『エゴイスト』は当事者たちのデフォルメを避け、かなりリアルに演出されているゲイ映画であると同時に、メジャーで活躍する人気俳優主演の商業映画でもあるという日本では稀な作品と言えます。

信じられないような政治家やタレントの発言がいまだにテレビから流出されるように、セクシュアルマイノリティに関する知識も認識も低い社会で、多くの観客に理解され、かつ完成度の高いゲイ映画をつくるには一定の壁が立ちはだかります。そしてこの原作が、2020年に亡くなったエッセイスト高山真さんの自伝的小説と聞けばなおさら…。

そこに果敢に挑戦した監督・松永大司氏に、現代だからこそ重視したポイントについて訊きました。

映画エゴイスト 鈴木亮平
© 2023 高山真・小学館/「エゴイスト」製作委員会

――どの程度、この企画が進んだところで監督のオファーがあったのでしょうか?

プロデューサーの明石(直弓)さん(『紙の月』『ライアー×ライアー』)と脚本家の狗飼(恭子)さん(『ストロベリーショートケイクス』『風の電話』)による脚本がある程度出来上がっている段階だったと思います。脚本は構成含めすごくよかったのですが、原作はもっとザラつきがある。僕はドキュメンタリーとフィクションを行ったり来たりしているので、自分が監督するならドキュメンタリータッチに寄せたい。そうお話して、脚本はもう少し、役者が読むことによって生まれてくるものや現場で起こることを大切にしたく、だいぶシンプルにさせてもらいました。

――冒頭のあの新宿二丁目の居酒屋でのおしゃべりのシーンは、どの程度脚本に書かれた台詞だったのでしょうか?

あれはシーンとしての設定以外は脚本にはありません。その場でキーワードだけを渡して、あとは自由に話してもらいました。最初のシーンで言えば、「パーソナルトレーナーを探している」ことは絶対に話してもらうことだけ決め、あといくつかこちらが指示した台詞を話してもらう…。僕らの日常のおしゃべりは、筋道立ててゴールまで一直線には進みませんよね。

あとは、自分のことを話してくれるようにお願いしました。「婚姻届書いて…」というくだり、あれは彼の本当のエピソードなんです。

僕は助監督などの経験はないのですが、橋口(亮輔監督)さんの短編などで助手をしていたことがあって、そこで見た手法です。ルールはありますが、基本的に「演じなくていいです」と伝えていました。

エゴイスト 鈴木亮平 宮沢氷魚
© 2023 高山真・小学館/「エゴイスト」製作委員会

――確かにあのシーンの出演者は、役者ではない当事者の方たちによるリアルな会話が印象的でした。でも、一般の人ほど、カメラを意識してしまいませんか? 撮影は大変だったのでは? と思ったのですが…。 

ドキュメンタリーを撮っていて学んだことですが、没頭さえしてもらえば(素人の方でも)カメラは気にしなくなるものです。でも、もちろんカメラマンの素養は大きいです。自意識の強い人がカメラを持つと、そこに目線がいってしまいますが、不思議とそこにいないかのように撮れる人がいます。存在を消せるカメラマンがいるのです。今回の池田(直矢)はそういう人間。なじめる。

あとは撮影全体の雰囲気づくりも重要です。気を遣いましたね。個々の能力も必要ですが、演出、演者、撮影、そしてプロダクション全体の雰囲気。すべてバランスがとれたときに実現できます。

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© 2023 高山真・小学館/「エゴイスト」製作委員会

――リアルなセックスシーンもありましたが、その現場づくりにはどう気を遣いましたか?

リハーサルの段階からインティマシー・コレオグラファーのSeigoさんに入ってもらって、本番の撮影現場にかける時間は最小限にしました。本番はキスするところから1シーン1カットで、スタッフも最低限に抑えました。

僕はセックスシーン以外も、どんな現場でもなるべく役者の視線の先にカメラやカメラマンの視線がないように人の存在を消すようにしています。

――原作では、最初のベッドシーンはホテルでした。その設定を浩輔の部屋にしたのはそれが理由ですか?

それはまた別の理由なんです。この映画での2人の出会い方からしたら、(原作で設定されている)グランドハイアットより自分の部屋に行くほうが自然だなと感じたからですが、実はあの部屋を選んだのは絵を入れたかったからなのです。

エゴイスト (小学館文庫 た 42-1) 高山真/小学館

エゴイスト (小学館文庫 た 42-1)  高山真/小学館

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Credit: 高山真/小学館

書かれたエッセイなどを読むと、(原作者)高山真さんはかなり教養のある人。だったら浩輔は部屋に偽物は置かないだろう…と。ピカソやダリのレプリカなんか絶対置かない。そしてファッション誌の編集者なら、きっと本物の現代アートが置いてあるはず。そう思って知り合いの作家である高山夏希さんのあの作品を使わせていただくことになったので、そこからロケハンを始めました。あの大きさの絵がかけられる壁が必要だったので大変でした。でも、亮平も毎朝セットに入ったときに「あの絵があることでちゃんと浩輔に戻れる」と言っていました。それくらいひとつのアイテムが重要なのですよね。ひとつひとつに丁寧に向き合うことで、シンプルに人に伝わると思いました。

映画エゴイスト 宮沢氷魚 鈴木亮平
© 2023 高山真・小学館/「エゴイスト」製作委員会

どの服をどう着るかは人物の根幹に関わる

――部屋もそうですが、衣装も出色(しゅっしょく)でした。とくに浩輔のルイ・ヴィトンのリュック、彼のキャラクターが一発で理解できるアイテムです。浩輔が比喩的な意味で背負っていることも感じさせるものでした。

あれはこだわりました。浩輔は服で武装しています。だから服は、本物でなければならないと思っていました。劇中のヴィトンやグッチやアルマーニなど、揃えることは相当大変だったと思います。ちあきなおみを歌うシーンのグッチのコートは世界に数点しかないもので、とても貴重なものだと聞きました。 

松永大司
© 2023 高山真・小学館/「エゴイスト」製作委員会

『フォレスト・ガンプ/一期一会』(1994)に、「靴を見れば、その人がどこから来てどこへ行くのかわかる」というシーンがあります。コーエン兄弟は、監督の席の横はコスチュームデザイナーの席にするそうです。その場でシーンの衣装について相談しながら、「だったらこのキャラクターはこういう行動をする」と、脚本の組み立て直しを同時にしていくそうです。それくらい衣装は、その人を雄弁に語るのです。だから今回、「服は絶対に譲れない」と、相当頑張ってもらいました。

服をどう持つのか? 何を持つか? どう着るか? は人物の根幹に関わります。ルイ・ヴィトンだったらきっとリュックで、リュックならこう肩にかけるだろう。シャツだったらこう袖を通すだろうと練りに練り、考え抜きましたね。だから、初めて浩輔の部屋に龍太を呼ぶシーン、あれはワンカットで撮っているのですが、カメラマンの池田に「(ワンカットでも)絶対にヴィトンのリュックを置いたことが分かるように撮影して」と伝えました。

音楽で言えばビートルズを使ったら、それだけで泣けたりする効果がありますよね。ハイブランドの洋服には、すでにみんながそれに対しても持っているイメージを物語の中で利用することができる効果があります。本物を使う面白さを感じました。

鈴木亮平 ryohei suzuki
© 2023 高山真・小学館/「エゴイスト」製作委員会

どういう見方をするかは観る人に任せる

――この話はあえて大雑把に表現してしまえば、「身請け」の話です。性産業従事者に、経済的支援と引き換えに足を洗わせる…。確かに愛情は介在しているけれども、これを「愛」とは呼べないし、呼ばせないというせめぎ合いが原作小説には垣間見られます。今回の作品でも2人が単に健気に愛し合う恋人たちに映らないよう、ギリギリの部分で推し留める雰囲気がありました。それは意図されたのですか?

はい。意識しました。

氷魚のことを、「すごいな」と思ったシーンがあります。車を買う場面です。浩輔が買ってあげようとしているのを、「いやいや」といったん抗います。「じゃあ半分出して。それならいいでしょ」と提案され、「うん、わかった」「ありがとう」と答えます。

龍太は浩輔から愛情をもらってはいるものの、別の苦しみを与えられているわけです。それこそが浩輔のエゴです。ありがたいと思いながら、浩輔の行為は同時に「もしかしてウリ(セックスワーク)をしていたほうが楽だったかもしれない」と思わせるくらいの、龍太にさらなるいばらの道を進ませる行為であることを、彼が「ありがとう」を言う直前の一瞬で表現しないといけない…。指示は出しましたが、せめぎ合う感情を見せたそのときの氷魚の表情が、本当に素晴らしかったのです。起用してよかったと思った瞬間でした。

miyazawa hio
© 2023 高山真・小学館/「エゴイスト」製作委員会

――これはエゴが悲劇を生む物語ですね。エゴとは何なのか? そこを読み取るかどうかで、見え方が180度変わってしまう作品だと思いました。うっかりすると、同性愛者の恋愛」に対する先入観が強い人は、同性愛者の恋愛だからこそ本来浮き出てくるはずの本題すら見えなくなる恐れもあります。

そうですね。それでもどういう見方をするかは観る人に任せようと思ってつくっています。それ以上に、観る人を信じることにしています。「わかってもらえないんじゃないか?」ではなく、「わかってもらえるはず!」と。僕も観客の皆さんに育ててもらっているわけですし…。難しさのちょっと先を行くことが必要な気がしています。全部わかるようにするのではなく、ほじくっていく面白さを観客に残そうと思っています。

商業性と作家性を両立させるべく悩んだキャスティング

――主人公を、鈴木さんと宮沢さんの2人にしようと決めたのはなぜでしょうか? 現実離れしたカップルにも見えます。特に鈴木さんは、浩輔の役にしては格好良すぎて、“モテ筋”すぎる気がしました。

おっしゃるとおり、最初にプロデューサーから提案されたときは正直僕もそう思いました。ユニコーンみたいな2人ですよね。本当にこんなカップルが存在するのか疑うような(笑)。商業性と作家性を両立させる意味で言えば、彼ら2人はかなり意味があるでしょう。(ゲイ映画であるこの作品を)より多くの人に観てもらうためにも…。

とは言え、浩輔はパーソナルトレーナーを必要としているくらいだから、もうちょっとぽっちゃりしていないといけないし、原作からしたら浩輔はもう少し背が小さくないかな?と…。2週間くらい悩みましたね。

亮平とはそれぞれ役者・監督になる前からの友人なのですが、普段の彼はかなり柔らかな印象をもっている人です。浩輔は独りのとき、親の前、恋人の前、いろいろな顔を演じ分けている人。浩輔自身も芝居をしているのです。そこは2人の共通点でもあります。僕は原作にあるザラつきを意識して撮りたかったので、架空の世界にいるような2人でも、彼らがその世界にふつうの「人」として入ってくれれば、見た目の違和感は消えていくのではと思い決断しました。これがもしキラキラしている感じだったら、「いやいや、ありえないでしょ」となってしまったと思います。

――2人の説得はすんなりいきましたか?

亮平は原作をすごく気に入って、僕がデビュー作のドキュメンタリー(2011年公開『ピュ~ぴる』)でトランスジェンダーのアーティストを撮っていたことも知っていたので、「大司さんなら、今まで日本にあった『ゲイ映画』とは違うものを撮ってくれるんじゃないか!? そこに懸けてみたい…」と。「はじめまして」の人だったら、もしかしたら撮影は成功していなかったかもしれません。

氷魚はどうだろう…僕は意外とすごい熱量で役者に話すのですが、それに納得してくれたのかな(笑)。信頼はしてくれた…とは思います。 

suzuki ryohei
© 2023 高山真・小学館/「エゴイスト」製作委員会

松永大司(Matsunaga Daishi)/1974年生まれ。友人のトランスジェンダーで現代アーティストのピュ~ぴる氏を、8年間追い続けたドキュメンタリー映画『ピュ~ぴる』(2011)で監督デビュー。同作は、ロッテルダム国際映画祭をはじめとする映画祭で高い評価を獲得。その後『トイレのピエタ』(2015)で長編劇映画デビューを飾ると、2017年には再びドキュメンタリー映画『オトトキ』を撮影。『ハナレイ・ベイ』(2018)、『Pure Japanese』(2022)に続く本作は、“アジアのアカデミー賞”とも称されるアジア・フィルム・アワード(2023年3月12日開催)で主演男優賞、助演男優賞、衣装デザイン賞の3部門にノミネートされている。


『エゴイスト』 全国公開中

エゴイスト 鈴木亮平 宮沢氷魚
© 2023 高山真・小学館/「エゴイスト」製作委員会

14歳で母を失い、田舎町でいじめられながら思春期を過ごした浩輔(鈴木亮平)は、そんな田舎に復讐するかのように東京の出版社でファッション誌編集者として華やかな毎日を送っていた。やがて、シングルマザーの母を養うパーソナルトレーナーの龍太(宮沢氷魚)と出会い恋に落ちると、龍太に経済的援助を申し出る。束の間の幸せが続く中、やがて2人の関係は思わぬ方向へと向かっていく…。
2020年に亡くなった高山真氏が2010年に上梓した自伝的小説を原作にした、当時の同性愛者を取り囲む日本社会を潜在的に反映させた物語。

出演/鈴木亮平  宮沢氷魚
中村優子 和田庵 ドリアン・ロロブリジーダ/ 柄本明 / 阿川佐和子

公式サイト