2020年秋、コーチからジャン=ミシェル・バスキアのアート作品をフィーチャーしたスペシャルコレクションが登場した。バスキアと言えば、80年代に燦然(さんぜん)と輝くニューヨーク出身のアーティスト。「独創的でフリースピリットにあふれたバスキアにインスパイアされた」というコレクションとなる。
コーチのクラフトマンシップとポップカルチャーが融合して、どんなコレクションが生まれるのか? コーチのクリエイティブディレクターであるスチュアート・ヴィヴァース(Stuart Vevers)が手がけるスリリングなコラボを見ていこう。
米時間2020年2月11 日、ニューヨークでコーチのメンズ&ウィメンズ2020秋冬コレクションが発表された。舞台は、インダストリアルなウエアハウスでオフビートな雰囲気が漂う。
バンドが演奏する中、ランウェイに飛び出したのは、レザーのミドルレングスのスカートにボクシーなアウターを組みあわせたスタイル。水原希子やカイア・ガーバーらのトップモデルがランウェイを闊歩する。ニュートラルカラーの色調をベースにしながら、イエロー、グリーン、ブルー、ピンク、ライラックといった差し色が鮮やかだ。
メンズはオーバーサイズのアウターウエアに、レイヤードの着こなしを提案し、質の高いレザーのジャケットやロングコート、そしてシアリング(スエード)のアウターが存在感を放つ。またキューブ型や三角形など、幾何学的のシェイプされたバッグも目を引く。ブランドの伝統技術を感じさせるレザーのクラフトマンシップと、80年代のイーストビレッジの雰囲気が絶妙に交差する…。
そして、なんと言っても目を奪ったのが、バスキアのグラフィティが散りばめられたスウェットやスカーフだ。バッグにも、そこかしこにバスキアのモチーフが配されている。ショーのフィナーレでは、ミュージシャンのデボラ・ハリーがサプライズでパフォーマンスを披露して、会場を沸かせた。
デボラ・ハリーと言えば、伝説のニューウエイブバンド「ブロンディ」のフロントシンガーであり、70~80年代の大スターだ。そして彼女は、実際にバスキアと親交が深かった人物でもある。デボラがまとったのはバスキアのグラフィティが施されたコートであったが、これぞ歩くアート…今シーズンのマスターピースと言えるだろう。
このショーには、バスキアのファミリーである二人の妹ジェニーンとリセイン、そして継母がフロントローに招かれ、さらにバスキアの姪にあたるジェシカ・ケリーがランウェイを闊歩した(下はスチュアートのInstagramアカウントから、「thank you Lisane and Jeanine」とのキャプションとともに二人の妹さんと記念撮影)。
今回のコラボは、バスキア財団の協力のもとに行われたが、財団の代表は実の妹たち。バスキアはファミリー財団であるのも特徴だ。コーチは#CoachFamilyと銘打ち、秋のキャンペーンとして「ファミリーと過ごす大切な時間」を提唱していたが、バスキアもファミリー全員でショーに係わったと言えるだろう。
ショーを楽しんだあと、妹であるジェニーンとリセインが「私たちは昔からコーチのファンでした。まさにニューヨークを象徴するブランドであり、そのクラフトマンシップは本当に素晴らしいものだと思っています。コーチはジャン=ミシェルの作品の質感、ディテール、エネルギーを見事に捉えていました。スチュアートのビジョン、そして作品のスピリットに対するこだわりは、本当に印象的でした」と喜びを語った。
さてコーチは、なぜ今バスキアを取り上げたのだろうか。
「バスキアは究極のカルチャーアイコンであり、ニューヨークのような場所だからこそ育まれた、反伝統的な創造力のシンボルです」
クリエイティブディレクターであるスチュアートはそう語る。さらに…
「バスキアは、私のヒーローのひとりです。彼はニューヨークのクリエイティブで包括的なスピリッツを体現し、そしてコミュニティを変える勢いがありました。私は彼の作品と価値を褒め褒め讃えること、そして、新しい世代にそれをもたらすことに誇りを感じています。また、バスキアのご家族からサポートと信頼をいただいたことを、深く感謝しています」
そして、今回のコレクションの創作過程について、こう説明した。
「バスキアの友人が着ているコーチのアイテムに、バスキアが一面に描いている様子を想像しながら、コレクションを制作しました。そんな余韻を、アイテムに残したかったのです」
コーチとバスキアには、共通点もある。
まず共に、NYが故郷であるということ。そしてスチュアートはアメリカのポップカルチャーが大好きであり、毎回自らのコレクションのアイデアへのインスピレーションは、そこから得ているとのことだ。オリジナリティを重んじている姿勢も、全く同じと言えるのだ。
コーチと同様、アートとファッションは「すべての人のためにある」と信じていたジャン=ミシェル・バスキアの作品をパートナーとして選んだことは、自然な流れだ。
「アート作品を保有するような感覚で、このコレクションのアイテムを持ってほしい」と、コーチのデザインチームは語る。コラボレーションのために、バスキアの膨大な作品の中から選んだモチーフにも注目したい。例えば、おもしろい偶然の一致もある。
バスキアが1984年に発表した『ペッツディスペンサー』(ペッツという菓子の容器)と名づけた恐竜のモチーフがある。一方でコーチにも「Rexy(レキシー)』という恐竜モチーフがあり、スチュアート自身もお気に入りのアイコンとして愛されているものだ。
バスキアのほうの恐竜は、『ペッツディスペンサー(Pez dispenser)』と呼ばれいる。今コレクションではバスキアのシグネチャーとも言える王冠のモチーフと共にあしらわれ、バッグやTシャツなどさまざまなアイテムで展開されている。メンズの秋冬新作の「Wells(ウェルズ) バックパック」にも、この『ペッツディスペンサー』が配されている。
この「Wells(ウェルズ)」は機能的にも、内部にアクセスしやすい背面ジッパーやPCを収納できるスリーブが配置されていて使いやすい。
また、バッグのシリーズ「Rogue(ローグ) 25」のメンズラインの新作「Rogue(ローグ) メッセンジャー」には、 “NEW YORK NEWAVE”のグラフィティが再現されている。このバッグは取り外し可能なストラップ付きで、クロスボディとしてもクラッチとしても使用できる。
別のアイテムに目をやれば、バナナのモチーフにも意味がある。
コンパクトサイズのRogue(ローグ)にあしらわれたバナナは、一見ただのバナナに見えるが、実はアンディ・ウォーホルを描いた作品なのだ。よく見ると、バナナにウィッグのような彼のヘアスタイルが乗っかっている…。
アンディ・ウォーホルとの出会いによってバスキアは、時代のスターへと押し上げられたと言っても過言ではない。そして彼らは、共同製作もしている…。アイテムの話に戻るが、大きなサイズの「Rogue(ローグ) 39」にはグラフィティらしいペイントと、“FAMOUS”という文字やバスキアを象徴する王冠の刺しゅうが散りばめられている。
“FAMOUS”という言葉は、バスキアが「有名になりたい」としばしば公言していたもので、彼の夢でもあった。今も多くの人に、ポジティブなインスピレーションを与えてくれる言葉だ。バスキアのアート世界を知ると、さらにファッションが…そして人生が面白くなる。
もうひとつの記事では、このコラボレーションに隠されたバスキアを読み解きカギを明かそう。
※現在ESQUIRE JPでは、コーチ × ジャン=ミッシェル・バスキアの特集を掲載中。
ESQUIRE JP特集ページ
ロジー黒部エリ
Ellie Kurobe-Rozie
東京都出身。早稲田大学第一文学部卒業後、ライターとして活動開始。「Hot-Dog-Express」で「アッシー」などの流行語ブームをつくり、講談社X文庫では青山えりか名義でジュニア小説を30冊上梓。94年にNYに移住、日本の女性誌やサイトでNY情報を発信し続けている。著書に『生にゅー! 生で伝えるニューヨーク通信』など。