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映画『アイアンクロー』“男らしさ”にこだわる毒親が奪った息子たちの命

長男の事故死から始まり、6人兄弟のうち生き残ったのはたった一人。世界的に有名な「呪われたプロレス一家」を、“トキシック・マスキュリニティ(毒になる男らしさ)”を切り口に描いたショーン・ダーキン監督にインタビュー。

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© 2023 House Claw Rights LLC; Claw Film LLC; British Broadcasting Corporation. All Rights Reserved.

フォン・エリックと言えば、往年のプロレスファンなら知らない人はいない“大名跡”。戦後元ナチを標榜し、悪役として父フリッツが活躍。得意技「アイアンクロー(鉄の爪)」を武器に、日本ではジャイアント馬場との死闘を繰り広げましたが、息子たちもプロレスラーに育て上げたことでも有名です。1970~80年代にかけ彼らは、日本でも活動し著名な存在となりました。

ですが、その息子たちが次々に早逝(そうせい)。いずれも悲劇的な亡くなり方だったことから、プロレス界の「呪われた一族」として現在でも語り継がれています。そんな物語をザック・エフロン、ジェレミー・アレン・ホワイト、ハリス・ディキンソンら若手スター俳優を起用し、その呪いの正体に深く切り込んだ『アイアンクロー』が日本でも公開されます。

“男らしさ”が男性をどう蝕むのか

dallas, texas november 08 writerdirectorproducer sean durkin attends the premiere of a24s the iron claw at the texas theatre on november 08, 2023 in dallas, texas photo by stewart cookgetty images for a24
Stewart Cook

「男性」に課されるプレッシャーがいかに男性の人生を蝕(むしば)み、周囲の人間をも傷つけていくのか――。『マーサ、あるいはマーシー・メイ』(2011年)のショーン・ダーキン監督(写真)が、唯一生き残ったケビンの視点でその過程を非常に明快に描き出しています。

若手男優の鍛え上げられた肉体美と対比するように、一家の精神を蝕む闇は濃く、胸が詰まりそうになる苦しい物語。実話にもとづいたこの物語を、現代的な切り口で表現した監督の動機を探るべくインタビューしました。

※以下、映画の内容に触れる記載があります。ご注意ください

プロレス映画を再批評するプロレス映画

von eric family
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名作プロレス映画と言えば、2008年にヴェネツィア映画祭金獅子賞を受賞した『レスラー』を思い起こす人も多いはずですが、「男の美学」のごとく語られることが多いこの作品に対するアンサーとも言えるのが、この新たな名作『アイアンクロー』。男らしさの“毒”をプロレスリングを通じて描く本作は、幼少期からの「長年のプロレスファン」を公言する監督たっての企画だったと言います。

「作品のアイデアは最初から私が企画しました。7、8歳のころからプロレスと映画が両方好きで、ずっとこんな映画を撮りたいと思っていたのです。あるとき、『フォン・エリック一家の物語を映画にしたら興味深いものになるのではないか』というアイデアが降りてきたというわけです。そこで、以前から組みたいと思っていたプロデューサーに相談したところ、『やってみよう』という話になりました」

(写真)下段中央から時計回りに実際の父フリッツ、次男ケビン(ユニットとしての設定は長男)、三男デビッド(同次男)、四男ケリー(同三男)

「男性」をひとつの箱の中に閉じ込める男性性

two men holding flowers
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幼少期に亡くなった長男ジャックを除いて、三男デビッド、四男ケリー、五男マイク、六男クリスがそれぞれ非業の死を遂げた フォン・エリック兄弟。

男ばかりの大家族話を、あからさまなほど「トキシック・マスキュリニティ(毒になる男らしさ)」を切り口に展開したことについてダーキンはこうも説明します。

「最初から私は決めていました。タイトルの“アイアンクロー(鉄の爪)”は父親のキメ技ですが、それをイメージ化したところ、非常に古典的な男性性を感じるものでした。この男性性はそれぞれの子どものもつ個性を無視し、その爪で捕え、全ての『男性』をひとつの箱の中に閉じ込めてしまう…。そんな力だと受け止めました。そこを掘り下げることは、最初の段階から決めていたのです」

肉体を鍛え上げ、闘い合う世界の大きな魅力のひとつである“男らしさ”を、男性個人を閉じ込める「檻」として批判的に視る企ては、息子たちが父を尊敬しながらもその暴力性に絡めとられ次々と自壊していく姿をフォーカスしたことで、見事に成功していると言えるでしょう。

(写真)来日中、天龍源一郎戦直前に突如病死を遂げた三男デビッドの追悼興行で、彼の異名“テキサスの黄色いバラ”にちなみバラを掲げるケビン(右)を劇中では忠実に再現。

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良き母像が悪しき男性性を再生産する「力学」

a group of people sitting in a church
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家父長制を信じて疑わない父親の残酷さ。その輪郭を可視化していくストーリーテリングはもちろんのこと、見逃せないのは、母親の存在。信仰心のあついバプテスト派の彼女が、むしろ強制される男らしさに苦しむ息子たちの救いになるのではなく、むしろ、やんわりと追い詰めていく側に立っている点です。

「男性は家庭でも社会でも、リーダーでなければならない」と主張する父とは違う形の理想を強要し、家父長制を再強化しているのです。その背後には、彼女のクリスチャニティが頻繁に見え隠れしています。

この描写が意図的なのか? それとも無意識なのか? によって、作品自体の解釈が大きく変わりますが、宗教性に関わる繊細な質問に監督は、丁寧にこう回答してくれました。 

「それは、リサーチをしている段階で見えてきた部分が大きいです。どの家族にもルールがあるものだと思っていますが、この家族においては、フリッツが教える『強さと義務』がルール。一方で母親は、『慈愛と信仰』を担う…これが役割でした。このジェンダー・ダイナミクス(性別役割が機能するシステム)とルールは、あの世代では幅広く広まっていたものです。私の両親も、ともに7人きょうだいで育ってきた家系だったのですが、そんな両方の祖父母ともにそのような考えだったのです。祖父の考えや行動を良しとしていなかったとしても、祖母は従っていたのです。なぜなら、それが彼らの『力学』だからです。この事実を正直に描きたかった――」

(写真)家族に信仰心を植え込む母を演じるのは「ER 緊急救命室」のモーラ・ティアニー

宗教とジェンダー

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Brian Roedel

ダーキンは、さらにこう続けます。

「(宗教とジェンダーについては)昔から意識してきました。とても幼いころから…。結婚におけるジェンダー・ダイナミクス、そして宗教に関しても、『なぜ?』という疑問が常にありました。なぜ私は宗教系の学校に通わせられ、なぜ言葉もわからない祈りを教師に強要されなければならないのか? なぜ父はいつも誕生日席に座るのか? そして、なぜ息子を殴るのか? 私には納得がいかないことばかりでした。6、7歳のころから抱いている、これらの疑問全てが私を形作っているのです」

(写真)三男デビッドを演じるのは2022年カンヌ国際映画祭パルム・ドール『逆転のトライアングル』で世界的認知度を上げたハリス・ディキンソン。プラダの2024年春夏キャンペーンにも登場している。

弱さを否定する毒親

a couple of men with their arms raised in the air
Devin Yalkin

「息子全員トップ選手に育て上げた父」「息子全員●●大学に入学させた母」「息子全員医師に育てた母」などがオーバーラップする親像。安易にこのような親を賢父・賢母と誉めそやす言説がほのめかすのは、「男性は負け組になったらおしまい」というメッセージ。また同時に、子は親に栄誉や羨望をもたらすための存在であるべきだと言う、非常にキリスト教的メッセージ*でもあります。

その残酷さをストレートに感じるのは、末っ子のマイクが試合中の事故で後遺症を負い、介護する母親に謝罪する場面。障がい者となり「家族の足を引っ張っている」と詫びる息子のフォローを、慈愛に満ちているはずの親が回避するのです。息子の成功を望む親が、自分たちの理想と比べて“弱い存在”となった途端に受け止められず戸惑うシーンは、世間の“基準外”の人間を蔑ろにする自由主義社会そのものを象徴するものであり、本作で最も辛いシーンと言えるでしょう。

*旧約聖書には「知恵のある子は父を喜ばせ、愚鈍な子は母の悲しみである」(箴言10章1節)など、子どもは親の誉れとなるようにと解釈される節がいくつか存在する[新改訳改訂第3版]

(写真)ジェレミー・アレン・ホワイトが演じた四男ケリー(左)。バイク事故で片足を切断するが奇跡的に復活。しかし、そのために使用した鎮痛剤に依存するようになり、薬物中毒に。逮捕を前にピストルでみずから命を絶った。

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俳優には優しさが必要

ザック・エフロン
Brian Roedel

この作品で唯一生き残ったケビンを演じるのは、ザック・エフロンです。他の兄弟と異なる繊細さをもち、それが故に精神を病んでいく本作の演技でエフロンは高い評価を得ています。彼をケビン役に起用した理由も訊ねました。

「彼のことは長いこと役者として好きでした。自分の映画で彼が出てきたらどう映るか? ずっと気になってはいましたので、キャスティングでは当然のように名前があがりました。彼のダンス歴を見れば、身体能力が相当なものであることは明らかで、ずっと会ってみたかったのです。そこで直接対面してみると、とても優しい人間でした。何よりの決め手は、彼にスウィートネスがあったことです。私は俳優には優しさと強さの両方が資質として備わっていなければ、他人を演じる仕事はできるものではないと思っているので」

(写真)ザック・エフロン演じる唯一の生存者ケビン(右)。妻パムを演じるのはリリー・ジェームズ

実在の家族の物語を映画化する際の苦渋の決断

ザック・エフロン ジェレミー・アレン・ホワイト ハリス・ディキンソン
Stewart Cook

劇中では、実際のフォン・エリック一家にいた末っ子(六男)のクリス(21歳で自死)が描かれていません。最後に、その理由を訊きました。

「実際のところ脚本の中に、5年間は末っ子のクリスもいたのです。でも、企画を進めるにつれ、映画制作の観点からどうしてもバランスがとれず苦しかったのです。実話とはいえ、あまりにも死が繰り返されてしまうからです。ひとりの亡くなった方の姿を物語から消すという行為は非常につらかったのですが、五男マイクと六男クリスを合わせマイクの物語に包含させました。これは私の監督人生で最も辛い決断でしたね。ケリーにも子どもたちがいて、デビッドにも亡くなった娘がいましたが、彼らのエピソードも断腸の想いで入れないことに決めたのです」

『アイアンクロー』は他人の不幸を無責任に消費する作品とも、もしくは逆に観客を安易に涙に浸らせたりする感動ポルノ作品とも一線を画し、“男らしさの毒”を冷徹なまでに、しかし同時に亡くなった人々への温かなまなざしをもって浮き彫りにしています。ケビン・フォン・エリック本人から、「この監督なら信用できると思った」と評されたショーン・ダーキン。実在する登場人物に対してのショーン・ダーキンの思いやりと敬意と優しさを感じる回答。この繊細さあればこその作品だと言えます。

(写真)テキサス州ダラスで開催されたプレミア上映会で、兄弟を演じたキャストに囲まれたケビン・フォン・エリック。2009年に亡くなった兄弟たちとともにWWE殿堂入りを果たした。

Interview, Text & Edit: Keiichi Koyama

『アイアンクロー』2024年4月5日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー

a group of people in a ring
© 2023 House Claw Rights LLC; Claw Film LLC; British Broadcasting Corporation. All Rights Reserved.

監督・脚本:ショーン・ダーキン
出演:ザック・エフロン、ジェレミー・アレン・ホワイト、ハリス・ディキンソン、モーラ・ティアニー、スタンリー・シモンズ、ホルト・マッキャラニー、リリー・ジェームズ

公式サイト

[インタビュー後記]

身体を極限まで鍛えあげることを強いられた男優陣。インタビューの終わり際、プロレスファンを公言する監督に、「トレーニングには付き合ったのか?」と訊くと、「(笑)そういう夢は描いていたのですよ。でも、その願いはかないませんでした。膝が痛くてね。無理でした!」と、いたずらじみた反省の表情を浮かべていました。

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映画

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