1989年のニューヨークで起きた「セントラルパーク・ジョガー事件」(=本国では「Central Park Five(セントラルパーク・ファイブ)」事件と呼ばれる)をご存じでしょうか。これは投資銀行に勤務する28歳のトリーシャ・メイリさん(Trisha Meili)が被害者となった、実に残忍なレイプ事件です。

 その捜査の中でケヴィン・リチャードソンさん(Kevin Richardson、当時15歳)、レイモンド・サンタナさん(Raymond Santana、当時14歳)、アントロン・マックレイさん(Antron McCray、当時15歳)、ユーセフ・サラームさん(Yusef Salaam、当時15歳)、コリー・ワイズさん(Korey Wise、当時16歳)ら5人の少年が、嘘の自白を強要され有罪となります。

 以来、この事件に関して数多くの記事が書かれてきました。ですが、その中でもニューヨークのタブロイド数紙の記事は、容赦のない内容でした。例えば「NYデイリー・ニュース」紙が初めてこの記事について取り上げた際には、「群狼作戦か⁉:ジョギング中の女性がギャングに襲われ、強盗・暴行による瀕死の被害」という見出しとともに紙面に大きく取り上げられていたのです。

 もう少し細かく説明すれば…警察は長時間におよぶ取り調べを行い、その圧力からか5人の少年たちは虚偽の自白をすることになったのです。とは言え、その事件現場から彼らのDNAは採取されることはありませんでしたし、被害者女性の怪我の程度に関しても、彼らの“証言”は事実と完全に噛み合わないものでした…。ですが、少年たちはその後、懲役6年~13年の実刑判決が下されることになったのです。

 そうしてその事件から13年の時が過ぎ…、2002年になって再度のDNA鑑定の結果、真犯人が特定されることになります。そしてさらに、彼らが警察から自白を強要されていたことも立証されることとなり、彼らはここで無罪を勝ち取ることができたのです。もちろん新聞各紙は、ここでも大きな見出しとともに取り上げています。ですがそこに、かつての報道への謝罪があったかどうかは不明ですが…。

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ATSUSHI NISHIJIMA/NETFLIX

 2019年5月31日より、この事件に基づいたNetflixのミニシリーズ『When They See Us(ボクらを見る目)』(エヴァ・デュヴァネイ原作・制作)が、この満を持して配信となり話題となっています。

 そこで、この事件に関する一連の顛末(てんまつ)の中で、ニューヨークの不動産業者から転身をはたしたドナルド・トランプ大統領は、延々と公の発言を続けてきていたので、それを振り返ってみましょう。トランプ大統領はこの無罪の少年たちに対し、どのような脅迫めいた暴言を投げつけてきたのか、ご確認ください。

事件に対するトランプの当時の反応

 1989年当時は、高い犯罪発生率に脅かされながらニューヨーク市民は疲弊しきった日々を過ごしていました。そんな状況下であったため、この事件に対する反響は極めて大きなものでした。

 暴行事件の被害者となったメイリさんは若く、イェール大学を卒業した白人女性でしたが、加害者はアフリカ系およびラテン系の少年たちであるとの憶測がなされたのです。それは…白人女性と有色人男性という構図で常々語られてきた性的暴力と人種問題とを結びつける差別的な社会不安が、アメリカ社会の根底にずっと流れ続けていることが原因でもあります。

Achilles Track Club's Third Annual "Hope and Possibility" 5 Mile Run/Walk
Shawn Ehlers//Getty Images
写真は被害者であるトリーシャ・メイリさん。彼女はこのレイプ被害から回復し、事件を元にした本『I Am the Central Park Jogger』を出版しています。さらに、その公園で恐ろしい体験をしたにもかかわらず、彼女はその恐怖と立ち向かうかのように現在もランナーを続けています。

 被害者となったメイリさんがようやく意識を取り戻したのは、事件から実に10日後のことでした。当時ニューヨークの不動産王であり、ゴーストライターの存在が明らかになっている“自伝”、『トランプ自伝(原題:The Art of the Deal)』がベストセラーになっていたドナルド・トランプは1000万円以上の私財を投じ、ニューヨークで最も広く読まれている新聞4紙の紙面をページごと買い取り、「死刑を復活させよ。警察を復権させよ!(BRING BACK THE DEATH PENALTY. BRING BACK OUR POLICE.)」という巨大な見出しで広告記事を掲載しています。

 その広告記事にはトランプ自身の言葉として、「一体いつから、私たちの安全で安心な市民生活が脅かされるようになったのだろう? 無力な女性に対する暴行やレイプが行われ、犯人が被害者をあざ笑うかのような、あらゆる年齢層の犯罪者たちが跋扈(ばっこ)する社会に、いつからなってしまったのだろうか?」と、制御不能に陥った犯罪社会に対して言及されていました。

 「私はこのような殺人者たちを憎み、また憎み続けるだろう。私は精神鑑定に頼るつもりも、彼らに理解を示すつもりもない…。また、彼らに私たちの怒りを理解してもらおうとも考えていない。彼らに恐怖を与えるほかないのだ」
と。

 「ガーディアン」紙のインタビューに応じ、(冤罪で犯人とされていた一人)ユーセフ・サラームさんは、この記事を目にしたときのことを振り返りながら次のように語っています。

 「ドナルド・トランプによるあの広告記事を読んで、有力者は本気で私たちの死を願っているのだと思い知りました」と…。

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 そして、トランプのこの広告の影響によって、集団リンチさえ許容されてしまうような社会的風潮がエスカレートしてゆきます。

 例えば米国の政治コメンテーターはパット・ブキャナン氏は、5人の少年のうち最年長のワイズさんを名指しした上で、「セントラルパークに吊るされるて然るべきだ」と言い放ち、他の少年たちについても「丸裸にしたうえで鞭打ちし、そして牢獄へとぶち込むべきだ」と付け加えています。

 5人の少年たちはそのまま有罪判決を受け、少年鑑別所行へと送られ収監されてしまいました。ある弁護士は「ガーディアン」紙の取材に対し、「トランプの行為によって、被害者に同情するニューヨークの人々の意識が汚染された」とコメントしています。

 そしてトランプも陪審員も、誤ちを犯していたことが明確となりました。

 2002年に殺人犯であり婦女暴行の常習犯でもあったマティアス・レイズ(Matias Reyes)が、自分が「セントラルパーク・ジョガー事件」の真犯人であることを自白。そして、DNA鑑定の結果で真犯人であることを確定させたのです。そうして「セントラルパーク・ファイブ」と呼ばれた少年たちは無罪となり、その後、ニューヨーク市を相手取って4000万ドルの慰謝料を求める人権裁判を起こしています。

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写真は1990年、法廷に入るユーセフ・サラームさんの姿。そして彼は、有罪判決を受けるのでした…。

冤罪の証明された彼らに対し、トランプの取った態度とは

 しかし、事件の真相が分かった後でも、誰もが「彼ら5人の無実」に納得したわけではないようで、トランプもまた然りだったのです。2014年、彼は「NYデイリーニュース」紙に、次のような署名記事を執筆しています。

 「セントラルパーク・ジョガー事件のあの結末は、私にとって屈辱的なものだ。事件は幕引きとなったが、1989年から追いかけてきた人々にとって、あれは象徴的な大事件だったのだ。幕が引かれたことがすなわち、無罪を証明するということではない」


 さらに、検察にもっと話を聞けば、なにが事実であるかが分かるだろう」と、トランプは続けています。「あの若者たちはいずれも、叩けばホコリの出る身なのだから…」などと記されているのです。

これはxの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。

トランプは、自らの過ちを認めたのか?

  そうです。トランプは大統領選出馬に際しても、自らの主張を曲げることはありませんでした。「彼らは一度、有罪であると自白している」と、2016年のCNNでのインタビューで答えてもいます…。

 「警察による取り調べでも、彼らは有罪だった。あれだけの証拠があった事件が、このように闇に葬られてしまうのは言語道断というほかない」とも…。

"When They See Us" World Premiere
Taylor Hill//Getty Images
写真左から、ケヴィン・リチャードソンさん、アントロン・マックレイさん、レイモンド・サンタナさん、コリー・ワイズさん 、そしてユーセフ・サラームさん 。

 先日、米『Town & Country』誌主催チャリティー・サミットの会場に、『When They See Us(ボクらを見る目)』を手掛けたデュベネイ監督と並んで姿を現した5人は、トランプについてコメントを残しています。

 「ドナルド・トランプ本人が、アメリカの病理を示す端的な一例であるこは明らかです。私たちが有罪判決を受けたのは、ひとえに肌の色のせいというほかありません。あの事件をきっかけに、“スーパープレデター法”が施行されたのです。ドナルド・トランプに代表される傲慢なニューヨーカーの責任ですね」と、サラームさんは語っています。

preview for When They See Us Official Trailer (Netflix)

Source / Esquire US
Translation / Kazuki Kimura
※この翻訳は抄訳です。