スペインの人気俳優カルロス・クエバスが出演するMovistar+のドラマシリーズ『Merli Sapere Aude』は、広大な宇宙の中に存在する人間を俯瞰(ふかん)的に描写するドラマです。そこで出くわすチャンスと共に、その先に待ち受ける運命の裏側にある真実と嘘のパラドックスの中で苦悩する主人公ポル・ルビオ(カルロス・クエバス)と彼の友人たちの成長物語。そこには、「成熟」に向けた重要なステップの実例が描かれています。
このようにさまざまな雑音の中で、不誠実さに苛まれながらも前へと進む主人公を演じてきた俳優カルロス・クエバスは、自身の人生においても批判的な思考への対応策を養うことができたようです。
もしもあなたに、「人生哲学はどのようなものですか?」といきなり質問したら、どうしますか? 大抵は驚いて絶句するか、その大仰な質問に憤慨しながらその相手に警戒心を抱くことでしょう。
雑音や中身のないメッセージ、そして物議をかもそうと狙ってか狙ってないか問題発言をするツイート、人心を揺さぶるようなインスタグラムのハッシュタグに満ちあふれた現代は、嫌われ者にならないように優れた哲学で武装することがこれまで以上に重要な時代です。
その哲学こそ、現代のスーパーヒーローが風にたなびかせるマントのようなもの。私たちは、この私的であると同時にきわめて社会的でもある哲学的プロセスについて、俳優カルロス・クエバスにうかがいました。
彼自身は哲学者ではありませんが(今のところは)、「不誠実さへの抵抗」という名の種を多くの若者の心へと蒔(ま)くことのできる俳優です。それは特に、『Merli Sapere Aude』での役柄で大きく貢献してきました。
このMovistar+のドラマシリーズは現在、最後のシーズンが放送されているところ。ですが、このドラマが視聴者の皆さんに喚起した、日常生活における不誠実な問題に対抗するための哲学は、ドラマ終了後もフォーカスされることでしょう。もちろん、カルロス・クエバスという俳優のキャリアに対する興味も同様です。
◇俳優カルロス・クエバス(Carlos Cuevas)の哲学
––『Merli』に出演したことで、議論を繰り広げることが増えましたか?
哲学の問題を扱ったこのシリーズのおかげで、何度も議論を戦わせてもらいました。そこで自分の意見と一致することもあれば、対立することもありました。
今回の第2シーズンでは、例えばアーティストは個人からアーティストの部分を切り離して扱うべきかどうか、マイケル・ジャクソンが行ったと言われる虐待行為を許してミュージシャンを続けさせるべきかどうか、といったことなどです。
ぼく自身は、アーティストの部分を個人から切り離すことはできないと思っています。21世紀に、そんなことをする必要はありませんしね。でも劇中では、自分とは反対の考えを擁護しなければならないこともありました。その意味では、ぼくらの仕事は役柄だけで判断してはダメで、脚本の内容をしっかり読み解かないといけませんね。
もちろん、それでも対立するところはたくさん出てくるのですが。あと、セットを離れても議論が続くこともあるのが、とてもクールでした。食事のあとで、俳優たち全員で話し合ったりしてね。そこが『Merli』のいいところで、議論が画面の中だけに留まらないんです。
––そういった議論をやることで、仕事のやり方に変化はありましたか?
ぼくは直感で役を演じるタイプなんですが、頑固に自分のスタイルにこだわるのではなくて、みんなの話に耳を傾けて理解するようにしています。これは共感の問題ですね。つまり、他の人の言葉に耳を傾けることが、「なぜ、みんながそう考えるのか?」を理解することにつながるんです。
––他人の立場になってものを考えられないことが、私たちの社会の大きな弊害になっていると思いますか?
はい。不誠実な態度は、ぼくらの敵と言えますね。人の話に耳を傾けて、共感して、相手の立場になって考えることがとても癒しになりますし、それが思いやりというものですね。話を聞くというのは、立派な治療法だと思うんです。
––最高の食事と議論を楽しむときのお相手は?
よく議論を戦わせる最高の友人は何人かいますよ。男性も女性もいて、つい最近も、彼らがアフターディナー・パーティの席ですごく興味深い話をしてたんです。旬のタイムリーな話題で、みんな関心を示していた。仕事場での話も、とても刺激的でしたね。
––スターが話題にする恋愛や人間関係は、ふつうとは違うタイプのものですか?
恋愛や人間関係の話はどの世代も興味があると思うけれど、ぼくらの世代の場合はハリウッドの恋愛話ですね。ぼくらにとってはフィクションみたいなもので、自分たちの現実とは無縁なものだと思っています。
ぼくは自分が日々やるべきことについて話し合うことに興味があるのですが、感情に関する人間関係もその一部と言えます。そういうことを話し合いたいんです。どんな方向に話が進んでいくか、はっきりしたことがわからなくても。
独りよがりになったり、厳しくなったりしないようにしながら。みんなが自分のやりたいことをやって、居心地のいい人間関係を築けるようにしたいと思っています。
––その意味では、『Merli』はバイセクシュアルに関する表現で、とても興味深い新境地をひらきましたね。
はい。多くの行動を正常なものにすることで、いろんな偏見を吹き飛ばして、汚名を晴らしたいと思っています。これからは人にレッテルを貼るのではなく、どんな状況どんな結果も存在していることを理解して、互いに認め合う方向へと考えが進んでいくと信じています。
––偏見にとらわれないあなたの姿勢に影響を与えたのは誰ですか?
本や映画、ジャーナリストなど、いろいろな人やものから影響を受けていますね。
ぼくは大のラジオ好きでして、朝はRAC 1のジョルディ・バステと共に目を覚ますし、ポッドキャストではDEFORME SEMANALやLA VIDA MODERNA、それからカタルーニャ・ラジオのCRIMSやCIUTAT MARAGDAなんかも聴いています。個人的な関係で言うと、同じ俳優で親友のひとりでもあるペップ・アンブロスから大きな影響を受けていますね。彼にはいつもアドバイスを求めていて、ぼくが納得できるようなことを言ってくれます。
––どんな本を読んでいますか?
最近は小説が多いですね。2021年になって読んだのは、クリスティーナ・モラレスの『Lectura Fácil』、Juarmaの『Al final siempre ganan los monstruos』、アナ・アイリス・シモンの『Feria』、サラ・メサの『Un Amor』、それからもちろん脚本を読むし、関心のある話題について書かれたものもたくさん読んでいますよ。
––そういえば『Lectura Fácil』にこんな一文がありましたね。「きみの住んでる社会をめちゃくちゃにして、どこかへ行ってしまう誘惑にかられたことはあるかい?」
うーん……たぶんあると思います。不安が募って遠くへ行きたくなった経験は、誰にでもあるかと思います。ぼくもよく“人間嫌い宣言”をすることがありますが、すぐにまた仲間といっしょに楽しみたくなりますね。
––あなたの心に深く刻まれた大きなテーマはありますか?
例えば今シーズンの『Merli』のファースト・チャプターに出てきた、カール・セーガンを通じて知ったこと、人間がいかにちっぽけな存在かってことですね。
セーガンは『惑星へ』の中で、宇宙の大きさと人間の重要性を相対化しています。それを引き合いに出して、「まあ落ち着きなよ、この広い宇宙に比べたら、あんたの怒りなんて大した問題じゃない。それは人類すべてについて言えることで、あんたも人類の一員なんだ」って言えたらクールだと思いますね。
––ところでカルロス……いつもこんなふうに(退屈な)長い話をするの?
そんなことはありません! 話が長いのは、インタビューで哲学に関する質問を受けてるからです。ただビールを飲みに来たのであったら、良かったのですが!(笑)
––『Merli』であなたが演じるポルは、みんなにペダンチック(学問や知識をひけらかすさま)だと言われますが、あなたにもそんなところがありますか?
確かに、ときどきペダンチックになることがありますね。たぶん、文学の勉強をしたせいだと思います。文学においては、ちょっと人を寄せ付けないところもありますので。
でも、ずっとそんな風でなければいいと思っていますね! ぼくは思慮深いほうの人間ではありますが、特別何かに詳しいわけではありません。正確に言えば、詳しくないからこそよく考えるという感じでしょうか。なかなか妥協しないのもそのせいと言えるでしょう。
そしてぼく自身は、人の意見に左右されやすい人間だと思っています。それはみんなも同様ではないですか? 力強い言葉で巧みに説得されたら、誰でも信じてしまうでしょう。そして、家に帰ったらもう一度チェックしてみて、「ちくしょう、あいつに一杯食わされた」と言うハメになったりするんです。
––いっぱい食わされないようにするには、どうすればいいと思いますか?
五感を研ぎ澄ませることですね。『Merli』が、そのことの大切さを教えてくれるでしょう。
「自分は本当に理解したのか?」「それが自分の考えだと自信を持って言えるのか?」って、よく考え直してみます。分析した後で自分に問いかけて、参考になるものを探すことで、自分が正しいか間違っているかを理解できるのではないでしょうか。常に自問自答して、何事も鵜吞みにしないようにすることが大切です。
––自分のキャリアについてもそのように思慮深いほうですか?
はい、失敗はしたくないので。自分がミスを犯すこともあるってことを自覚しておくことが大切ですね。納得がいくような段階を踏んで、ぼくの信条も尊重されて、穏やかな気持ちでいられ、内輪揉めが起きないような状況でいたいですね。そして自分のやった仕事が、ぼくという人間を表すようにしたいですね。
常にそれを貫いていけるかどうかはわかりませんが、少なくともそうありたいですね。人生というのは、自分のやりたいことができなくて苦しむことが往々にしてあるものですが、少しずつ、自分のやりたい仕事が増えてきて、やらされる仕事が減ってきていると感じています。
––恥をかいたことはありますか?
もちろん、汚点は誰にでもありますよね(笑)。
––あなたの好きな哲学者は?
難しい質問ですね! 現代で言うなら、スラヴォイ・ジジェクが好きですね。かなりパンクで、反資本主義のスロベニアの哲学者です。
国内では、ジョセップ・マリア・エスキロールの論文をいくつか読んだことがあって、『親密な抵抗』はかなり興味深い内容でした。癒しや話に耳を傾けることや、近接の哲学の重要性について考察しています。
それからマリーナ・ガルセスも好きですね。彼女はカタルーニャの素晴らしい哲学者で、政治的にも優れています。最近リウレ劇場で行われた、来るべき時代をテーマにしたトークショーを聴きに行きました。彼女がその進行役を務めていたのですが、政治哲学者として強く印象に残りましてね。
––近接の哲学は誰に学んだんですか?
もちろん、それは母が教えてくれました。とても優しい人なんです。それから、ぼくがお手本にしたいタイプの人たちからもそれを学びました。そういう姿を見れば見るほど、ぼくは暖かい気持ちになって、「あんな風になりたい」と思うようになるんです。ミラー効果ってやつだね。
––政治はあなたの人生哲学のキーポイントですか?
そうだね。ぼくは「人間は常に政治的である」というのは、とても美しい言葉だと信じています。どんな本を読むか? どんな服を着るか? どこで買い物をするか? どのような人間関係を築くか? そのすべてが政治的な決断であり、自分の信条に関わっていますね。
––その意味では、あなたは多様性のあるトレーニングを行っていますか?
その努力をしています。ツイッターでありとあらゆる人をフォローしてね。ぼくのことを好きな人もそうでない人も。ぼくの仲間や政治家、その他いろいろ。いろんな意見を知っておきたいと考えていますので。
––ツイッターというのは、熟考の妨げになる雑音のメタファー(隠喩)だと思いませんか?
はい、雑音だらけでじっくり考えるのが難しいですね。ツイッターは、怒れる人々が集ったバーみたいなものですね。
実は2、3カ月ほど前に、ぼくはスマホからSNSをアンインストールしたんです。
ぼくの仕事を宣伝するための大事なツールであることはわかっているので、アカウントは削除せずに残していますが、いまのところはSNSは「頭痛の種」と言ったほうがいいですね。なので、自分のパソコンからときどきログインする程度にしています。ぼくがチェックするのは、他のラジオとか印刷物といった異なったフォーマットの情報源になります。
––あなたは「健全なる精神は健全なる身体に宿る」を実践していますか?
頭のトレーニングはしていますが、身体のほうは死体同然ですね。身体のトレーニングは気分がよくなるから、きちんとやりたいのはやまやまですが、それほどこだわってもいないんです。でも、やらなくちゃいけないとは思っています。
キャラクターのための準備はしています。『Merli』を撮影するときは、もっと強い身体になることを目指しました。そういうキャラクターですねので。キャラクターとぼくの見た目が一致する必要がありますので。でも、それ以外のときは、体重を落とさないといけませんね。いまは別のキャラクターを演じるために、こんなバカみたいなひげを伸ばしているところで(笑)。所詮ぼくらは、操り人形みたいなものなので(笑)。
––最後に、みんながもっと自分の人生哲学を学ぶようにするためのアドバイスをいただけますか?
近くの本屋に行って、3人のまったく異なった作家の本を買うことをおすすめします。3冊を全部読んで、そこから自分なりの結論を導き出すことです。
Source / Esquire ES
Translation / Satoru Imada
※この翻訳は抄訳です。