食べ物
Thomas J. Story©2023Patagonia, Inc.

普段、仕事のことを考えながら…または、メディアが流すコンテンツを観(見)ながらなど、何気なく食べ物を口にしているかもしれません。そんななか、たまにはその食材がどのようにして調達されてきたか、考えたことはありますか? さらには、その食べ物が目の前にあることへの感謝の念を抱いたことはあるでしょうか?

食は良くも悪くも、(あなたの身体と心とともに)地球に対してもインパクトを与えるものです。実際、食べ物の裏側で多く人々の努力とともに、工夫を凝らした生産方法が実践されています。そこで生産性向上を目指すうえで、農作物を育てるときに化学肥料や薬品を使うことで土壌や水が汚染されたり、過剰に漁獲されることにより生態系が崩れたりといった事態も世界各地で起きています…。

この問題にもいち早くフォーカスし、実行してきた企業の一つにアウトドア企業のパタゴニアがあります。同社は、2012年より環境問題を解決することを目的とした食品部門パタゴニア プロビジョンズを立ち上げ、持続可能な農法や漁法で調達した食材を使用した“リジェネラティブ農業(環境再生型農業)”に取り組む生産者をサポートする事業を展開。そして2023年8月24日より、大規模農業がもたらす地球への影響を伝え、土壌や水を再生させる食品を選んでいこうとするキャンペーン「Eating is Activism 食べることで、社会を変える」をスタートさせました。

そんなパタゴニアは、1996年には綿製品素材の全てを100%オーガニックコットンに切り替えるなど、環境課題の解決に向けて持続的な経営を実践しています。そこでこのブランドが、「地球を救うためにビジネスを営む」という壮大な企業理念を掲げるひとつの解答として掲げたのがリジェネラティブ・オーガニックでした。

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
Eating is Activism 食べることで、社会を変える|パタゴニア プロビジョンズ
Eating is Activism 食べることで、社会を変える|パタゴニア プロビジョンズ thumnail
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2023年9月には、「パタゴニア プロビジョンズ」の一環として「吟味された食」というテーマでトークセッションを開催。トークセッションに登壇したのは、食の安全性とおいしさにこだわり厳選した食をそろえる⾷品スーパーマーケット福島屋の代表取締役会⻑である福島 徹氏と、パタゴニア プロビジョンズ ディレクターの近藤勝宏氏です。

食に対する高い意識を持った二人がそろったこの機会に、「日本の食の現状は?」「日本の食の未来を守るためには私たちに何ができるのか?」などエスクァイア日本版が疑問をぶつけてみました。

福島氏と近藤氏
写真左/福島 徹氏 ⾷品スーパーマーケット福島屋代表取締役会⻑、兼、株式会社ユナイト代表取締役社⻑。美味しさを求め、東北の⽣産者から直接お⽶を仕⼊れるなど農業との距離を縮めることで、三位⼀体からなる福島屋オリジナル商品を多く開発している。2009年には『⾷の理想と現実』(幻冬舎メディアコンサルティング )、2014年には『福島屋 毎⽇通いたくなるスーパーの秘密』(⽇本実業出版社)を出版。2011年NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」(10月31日放送)、2015年テレビ東京「カンブリア宮殿」(7月30日放送)、その他数々のテレビに取り上げられる。 写真右/近藤 勝宏氏「パタゴニア プロビジョンズ」の日本市場責任者。日頃からサーフィンやスノーボードなどを愛好し、自然と親しみながら自然に則した農法による米づくりや農業に挑戦。より環境負荷の少ないライフスタイルを探求している。

環境は悲鳴を上げ、
生産者は苦しんでいる

編集部:トークセッションのテーマとなっている“食”は、環境と深いつながりがあります。現在、さまざまな環境問題が叫ばれていますが、実際に日本各地の生産地に直接足を運んでいる福島さんから見て、日本の生産状況で変化を感じるところはありますか?

福島氏:例えば秋田では、県魚でもある鰰(ハタハタ)の収穫量が激減するなど、近年は漁獲高が激減魚しているところも出てきています。また、特に2023年の夏は気温が高くなったので、(バクテリアによるものではなく)土壌の中が高温になることによって成長したネギが溶けてしまい、「育てていたものが全滅」「収穫が間に合わなくて畑をつぶしてしまった」という農家の方もいました。

何年も生産者にとって過酷な環境が続いていて、本当に苦しんでいる方が多くいます。「高級車に乗っている」というイメージを持っている人もいるかもしれませんが、それはごく一部の話。一般的な農家の方は、決して裕福ではありません。

福島氏と近藤氏

編集部:将来が危ぶまれる深刻な状況ですね…。近藤さんも「パタゴニア プロビジョンズ」の担当者として食の問題に向き合っていらっしゃるかと思いますが、現状をどのようにとらえていらっしゃいますか?

近藤氏:食の問題は、環境だけでなく社会とも密接につながっているのですが、「食が与える“マイナスの要素”が、“プラスの要素”を上回っている」という話があります。この“マイナスの要素”というのは「環境破壊」であり、糖尿病や肥満のような「健康被害」も、そして「食糧廃棄」などです。ネガティブなインパクトが拡大しているということは、本来の食の在り方としては間違っているように思います。

このように食を生産する側、そして消費する側の社会、さらにはその生産を司る自然環境が変わってきていますので、食の在り方自体を根本から改めてプラスにしていかなければならない…と考えています。

福島氏:それに関しては僕は、「その絶対的なベースとなるのは“土壌”」と考えています。例えば北海道のある地域で、川にかかっていたダムに長い時間をかけてスリット*を入れたのですが…。すると、「(育った鮭が川に戻ってくる回帰率が激減し)北海道の川でも鮭はなかなか獲れない」と言われている現状なのですが、この川では獲れているようなんです。

それは川の水が森から海まで流れることで、「鮭もスムーズに行き来できるし、森の栄養も流れ出すので海も豊かになるから」と言えるでしょう。つまり、土壌がよくなれば海もよくなる…そう信じています。

※スリット:大雨の際に土石流による被害を防ぎ、下流に流れ出す土砂の量を少なくする砂防えん堤のこと。メリットとして、上流に溜まった落ち葉や水が原因となる悪臭の発生を抑制するなどの「水質・底質の改善」、「下流域への無害土砂の供給」および「上流と下流の川の流れを連続することで魚道を創出」「上流の川の流れが固定化されることで、渓畔植生が増加」などが期待できます。

魚
Amy Kumler©2023Patagonia, Inc.

福島氏:ただ、その土壌が今ではマイナスな状況で、このままだと水の枯渇につながったり土中の微生物に影響を及ぼしたりすると考えています。こうした状況を改善するためには、例えば化学肥料や農薬に頼らない農業ができる環境づくりをして、土の中の環境を整えていくことが必要だと強く感じています。

それには、消費者の方の支えが必要となります。こうしたコンセプトの野菜を食べていただけるようになると、農家の方が土の環境が整った中で農産物をつくれるようになるという循環が生まれるのです。だから、多くの方に美味しくて貢献できる野菜に注目していただきたいのです。手に取ってもらうことが、生産者の方への応援になります

近藤氏:食べ物と土や海の環境とのつながりは、普段なかなか意識しづらかったりするかもしれませんが、全てはつながっているんですよね。「何を食べるか?」によって、自分の健康も良くなっていくし土も健全になっていく。(まさに今回のトークセッションのテーマにあるように)「食を吟味することは、人にとっても環境にとっても大切なことだ」と言えるでしょう。

食べ物
Thomas J. Story©2023Patagonia, Inc.

目の前の値段か
将来自分にかかるコストか

編集部:食べるものを意識し、選択することの大切さを再確認させていただきました。ですが、有機野菜をはじめ“いい作物”を育てるのにはコストがかかる分、「高い」という声があります。そして、なかなか手に取れない人もいるようですが…。

福島氏:所得は家庭によってさまざまで、一概に言うことができず難しいのですが…。少なくとも僕は「高い」とは思っていなくて、大根1本がだいたい普通のもので100円、有機栽培のもので150円。50円の差です。それが「高い」と思う人もいるでしょう。ただ、「いい食を摂(と)って、大病をせず健康上のトラブルもなくいるほうがよっぽどコストを抑えられるのではないか⁉」と考えています。つまり、「食材を買うときに、中長期的な視点で考えてみて欲しい」ということです。

多少の差はあれども食は本来ある程度はフェアなもので、「給料を他の人よりも10倍もらっている人が、10倍美味しいものを食べられるということではない」と思っています。ただ、「意外と無駄遣いをしていることはないか?」ということです。例えば缶コーヒーを毎日買うよりも、コーヒー豆を買って飲んだら一杯あたりの金額は安いと思いますよ。

近藤氏:「買うときの値段を気にする人は多い」というのは食に限らない話で、以前に「パタゴニアの製品が高くて買えない」と言う方と話したことがあるのですが、例えば毎日コーヒーショップで飲んでいるコーヒーを1カ月だけでもやめてみたら買えるはずなんです。そして、パタゴニア製品は長持ちするので頻繁に買い替える必要もない…。結果的にコストが抑えられて環境にもやさしいんです。

編集部:もちろん、日々のちょっとした贅(ぜい)沢も心の豊かさにつながりますし、ときに手軽なものに頼ることも必要ですが、ただ「高いから…」「お金がない」とするのではなく、自分が使っているお金を見直せば、手が届かないこともないのかもしれませんね。

福島氏:それに、いいものを食べたり身につけたりすると、そこから伝わってくる心地よさや幸せが全然違います。結局、自分に全部返ってくるんですよ。

近藤氏:僕も、それを実感したことがありました。一時あまりに忙しくて食に無頓着な時期があったのですが、すると精神的にすさんで周りとギスギスしたり、体調的にも良くなかったりしたんです。

ですが、「パタゴニア プロビジョンズ」が始まったことで自分の食の意識も変わってきて、いい食べ物を取り入れるようになると、身体に大きな変化が出て調子がよくなりました。そして身体の調子がよくなると、趣味のサーフィンも調子がよくなって、日々が楽しくなってきたんです。先ほどもお話ししたように、生きていく中で何を食べるか? がとても重要であることを実感しました。

近藤氏

近藤氏:福島さんご自身も、ここ10年間お腹を壊されていなかったりお酒をたくさん飲んだ次の日も元気だったり、「コンディションがすごくいい」とおっしゃっていましたよね。腸内環境は肌の調子に出ると言われていますが、肌もツヤツヤですし…。

福島氏:そうなんですよ。だから結局は、「何に対して価値を見出すか?」なんですね。話は戻りますが、「高いか?」「 安いか?」は、その人が食に対して感じている価値の大きさにもよるのではないでしょうか。

食の未来を守るのは
いい食物を手に取ること。
そして一人一人の好奇心

編集部:「生産者の方が苦しい状況にある」というお話がありました。それを解決するためには、消費者が積極的に“いい食物”を手に取っていくということに尽きるのでしょうか。

近藤氏:それも一つですし、あとは「発言力のある生活者になることと、興味を持つことだ」と考えます。例えば「このチョコレートはどこから来たのか?」と聞かれると、企業やスーパーも意識が変わっていくと思うんですよね。アメリカでも、「遺伝子組み換え食品への意識が、1人の母親の声をきっかけに変わっていった」という話がありますし(市民団体「マムズ・アクロス・アメリカ」の、遺伝子組み換え食品に対する反対運動)。

福島氏:僕も飲食店に入ると、「この料理にはこの食材が入っているのか」「この食材はどうやって調達されたのか」ということをよく聞きます。嫌な顔をされることもありますが、近藤さんの今の話から「やっぱり興味を持ってたずねることは大事だな」と感じましたので、いっそう訊(き)いていこうと思います(笑)。

近藤氏:まさにアクティビストですね(笑)。興味を持つためには、生活リズムも必要だと思います。今は生活スピードが速くてレトルトやインスタント、出来合いのものにどんどん頼っているような印象があるのですが、そうした食事をよく摂っているような人は、食材から料理をつくっているような人よりも社会や環境の変化に伴う食材の変化にも気づきにくいのではないでしょうか。

正直なところ、忙しすぎて食に対する想像力や興味を持つその時間すらないというのが、多くの人の現状だと思います。ですが、つくることも食べることもですが、「食の時間を大切に扱ってほしい」ということを伝えさせていただきます。

福島氏:その忙しい環境をつくっているのは、自分自身であったりもしますからね。それを見て見ぬふりをしてしまうと、「何のためにやっているんだろう?」「何のために忙しいんだろう?」と考えるばかりで、もっと肝心なことにスポットが当たらない…。生きていくうえで大事なことをちゃんと意識すれば、人生の過ごし方が変わるのではないでしょうか。

福島屋
東京・羽村市を拠点に六本木や虎ノ門、秋葉原にも店舗を構え、食に関心の高い人から注目を集めているスーパー「福島屋」。会長の福島氏自身が「不自然なものは口に食べたくない」という想いがあり、ここに並ぶ食料品は産地に直接足を運んだうえで、「美味しい」と思えるものばかり…「吟味された食」を体現しています。

編集部:今回は個人的にも、自分の食に対する意識を省みるようなお話がたくさんありました。ですが同時に、「現状を変えるために、私でもできることが見えた」とも感じています。食は毎日摂るものですから、興味を持つためにも単なる習慣や義務になるのではなく、そこに楽しさも見出したいものです。お二人にとっての食の楽しみは、どういうところにあるのでしょうか。

福島氏:僕は食が最大の楽しみで、「食べ物を選んで、ご飯をつくって、自身を整えることが自分の生き様だ」と思っています。食卓に並ぶランチョンマットの面積が、僕にとっての喜びそのものです。

近藤氏:私は全てが楽しいです。美味しいものを食べたときだけでなく、生産する側の人とのつながりも。あとは、どうやって食べるかも重要ですが、「誰と食べるか?」ということもその「楽しい」にすごくつながってくるのだと思います。

福島氏と近藤氏