マンハッタンにあるデパート「ノードストローム」では、23年4月に目を引くポップアップストアが展開された。ディスプレーには、月と抱きあうイチゴや野菜のぬいぐるみ。ふわふわの雲にはSKY HIGH FARMのロゴが見て取れる。
商品はバンダナやミニバッグ、スニーカーから、ワークウェアまでそろっていて幅広い。なかでも目を引くのが、写真家クイル・レモンとのコラボ商品で、ビビッドな色使いで、エッジイだ。
カラフルでポップであり、ジェンダーレス。ワークウェアの機能性を持ちながら、遊び心があり、KAWAII世界観が広がっている。ノードストロームでのポップアップで、このブランドを知ったニューヨーカーも多いはずだ。
では、この「スカイ・ハイ・ファーム・ワークウェア(Sky High Farm Workwear)」とはどんなブランドなのか。そこには、驚くような社会貢献と理想がこめられたブランドストーリーがあるのだ。
このブランドは、スカイ・ハイ・ファームという農場をインスピレーション源にして、服やグッズの売り上げの利益から50%を農場に寄付するというユニークな事業をしている。スカイ・ハイ・ファームは非営利の農場で、ニューヨーク郊外のハドソンバレーにある。マンハッタンからは車で2時間ほどの距離だ。
大きな活動は、まず質が高く、文化的にも適切に生産された農作物や畜産物を、すべて食料を必要とするコミュニティに寄付するということだ。2011年以来、同農場は 100,000ポンド(約45359キロ)を超える野菜と、6万5000 ポンド(約2万9483キロ)を超える畜産物をニューヨーク州のフードバンクなどに寄付している。
もうひとつの重要な目的は、食料主権だ。
食料主権( Food Sovereignty)という言葉は最近よく聞かれるようになったが、これは何かといえば、「どのように食料を作ったり、どのような食料を選んだりするのかという権利を大企業ではなくて、農作物の生産者たちや消費者が持とう」という運動を指す。
この農場では食料主権を支援するための活動もしており、そのひとつが小規模の農家に対する助成金だ。また農業を学ぶことができるプログラムも行っている。そして同農場はリジェネラティブ農業、すなわち再生可能な農業によって、土壌や環境を改善しているのも特徴だ。
リジェネラティブ農業( 日本語で「環境再生型農業」とも呼ばれ、 農地の土壌をただ健康的に保つのではなく、土壌を修復・改善しながら自然環境の回復につなげることを目指す農業)は、健全な土壌を作って栄養価の高い作物を作り、同時に土地を改善していくことで環境全体をよくしていくことができるメリットがある。
栄養価の高い食物に手が届かない家庭に食を配り、食の主権と、環境を守っていく。そんな社会貢献する農場が、じつはひとりのアーティストの理想から始まったと聞くと、さらに驚かないだろうか。
話は12年前にさかのぼる。
スカイ・ハイ・ファームの創立者ダン・コーレン(Dan Colen)さんは、ニューヨークを拠点とする著名なアーティストだ。作品はホイットニー美術館、ロンドンのロイヤルアカデミー、ニューヨークのニューミュージアム、ムなどの施設で展示され、大手のガゴシアン・ギャラリーと契約している。現代アーティストとして、きわめて成功している人物だといえるだろう。
そのダン・コーレンさんが、ニューヨーク州コロンビア郡にあるアンクラムデールに40エーカーの地所を買ったのは2011年のこと。もともとは住居兼アトリエとして使うつもりで、芸術活動の延長だったらしい。しかし、そこでダンさんが始めたのは、土地の再生に着手し、野菜生産と畜産を手がけ、作ったすべての肉と野菜をフードバンクに寄付することだった。
ニューヨークで食料不足と聞くと、意外に感じるかもしれないが、国家監査官によると「ニューヨーク州における10家庭のひとつ、だいたい80万世帯が2019-21年間に食料不足を経験した」とされ、子どもがいる家庭ほど危機の割合が高くなっている。ことに生鮮食料品に関しては、低所得層にはリーチしにくいという問題もある。
たとえばブロンクスやブルックリンの低所得者住宅があるエリアでは、スーパーマーケットでも売っている生鮮野菜が少ない。すぐにダメになる生野菜よりも、缶詰や冷凍食品を多くそろえているのだ。
スーパーで売っているブロッコリよりも、マクドナルドのハンバーガーが安く買えるのだとしたら、家計に逼迫した家庭ほどファストフードに流れるだろう。
フードバンクに集まる食料品も、配送に便利な缶詰や乾燥パスタが主なものだし、公立学校の給食でもきわめて野菜が足りない。アメリカは農業大国であるのに、新鮮な有機野菜やタンパク質を手に取れない人たちが多くいるのだ。
人々のニーズを聞いて立ちあがった農場
「経済的に余裕のある人なら、高価な有機栽培の農産物も手に入れることができます。私たちが、エコロジカルで持続可能な方法で栽培している農産物は売るためのものではなく、緊急な食料不足のための慈善事業です」
こう説明するのは、農場の立ちあげから関わった共同創設者のひとりで、エグゼクティブ・ディレクターであるジョシュ・バードフィールド(Joshua Bardfield)さんだ。
「私たちは最初から、経験豊富な農家やフードシステムの関係者に知識と意見を求め、何カ月もかけて話し合いをしました。彼らのニーズと課題を理解して、何を提供できるか、そしてすでにある活動をどのように補うことができるかについて議論したのです」
ジョシュさんはもともと公衆衛生、特にHIVに関わるキャリアの経験を持ち、それがコミュニティへのアプローチに反映されたという。
「食品の受け手である人々を中心に据えて、彼らの声、ニーズ、要望が届くようなアプローチをとりました」
当初、スカイ・ハイ・ファームは肉や野菜をすべてフードバンクに寄付しており、現在では生産量の大半を、食料配給所や給食プログラムを運営する地域密着型の小規模団体に寄付しているという。
「私たちの農場は、利益や市場原理に左右されないので、さまざまな作物を試して、育てることができます」(ジョシュさん)
同農場では、コラードグリーン(アブラナ科の葉野菜)やオクラ、カラルー(ジャマイカ産の栄養価の高い野菜)、ハーブなどを他のルートでは手に入りにくい作物を栽培しており、鶏肉はすべて現地で加工している。そのために頭や足、臓器なども廃棄せずに、必要な人たちのために保存することができる。
現在、農場には6人のフルタイム従業員、2人のパートタイム従業員、そして4月から12月まで見習いプログラムに参加している4人のフェローがいる。
スカイ・ハイ・ファームは、小さな農家への助成金も出している。
2022年にはアメリカの10州、プエルトリコ、ウガンダの国々にまたがる15のプロジェクトに資金を提供した。たとえばプエルトリコでは、マヤゲスで太陽光発電による野菜栽培を行っている農場が助成金を受けた。
この助成金は、ことにBIPOC(バイポック=ブラック、先住民族、アジアン、太平洋諸島先住民の略語)やLGBTQコミュニティの農家に対して積極的に与えられているのも、他にはない特徴だ。
「アメリカでは、銀行システムやその他の農業金融へのアクセスにおける、人種間の障壁は、よく知られていることです。私たちはゲートキーピングや障壁がなく、世界中の誰もがアクセスできるプラットフォームを作りたかったのです。こうした資源へのアクセスを妨げられてきた人々の多くがBIPOCであり、助成金は恵まれないコミュニティやフードシステムプロジェクトを支援するためのものです」(ジョシュさん)
助成金を受けた農家には、ニューヨーク州エソプスで西アフリカの伝統的な栽培技術を使っている稲作農家や、カリフォルニア州で、アジアの伝統野菜や樹木を栽培している、アジア系アメリカ人の女性経営者による植物苗木店も含まれている。
そしてスカイ・ハイ・ファームを支援するブランドとしてローンチされたのが、「スカイ・ハイ・ファーム・ワークウェア」だ。
「ファッションを使って、美しい製品を使って、困っている人たちを助けることができるかもしれない、と思ったんです」
こう語るのはスカイ・ハイ・ファーム・ユニバース共同最高経営責任者であり、マーケティングの責任者(CMO)であるダフネ・シーボルド(Daphne Seybold)さんだ。
ダフネさんは長年ドーバーストリート・マーケットで働いており、ダンさんがチャリティー・プロジェクトを行ったことから出会ったという。
そしてコム・デ・ギャルソン社長であるエイドリアン・ジョフィ(Adrian Joffe)CEOが、インキュベータープログラムを持ちかけたところから自然にブランドの設立が決まり、ダフネさんもスカイ・ハイ・ファーム・ワークウェアに専任することになった。
ドーバー・ストリート・マーケット・パリのインキュベータープログラムとは、新興ブランドをマーケットに送り出すように、生産、流通、販売能力をDSMが提供することで手助けをするものだ。
このプログラムには、たとえばヴァケラ(Vaquera)、ERL(Eli Russell Linnetz<イーライ・ラッセル・リネッツ>)やHFD(Honey Fucking Dijon<ハニー・ファッキング・ディジョン>)、ラスヴェット(Rassvet)などの新進ブランドが取りあげられている。
「ダンはアーティストの心で、この形のプロジェクトにとてもよく取り組んでいると思います。アーティストのマインドをブランドにも生かそうとしているといえるかもしれません」(ダフネさん)
「スカイ・ハイ・ファーム・ワークウェア」にとって最初のコレクションは、製造、生産、流通、販売のすべてをドーバーストリートマーケット・パリが担当してローンチされた。
そして現在「スカイ・ハイ・ファーム・ワークウェア」は、日本の銀座にあるドーバーストリート・マーケットを始め、ノードストロームからサックス・フィフス・アベニューやオンラインのエッセンスなど、世界中の70店舗であつかわれている。
同ブランドは販売方法にも、従来にない画期的な方法を使っている。
「ホールセール・ドネーション・プログラム」(卸売寄付)と呼ばれる方法で、店舗はまず寄付をすることが義務付けられているのだ。
「今までになかった方法ですが、卸売価格に一定の上乗せをするんです。そのなかから、農場に直接お金を渡します。つまり、店頭で販売しようとする時点で農場にお金が流れるということですね。さらにブランドが黒字になったら、利益の50%を農場に寄付することにしています。つまり、フロントエンドで寄付をして、バックエンドにも寄付をする仕組みです」(ダフネさん)
世界中にある70の店舗のすべてが寄付を行っていることになり、消費者も買うことがそのまま農場への支援につながることになる。
最初の22年秋冬カプセルコレクションは「デニム・ティアーズ」(denim tears)のトレメイン・エモリー(Tremaine Emory)と一緒に作った。彼はシュープリームのクリエイティブ・ディレクターとして知られている。
そして次に、写真家のクイル・レモンと一緒にコレクションを作り上げた。
「クイルのクリエイションには、彼の移民やビジョンがプロジェクトに反映されているように感じられます」とダフネさんは説明する。彼はまた、同ブランドのコントリビューティング・アーティスティックディレクターも務めている。
「慈善活動というのは、大きな小切手を出すか、自分の時間を寄付するか、といった限定的なもので、ほとんどの人はその両方を行うことはできません。けれどもブランドであれば、ポピュラーカルチャーの世界に存在して、メッセージを伝える製品やグッズを作ることで寄付を募ることができるという考え方です」(ダフネさん)
バレンシアガのようなメゾンブランドも協力を申し出て、商品を寄付するという形でコラボが始まった。バレンシアガで以前に販売されて、デッドストックになっていた商品から白いジャケットと黒いシャツを寄贈して、アーティストであるライアン・マッギンレーのアートワークでカスタマイズした。
そして写真家であり、アーティストであり、モデルとしても活躍するナディア・リー・コーエンがキャンペーン撮影を受けもった。
「クリエイティブ・コミュニティの人たちも、農業や食糧問題、気候変動に関心があるのに、どうやって関わればいいのかわからないというのが本音なのです。だから、私たちのところに来て、『どうやったら参加できるのか?』と聞くのです」(ダフネさん)
今後も『ハーパーズ バザー』の編集長であるサミラ・ナスリ(Samira Nasr)さん、『ID』誌の編集長であるアラスター・マッキム(Alastair Mckimm)さん、そしてテレビ番組『ユーフォリア』の衣装デザイナーであるハイディ・ビビンズ(Heidi Bivens)さんらも、カプセルコレクションを手がける予定だ。
衣料の素材にはデッドストックやリサイクルコットンが多く使用されており、ヴィンテージラインは、既存のバンダナやTシャツ、パーカー、帽子などを利用して、デザインをアップサイクルして作られている。
「すでにモノはたくさんあるから、あるものをどう使うかというのを見せるのが大切と考えています」と、ダフネさんは言う。
生産はすべてハドソンバレーで行っていて、タイダイやスクリーンプリントも施している。
さらにコラボは服だけでなく、これから食品などにも広がって行く予定だ。
最新のコラボでは、「フェド・アップ・フーズ(FedUp Foods)という会社と組んで、腸内環境を整える効果がある清涼飲料水をローンチした。
「どの業界にも問題があり、ファッションには廃棄物の問題があります。飲料業界にも美容業界にも、問題があります。しかしより持続可能で、より責任ある製品を作ろうと努力している人たちは常にいるのです」(ダフネさん)
「スカイ・ハイ・ファーム・ユニバース」の商品は、高価な商品では2500ドルだが、バンダナは10ドル、そして清涼飲料は4.99ドルと価格帯が広く、誰でも何かしら手に取れるものがある。この先もさまざまな分野のメーカーと協業する予定があるという。
「アメリカだけでなく、どの国でも、どの人も食べ物や農業になんらかの関わりを持っていますし、どこに住んでいても不平等が存在します。ですから、これは世界的なプロジェクトだと思います」
慈善事業である農場を作りあげ、さらにそれを支えるために多くのビッグブランドも協力して、クールな商品が市場に出る。ふつうなら、不可能に思えるようなことが実現されているのに驚くばかりだ。
「正直なところ、それは意志の問題だと思います。ダンには信念があり、何かを信じると、それを実現するための道筋が見えてくるものなのです」と、ダフネさんは語る。
スカイ・ハイ・ファーム・ワークウェアは、現代の消費者にとって重要な「正しいこと」ができるエシカル消費の商品だ。 最先端のクリエイターが関与しているファッションを買うことで、緊急の食料不足や食の主権への支援となる。
そんなブランドを、手にしてみたくならないだろうか。
Ellie Kurobe-Rozie
東京都出身。早稲田大学第一文学部卒業後、ライターとして活動開始。『Hot-Dog-Express』で「アッシー」などの流行語ブームをつくり、講談社X文庫では青山えりか名義でジュニア小説を30冊上梓。94年にNYへ移住、日本の女性誌やサイトでNY情報を発信し続ける。著書に『生にゅー! 生で伝えるニューヨーク通信』など。