記事のポイント
  • 米空軍は電動垂直離着陸機(eVTOL)導入構想に使用する機体の試験を実施しました。
  • この構想では、実用的なタスクを遂行する小型電動航空機の調達を想定しています。
  • 同軍が試験を行った航空機は3種類で、そのうち少なくとも一つを購入する意向です。

カリフォルニア州に広がる砂漠地帯の奥地では、米空軍は戦時の作戦方法に革命をもたらす可能性のある新たな構想のテストが繰り返されています。それは2020年に始まる「AGILITY PRIME(アジリティ・プライム)*1」と呼ばれるプログラムの一環として米空軍は、バッテリー駆動式の垂直離着陸(VTOL=Vertical Take-Off and Landing)機…つまりeVTOLを多数テストしています。その目標は、従来の燃料使用機よりも飛行コストも維持費も抑えつつ、小型かつ低騒音で、どこででも離着陸できる航空機を配備することです。

「空飛ぶジープ」の狙い

軍用車の隊列
Getty Images
1945年、フィリピンのサント・トーマス収容所に拘留されていたアメリカ人および連合国の民間人捕虜を解放するためマニラへと向かう、第1騎兵師団兵士の軍用車の隊列。

第二次世界大戦中に非常に活躍した乗り物の一つに、小型四輪駆動車「WILLYS MB」があります。これはWillys-OverlandとFord Motor Companyによって製造されたこの車両は、のちに「Jeep(ジープ)」の愛称で呼ばれるようになります。

小型で運転しやすく、整備も簡単なジープは、陸軍や海兵隊、空軍の兵士のための走破性に優れた軍用車となり、連合軍の勝利に貢献。物資の輸送や救護所への負傷者の搬送、短距離の人員輸送に使われたということ。

それから80年後、米空軍は再び、まさに当時のジープのような新たな乗り物を必要としているのです。ただ今回求められているのは、ヘリコプターのように離着陸でき、飛行機のように飛ぶことができるもの。米空軍の「アジリティ・プライム」プログラムの使命は「空飛ぶジープ」を調達することであり、その狙いは戦時に航空機を一つの主要基地だけにとどめておくのではなく、多くの小規模基地に分散させるという軍の目標を前進させることなのです。

イタリアのアヴィアーノ空軍基地
Airman Thomas Keisler
イタリアのアヴィアーノ空軍基地(写真)のように大規模な基地は効率的ですが、敵の攻撃を受けやすいという面もあります。そこでeVTOL機によって、小規模基地との連携を可能にする方針です。

米空軍では、コンクリート製の長い滑走路や巨大な格納庫、数々の武器・燃料庫を備えた広大な巨大基地で飛行機を発着させることが普通になっています。ですが、こうした大きな基地は平時には効率的であっても戦時となれば、特にアジアや欧州大陸では、巡航ミサイルや弾道ミサイルによる敵の攻撃の標的になる可能性があると米空軍はみています。

「Agile Combat Employment(ACE:アジャイル・コンバット・エンプロイメント)*2」と名づけられた新構想では、戦時において民間空港や休眠状態にある飛行場、さらにはハイウェイの直線部分も利用して、飛行機や人員を巨大基地から各小規模基地へと迅速に分散させることを目標としています。「空飛ぶジープ」がこれらの基地間を飛ぶことで、人員や機材、さらには基地自体の移動が可能になるというわけです。

この構想のカギとなるのは、電気です。バッテリーはまだ航空燃料のエネルギー密度には及ばないものの、電気モーターを使用することでメンテナンスの必要性が少なくなり、従来の航空機エンジンの保守にかかっていたコストを下げることができると期待されています。燃料に比べれば電気ははるかに安く、ソーラーパネルを利用して前線基地で発電することも容易でしょう。また、供給ラインに関わる需要や航空燃料を前線に送る必要性も低減します。

3社のeVTOL機が候補に

米空軍は「アジリティ・プライム」構想の要件に適合する3社の新型eVTOL機について、実証実験を進めています。ジョビー・アビエーション社は2023年9月、エドワーズ空軍基地(南カリフォルニアにある空軍の飛行試験施設)に電動エアタクシーである「Joby S4*3」(記事冒頭の写真)を納入しました。

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
Flying Joby's Electric Air Taxi with a Pilot On Board
Flying Joby's Electric Air Taxi with a Pilot On Board thumnail
Watch onWatch on YouTube

このeVTOL機の六つのローターは、ヘリコプターのような垂直飛行時と、固定翼機がより燃料効率の高い飛行モードで飛んでいるときのような水平飛行時とで向きを変えることができるそうです。パイロットが操縦するこのeVTOL機は最大4人まで乗ることができ、最高速度は時速200マイル(約322km/h)、航続距離は100マイル(約161km)となっています。

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
Alia Homecoming
Alia Homecoming thumnail
Watch onWatch on YouTube

この他に米空軍が実証実験を行っているのが、ベータ・テクノロジーズ社製のeVTOL機「ALIA*4」です。ALIAは現在、2タイプあります。固定翼によって航続距離と最大積載量を最大化しながら、基地から基地へのミッションを可能にするの「ALIA CTOL」と、垂直離着陸が可能な「ALIA VTOL」です。

二つのモデルはともに特許を取得した電気推進システムを利用し、運用時の排出物はゼロ。両方の航空機は非常に空力的な形状を持ち、軽量な構造と高エネルギー密度のバッテリーを搭載しています。航空機の翼幅は50フィートで、最大5人とパイロットを乗せることができるとのこと。

instagramView full post on Instagram

また、共にヘリコプターと米ドラマシリーズ「スター・トレック」に登場する宇宙船「エンタープライズ」を掛け合わせたような姿をしていますが、「ALIA VTOL」のほうは機体上部に対になったナセル(航空機のエンジン、燃料、または搭載機器を保持するために機体から分離して設けられる筐体<きょうたい>)が付いています。そしてナセルに内蔵された四つのプロペラで垂直方向の揚力を発生させ、水平飛行に移行するとプロペラはナセル内に格納され、推進力はプッシュプロペラによって供給されます。

アーチャー・ミッドナイト社製evtol機
Archer
試験飛行中のアーチャー・ミッドナイト社製eVTOL機。

三つ目のeVTOL機は、アーチャー・アビエーション社製「ミッドナイト」となる見通しです。ミッドナイトは最高時速150マイル(約241km/h)、航続距離100マイル(約161km)で、パイロット以外に乗員4人、または貨物1000ポンド(約454キログラム)を載せて飛ぶことが可能な設計となっています。

同社によると、このeVTOL機は「途中12分間の充電で20マイル(約32km)の飛行を繰り返し行える」ように最適化されています。ミッドナイトは現在米連邦航空局(FAA)の認証プロセスに入っており、空軍への納入が次のステップになりそうです。

結論

eVTOL機の登場は、初の飛行機と初のジェット機に次ぐ、人類の飛行史における「第3の革命*5」と言われています。eVTOL機の実戦配備に向けた取り組みを主導しているのは米空軍ですが、最終的には沿岸警備隊を含む米軍全体に、この中の一つのeVTOL機の配備が拡大される可能性があります。この小型で軽量かつ安価な電動垂直離着陸機は、ジープのように、どこでも見られる一般的なものになる可能性を秘めています。

そもそもeVTOL機は戦闘目的ではなく、主に民間での利用を目指して開発されているものです。その主たる目的は都市内や都市間の移動を革新し、交通の混雑を緩和すること。そして、環境に優しい持続可能な輸送手段を提供することにあります。具体的には、個人または少人数グループのためのエアタクシーサービス、さらには緊急時の迅速な対応を可能にする救急医療サービスおよび物流・配送サービスなど、革新的かつ役立つ用途が考えられています。

これによって開発のスピードに拍車がかかってeVTOL技術が完成したあかつきには、戦場よりも交通インフラの効率化と、温室効果ガス排出量の削減に貢献することを強く期待しています。

[脚注]

*1:商業や軍事目的の航空機技術開発を支援する米空軍の機関「AFWERX」内にある当該ページを参照

*2:脅威のタイムライン内で実行される能動的かつ反応的な作戦行動のスキームであり、戦闘力を生成しながら弾力性と生存力を高めることを目的としている。米空軍のpdf資料を参照

*3:ジョビー・アビエーション社の公式サイトに掲載されたニュース「Joby Delivers First eVTOL Aircraft to Edwards Air Force Base Ahead of Schedule」を参照

*4:アメリカ空軍の公式サイトに掲載されたニュース「BETA’s ALIA electric aircraft arrives at Eglin AFB」を参照

*5:アメリカ航空宇宙学会の公式サイトに掲載されたニュース「Third Aerospace Revolution Rapidly Changing the Face of Aviation」を参照

Translation / Keiko Tanaka
Edit / Satomi Tanioka
※この翻訳は抄訳です

From: Popular Mechanics