14歳のとき、ベン・フランシスさんは工業炉にセラミックやレンガを並べる祖父の会社で職場体験をしました。コンクリートミキサーを見つめる彼の目に映ったのは、1日12時間の労働と汗、そして永久に続く腰の痛みという避けたい未来の姿でした。

 「祖父が事業のために犠牲を払うのを目の当たりにして、幼い頃から金銭的なリスクの概念に慣れ親しんできました」と、フランシスさんは話します。「倉庫で一生レンガの上に繊維を乗せ続けるような仕事はしたくないということも、気づかせてくれました」

 それから15年の歳月を経て、フランシスさんは英国で最も急成長している企業のひとつであり、ベンチャーキャピタルにとっての「ユニコーン企業(評価額が10億ドルを超える未上場のスタートアップ企業)」でありながらスポーツウェアの「破壊者」でもある、バーミンガムの「Gymshark(ジムシャーク)」の創業者兼最高マーケティング責任者そして大株主となりました。

「Gymshark(ジムシャーク)」とは?

 「私たちはここで、世界最大級のブランドを築いていると思います」と、フランシスさんはイングランドのウェスト・ミッドランズに位置する町ソリフルにあるオフィスの役員会議室で、シリコンバレーにいるかのようなまなざしで私を見つめながら話してくれました。

 そして、「何としても、最大かつ最高のブランドになりたいです」と言います。

gymshark
Finlay Renwick
企業の敷地内にあるジム

 「Gymshark」が設立されたのは2012年、フランシスさんが19歳のときです。自称“平凡な学生”だった彼は、大学進学のためのコースを提供するシックス・フォーム・カレッジで、ITとジムとの間にある関連性を見出しました。コンピューターの実践的で問題解決的な側面と、重いウェイトを持ち上げることに魅力を感じたのです。「フィットネスに関連した4つのアプリと、6つのウェブサイトをつくりました。7つ目につくったのが『Gymshark』なんです」と。

 「Gymshark」の広大なキャンパスは、バーミンガムから20分ほど離れた工業団地の中にある3つのビルを占めています。400人のスタッフが働くオフィスに加え、広大なジムやコンテンツスタジオも備わっています。

 受付のスピーカーからはアフロポップが流れ、複数のスクリーンには「Gymshark」がスポンサーとなっているアスリートたちがさまざまな運動をしている映像が映し出されています。会議室に向かう途中の壁には、「Be a Pioneer(先駆者となれ)」や「Don't be a Dickhead(バカになるな)」といったメッセージが書かれていました。

 2020年8月には、アメリカの投資会社ジェネラル・アトランティック社から事業資金の提供を受け、同社は21%の株式を取得しました。「Gymshark」の評価額は10億ポンドを超え、2001年以降「ユニコーン企業の地位を獲得した25社未満の英国企業」に仲間入りしました。フランシスさんの個人資産は現在、7億ポンド(約1000億円)と推定されています。

未経験からはじめたフィットネスウエアづくりが、バイラルマーケティングでヒット

 フランシスさんと会ったとき、彼はチャコール色のスリムフィットな長袖のトレーニングトップと、フィットしたトラックスーツのボトムスを着ていましたが、どちらも彼自身のブランドのものです。28歳の彼は見るからに若くて健康的で、髪はカットしたばかりのように見えました(7億ポンドの価値がある人は、一体どこで髪を切っているのか? と、個人的に気になりました)。

 「Gymshark」は、当初は他社のプロテインサプリメントを扱うサイトでしたが、フランシスさんがフィットネスウエアの市場にギャップを感じたことから事業を拡大します。

 「特に戦略的なものではありませんでした」と彼は言います。「自分たちが着たい服を、誰もつくっていないと思ったのがきっかけです。当時の2010年代初めのアメリカのスタイルは、大きくて太めのダボっとしたフィット感でした。そしてヨーロッパのブランドは、機能性ではなくファッション性を重視していました。そこで私たちは、この2つの世界を融合させることにしました。体格を強調し、ジムで映えるような伸縮性のある素敵なウエアをつくりたかったんです」

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Finlay Renwick
企業の敷地内にあるジム

 「友人にTシャツのスクリーンプリントの方法を見せてもらったり、祖母に裁縫を教えてもらいながら、最初のデザインを完成させるまでに2年かかりました」と話すフランシスさんは、ピザハットの配達員として働きながら初期の運営費用を捻出したそうです。「当時、フィットネス系のYouTubeを観ていたので、Tシャツやショートパンツ、パーカーなどを彼らに送ってみようと思いました。見返りを期待していたわけではなく、気に入ってもらえたらうれしいと思ったんです」

 これは2013年のことなので、「インフルエンサー」という言葉が誕生し、小学生がサッカー選手よりもライブ配信者になりたがる以前の時代になります。

 筋肉系YouTuberたちがフランシスさんの送った服を気に入り、彼らのフォロワーがどこで手に入れたのか尋ねるようになりました。偶然にも、バイラルマーケティングキャンペーンの種が蒔かれていたわけです。

 可能性を感じたフランシスさんは、毎年バーミンガムで開催されるフィットネス業界のイベント「Body Power Expo」に、3000ポンドを払って出店しました。アスリートやファンが集まってプロテインやお気に入り商品について議論するこのイベントには、新製品を発表して注目を集めるために多くのブランドが参加します。そのイベントによって、バイラルマーケティングが予想以上に成功していたことが明らかとなりました。

 「イベントに参加する前は、1日300ポンド程度の収益でした」と話すフランシスさん。「しかしイベント後には、1日3万ポンドにまで急増しました。実家のリビングに、信じられない気持ちで座っていたのを覚えています。それ以来、成長は一度も止まったことがありません」とフランシスさん。

 2021年、「Gymshark」は175カ国で約2000万点、1日平均5万点の商品を販売する見込みです。2020年には、「Gymshark」が2億6000万ポンドの収益を上げたことが発表されました。9年目にして、あらゆる指標から見ても巨大企業になったと言えるでしょう。

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 「Lululemon(ルルレモン)がカナダに、Nike(ナイキ)がアメリカにあるように、Gymsharkをイギリスを代表するフィットネスブランドにしたいと思っています」と、フランシスさんは話します。

 Allied Market Researchによると、2018年の世界のスポーツアパレル市場の価値は1677億ドルで、2026年には2481億ドルに達すると予測されています。つまり消費者は、着心地がよくパフォーマンスに優れたポリエステルやスパンデックス、ナイロンのウエアをたくさん買いたがっているのです。そして、「Gymshark」のレギンスは30ポンド、Tシャツは通常15ポンドから30ポンドと比較的手の届きやすい価格帯になっています。

オンラインに専念したことが、コロナ禍でも好調の一因

 2020年から2021年の初めにかけて、ジムが閉鎖されていました。ですが、何百万人もの人々が自宅で運動を続けたため、この状況はブランドの妨げになるどころか助けになっているそうです。

 「もちろん(皆にとって)厳しい状況です」とフランシスさん。「しかし、売上自体は実際に増加しています。多くの人がエクササイズに夢中になっていること、そして『Gymshark』がオンラインでのみ展開していることが、私たちの立場を有利にしているのだと思います」

 「私たちが築いてきたのはコミュニティ主導で、目的意識を持って消費者に直接届けるというモデルです」と、フランシスさんは話します。「これこそがブランドが向かう未来だと思います。巨大な小売業者から大量の注文を受けることもあります。それで私たちのビジネスは2倍になるかもしれません。ですが、毎回断ってきたのです。そのモデルは、時代遅れだと考えているからです」

 その通りかもしれません。一部の報道によると、「Nike」も純粋なオンライン事業を検討していると言われています。また、ますます多くのブランドが従来の中間業者である大手スポーツチェーンや実店舗を構えるデパート、さらにはオンラインの大手小売企業を排除し、こじんまりとしたDIYなソーシャルメディアキャンペーンで消費者とコミュニケーションを取ったり、消費者に直接販売することを好むようになっているのも事実です。

 「Gymshark」を追求するためにアストン大学を中退したにもかかわらず、彼のスピーチには時折、ビジネス的な格言が混じります。しかし、若くして起業し、大成功を収めた男性にありがちなネガティブな特徴は一切見られません(サッカーのプレミアリーグ所属であるアストン・ヴィラのシーズンチケットを持っていて、スーパーで売っているタイの焼きそば「パッタイ」が好きだという、気取らず地に足のついた青年でした)。

 「毎週末、両親に会いに行っています」と彼は話します。「実家から20分のところに住んでいるんです。普段は恋人と過ごしたり、犬の散歩をしたりしています。仕事が混沌としているので、私生活はできるだけシンプルでリラックスしたものにしたいと思っています。私の平均的な週末の過ごし方は、ジム、犬の散歩、サッカー観戦です」

 「Gymshark」という名前はどのように生まれたのでしょうか? 将来10億ポンドの価値を生むことになるスタートアップのフィットネスブランドの名前に、どれほどの市場調査が行われたのか…フランシスさんは、その名が誕生した部屋のテーブルの後ろで、椅子にもたれかかって明かしてくれました。

 「実は、あまり深く考えたものではありません。GoDaddyで3.5ポンドで手に入ったドメイン名で、響きがいいと思って選んだだけです」と、何の気負いもなく話します。

「ジムシャーク」エッセンシャルオーバーサイズtシャツ

Source / ESQUIRE UK
Translation / Yuka Ogasawara
※この翻訳は抄訳です。

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