クラセアスールとは、昨今注目を集めているプレミアムテキーラブランドです。従来のテキーラの概念を覆すような香り高く上質な味わいに、陶器のデキャンタはまさに芸術品。ですが、クラセアスールの注目すべき点は、商品のクオリティだけではありません。
クラセアスールは創業当時から、メキシコ文化の保護に取り組んできました。非営利組織「Fundación Causa Azul(カウサ・アスール財団)」を持っており、この組織の活動を通じてメキシコの職人たちと伝統技術を守りながら、彼らにとって尊厳のある生活の実現を目指しています。
また、機会均等にも取り組んでおり、中でも女性のエンパワーメントに対して力を入れて活動しています。例えばメキシコでは、以前より先住民女性が言語、性別、社会的・経済的地位から、高い脆弱性と差別があることに着目し、現地コミュニティの女性を採用。今ではクラセアスールの工場で働く従業員の半数以上が女性で、その中の3割がメキシコの小規模コミュニティ出身の職人になっています。
また、彼女らがよりよいキャリアを歩めるようなサポートも。女性のエンパワーメントに対する取り組みとしては、初の女性蒸留長の採用もその一つです。
メキシコはもともと、「マチスモ(machismo=スペイン語のmachoに由来)」という男性優位主義が根強かった国。よってテキーラ業界も、女性の活躍の場が少ない業界でした。そんな中で行われているクラセアスールのこうした取り組みは、「革命的」とも言えます。
持続可能でよりよい世界を目指そうと、現在世界中で取り組まれている「SDGs(Sustainable Development Goals=持続可能な開発目標)」の目標の一つには、「ジェンダー平等を実現しよう」と掲げられています。これは国際的に見て、ジェンダーギャップ指数が低い日本も無視できない問題であるはず。すでに取り組んでいるものの、うまく進んでいないというところもあるでしょう。
そこで今回、クラセアスール初の女性蒸留長となったヴィリディアナ・ティノコ氏の来日を機に、インタビューを敢行。クラセアスールの取り組みやティノコ氏のキャリアを紐解けば、機会均等の実現、女性の活躍推進につながる手掛かりをつかめるかもしれません。
編集部:メキシコ国内全体で、中でもテキーラ業界では女性の活躍の機会が限られていたそうですが、クラセアスール初の女性蒸留長に抜擢されたときの率直な想いをお聞かせください。
ヴィリディアナ・ティノコ氏(以下、ティノコ氏):指名されたときは責任の重大さを感じるとともに、自分の努力が認められたことを非常にうれしく思いました。
私はもともと食物一般に対する化学者で、発酵をテーマに小麦粉に関する仕事をしていたんです。その後、発酵を研究していく中でテキーラの原料であるアガベ(多肉植物)シロップと出合い、アガベに、そしてテキーラに興味を持つようになりました。つまり、最初からテキーラの製造に精通していたわけではありません。
そこで品質管理マネージャーとしてクラセアスールに入社した後に、マスターコースに入り直して、テキーラの製造プロセス全体について学ぶことにしたのです。そして得た知識をもとに、クラセアスールが求めるノートやニュアンスに近づけるためにアガベの抽出、発酵、蒸留、熟成など各段階において細かな調整をして製造プロセスを改善し、現在のクラセアスールのプロファイルを確立しました。
ティノコ氏:クラセアスールとしては、女性蒸留長が誕生するのは初のことでした。メキシコ全体を見れば、他にも数は少なくとも女性の蒸留長がいると思います。ですが、それは恐らく長年その企業の中で着実にキャリアを積んできた方々で、私のように7年という決して長くない期間の中で、テキーラの製造技術の専門的な内容を積極的に学びながら蒸留長に就任したケースはあまりないのではないか? と思います。
編集部:お話を聞いていると「向上心あふれる方」という印象ですが、ティノコさんがさまざまなことを積極的に吸収しながら、ご自身の力を存分に発揮して働けている理由は何だと思われますか?
ティノコ氏:「人を大切にしよう」という姿勢が、クラセアスールにはあるからです。例えば製造プロセスの改善のときには何度も実験を繰り返してきまして、決してすぐ結果が出たわけではなかったのですが、会社は常に私のことを信頼してくれていました。そして学びの機会をはじめとする、さまざまなチャンスも与えてくれました。そのおかげで、現在のクラセアスールが出来上がっています。
会社が成長するために大事なのは、やはり人だと考えています。その組織にいる人が成長していくことで、会社も成長していくのです。そのためには、ツールや機会をその人に与えることが必要。そして、クラセアスールはそれを用意してくれる会社なのです。
編集部:メキシコでは男性優位の考え方が根づいていたようですが、組織の中でリーダーシップをとるのに苦労されたことも多かったのではないでしょうか?
ティノコ氏:今は、「マチスモ」と呼ばれる男性優位の考え方も変わりつつあります。これまで常に男性に囲まれて仕事をしてきましたが、女性一人であることをほとんど意識することはなく対等に働けていたと思いますし、コミュニケーション上の壁もなく信頼関係も築けていました。
ただ、テキーラの蒸留所がある小さなコミュニティの村を訪れるときには、そうはいかないこともありました。「蒸留所に女性が入ると、悪いことが起こる」といった考え方が残っていまして、蒸留所に入るのを断られたことがあります。
編集部:現在放送中のNHKの連続テレビ小説『らんまん』でも話題になっていましたが、日本の酒蔵も女人禁制とされた時代がありました。今でもそのような考え方が残る職業や場所もあります。ティノコさんのときは、どうやって解決したのでしょうか。
ティノコ氏:クラセアスールとしては、その村でテキーラを造る必要がありました。が、彼らの考えをねじ伏せて造るべきではありません。そこで、「そのコミュニティが持っている伝統的な考えも尊重しながら、自分たちの目的を達成するにはどうしたらいいのか?」を考え抜いた結果、アプローチの仕方を変えて交渉することを考えました。
具体的には、「私という女性の一労働者が自分のために入るのではなくて、クラセアスールという組織が蒸留所に入りたい。その関係で私が入る必要がある」「私自身は製造プロセスを設計する立場なので、蒸留所にある蒸留器や物には触らない」ということを説明していきました。そして、少しずつ納得してもらうことができたのです。大変でしたが、「決して諦めない」という想いがありました。
編集部:そういう想いがあるものの、やはり一方的な主張を押しつけるのは違うもの。考え方が違う相手と良好な関係を築いていくためには、相手が何を理由にそう言っているのか? を考える必要がありますよね。互いの意見を尊重し合って、分かり合うことが…。
ティノコ氏:そうですね。人は全て同じ考えを持っているとは思っていません。それぞれが違う思想や考え方を持っているので、その違いをどうやったら理解してもらえるか? 納得してもらえるか? を常に考えています。
編集部:ティノコさんご自身は、昔からそのような考えを持って行動されてきたのでしょうか。
ティノコ氏:若い頃は違いました。表現能力は高かったと思っているのですが、若いがゆえに、自分自身のやりたいことを表現するだけの時期もありました。
ですが会社で徐々に、ボス的な発言や自分が正しいということを主張するのは違うことに気づき始め…。特にトップの立場になった頃には、「相手に寄り添いながら、理解してもらうための方法を考えていかなければならない」と思うようになりました。そういう考えに至ったのは、やはり会社が自分を信頼してくれたからです。そこに応えたいという気持ちがありました。
編集部:女性の活躍の場が少ないという課題は日本でも同様で、「女性管理職の割合は国際的に見ると依然として低い基準」と言われています。クラセアスールのように女性が働きやすく、そして活躍できるようにするには何が必要でしょうか。
ティノコ氏: 私たちも常に試行錯誤していますが、2022年に立ち上がった女性がリーダーシップを持つための組織で、リーダーレベルの女性たちによって意見交換やトレーニングが行われる委員会「WILCAM (Women in Leadership Clase Azul Mexico)」があります。実はこの組織をつくろうと考えたのは、女性ではなくて男性なんです。つまり、女性活躍の機会を推進するには、男性側の理解がやはり欠かせないということです。
編集部:仕組みや制度といった枠組みをつくるだけでは、本当にジェンダー平等にはならないということですよね。
ティノコ氏:そういうことです。クラセアスールで働く男性たちは、「女性がより活躍できるような機会をつくり、リーダーシップをとれるようにしなくては…」という考えを持っています。ではここで、「なぜ、クラセアスールの男性がそう考えるのか?」 と言うと、先ほどお話ししたように、「会社が一人一人の可能性を信じ、それぞれが輝けるような機会やツールを与えよう」という思想があり、さらにそれを実際に形にしてくれるから、働く人たちも会社を信じてついていくのではないでしょうか。
編集部:クラセアスールは、今後どのような取り組みを考えていますか?
ティノコ氏:新しく何かを始めるというよりは、これまで取り組んできたことを強化していくことを考えています。それはメキシコの文化の保護もそうですし、機会均等への取り組みもそうです。
そのために「WILCAM」に必要な機会やツールを提供することで、リーダーポジションの人たちだけでなく社内全体の組織として拡大していきたいと思っています。ゆくゆくは他の企業や業界にも広げていくことができたら、ジェンダー平等への動きを加速できるのではないでしょうか。