記事のポイント

  • 大韓民国(韓国)と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の間にある非武装地帯は、「地球上で極めて危険な場所の一つ」と言われています。
  • 非武装地帯は大量の地雷が敷設(ふせつ)されており、米軍、韓国軍、北朝鮮軍が警備しています。
  • 1953年のこの非武装地帯が設置されて以来、北朝鮮に渡ったアメリカ兵はわずか6人しかいないとされています。

    アメリカ人兵士トラヴィス・キング二等兵が北朝鮮へ越境した」というニュースは、朝鮮半島の非武装地帯(DMZ=demilitarized zone)に再びスポットライトを当てることになりました。

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    北緯38度付近、韓国と北朝鮮の軍事境界線から南北に2キロメートルずつ、面積にして約907平方キロメートルにおよぶ非武装地帯。そこは(国名だけでなく、金正恩国務委員長も「人民大衆第一主義政治」と逆説的な発言をする)全体主義的(&スルタン主義的とも言われる)北朝鮮と、民主主義を貫く韓国を隔て、両国の軍隊とともに韓国側が共同で防衛体制を構築するアメリカ軍も加って、互いの国からの侵入を防ぐためその外側をパトロールを行われています。

    そして今回のキング二等兵事件前までに、そんな非武装地帯を越えて北朝鮮への危険と思われる越境を行ったアメリカ兵は6人とされています。

    朝鮮半島の非武装地帯とは何か?

    その線が引かれた発端を知るには、さらにカレンダーを戻す必要があります。

    第二次世界大戦後、日本の統治から解放された朝鮮半島。当初は統一国家の建設が予定されたところ、アメリカ対ソ連の対立が朝鮮半島にも持ち込みます。そうして1948年8月に「大韓民国」が、1948年9月に「朝鮮民主主義人民共和国」が樹立し、朝鮮では二つの国家が誕生することに。

    crossing the 38th parallel
    Interim Archives//Getty Images
    1950年、北朝鮮の首都である平壌から撤退するため、トラックで38度線を横断する国連軍。

    そして北朝鮮は社会主義国家へ、韓国は資本主義国家へと歩み出します。が、やがてこの二国間に、朝鮮半島での主権を巡って国際紛争が勃発します。すると1950年6月にソ連の支援を取りつけた金日成率いる北朝鮮が事実上の国境線と化していた38度線を越え、韓国に侵略戦争を仕掛けます。それをきっかけに朝鮮戦争が勃発します。

    当時は東西冷戦の真っただ中、その文脈の中で西側諸国を中心とした国連軍と東側諸国の支援を受ける中国人民志願軍が交戦勢力として加わります。戦場は朝鮮半島全土におよび半島全体を荒廃させていくなか、3年を越える月日が経過した1953年7月27日に国連軍と中朝連合軍は「朝鮮戦争休戦協定」に署名し休戦に至ります。

    休戦協定はまだ有効ですが、これは平和条約ではないため厳密に言えば、「朝鮮戦争はまだ続いている」と言えるでしょう。そして現在も、北緯38度線付近の休戦時の前線は軍事境界線として認識され、南北二国の分断状態は続いているというわけです。

    north and south korea ease military tensions in the dmz
    Chung Sung-Jun//Getty Images
    韓国と北朝鮮の軍事境界線(MDL)付近をパトロールする韓国軍兵士。2018年12月。

    この休戦協定の条件の一つ、「北朝鮮と韓国をほぼ38度線に沿って隔てる非武装地帯を設置する」という内容を実現させ、幅2.5マイル(約4キロメートル)、長さ155マイル(約250キロメートル)で朝鮮半島を二分するDMZを設置。その真ん中に軍事境界線として、フェンスが黄海から日本海まで張り巡らされています。

    北側に朝鮮人民軍、南側に韓国軍と国連軍(アメリカ軍)が駐留する境界線をまたぐ行政の町、それが板門店(パンムンジョム / はんもんてん)です。共同警備区域(JSA)として知られるこの地域は南北の会合場所として指定されており、「停戦に違反することなく、誰もが相手国側に最も近づくことができる場所」でもあります。2017年11月には銃撃を受けながら、北朝鮮の兵士オ・チョンソンがここから韓国へと亡命しています。そして前述のキング二等兵も、ここから北朝鮮へと渡ったということになります。

    skorea nkorea us military in jsa village
    ANTHONY WALLACE//Getty Images
    非武装地帯にはヒョウ、クマ、そして恐らくトラまでも生息している。
    非武装地帯は双方によって守られてはいますが、通常は人が誰もおらず、クマ・テン・ヤマネコなどが地雷の散らばる風景を住処とする非公式の野生動物保護区にもなっています。非武装地帯には他にも、アジアツル・クロツラヘラサギ・アンゴラヤギ・アムールヒョウなどの絶滅危惧種が生息。「シベリアトラの小さなコロニーがある」という噂も。
    北朝鮮に渡った
    アメリカ人脱走者とは

    朝鮮戦争の終結後、ほんのひと握りではありますが、アメリカ兵が国境を越えて北朝鮮に渡っていました。そのうちのラリー・アブシャー(当時、以下同)二等兵、ジェームズ・ドレスノク一等兵、ジェリー・パリッシュ伍長、チャールズ・ジェンキンス軍曹の4人は、1960年代に脱走しています。そしてしばらく時間をおいて、1982年にジョセフ・T・ホワイト二等兵が脱走しました。

    アメリカ人脱走者は北朝鮮側にとっては戦利品のようなもので、彼らの存在を「北朝鮮のシステムにおける優位性」「アメリカ人ですら命の危険を冒してまで、一員になりたがっている」とプロパガンダの材料になっています(しかし現実的には、アメリカ軍内での士気低下や規律問題に苦しんでいたようです)。

    彼らは北朝鮮のプロパガンダ映画でアメリカ人役を演じることで、国内でよく知られるようになります。北朝鮮工作員を描いたシリーズ映画『名もなき英雄たち』でアブシャーは、アメリカの秘密警察の隊長を演じていました。

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    Nameless Heroes: North Korean Bizarro Cinema Clip 1
    Nameless Heroes: North Korean Bizarro Cinema Clip 1 thumnail
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    それでも北朝鮮への脱走者は、残酷な扱いを受けたようです。ジェンキンスの場合は、北朝鮮当局が不快とみなした米軍のタトゥーの一部を麻酔なしで除去されたとのこと。日本に亡命した彼は、日本で2005年に自らの経験をつづった回想録『告白』を出版。アメリカでは『The Reluctant Communist: My Desertion, Court-Martial, and Forty-Year Imprisonment in North Korea』として2008年に発売されます。そこで、「北朝鮮の治安当局者や別のアメリカ人脱走者からも繰り返し殴打された」ともつづっています。

    脱走者は自由を奪われ、アメリカに戻ることもできませんでした。多くの北朝鮮国民よりも高い水準での生活が認められていましたが、北朝鮮の経済が弱体化し始めるとそうもいかなくなります。何人かの脱走者は、政府側が用意した女性と結婚し家庭を持ちました。ジェンキンスは北朝鮮工作員に日本人の振る舞いを教えるため、日本から拉致された日本人女性(曽我ひとみさん)と結婚しました。5人のうち4人は北朝鮮で死亡しましたが、ジェンキンスは2004年に送還されています。

    alleged us vietnam war deserter to turn self in
    getty images//Getty Images
    2004年9月11日、ジェンキンスは在日米陸軍のキャンプ座間に出頭し、軍人としての礼式に則った行動を示しました。

    以上のような歴史から判断するに、キングも長い時間をかけて最後の決断を下したに違いないでしょう(一部の報道では、酔いに任せて衝動的に…とありますが)。そして金正恩(キム・ジョンウン)はほぼ間違いなく、キングを北朝鮮のプロパガンダとして利用し、後にアメリカから譲歩を引き出すための切り札にされるでしょう。

    とは言え、ジェンキンスの場合とは異なり、おそらく今後40年そこで過ごすことにはならないでしょう。なぜなら、今や北朝鮮は核兵器を保有しており、アメリカとの関係を慎重に進めなければならないので…。よって今回のキングは、比較的すぐに送り出されると思われます。そして彼自身、恐らく今回の決断を一生後悔することになるのです。

    source / POPULAR MECHANICS
    Translation & Edit / Satomi Tanioka
    ※この翻訳は抄訳です