イギリスはノーフォーク州キングズ・リン出身のF1ドライバー、ジョージ・ラッセル。まだ25歳という若さながら、安定した眼差しと適度な落ち着きを備え、毅然としたその態度は、彼が有能なF1ドライバーであることを雄弁と物語っています。
写真で見る限り、エレガントで愛想のいい若いイギリス人に見えるかもしれません。ですが、ひとたび彼と話せば、F1ドライバーであるということは単に技術力や才能が問われるのではなく、むしろもっと深いもの――ほとんど哲学的なものであるとさえ思わされます。
ジョージ・ラッセルのキャリアと経歴
ラッセルは、モータースポーツにおいて誰もが認める神童でした。昨年には24歳の若さでF1サンパウロ・グランプリで優勝。モーターレースの最高峰で誰もが羨(うらや)むような地位を確立しています。所属する名門F1チーム、メルセデスAMG・ペトロナス・フォーミュラワン・チームで2年目のシーズンを迎えているラッセルに話をうかがいました。
F1ドライバー インタビュー
【ジョージ・ラッセル】
Esquireイタリア版 編集部(以下、編集部):これまでにも語り尽くされているかもしれませんが、時間とは捉えどころのない概念です。はたして、君のようなF1チャンピオンにとって時間とは何でしょうか?
ジョージ・ラッセル(以下、ラッセル):時はあっという間に過ぎ去ってしまいますが、幼い頃から「毎日を最大限に活用しなければならない」と教えられて育ってきました。それは、一瞬一瞬を大切にして生きることであり、その教えがあるからこそ、いま自分が置かれている立場にも感謝ができているんだと思います。
編集部:君がF1に情熱を捧げていることは、よく知っているつもりです。その前提の上で、F1サーキットを離れたジョージ・ラッセルは何に情熱を注いでいるのでしょうか?
ラッセル: F1はこれまでもこれからも、常に私の人生そのものです。このスポーツの他に、これほど大きな情熱を注いでいるものはありません。それでも、常に新しいことを学びたいとも思っています。新しい言語、スキー、サーフィン、時間ができたら挑戦したいことは山ほどあります。とは言え、僕は常にアクセルから足を離せないほどに激しい競争の世界に住んでいます。後悔を残したまま、キャリアの終わりを迎えたくないんです」
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F1とは、信じられないほどに魅力的なスポーツであると同時に、世界で最も競争率の高いスポーツです。トップカテゴリーに参戦できるドライバーはごくわずかで、その競争率たるや天文学的な数値となるでしょう。ましてや、その中で勝者になれるのは限られた者のみです。そして、ラッセルはその中の1人ということになります。
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ドライバーを目指したのは
自然な成り行きだった
編集部:では、君をはじめとするF1で優勝経験があるドライバーと、そうでない他の選手との違いは一体何だとお考えですか?
ラッセル:まず、誰もがそれぞれに特別な存在であることを忘れてはなりません。そのうえで、僕たちF1優勝ドライバーに他の人よりも特別なものが備わっているとは考えていません。幸運なことに、僕たちは情熱を注ぐ対象や、得意分野を見つけることができました。僕にとってはそれがF1であったわけですが、誰もが何かの分野で大きな可能性を持っているものです。要は「それを見つけられればいい」、ということです。それは、ただ口にするよりも難しいことではあるかもしれませんが…。
編集部:当然、スポーツの世界でチャンピオンになる人には確固たる決意があるものです。そもそも君が、F1ドライバーを夢見たきっかけは何だったのでしょうか?
ラッセル:11歳年上の兄の影響だと思います。彼は10歳のときにレースを始めたのですが、とても腕の立つドライバーでした。僕が生まれたときにはすでに兄はハンドルを握っていたこともあり、車の運転は僕にとってごく自然なことでした。そんな環境の中で僕は3歳のときに運転を始め、7歳でゴーカートを手に入れました。
冒険。日本&世界
編集部:F1 ドライバーは、数ミリ単位のドライビング技術や極限のスピードを競うだけでなく、世界中を転戦する職業でもあります。F1はさまざまな冒険を君に授けたように想像しますが、最も素晴らしい冒険は何でしょうか?
ラッセル:自分がF1ドライバーであることに最も感謝していることの一つは、世界の大部分を経験できたことだと思います。そして同時に、世界を知れば知るほど、僕は知りうるべきことの10パーセントもまだ見らないことにも気づかされました。だから、もっともっと異文化を探求して、「世界をもっと知りたい」という意欲にもつながるのです。
例えば、初めて日本に行ったときのことです。それは本当に目を見張るような新鮮な経験でした。あの国ではあらゆるものに尊敬の念が込められ、誰もが礼儀正しく暮らしています。日本人の精神性に対する捉え方の、一端を垣間見ることができました。これはイギリスのキングス・リンで生まれ育った少年には、決して経験できなかったことでしょう。また世界を旅していると、イギリスやヨーロッパで育つことがいかに恵まれていたかも思い知らされます。
ポジティブな面を
常に見つけようとする
編集部:F1はコンマ1秒やわずか1mmの差が勝敗を左右し、レースの安全にも関わってきます。チームに所属しているとはいえ、サーキットでは個人間で競われる非常に緊張感漂うスポーツです。君はこのドライバー間の競争について、どのように考えていますか?
ラッセル:もちろん競争は必要です。競争こそ僕たちをより高みに押し上げてくれる要素に他なりません。
ライバルは常に存在しますが、自分のキャリアにおいて彼らに憎しみの感情を抱いたことは一度もありません。例えその人が親友でなくても、常に尊敬の念は存在します。特にF1のレベルでは、世界中から精鋭たちが集まってきますからね。誰もが偉大なドライバーであり、誰に対しても尊敬の念を常に持ち合わせています。
編集部:F1の世界は、熾烈(しれつ)を極めた競争の連続です。勝つことよりも負けることのほうが多い世界かもしれません。困難な瞬間であっても、勝利のメンタリティーを保ち、ポジティブであり続けることは容易ではないはずです。そんな世界と対峙して、君はどのように臨んでいるのでしょうか?
ラッセル:その秘訣は、例え負けてしまったとしても、常にポジティブな面を見つけることだと思います。僕の経験上、勝利から学んだことよりも敗北や失敗から学んだことのほうが圧倒的に多いものです。
確かに、敗北した瞬間は打ちひしがれますが、負けることは絶対に必要なものだと思います。重要なのは失敗を恐れることなく、向上心を持ち、敗北は勝利への準備に過ぎないというメンタリティーを持つことだと信じています。
F1での成功を超えて
家族、メカニックとチームへの感謝
編集部:熾烈な競争、極限まで磨き上げられた集中力、そして枯れることのない勝利へのメンタリティに加えて、F1というスポーツは感動とインスピレーションの源でもあります。アイルトン・セナやミハエル・シューマッハをはじめ、長年にわたり多くのドライバーがその時代のアイコンとなり、あらゆる世代にインスピレーションを与えてきました。君は、今後モータースポーツ界にどんな影響を残したいと考えていますか?
ラッセル:僕が10歳の頃、この世界のアイコンになることも、有名になることも夢見ていませんでした。僕が夢見ていたのは、F1ドライバーになることだけでした。でも、大人になるにつれて僕がやっていることは、「自分のためだけでなく、これまで僕を支え、チャンスを与えてくれた全ての人たちのためにやっているのだ」ということに気づいたんです。
まずは家族、メカニック、メルセデスのチーム、そしてエンジニアたち。たくさんの人たちが僕に素晴らしいチャンスを与えてくれました。だから、僕がすべきことは支え続けてくれるこの人たちに、誇りを持ってもらうことに他なりません。
メルセデスのパートナー
「IWC」と共有する価値とは?
編集部:生きることは選択の連続です。その指針となる価値観について聞かせください。
ラッセル:人生で最も重要なのは、地に足をつけて生きることだと思っています。謙虚でいること、誰に対しても分け隔てなく敬意を払うこと、そして他人のために自分の時間を惜しみなく捧げること。それらは、人生においてなされるべき最低限のことです。そのうえで、常に良い人間であろうとすること、そして自分自身の幸せを追求することですね。例えそれが何であれね。
編集部:ジョージ・ラッセルと言えば、所属するメルセデスAMG・ペトロナス・フォーミュラワン・チームがパートナーシップを結ぶスイスの時計ブランド、「IWC」との深い絆で結ばれていることでも知られています。この1868年にシャフハウゼンで誕生したブランドと、どのような価値観を共有しているのですか?
ラッセル:とても多くの点でつながりを感じています。中でも、「完璧への情熱」はその最たるものかもしれません。IWCの本社を見学に訪れた際、細部に至るまでこだわりと努力が払われているのを見て、F1の世界と多くの類似点を感じました。それは立ち止まることも満足することもなく、常に完璧と改善を求め続けようとする姿勢です。
そして、もう一つのわれわれに共通する価値観は、「持続可能性」です。IWCはウォッチメイキングにおいて、持続可能性に向けた大きな投資を行った最初のブランドの一つですが、同じことがメルセデスにも言えます。F1において、サステナビリティへの取り組みと投資という点では、メルセデスは間違いなく最初のチームの一つです。
編集部:ちなみに、時計に注ぐ情熱に変化はありましたか? また、今のお気に入りのモデルは?
ラッセル: 時計の歴史や卓越した技術、完成までに費やされる時間とその必然性を理解できるようになって、これまで以上の情熱をもって時計に接するようになりました。実はついこの前、IWCの新作「ポルトギーゼ・パーペチュアル・カレンダー」を手に入れたばかりです。
Translation & Edit / Ryutaro Hayashi
※この翻訳は抄訳です