN PENSTUDIO)によるカスタムドレスをまとったが、上半身はホワイトシャツとタイでカールに敬意を捧げ、スカート部分がカメリアの花で飾られて、シャネルバッグにも見える質感でユニークなものだった。
今年もっとも旬のスターに駆けあがったといえば、「マンダロリアン」「ラスト・オブ・アス」というヒットシリーズを持つペドロ・パスカルではなかろうか。
彼はヴァレンティノによるレッドのコートにシャツに身を包み、なんと膝小僧を出す黒のショートパンツを着用。
ドラマで見せる寡黙な戦士役とはまったく違うイメージで驚かせたが、実際のペドロは、案外と明るいキャラクターなのかもしれない。
映画監督のタイカ・ワイティティは、妻のリタ・オラとレッドカーペットに参加。彼の着こなしたプラバル・グルンによるガンメタルグレーのロングコートに、白いサテンのパンツ。そこに黒い造花と、ロングパールネックレスを合わせてみせた。
奇才の監督にふさわしい独創性と、エレガントさ、そしてミドルエイジの男性的な雰囲気のまま、パールネックレスをつけこなしているのが、うまい。
お騒がせカーダシアン姉妹たちは健在で、ケンダル・ジェナーはマーク・ジェイコブスによるブラックXホワイトの袖がトレーンになったボディスーツ姿。
キム・カーダシアンは、スキャパレリによるパールを多用したドレスを披露した。淡水パールを50,000個も飾りつけたというから、スケールが違う。
そしてなんといっても話題を集めたといえば、ドジャ・キャットだろう。
オスカー・デ・ラ・レンタによるシルバーのドレスは、ネコ耳がついたもの。そして強烈なのが、彼女自身がネコに見えるメイクをしているところで、さすがドジャ。
ネットフリックスの「ウェンズデイ」でブレイクしたジェナ・オルテガは、トム・ブラウンによるシャネル風味のパールやチェーンを飾ったドレスをまとった。ゴシックな雰囲気が役柄を彷彿とさせる。
初登場ながら、特筆したいのが、バルマンで装ったコナン・グレイだ。
バルマンによるカスタムの服装で、 シャツの上からバスティエのように見えるトップを重ね、パールで飾り立てるというフェミニン/マスキュリンで、ジェンダーレスなスタイルを披露。小道具の扇子も効いている。
そしてメットガラのお騒がせといえば、この人! という存在のリル・ナスXは、今回も驚愕のスタイルで登場した。
なんと全身をシルバーに塗りあげて、クリスタルで飾り立てたスタイルで、闊歩。もはや誰だかもわからないスタイルだが、このボディペインティングを手がけたのは、メイク界の巨匠、パット・マグラスだ。
さらに毎回、面白い趣向を見せるジャレット・レトは、カールの飼い猫だったシュペットにそのまま扮するという仮装で登場。
みごとに美の栄冠を手にいれたファッションから、あとから考えれば大失敗のファッションまで。ニューヨークの街は、まさにこのメットガラのために輝きを増すのだ。
Karl Lagerfeld: A Line of Beauty
「カール・ラガーフェルド:ア・ラインオブ・ビューティ」
場所/メトロポリタン美術館
住所/1000 5th Ave, New York, NY 10028
期間/2023年5月5日 〜7月16日
公式サイト
Ellie Kurobe-Rozie
東京都出身。早稲田大学第一文学部卒業後、ライターとして活動開始。『Hot-Dog-Express』で「アッシー」などの流行語ブームをつくり、講談社X文庫では青山えりか名義でジュニア小説を30冊上梓。94年にNYへ移住、日本の女性誌やサイトでNY情報を発信し続ける。著書に『生にゅー! 生で伝えるニューヨーク通信』など。