「危機的状況に面したときにこそ、人間の本質が表れる」とは、よく言われるフレーズです…。
以前「エスクァイア・デジタル」でも、「パンデミックによる危機的状況をともに乗り越えよう」と協力を呼びかけているブランドをリストでご紹介したように、ヨーロッパやアメリカが新型コロナウイルス感染症の大流行によってロックダウンされた最初の数週間で、世界中の主要なファッション企業が医療従事者や検査、医療機器の提供を支援するため多額の寄付を行いました。
しかしながら、前向きな姿勢を見せていたこれらの世界的企業の多くは2020年春夏コレクションの売り上げは伸び悩むこととなり、前代未聞のシーズンに直面することになりました。ロックダウンが長期化し、そして未だ先の見えない状況下において人々は、ファッションどころではなくなってしまった…とも言えるでしょう。
自身のブランドを40年以上率いてきた66歳のブルネロ・クチネリ氏も例外ではありませんでした。約3000万ユーロ(約37億円相当)もの在庫を抱えることになったのです。クチネリ氏の行動は素早く、イタリア政府から閉鎖令が出される1週間前には、工場と事務所そして店舗をクローズさせ、全スタッフを自宅待機に。そんな状況下においてもスタッフたちへの給与は、全額支給してきたのです。その間もビデオ会議でスタッフと定期的に連絡を取りながら、「夏の2020年コレクションをどうするか?」考えを巡らせていたそうです。
順調な年でさえ、最も成功しているファッションブランドでも常に余剰在庫を抱えるものです。一部の企業は、複数ブランド合同のサンプルセールを行うため、販売を行う第三者となる企業に委託するブランドもあれば、在庫がグレーマーケットに流れこむことによるブランドイメージの劣化を避けるため、余った服を燃やしてしまう企業もあるほどです(それは、サステナビリティに逆行する悪質な行為ではありますが…)。
このような行動に関してクチネリ氏は、「それは考えられないことです」と言いながら、続けて「私は、モラル的なことを語るつもりなわけではありません…」と、「ESQUIRE」US版のZoomインタビューで語り始めてくれました。そして、「ただ、人々が情熱を持ってつくったものが、ただ無駄になってしまうということに関しては、どうしても受け入れることはできないのです」と続けました。
このクチネリ氏の説明を聞いて、思い出したことがあります。それは、ブルネロ・クチネリ氏アカウントのインスタグラムでの最初の投稿(2014年7月)です。上のPOSTがそれですが、そこには紀元前6世紀のギリシア哲学者クセノパネスの言葉、「All things come from the Earth(万物は大地より生まれ…)」がキャプションにつづられています。この名言には続きがあります。それは…「and all things end by becoming earth(そして、すべては大地に還る)」となります。これは、「生命の源である大地を、戦争や自然破壊で汚すことは許されない」と、研究者たちは解釈しています。
続いて2015年8月に、時間を空けたカタチですが2回目の投稿(上)がなされています。そこにはアリストレテスの名言の一部、「Nature does nothing in vain.(自然は何事も無駄にはなさない)」と記せられていました。これは、「常に自然は最善のことをする」と解釈する研究者も多いようです…。
クチネリ氏は1982年にソロメオの村へ移り住み、その3年後に当時荒れ果てていた古城を購入。そこを本社とし、村の教会も修復。さらには市場の拡大に対応すべく、村の既存の工場を購入してリノベーションを施しました。その後、図書館、哲学の庭、そして野外劇場やシアターを有するアートフォーラムを設け、文化と芸術を楽しめる場を誕生させてきました。また、職人の手によってアートフォーラムが生まれたことを重要視し、職人の技術を守り未来の世代に受け継がせたいという思いから、2013年には「ソロメオ学校(School of Crafts)」も開講しています。
本社にある“アウレリア新人文主義アカデミー”と呼ばれる建物には、古代から現代までの貴重な文書を豊富にそろえた図書館が併設され、そこにはクチネリ氏に影響を与えたアリストテレス、ソクラテス、ベンヤミン、ジョン・ラスキンなどの書物などが置かれています。そこはファッションブランドの本社と言うよりも、大学・大学院の研究室のような印象です。
このようにクチネリ氏は、ウンブリアの小さな農場での素朴な生活から得た教訓とともに、『自省録』を残した第16代ローマ皇帝であるマルクス・アウレリウスによる人道主義的な名言(クチネリ氏は、それをカシミアのスウェットシャツにプリントすることもあります)を大切に抱き続け、ときにその言葉を引用することでも有名です。彼にとって農場で季節に翻弄されて生きるということはとても大切なことであり、彼自身の生き方…地域の人たちと助け合って生きていくこと=ヒューマニズムに満ちた人柄そのものと言ってでしょう。
クチネリ氏は、こんな思い出も語ってくれました。「父から聞いた話ですが、収穫直前に激しい雹(ひょう)が降って、作物が枯れてしまったことがあったそうです…収穫の時期がやってくると、隣に住んでいた農家の方が当然のように20袋の穀物をくれたのだそうです。もちろんその翌年には、そのお返しをしたそうです」と…。そんなクチネリ氏の師の一人とも言える実の父親は、現在も本社のあるソロメオ村(2018年には、『ブルネロ クチネリ』による修復事業「A Project for Beauty」でさらに再建された)の近くで、彼の家の向かいに住んでいるそうです。
1978年に、ブルネロ・クチネリ氏は「ブルネロ クチネリ」を創業しています。かつて、これほどの短期間で世界的なラグジュアリーブランドへと成長した企業は他にあったでしょうか? そんな偉大な企業の指揮官の裏には、崇高なるヒューマニズムがあったのです。「人間の倫理的かつ経済的な尊厳」…それを守ることのできる仕事のカタチをつくりあげ、そして発展させていくというクチネリ氏の夢は、もはや実現していると言っていいのではないでしょうか。そのためには、計り知れない努力を重ねてきたことは言うまでもありません。
このようなクチネリ氏の行動すべてが私たちに、「例え10億ドル規模のビジネスの舵取りをしなければならない立場となっても、人間性を保つことこそ最も大切なことだ」と、古(いにしえ)の賢者たちが書物に残した言葉と同じくらい力強く訴えているのでした… 。これは「ブルネロ クチネリ」というブランドに宿る、非常に重要なコンテキストであり、大企業のトップだからこそ必要な教訓なのではないでしょうか。
2020年7月中旬、クチネリ氏は2020年春夏のメンズとウィメンズのコレクションから、生産レベルでの価値3500万ドル相当の販売するに及ばなかったウエアに対し、ソロメオ村で“Per L’Umanità(人類のために)”とラベル付けを施しました。そして、イタリア国内外の小さな慈善団体のネットワークを介して配布することを発表。彼の家族6人とスタッフ4人で構成された計10人からなる委員会を設立し、世界中のスタッフや友人と連絡を取り合って、衣服を必要としている人々に直接届けることのできる小規模な慈善団体を特定するよう検証しています。
このような行動に至った経緯をクチネリ氏は、「グラミン銀行の創設者であるバングラデシュのムハマド・ユヌス氏に影響を受けて…」と言います。ユヌス氏とは、貧困層からの社会開発を実現するために、貧しい人に少額の融資をするマイクロクレジットを発案した人物。マイクロクレジットとは、貧困層を対象にした比較的低金利の無担保融資のこと。これを主に農村部で行ったユヌス氏は、2006年にノーベル平和賞を受賞しています。
「幸いにも私は、ユニセフの理事会に参加しています」とクチネリ氏は言います。続けて、「配布するウエアすべてを、ユニセフへ送ることは簡単と言えるでしょう…ですが、それは私がやりたいことではありません。私たちは皆さんの心に向け、私たちの想いとともにウエアをお届けたい。そしてそれを、継続的な投資として行いたいと考えています。そのための最善策を今、模索しているところなのです。私たちの服を買ってくれる顧客の皆さんは、私たちの服がどれだけ高価な服であるのか十分理解しています。そのような服が余剰したことに際し、支援を必要としている人たちへ送られると知ったら、皆さん喜んでくれるに違いありません」と、クチネリ氏は話してくれました。
さらにこう話します。「支援が必要な人たちに直接リーチできる団体に向け、30個程度の少量の荷物を発送する予定となっています。小さな規模で、1〜2カ月に1度のペースで継続的に送っていきたいので、2〜3年かかるプロジェクトになると思います…1回きりではなく、継続的なプロセスにしていきたいのです。3〜4年後には、将来のシーズンから余剰分を確保しておいて、次のシーズンが始まる前に工場が閉まる10日間を利用して“Per L’Umanità”のラベルを付け、私たちもその目標を継続して実現させたいと思っています」とのことです。
そして最後に、クチネリ氏はインタビューでこう語っていたことを思い出しました。
「経済的価値と人間的価値は両立すべきものです。人間そのものに対する配慮に欠けた企業は、いくら収益を上げても無意味なんです」と…。
Source / ESQUIRE US
Translation / Yuka Ogasawara
※この翻訳は抄訳です。