記事のポイント

  • クローンを作成する過程で胎盤の働きに関わる遺伝子の異常を発見し、その解決策を開発したことでアカゲザルのクローン作成に成功しています。
  • クローンアカゲザルは成体として2年の生存を達成。現在も生存しているとのこと。
  • 科学者らはこのクローン技術が、薬効試験や行動学的調査での有用性に期待しています。

[目次]

▼ 全てはクローン羊「ドリー」からはじまった

▼ そしてクローン技術は霊長類にまでおよび倫理的な論争も高まる

▼ クローン作成技術では現在は中国はリード?

▼ 霊長類クローンの先駆け:革新的な技術の進化——

▼ クローン技術の挑戦と希望:成功の影に潜む困難と展望


全てはクローン羊
「ドリー」からはじまった

人工的な動物個体のクローンは、1891年にウニの胚分割によって初めて作成されたと言われています。そして1903年にはアメリカの植物生理学者ハーバート・ウェッバーが、(多細胞生物の体の一部<生殖器官以外の栄養体>から新個体のつくる)栄養生殖によって増殖させた個体集団を「クローン」と名づけました。

この研究はその後どんどん進化し、1952年にはアメリカでカエル、1963年には中国でコイ、1986年にはソ連でマウスのクローンが核移植によって作成されることになります。

そして1997年2月、イギリス・スコットランドのロスリン研究所のイアン・ウィルマット教授*⁴によって、前年7月に体細胞クローニングによって生まれた羊「ドリー*⁵」の誕生が「ニューヨーク・タイムズ*⁶」など、さまざまなメディアで発表されます。

すると、より身近で個体的にも大きな哺乳類のクローン作成に成功したということで、世界中に衝撃が走りました。

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そしてクローン技術は
霊長類にまでおよび
倫理的な論争も高まる

さらには、「人間もクローン技術で複製できる可能性が出てきた」という予想も提示されたことで、人間の尊厳や生命の価値を巡る議論が世界中で活発となり、倫理的な問題への懸念が驚きと同時に大きな不安を生み出すことになりました。そんなドリーはその後ヒツジ肺腺腫*⁷が確認され、2003年2月に6歳で亡くなることに。2003年5月からは、スコットランド博物館*⁸で剥製となって展示されるようになります。

2000年3月には初めての豚のクローンが、ドリーと同じくロスリン研究所によって体細胞から作成されています。さらに同年7月には日本でも、初めての事例となる豚の「ゼナ」が農業生物資源研究所*⁹などによって誕生。のちにゼナは子豚を産み、2010年に寿命を終えたということです。

その後も猫や牛、馬、犬、オオカミなどと続くなか、2018年1月に中国科学院*¹⁰は、体細胞核移植を用いた世界初の霊長類としてカニクイザルのクローン「中中(チュンチュン)」と「華華(フアフア)」を科学誌『セル*¹¹』で発表します。

続いて研究チームの責任者は2019年1月に、「理論上はクローン人間も可能になった」と述べながら「新薬テストなどでの利用を目的とした、世界初のゲノム編集*¹²と体細胞クローンの両技術を使って作成したサルのクローン5匹を誕生させた」と、その研究結果とともに中国の科学誌に掲載します。もちろん、ゲノム編集技術を用いたサルの体細胞クローンは世界初となります。

クローン作成技術では
現在は中国はリード?

以上から見ても、クローン技術の進化の著しい国は中国。そんな中国から同じく中国科学院などのチームが、2024年1月16日付の英科学誌『ネイチャー コミュニケーションズ*¹³』に「もとになった個体と同じ遺伝情報を持つクローンのアカゲザルを誕生させ、2年以上生存させることに成功した」という研究成果を発表しました。

その名は「リトロ(Retro)」ということ。研究著者の一人であるファロン・ルー*¹⁴博士は、「従来の受精胚に比べて効率が非常に低いにもかかわらず、これは不可能に思えるほど大きな一歩」「サルは現在、健康でまだまだ強く成長している」と述べています。

これはxの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。

霊長類クローンの先駆け:
革新的な技術の進化——

「霊長類のクローン成功率は非常に低い」とされているなか、この研究チームは上記の論文内に「カニクイザル (Macaca fascicularis)に対して、体細胞核移植法*¹⁵の修正版を使用しました。その技術をさらに改良させて、アカゲザル(Macaca mulatta) のクローンを作成した」と説明しています。2024年1月16日…つまり同日に『ネイチャー』に掲載した論文*¹⁶には、もう少し具体的な説明がなされていました。

「クローン化したい個体Aの組織から体細胞を取り出し、さらにそこから遺伝情報を含む『核』を抽出。そして、代理母となる別の個体Bからは卵細胞を採取。その中の核を抜き出して、代わりに個体Aの核を移植して、代理母の子宮に戻して発生を促す」とのこと。羊の「ドリー」や他のクローン動物も、これと同じく体細胞核移植の原理が用いられているそうですが、この方法でクローン動物に生存リスクをもたらす発生過程上の異常を抑えることができた」とのこと。

細胞
Westend61//Getty Images

中国科学院神経科学研究所(上海)の創立者でもある蒲慕明(ほ ぼめい)*¹⁷博士は、『ネイチャー』誌に「薬効試験に使用可能な、同じ遺伝的特徴を持つサルを大量につくり出すことが可能になる」という見方を示しています。

しかし、この期待は時期尚早かもしれません。「この新しい方法で、クローンのサルが大量に生まれることは恐らくないでしょう」と、中国以外で同様の研究を行っている多くの研究者が見解を示しています。

この体細胞核移植*¹⁸では、成体の体細胞の核を卵子に移植するというプロセスをとります。そこで浮上する唯一の問題は、このプロセスの実際の成功率が、特に霊長類には低いということ。体細胞核移植では、個体発生過程でさまざまな問題が発生する傾向があることがこれまでの実験でわかっています。

そこで中国科学院神経科学研究所では体細胞核移を改良する方法の探求に探求を重ね、卵細胞質内精子注入法(ICSI)*¹⁹と呼ばれる方法に行き着きいたそうです。この方法では、わずかながら改善が認められました。アカゲザルのクローン胚113個から、11個を7匹の代理母に移植したところ、2匹が妊娠したそうです。前出の『ネイチャー』誌の記事によれば、うち1匹は双子を妊娠していましたが妊娠106日目に死亡——つまり、その一方が「リトロ」というわけです。

クローン技術の挑戦と希望:
成功の影に潜む困難と展望

成功率としては決して「高い」とは言えません、作成したクローン胚のわずか1%未満になりますので…。でも、これは偉大な成功であることは間違いありません。この論文の共同著者は、「これらの発見は、サルの体細胞核移植の再プログラム化メカニズムに関する貴重な知見を提供し、霊長類のクローニングに有望な戦略を組むのに役立つだろう」と述べています。

このように科学者たちは、依然としてサルのクローニングに熱心に取り組んでいます。そしてその主な理由は、「こうしたクローンサルを、人間生活の向上に役立てたい」という願いからに他ならない…そう受け止めます。

もちろん、このプロセスには賛否両論あります。が、この研究は人間の疾患発症のメカニズムをモデル化し、(薬としての効果を確かめ、裏づける)薬効薬理試験の実施を可能にする最大の機会となる可能性もあります。

英国王立動物虐待防止協会*²⁰の広報担当者は、2024年1月16日にBBC*²¹が公開した記事で取材に応じ、「この研究は、即座に実践に移されるものではありません」と前置きをしながら次のように述べています。

「人間の患者が、これらの実験から(いつの日か)恩恵を受けることになるだろうとは思われるが、実際の応用は何年も先のこと。これらの技術を開発するためには、より多くの動物“モデル”が必要になるにでしょう」

実用の可能性はある、ですが…。それは、第3者としてスペインでも生物学の権威であるルイス・モントリュー*²²博士が言っているとおりでしょう。彼は、「今回の研究の成果からわかったことを2つ…」と、始まるコメントを残しています。こう続けています。

「第1に、霊長類のクローンをつくるのは可能であるということ。第2に、それと同様に重要なのは、こうした実験を成功させるのは極めて難しいということだ」

一つの目標を達成しても、道はまだまだ遠いようです。

では最後に、ジャミロクワイヒット曲『Virtual Insanity』をお聴きください。この曲は1997年にリリースされ、その未来的な技術に対する倫理的な懸念をテーマにしたから構成されています。とは言え、このレコーディングがなされたのはドリーの誕生より前のことのようなので、予言の曲とも言えそうです。

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
Jamiroquai - Virtual Insanity (Official Video)
Jamiroquai - Virtual Insanity (Official Video) thumnail
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【脚注】

*1:Clone クローンとは、遺伝的に全く同一の生物のこと。自然界では、一卵性双生児がその例。科学的な手法としては、DNAを同一の遺伝情報を持つ細胞からつくり出された個体を指します。科学技術庁が作成したウェブページを参照

*2:Herbert John Webber(December 27, 1865年12月27日生~1946年1月18日没)オレンジ、パイナップル、トウモロコシなどの改良種をつくり、育てることについて研究。また1903年遺伝的に同一の細胞群、個体群を指す用語として「クーロン」という言葉を使用した。 元・カリフォルニア大学教授。

*3:The Roslin Institute スコットランド・ミッドロージアンにある畜産学の研究施設。エディンバラ大学の一部で、バイオテクノロジー・生物科学研究会議より資金提供を受けている。公式サイトを参照。

*4:Ian Wilmut(1944年7月7日生~2023年9月10日没)エディンバラ大学のスコットランド再生医療センター(Scottish Centre for Regenerative Medicine)の所長も務めていた。1996年に初めて体細胞から哺乳類のクローン羊の「ドリー」を作成した研究グループのリーダーを務めていたことで有名。エジンバラ大学公式サイト内を参照。

*5:Dolly(1996年7月5日生~2003年2月14日没)世界初の哺乳類の体細胞クローンである雌羊。スコットランドのロスリン研究所で生まれ育ち、6歳で死亡。エンジンバラ大学公式サイト内を参照。

*6:The New York Times 1851年9月に創刊した名門日刊新聞社として、ニューヨーク市に本社を置く。1997年2月23日公開の記事を参照。

*7:Ovine pulmonary adenocarcinoma (OPA)科学技術振興機構公式サイト内のページを参照。

*8:National Museums Scotland スコットランド・エディンバラにある博物館。主にスコットランドの歴史、民族、文化に関連する展示を行っている。公式サイト内のドリーのページを参照。

*9:国立研究開発法人 農業生物資源研究所 1983年に農業技術研究所と植物ウイルス研究所を母体として創設。英語で、National Institute of Agrobiological Resources(NIAR)。公式サイト内プレスリリースを参照。

*10:Chinese Academy of Sciences 中華人民共和国における、ハイテク総合研究と自然科学の最高研究機関。国務院の直属事業単位である。設立は1949年11月1日公式サイト

*11:Cell あらゆる分野の科学者と提携し、研究の将来の方向性を鼓舞するような研究を出版し、共有している。公式サイト内の当該ページを参照。

*12:Genome editing, Genome engineering DNA配列を意図的に切断し、切断されたDNAが修復される過程で必要な遺伝子の機能が書き換えられることを狙った技術ということ。産業技術総合研究所サイト内の「ゲノム編集とは?」のページを参照

*13:nature Communications 2010年より、Nature Researchによって発行されているオープンアクセスの学術雑誌。2024年1月16日公開の参照ページ

*14:Falong Lu(陆发隆) 中国科学院 遺伝発育生物学研究所内のLu Labで研究責任者を務める。

*15:Somatic Cell Nuclear Transfer(SCNT)体細胞の核を除核卵の細胞質に移植するクローン技術。Academic accelerationを参照。

*16:nature 1869年にロンドンを拠点に設立された、国際的な週刊科学ジャーナル。総合科学学術雑誌であり、科学技術を中心としたさまざまな学問分野からの査読済みの研究雑誌を掲載している。2024年1月17日公開の参照ページ

*17:Poo Muming(1948年10月31日生~) 中国科学院神経科学研究所の主任研究。自身の研究チームは2017年、体細胞核移植(SCNT)を用いた史上初のクローン霊長類となるカニクイザルの「中中」と「華華」を誕生させる。中国科学院公式サイト内、神経科学研究所のページを参照。

*18: Somatic Cell Nuclear Transfer 体細胞核移植クローン技術は、核を除いた卵子(除核卵子)に体細胞(ドナー細胞)を移植することで、ドナー細胞と同じ遺伝情報を持つ個体を作出することができる技術。ScienceDirectの当該ページ、および理化学研究所の「1滴の血液からクローンマウスを誕生させることに成功」を参照。

*19:Intracytoplasmic sperm injection(ICSI)顕微授精とは、卵が入った培養液の中に精子を滴下して、精子が自力で卵に入り込み受精を促す方法が体外受精。その一方で、精子が少ないか運動率が悪いために強制的に精子を1個卵の中に直接注入する方法を指す。医師や薬剤師向けのポケットマニュアル 「MSDマニュアル」の当該ページを参照。

*20:The Royal Society for the Prevention of Cruelty to Animals(RSPCA) 英国王立動物虐待防止協会は、1824年にロンドンで発足した世界最初の動物福祉団体でイギリスで一番規模の大きい団体です。公式サイトを参照。

*21:British Broadcasting Corporation ラジオ・テレビを一括運営するイギリスの公共放送局「英国放送協会」。当該のウェブサイトの記事を参照。

*22:Lluis Montoliu Consejo Superior de Investigaciones Científicas (CSIC=スペイン高等科学研究院)とSpanish National Centre for Biotechnology(CNB=スペイン国立バイオテクノロジーセンター)

Science Media Centre

Translation / Keiko Tanaka
Edit / Satomi Tanioka
※この翻訳は抄訳です

From: Popular Mechanics