科学者とエンジニアは、月を地球外で初の資源採掘基地にするための努力を続けてきました。そして現在、そのためのテクノロジー開発が完成に近づきつつあります。数十年間にわたる取り組みの末、官民の研究所は“月面鉱山”のプロトタイプを完成させました。

地質工学を専門とする惑星科学者のケビン・キャノン氏は、水氷や金属(アルミや鉄など)といった月に存在する有用物質のホットスポットを予測するコンピューターモデルを開発しています。キャノン氏は、アメリカのコロラド鉱山学校(コロラド州ゴールデン)の宇宙資源プログラムの実績から、月での鉱物採掘の今後について『ポピュラー・メカニクス』誌に語ってくれました。月面での資源採掘を目指すべき理由は何か? また、採掘が実際に可能になった場合の宇宙探査の未来はどうなるかについてを同氏が解説します。

※簡潔かつ明瞭にするために、インタビュー内容を少し編集をしてお届けします。


【Q1】
月で何を探しているのでしょうか?
月には地球にはない
有用な物質があるのですか?

実際に月面での資源採掘という場合には、そのほとんどは物質を地球に持ち帰ることを目的としたものではありません。現在取り組んでいるほとんどは、月で活用できる範囲での物質の研究であり、宇宙への進出基盤を固めること、さらにそれを拡大するためのものです。これを重ねていくことで、深宇宙の探査や滞在の長期化が可能になり、宇宙への永続的な進出も見えてくるのです。

基本的に月に存在する資源と地球上の資源を比べると、地球上の資源のほうが密度がはるかに高く、採掘の費用もずっと安価です。たとえ月面に純金の塊があったとしても、それを持ち帰ることは経済的な利益をもたらすものではありません。

例えばレアアース(希土類)という呼び方は、やや誤解を招きがちなのです。が、実際はそれほど「レア(希少なもの)」ではありません。しかも地球上で採掘されるもののほうが、月面よりもはるかに高密度なのです。

【Q2】
現在、月面に採掘基地はないですが
人類が月に進出したら
最初の数年間はどのようになるでしょうか?

初期段階では、地球からさまざまなものを持っていくことになるでしょう。それが私たちのこれまでのやり方です。そこから次のステップに移行していくことが期待されています。それは、月面で現地調達する物質を少しずつ増やしていき、地球から打ち上げる物質の量を減らしていくということです。

そういう意味で、「月で生産を目指すのが合理的である」と考えられている最たるものが電力源になります。そこでソーラーパネルの部品の一部を生産できれば、非常に有用となるでしょう。

その次は、ロケット推進剤となる酸素や水素となるでしょう。これらが入手できれば月からの再離陸が容易になり、ロケットを再利用できるようになる。つまり、よりサステナブルに宇宙開発が可能となるのです。

そしてその次の段階としては、固体の建築資材をつくることです。例えば3Dプリントを使って、月の土から構造物をつくる方法を発明することなどが考えられます。月の土や岩石から、金属(アルミや鉄、シリコン)などの金属を生成することも一例です。それを月面で利用するというわけです。

アメリカ航空宇宙局(NASA)の有人月面着陸プロジェクト「アルテミスIII」を控えた今後数年間は、こうしたテクノロジーの実証実験が数多く行われるでしょう。NASAの商業月面輸送サービス(Commercial Lunar Payload Services)は、さまざまな企業と月面に物資を輸送するための有償契約を交わしています。

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
Exploring the Moon with NASA's Commercial Lunar Payload Services
Exploring the Moon with NASA's Commercial Lunar Payload Services thumnail
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また研究者たちは、月着陸船で実証実験を行っていく計画です。例えば、すくい取った月の土から酸素を抽出したり金属を生成したりする実験や、離着陸場のミニチュア版をつくる実験が行われるかもしれません。このような小規模実証実験が、今後3年間に行われると考えられます。

希望としては「アルテミIII」の着陸後、または「スペースX」(イーロン・マスク氏率いる宇宙開発ベンチャー)の大型宇宙船スターシップ(地表に大量の荷物を着陸させることができます)が着陸したのち、その規模を拡大し始めることができたら…と考えています。そして、ロケット推進剤を製造する実証プラントの建設に推し進め、最終的には(恐らく10年後にも)これらの資源を大規模に生産することになるはずです。

【Q3】
大規模な月面生産を可能にする
月面基地を設置するには
何が必要ですか?

スペースXの「スターシップ」こそが、月面生産を一段階進めるために重要な役割を果たすことになるでしょう。なぜなら、これまでのロケットではごく少量の物資しか月面に持ち込むことができなかったからです。

そうした状況から突然、一度の打ち上げで100トンの物資を着陸させることができるようになれば、ロケット推進剤を生産する設備全体やソーラーパネルを製造する小さなプラントなども月に持ち込むことが可能になるはずです。そうして基地を建設し始め、現地調達の材料を徐々に増やせば、それが基盤となって急速に発展しいくはずです。

用語解説:
「レゴリス」とは、月の固い岩石層を覆っている塵や土、砕けた岩石の堆積層。
「卑金属」とは、鉄やアルミニウムのような一般的な実用金属を指し、金や銀のような貴金属とは異なるものです。月には非金属が豊富に存在します。
「イルメナイト」は、月の赤道付近で見つかっている黒い鉄・チタン酸化物(地球上にも存在)。顔料や航空機のエンジン部品などさまざまな用途で使われています。
「KREEP」は、カリウム(元素記号:K)、希土類元素(元素周期表ではREEと省略表記)、リン(P)を含む月の岩石。
「希土類元素(レアアース)」はネオジム、ユーロピウム、ジスプロシウムなど17種類の金属元素の総称で、タッチスクリーンや電気自動車(EV)のモーター、コンピューターのハードディスクといったハイテク消費財などに使用されています。月は地球に比べるとレアアースは少なめです。

【Q4】
こうした用途には
どの鉱物をどう採掘することが
必要になるでしょうか?

初期段階では、その材料は月のレゴリス(表土)そのものになります。ですが、それを原子炉で溶解させることで、アルミニウムやシリコンなどのさまざまな金属を生成することができ、それを分離して使用できるようにすることを計画しています。

しかしながら、地球上で行われているように、ひとつの鉱物を表土から分離して利用するといったことが実現するのは、まだしばらく先になるでしょう。特に銅や硫黄のような鉱物にいたってはかなり希少な鉱物であるため、それらを月面で生成できるようになるのはずっと先の話になると思われます。

なぜなら、単純な卑金属以上の純粋な元素を生産するためには、表土の成分全てを分別したのち特定の元素を取り出すということになるので、これにはかなりのエネルギーが必要となるからです。

【Q5】
では、最初はレゴリスを採取し
それを溶解するのみ
ということですね?

はい。最初のうちはおそらく、鉄やケイ素、アルミニウムが主たるものになるでしょう。アポロ11号の月探査で得られたサンプルの調査結果からわかったことは、地球のような鉱床(採掘可能な貴重な鉱物を含む岩石や堆積層)はあまり存在していないということです。月では、鉱石ができるような地質時代やプロセスがあまりなかったのです。

希少な元素を入手するには、もはや力ずくで掘り進めるしかありません。実際に原子をひとつずつ分離できるほどのエネルギーを利用できるようになるのは、かなり未来のことになると思います。

lunar mining conceptual illustration
Getty Images
NASAは、月の土壌サンプルを採取して地球に持ち帰ることのできる民間企業を探しています。

【Q6】
月の水氷を抽出する方法について
研究ではどのようなことが
わかっていますか?

私は最近、月の水氷について多くの研究をしています。月の局地に氷が存在することはわかっていますが、その量や正確な場所、深さなどにはまだ多くの疑問があります。また、氷を採取するためにはどんな技術を用いるか? という点もあります。私は土や岩石の組成を研究し、特定の用途に適した表土を採取するためにはどこを採掘すればよいか?をマッピングしています。

月の両極…特に南極は現在、水氷が存在する可能性が高いと注目を集めている場所です。私たちはクレーターのような、氷の層に適した場所を特定する作業も行いました。そうした中で課題となっているのが、氷があると思われる場所は非常に暗いということです。これを踏まえると、そうした場所はソーラーパネルなど、作業を行うための電力確保という点では最悪の環境です。

それでも、選択肢はいくつかあります。レーザーパワービームなどで暗い場所に電力を供給する方法や、必要ならケーブルを引き込む方法などです。理論上は原子力も使えるはずですが、問題は宇宙空間への核分裂炉の打ち上げに伴う規制関係です。安全な方法で合法的に行えるかどうかはまだわかっていません。

【Q7】
鉱物の採取については?

さまざまな探査機のミッションから、私たちはチタンの含有量が特に多い場所が特定できています。その多くは、イルメナイト(チタン鉄鉱=地球上にも存在する黒い酸化物)です。この鉱物の多くは極域から離れた場所、地球に近い面である月の赤道付近になります。そのため、チタン金属の供給源として有望なのです。

それから「KREEP(カリウム<K>、希土類元素<REE>、リン<P>を多く含む岩石)地形」と呼ばれる場所があり、そこにはその名のとおり「カリウム、レアアース、リンが豊富に含まれている」と言われています。紛らわしいのは、「月の他の部分と比較すれば、豊富だ」と一般的に思われているところです。しかしながら月は、これらの元素は非常に乏しいこともわかっています。軌道上から観測したものよりも、実際は高密度の岩石があるかもしれません。ですが、現時点ではそれは推測の域を出ないのです。

【Q8】
他の惑星での宇宙採掘に対する
月の役割は?

現在、小惑星資源採掘はかなり話題になっており、火星にも大きな関心が向けられています。そんな中で月には、大きな利点があることを忘れてはなりません。それは、3日で行ける距離に存在しているということ。

また人間はすでに月に着陸したことがあり、サンプルもいくつか持ち帰っています。そのため、月の組成について多くのことがわかっているわけです。つまり目先では、月のほうがより魅力的だということです。

月面基地が現実化したのちには、経済的・軍事的にもさらに重要な領域になるという考え「シスルナ(cislunar)」も話題になっています。月でしっかりとした足場が築かれたのちに他の惑星へ…、といった流れになるだろうと考えています。

source / POPULAR MECHANICS
Translation / Keiko Tanaka
※この翻訳は抄訳です