岩井俊二 キリエのうた,アイナ・ジ・エンド,sixtones 松村 北斗,粗品
CEDRIC DIRADOURIAN
『キリエのうた』原作・脚本・監督、岩井俊二(いわい しゅんじ)。1988年よりドラマやMV、CM等多方面の映像世界で活動を始め、その独特の映像は“岩井ワールド”と称され注目を浴びる。1993年『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』がテレビ作品にも関わらず、日本映画監督協会新人賞を受賞。初の長編映画『Love Letter』は、アジア各国で熱狂的なファンを獲得。2012年には、東日本大震災復興支援ソング『花は咲く』の作詞を担当するなど活動は多彩。主な監督作品に『スワロウテイル』『リリイ・シュシュのすべて』『リップヴァンウィンクルの花嫁』など。


人間(フィジカル)に訴える
本当の意味での映画づくりとは

生成AIによる自動化されたクリエーションがこのまま隆盛していけば、おそらく心ない…共感から遠のく時代になるのでは? 私(筆者:佐藤光)は今後、“人間らしさ”“人の手の感触”というものが最も重要な価値を持ってくるような気がしてしょうがありません。

ロボットは人間に近づき、効率化を重視する人間はロボットに近づいてきているように思えるのです。まるで頭の中のプログラムをなぞるかのように、効率的なこと(そう振舞える人間)が“最も正義”と声を上げる人々…。そんな一部の効率理想主義者はきっと、その正義(価値観)とやらからはみ出た人々に“脱落者”というタグを付けて(烙印を押して)、きっとフィルタリングすることでしょう。

そんな私が岩井俊二監督の作品を観て感じることは、「器用に生きられない人へのラブレター」では…と。そう、讃歌かとも思えるのです。彼女ら彼らにスポットライトを当てることで、「彼女ら彼らこそリアルである」と主張しているのかもしれません…。

岩井俊二最新作
『キリエのうた』に感じる
心からの賛歌

2023年10月13日(金)に公開される岩井俊二監督の最新作『キリエのうた』では、ともすれば、“社会”の脇道を歩んでいるように見える登場人物たちが物語を展開していきます。それに勇気づけられる観客も少なくないでしょう。ですが、否定的な歯がゆさを抱く観客もいるかもしれません…。「私だったら、もっとうまく生きていくわ!」と。

ですが、それは幻想かもしれません。誰しもこの登場人物たちと似たような局面に立つことがあるでしょうし、今後そうなる可能性も否めないはず。それを気づかせてくる映画だと私は思います。

今回は、そんな映画『キリエのうた』ができるまでの経緯と、主演を務めたアイナ・ジ・エンド(以降、アイナ)さんの魅力について、エスクァイア日本版は編集長小川とともに、岩井俊二監督へインタビューさせていただく機会を得ました。

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岩井俊二監督インタビュー】音楽映画『キリエのうた』主演ミューズとしてのアイナ・ジ・エンドの魅力
CEDRIC DIRADOURIAN
ジャケット40万円、シャツ9万5000円、パンツ7万9000円(参考価格)、シューズ14万8500円(すべてディオール/クリスチャン ディオール TEL 0120-02-1947)

本作を“音楽映画”
と銘打ったその経緯とは

エスクァイア日本版:2023年8月下旬に『キリエのうた』の試写を拝見させていただきました。本作品を「音楽映画」と銘打っておりますが、これはどのような思いが込められているのですか? 

単に、ミュージックビデオのストーリーが拡大されただけでもない…。まさに、音楽と映像が同じくらい大切な位置にある、新たなジャンルの作品を観たような感激でいっぱいになりました。監督としては、どのような思いから「音楽映画」としたのでしょうか? 

岩井俊二監督(以下、岩井監督)“音楽映画”と銘打ったのは、ちょっとしたきっかけがあります。十年ぐらい前ですが、あるプロデューサーと話をしているときに『(1996年公開映画『スワロウテイル』みたいな…)音楽映画をつくらないのか?』と言われて、そのときハッとしたんです。自分の中では、単に“映画”をつくっているという思いでしたが、そのときに、“そうか…音楽映画という考え方があるんだ”と思ったんです。

そんな話をしていたら、そのプロデューサーから『音楽映画をつくる映画監督としては、世界で三本の指に入るじゃないですか』と言われて…。そもそも音楽映画と言える作品をつくっている映画監督はあんまりいない。思い当たるのは、世界で三人くらいしかいないな…と(笑)。――実写映画、アニメーション映画に加えて、音楽映画というジャンルを、自分の中でそのときから意識し始めていたのだと思います。そうして、「タイミングを見ながら、継続して音楽映画なるものをつくっていきたいな」と思うようになりました。

岩井監督:それから、独学で勉強したり、知り合いのギタリストに教えてもらったり

しました。演奏することについては、全くの素人だったので…。

エスクァイア日本版:YouTube「岩井俊二映画祭」を観ると、Shortのほうで安藤裕子さんとピアノの練習をしていましたね。

岩井監督:そうですね。作曲みたいなことは、学生の頃からずっとやっていまして、DTM(Desk Top Music)みたい感じで、パソコンを使って作曲していましたので、特に技術的な面で困ったことはなかったんです。ただ、演奏する“生理的(身体的)なモノ”に関しては全然わからなかったので、それで人に教わったり、自分で勉強したりしました。例えば、ピアノとかギターとか…音楽的に何が合っているのか? みたいなところをもっと知りたかったので。

また、結成した音楽ユニット『ヘクとパスカル』の中で、少しは自分も演奏ができたほうがいいだろうと思いまして…。ピアニストはすでにいましたので、ギターを始めました。ギターリストはもうひとりいたのですが、二人で一緒にやれたらいいという流れになり、そのギターリストに教えてもらいながら始めたわけです。

岩井監督:そんな僕の師匠になった若いギターリスト(兼ヴォーカリスト)の宮内陽輔さん(ヨースケ@HOME)が、2019年6月に亡くなってしまい…。活動も一時止まってしまいました。

そして別のギターリストと一緒に組む機会がありまして、『ikire(いきれ)』というユニット名で現在もギターリストとして活動を続けています。その中でギターやっていくと、『あ…ジャズってこうなっているんだ』とか、少しずつ音楽の理屈も詳しく分かってきて…。それがまたピアノにフィードバックしていって、ピアノがもっとうまく弾けるようになるとか、相乗効果が生まれてもいきました。素人レベルですけど、趣味で楽器にさわることは楽しい状況になってきている感じですね。

エスクァイア日本版:なるほど、そうして監督が頭の中に浮かんだストーリーの断片には、具体的な楽器の音でBGMも流れ出す…そんなイメージが勝手に浮かびました。実際、岩井監督はどのような順番で映画の構想を考えているのでしょうか? 小説として物語をつづることから始める印象ですが、そこでご自身の体験や想いを物語に落とし込むといったスタイルですか?

岩井監督:文章から入る場合もありますが、アニメーションをやるときもそうだったんですが、自分で画(絵)を描くところから始めることも多いです…。例えば『花とアリス殺人事件(2015)』を製作しているときのことですが、向こう十年前ぐらいからずっと毎日のように画(絵)を描いていましたので、その映画のアニメーションの中でも実は、いくつか自分で描いていたりもしているんですよね。 主人公の顔とかは、けっこう僕が描いていますよ(笑)。

今回の映画『キリエのうた』でも十年くらい前から準備期間がありまして…、ん、準備していたというよりは、何か音楽映画をつくりたいなという構想があったという感じですね。そんな流れの途中で、たまたまアイナさんに出会えたわけです。まだ、物語の全容など見えてない段階で、です。

圧倒的な存在感を放つ
アイナ・ジ・エンドの魅力

圧倒的な存在感を放つアイナ・ジ・エンドの魅力
CEDRIC DIRADOURIAN

エスクァイア日本版:やはり、アイナさんの歌声ばかりでなく、その演技にも心が「響く」というよりも「揺さぶれられる」感覚があったのですが…。そこで気になるのが、彼女ありきのストーリーだったのか、それともストーリーができてから主役は彼女しかいないな…となったのでしょうか? 可能であれば、そもそもこの作品のテーマ、ストーリー、キャスティングなどこの作品がどのような順番で形づくられたか、少し具体的にお教えいただけますか?

岩井監督:ストーリーに関して言えば最初は、たまたま思いついたという感じでしょうか…。「田舎から出てきた女の子(ミュージシャン)とそのマネージャーの物語」、みたいな感じを題材にしようと思いました。

実は最初の構想では、この二人は劇中のエピソードのひとつとして少し登場するだけだったんです。ですが、「この二人(キリエとイッコ)の物語を、もっと拡張してみよう」と思ってやり始めたのが2年くらい前からですね。それと、当初は短編映画くらいを想定していたのですが、アイナさんも興味をもってくれて、彼女の声をイメージしながら物語を書き進めていくと、どんどんどんどん…イメージが拡がっていったという感じです。

エスクァイア日本版:短編だったなんて、想像できませんね。

岩井監督:はい。正直なところ、短編だとアイナさんの歌声が(映画と物語に)収まらない…収まりきれないと思ったからです。

エスクァイア日本版:劇中でキリエが音楽プロデューサーの前で、ある場所で初めて歌声を披露したときがありますが、あの衝撃は圧巻でした! 自分もその場に同席していたかのように…。

岩井監督:本当にその通りですね。僕もそこで初めて聴いたときはもう…衝撃的でした。いまだにそうです。

エスクァイア日本版:この『キリエのうた』を撮り終えた後のアイナさんに対する印象は、以前と変わりましたか? まさに“歌姫”、“ミューズ”といった存在でしょうか

岩井監督:……本当に、何と表現したらいいのでしょうか。非常に魅力的ということは言わずもがななのですが、「いまの時代のカリスマに成り得る素質をもつ存在と、偶然にも一緒にお仕事をさせていただいた」という思いです。それぞれの時代に、常にそういう存在がいるんでしょうけど…。

改めて今の時代って、本当にすごいと思っていまして…。例えば野球では大谷翔平さんがいて、ボクシングでは井上尚弥さんいて、マンガ界とか見てもすごい才能があふれていて…『チェンソーマン』の藤本タツキさんや『呪術廻戦』の芥見下々さんとか、若くして圧倒的に力強く没入感のわくパフォーマンスを発揮しています。

この何十年間というのは、「少し器用になりすぎていた時代だ」と感じています。僕らが若い頃ってまだまだ荒削りの時代だったのですが…。そこの違いを考えると、現代は情報が自由に手に入るようになっていて、ただその代わり、みんな情報を持っているだけに、「そこで抜きん出ることは逆に難しい時代なのかな」なんて思っていました。「飛び抜けた存在が出にくい時代だ」と…。でも、いまにきて「そんな環境の中でも、“こんなにも飛び抜けた存在”が出てくるんだ」という驚きと、「そういう段階に入ってきている時代なんだな」と感じています。そこで、「音楽界という時代の代表が、アイナさんだ」と僕は確信しました。

そんな素晴らしい人と一緒に、自分の考えた物語で映画がつくれるというのは感動的ですし、とても不思議な感じもしています。でもそれだけ、「すさまじいほどのポテンシャルを持っている人だな」って確信しています。

エスクァイア日本版:イナさんをBiSH(ビッシュ)の頃に観て(聴いて)、その歌声にあふれんばかりの才能を感じ取っていた人も多いと思うのですが、ただ、少しマニアックな世界の人だったとも思っていました。その後、MONDO GROSSOとフィーチャリングして実力を見せつけた後に、岩井俊二監督と出会って、この音楽映画に出演するという…これってかなり絶妙なタイミングだと思うのですが、もしや岩井監督のプラン通りの流れなのですか? つまり、アイナさんのソロの企画に絡んでいたのかと…。

岩井監督:全然そんなことなくて…(笑)、ただただ本当に偶然でした。実は僕、BiSHも知らなかったですし、たまたまROTH BART BARONさんのライブにゲスト出演しているアイナさんの動画を観ることがあって、ほとんど彼女に関する知識がない状態のまま観たので、『なんだ、この子は…』という感じで衝撃がことさら大きかったのです。そこから彼女の歌とライブを観るようになり、生で聴いてなおさら、「とんでもない才能のある人だな」と感じるようになりました。

ちょうどそんな頃に取り掛かっていたのが『キリエのうた』だったので、「アイナさんと一緒にお仕事ができればいいな」とは思っていました。

「何も持たざる者…あの路上のミュージシャンが何も持っていないけど、この世界の全てを持って…」

岩井俊二 キリエのうた,アイナ・ジ・エンド,sixtones 松村 北斗,粗品
CEDRIC DIRADOURIAN

エスクァイア日本版:後に、『キリエのうた』を拝見した私(編集長小川)の見解について話させてください。

自由に生きることの尊さを表現しながら、その一方で、それでもみんな十字架を背負いながら歩んでいる…そこでその重さを癒(いや)すために、ときには“止まり木”や“頼り”は必要となるでしょう。そのひとつが音楽だ…と言っているように感じました。まさに“キリエ・エレイソン”のように。

ですが、そうした中で罪を犯すこともある…そして、罰を受けることもあるでしょう。それが最後のあのシーンに表れているのでは…と。それでも人は前に歩いていく、前に歩くべきだ…と、若者たち、そしてそれを忘れかけている私(編集長)のような年寄りたちも元気づけるような映画だと感じました。50歳後半の私にも、しっかりと前に進む勇気を再注入してくれた映画でした(笑)。

岩井監督:そのような解釈をしていただき…ありがとうございます。僕の思いも、それに近い気がします。自分の作品で言うと、『PiCNiC(1996)』をよく思い出したりするんですけど、「一周して、近いところをまた撮っているな」って感じがしています。

偶然にもアイナさんも、僕を知らないときに観てくれていた『PiCNiC』が大好きなようで…。だから何か“『PiCNiC part 2』”じゃないですけど、近いテーマをここへ来て製作している実感もあります。

何も持たざる者…劇中(『キリエのうた』)のあの路上のミュージシャンが何も持っていないけれど、この世界の(全てを)持ってる…みたいなことが、自分の中で表現できたかと思っています。

エスクァイア日本版:『PiCNiC』、私も大好きです。DVDを持っていて故・篠田 昇さんの光の捉え方&カメラワークも最高ですし、私の昔の友人も出演していますので…もう何十回も観ています。そうですか、そう聞くとさらにこの映画を劇場で観るのが楽しみで仕方なくなってきました。かと言って、さらに謎は続きますが…(笑)。

とは言え、さっそくアイナさんの歌を支えに、世界の終わり(それは始まりでもある)を見に行くため塀の上を歩き始めることにします…。本日はどうもありがとうございました。

映画『キリエのうた』
2023年10月13日(金)
全国公開

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
映画『キリエのうた』60秒予告【10月13日(金)公開】
映画『キリエのうた』60秒予告【10月13日(金)公開】 thumnail
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  • 出演者:アイナ・ジ・エンド、松村北⽃、⿊⽊華、広瀬すず、村上虹郎、松浦祐也、笠原秀幸、粗品(霜降り明星)、⽮⼭花、七尾旅⼈、ロバート キャンベル、⼤塚愛、安藤裕⼦、鈴⽊慶⼀、⽔越けいこ、江⼝洋介、吉瀬美智⼦ 、樋⼝真嗣、奥菜恵、浅⽥美代⼦、⽯井⻯也、豊原功補、松本まりか、北村有起哉
  • 原作・脚本・監督:岩井俊二『キリエのうた』(文春文庫刊) 
  • 音楽:小林武史
  • 主題歌:「キリエ・憐れみの讃歌」Kyrie (avex trax)
  • 製作プロダクション:ロックウェルアイズ
  • 配給:東映
  • コピーライト:Ⓒ2023 Kyrie Film Band

公式サイト

Photograph / Cedric Diradourian
Stylist / Masahiro Tochigi
Hair & make / Makiko Hayashi(tree・tree)
Interviewer / Kazushige Ogawa
Edit / Hikaru Sato